人物の生涯と時計の内部を結びつける作品集#
Michael Clerizo(マイケル・クレリゾ)による『George Daniels: A Master Watchmaker & His Art』は、英国の時計師ジョージ・ダニエルズの生涯を、本人の時計・設計図・作業記録と結びつけて扱う伝記兼作品集である。独立した職人がどのように技術を身につけ、作品を作り、コーアクシャル脱進機を産業界へ持ち込んだかという複数の筋道をたどる。2013年にThames & Hudsonから刊行された。1 2
時計の製造手順を順に教える本ではない。完成した時計の写真に、文字盤の下の構造、本人が残した図面、作品の履歴を対応させ、技術と人物を一緒に調べられる構成が特徴である。公開試読では、懐中時計だけでなく、外側のケースを開いて内側の時計を見せる腕時計も確認できる。2
書誌と紹介対象#
| 項目 | 確認できる内容 |
|---|---|
| 原題 | George Daniels: A Master Watchmaker & His Art |
| 著者 | Michael Clerizo |
| 出版社・初版 | Thames & Hudson、2013年 |
| 出版社の刊行日 | 2013年3月4日 |
| 言語 | 英語 |
| 形態 | ハードカバー、29.5 × 29.5 cm |
| 出版社の頁数・図版数 | 216頁、341点 |
| ISBN | 978-0-500-51636-2 |
出版社の現行書誌を基本とした。一方、Quill & Padの書評には図版248点、うちカラー138点との記載がある。頁数や図版数の違いだけから別版が存在すると判断することはできず、図版をどのように数えたかも確認できない。ここでは2013年の英語版を対象とし、未確認の改訂版や翻訳版の仕様を混ぜない。1 3
伝記と作品記録の構成#
Hodinkeeの2013年の書評は、生涯を扱う節と時計を詳しく扱う節が交互に配置され、後者が1969–1978年と1983–2011年のまとまりを持つと説明している。出版社の紹介も、完成品の文字盤と機械の写真に加え、ダニエルズ本人の写真・設計図のアーカイブを使う点を挙げる。1 4
公開試読の98–99頁では、時計愛好家Cecil Clutton(セシル・クラットン)との出会いと、古時計の修理から歴史的な時計の修復へ進む経緯が語られる。隣にはブレゲの機械の写真が置かれている。人物同士の交流を、生涯の挿話としてだけでなく、どのような時計を見る機会が得られたかという技術習得の問題につなげる箇所である。2
本書の作品記録が後から参照される例もある。Sotheby’sの2013年のカタログは、1986年のスリム・コーアクシャル脱進機付き懐中クロノメーターについて、本書154–155頁を文献として挙げる。同社の個体説明によれば、その時計は温度計、動力残量表示、独立した秒刻み機構を備える。本書の該当頁そのものを今回実読したわけではないが、作品の同定に使われた文献であることは確認できる。5
公開試読から分かる具体例#
写真と設計記録の対応#
試読の138–141頁は「The Space Traveller」を、表側・機械側・文字盤下の写真と手描きの輪列図で示す。輪列とは、主ぜんまいの力を各機構へ送る歯車の列である。完成した外観だけを鑑賞するのではなく、二つの時刻表示をどのような機械配置で実現したかを追う資料が並ぶ。2
このような資料の並べ方は、本書を作品集として見るときの重要な点である。写真だけでは隠れる部品も図版の対象となり、時計の意匠と内部構成が対応づけられる。ただし、手描き図の寸法値を、そのまま製造図として使える精度や完全性まで保証するものではない。2
仕上げと腕時計のケース#
168–169頁には、旋盤による装飾模様の加工とケース製作に関する本人のノートが掲載される。174–175頁の「Wristwatch II (The Spring Case)」では、閉じた腕時計と外側ケースを開いた姿が並ぶ。ばねを用いた二重ケースという具体物を、図面と写真の双方から確認できる。2
こうした箇所は、脱進機の発明だけでダニエルズの仕事を代表させないためにも意味がある。部品を動かす機構、表面を飾る工程、持ち運ぶための外装が、同じ製作者の仕事として記録されている。ただし、試読のノートは工房記録の紹介であり、本全体を加工実習用の教科書と位置づける根拠にはしない。2
脱進機を産業化する問い#
コーアクシャル脱進機は、歯車の動きを一定間隔で解放しながら、振動するテンプへ力を与える装置の一方式である。公開試読の186–187頁では、通常のレバー脱進機の図と説明を使い、ダニエルズの着想へ進む。単に発明年を列記するのではなく、既存の機構を説明したうえで新方式の問題意識を提示する構成が分かる。2
出版社はこの発明を強く評価するが、その評価をそのまま時計産業全体の因果説明には置き換えられない。本書の内容紹介と、発明の性能や産業への影響を独立に検証する仕事は区別する必要がある。1
成立背景と関連書との違い#
クレリゾは英国を拠点とする米国出身の記者で、独立時計師を扱った『Masters of Contemporary Watchmaking』の著者でもある。出版社によれば、本書の準備にあたりマン島のダニエルズ宅で対話を重ねた。Hodinkeeは、ダニエルズが2011年に亡くなったときも制作が進行していたと記している。1 4
ダニエルズ本人の著書との関係も整理できる。公式サイトは『Watchmaking』を時計の製作を工程ごとに説明する本、『All in Good Time』を自伝として紹介する。それに対し、クレリゾの本は第三者が組み立てた伝記と作品記録である。機構の製作法、自身の回想、作品を伴う伝記という目的の違いがあり、同一の本の増補版ではない。6
2016年のQuill & Padの書評は、本書をダニエルズの自伝と比較している。ただし、書評者の読みやすさ・構成への評価は、書評者自身の判断である。掲載書誌と評価本文を区別し、本記事では本の優劣や読書体験を代弁しない。3
参照先と確認範囲#
出版社の書誌・紹介、公式サイトの刊行物案内、独立した書評、作品カタログに加え、公開試読PDFの12見開きを確認した。試読には奥付・目次、16–17頁、96–99頁、136–141頁、158–159頁、168–169頁、174–175頁、186–187頁、212–213頁が含まれる。全216頁を通読した紹介ではなく、未掲載頁の細かな記述は推測していない。2
出版社ページと試読掲載元は、書誌の照合と内容の一部を確かめる参照先になる。書影や試読画像は閲覧できるが、出版社の著作権表示から自由な転載許諾は確認できないため、ここでは掲載元を案内する。1 2
参考文献#
- Thames & Hudson, George Daniels: A Master Watchmaker & His Art, 商品書誌・Description・著者紹介、2013年刊、2026年10月22日閲覧。
2. Michael Clerizo, George Daniels: A Master Watchmaker & His Art 公開試読PDF, Thames & Hudson, 2013, Public掲載、12見開き。本文に記した頁を画像で確認、2026年10月22日閲覧。
3. Elizabeth Doerr, “Book Review: ‘George Daniels, A Master Watchmaker & His Art’ By Michael Clerizo”, Quill & Pad, 2016年11月26日、2026年10月22日閲覧。
4. Hodinkee, “George Daniels: A Master Watchmaker & His Art, By Michael Clerizo (Book Review)”, 2013年4月5日、2026年10月22日閲覧。
5. Sotheby’s, “George Daniels”, lot 49, Treasures, Princely Taste, 2013, Description・Literature。Clerizo本154–155頁を参照、2026年10月22日閲覧。
6. Daniels London, “Books and Publications”, 刊年記載なし、刊行物の性格の比較に使用、2026年10月22日閲覧。