アレグザンダー・カミングが1766年に刊行した本書は、振子時計と携帯時計がなぜ進み遅れを生じるのかを、振動、駆動力、摩擦、油、温度の関係から考える技術書である。完成品の外観や製作手順を紹介するより、時計の運動を妨げる原因を分解し、設計によってどう抑えるかを二つの論考で追っている。1

図1:1766年原本の扉。著者:Alexander Cumming(1814年没)、図案・植字の個人作者は不詳。原出典:Wellcome Library、b30529815。配信:Wikimedia Commonsの個別ファイル、PDF第3頁。Public Domain(1766年公刊の原本複製、配信元のPublic Domain Mark 1.0表示)。変更:配信元の500ピクセル幅の複製画像を使用、追加加工なし。
書誌と紹介対象#
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 原題 | The Elements of Clock and Watch-work, Adapted to Practice. In Two Essays |
| 著者 | Alexander Cumming(アレグザンダー・カミング) |
| 刊行 | ロンドン、著者刊、1766年 |
| 言語 | 英語 |
| 構成 | 振子時計の改良、携帯時計の改良を扱う二論考 |
| 本文・図版 | 本文192頁、折込図版16葉。前付・後付の葉数は所蔵本の目録で異なる |
| 公的識別子 | ETH-Bibliothek所蔵 Rar 10706、DOI 10.3931/e-rara-93286 |
Wellcomeの目録は印刷者をJ. Hughesと補記し、ロンドンとエディンバラの販売書店を列記する。ETHの目録は初版と記載する。古典の刊行時にはISBN制度が存在しないため、原著を後世の復刻版のISBNで識別することはできない。2 3
二つの論考を貫く問い#
振子そのものと、時計につながった振子#
第一論考冒頭の「General Plan」は、通常の振子時計が携帯時計よりよく時を測る一方、製作の巧拙だけではその差を説明できない、という著者の問題設定から始まる。精度を左右する自然原理を取り出して考え、その知識を携帯時計の改良にもつなげる構成である。1
ここでいう等時性は、振れ幅が変わっても往復の時間が変わらない性質である。しかし時計の振子には、空気抵抗、支点の抵抗、歯車を止めたり進めたりする脱進機からの力が加わる。本書は自由に振れる理想的な振子の説明だけで終わらず、駆動を受けている振子の周期を問題にしている。§§155–177ではとくに油と脱進機の接触面を比較し、歯車軸の抵抗と、振子へ直接影響する接触面の抵抗を同じものとして扱わない。1
油の影響を配置と運動から考える#
本文40–41頁の§§167–172では、軸の回転数や太さを手がかりに、油の影響が輪列のどこで大きくなるかを見積もる。たとえば、ある軸が別の軸より多く回転すれば、それだけ接触面での運動も増える、という順に論を進める。表と折込図への指示を使い、部品ごとの寄与を比較する点が具体的である。1
これは1766年の著者の理論であり、現代の合成油を使った時計の摩擦係数や寿命を求める設計式ではない。本文の「oil」を一括して現代的な潤滑の推奨と読むより、油の状態変化が振動を乱すという当時の課題を、著者がどのように定量化しようとしたかを調べる資料として位置づけられる。1
携帯時計では温度と姿勢が加わる#
第二論考は、ぜんまいで駆動され、持ち運ばれる時計を扱う。§§394–396では、固定された時計で役立つ小さな重りによる駆動を、動く携帯時計へ移すと条件が変わると論じる。装置全体が動けば、内部の重りが相手の部品を引く作用も変わるためである。1
本文162–164頁、§§497–504では、温度変化の影響を、主ぜんまい、油、テンプ、ひげぜんまいに分ける。テンプは往復回転する調速用の輪、ひげぜんまいはそれを元へ戻す細いばねである。著者は部品の膨張や油の流動性が別々の経路で歩度へ作用すると考え、図版XIVの鋼と真鍮を組み合わせた温度補償装置へ議論を進める。ここでの「Thermometer」は温度を数値表示する計器だけを意味せず、温度に応じて働く補償装置の説明につながっている。1
幾何学どおりには作れないという制約#
本文186頁の§560は、理論と製作の違いをはっきり示す箇所である。歯車の歯を厚さのない線として扱う理論に対し、実物の歯には厚さがあり、シリンダーの縁へ不適切に落ちることも避けなければならない、と述べる。これは図形の理想解だけで精度が決まらず、安全な接触、必要なすき間、部品の実寸を設計へ戻す必要があるという論点である。1
成立背景と著者の立場#
巻頭には1766年2月26日付の国王宛献辞がある。著者は王の支援が研究の時間を与えたと説明しており、本書は工房の知識を社会的な支援のもとで出版する行為でもあった。また「To the Public」ではジョン・ハリソンに言及し、その能力への高い評価を述べたうえで、自身への批判に反論している。1
したがって、この序文は当時の議論を中立的に整理した記録ではなく、カミングが自らの立場を説明する一次資料である。ハリソンをめぐる論争の事実関係を、カミングの文章だけで決着させることはできない。一方、時計の改良が技術的な議論と発明者の信用に関わる議論の双方を含んでいたことは、実際の巻頭から読み取れる。1
版、図版、参照方法#
本書の段落には番号があり、本文から図版番号や前の段落を参照する。読む際は本文頁だけでなく段落番号と図版を合わせる必要がある。冒頭の正誤表は語句、図版参照、上下方向などの訂正を含み、本文の数値や方向を解釈する際に無視できない。1
ETHとWellcome系デジタル資料では、本文192頁と16葉の図版という基本構成が一致する一方、無番号葉の数え方が異なる。無番号葉の差をそのまま改訂版の証拠とはできない。今回紹介したのは1766年本であり、後世の復刻の印刷品質、本文修訂、翻訳の有無を比較評価したものではない。2 3 4
英語本文には長いsなど18世紀特有の活字があり、OCRではCummingがGummingと誤認される箇所もある。機構を調べる際は検索用のOCRだけでなく原画像と照合することが望ましい。ETHは原本画像を公開しており、Wellcomeの当該目録はEighteenth Century Collections Onlineの閲覧先を案内している。1 2 3
確認範囲#
原本の英語OCRで扉、献辞、「To the Public」、正誤表、第一論考冒頭、油の影響の節、携帯時計の駆動と温度補償、§560前後を実読した。書誌はWellcomeとETHの目録を照合した。全段落・全図版を精読して各設計の有効性を再現検証したものではなく、後世への具体的な採用・影響、版ごとの詳細な異同は確認できていない。
参考文献#
- Alexander Cumming, The Elements of Clock and Watch-work, Adapted to Practice. In Two Essays(1766年原本OCR), Internet Archive / Wellcome Library, b30529815。本文40–41、111–113、162–164、186頁ほか。閲覧日2026年10月22日。
2. Wellcome Collection, The elements of clock and watch-work, 書誌・所蔵記録。閲覧日2026年10月22日。
3. ETH-Bibliothek, The elements of clock and watch-work, Rar 10706, DOI:10.3931/e-rara-93286。閲覧日2026年10月22日。
4. Wikimedia Commons / Wellcome Library, 1766年本デジタル複製のファイル情報, b30529815。閲覧日2026年10月22日。