『The Principles of Mr. Harrison’s Time-Keeper』は、ジョン・ハリソンの第4の航海用時計、現在H4と呼ばれる時計の構造を、説明文と銅版図で公開した1767年の英語刊本である。時計が正確に動いたという成績だけでなく、その仕組みを他の時計師へどう伝えるかを扱う。ハリソン父子の技術説明と、それを聞き取った天文学者ネヴィル・マスケリンの記録を読み合わせられる点に特徴がある。1 2
書誌と紹介対象#
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 原題 | The Principles of Mr. Harrison’s Time-Keeper; with Plates of the Same. Published by Order of the Commissioners of Longitude |
| 技術説明の提出者 | John Harrison、息子William Harrison |
| 序文・聞取り記録 | Nevil Maskelyne(王立天文台長) |
| 刊行 | ロンドン、1767年。経度委員会の命による刊行 |
| 印刷・販売 | W. Richardson and S. Clark印刷、John NourseおよびMess. Mount and Page販売 |
| 言語 | 英語 |
| 構成 | 序文v–viii頁、聞取り記録ix–xvii頁、原理と図面解説19–31頁、図版10葉 |
| 公的識別子 | 米国議会図書館LCCN 08021916 |
ここでは1767年の英語原刊本を扱う。本文の頁付はローマ数字からアラビア数字へ変わるため、デジタル複製の総画像数を本文の頁数と読み替えることはできない。扉には個人著者名の印刷がなく、序文が父子の説明提出とマスケリンの編集上の役割を明らかにする。図書館目録ではJohn Harrisonを著者とする。1 2
なぜ時計の内部を公開したのか#
航海で経度、すなわち東西の位置を知る方法の一つは、船のいる場所の時刻と基準地点の時刻を比較することである。地球の回転を24時間で360度とすれば、時刻差1時間が経度差15度に対応する。そのため、基準地点の時刻を航海中も保つ時計には、温度や船の揺れが変わっても歩度、つまり進み遅れの割合が大きく変わらないことが求められた。3
経度委員会の関心は、優れた時計を一個確保することにとどまらなかった。グリニッジ王立博物館所蔵の1765年の提案文書BGN/9は、構造原理の開示と時計の引渡しに関する支払条件、さらに同じ原理による別の時計の製作と試験に関する条件を記している。これは支払案を記す史料であり、それだけで最終的な支払経緯のすべてを示すものではない。4
本書の序文v–vi頁によると、ジョンとウィリアムは説明原稿と原図を宣誓のうえで提出し、時計を実際に分解して質問に答えた。立会人にはトマス・マッジ、ラーカム・ケンダルら時計師、器械製作者ジョン・バード、マスケリンらが含まれる。紙に記された仕様だけでなく、実物を見せ、口頭で説明し、質問に応じる過程が刊本の背後にあった。1
本書で追える技術上の問い#
力を届けながら、時を刻む部分への干渉を減らす#
19頁は、歯車を支える細い軸先やルビーの穴を用いて摩擦を減らすという説明から始まる。続いて、時を測る部分は1分の8分の1ごとに巻き上げられると述べる。これは7.5秒ごとという意味であり、使用者が時計全体を毎日巻く作業と、内部で短い間隔に繰り返される動作を区別する必要がある。小さな蓄力部分を周期的に補充し、駆動力を整える仕組みは、ルモントワールという定力装置の考え方につながる。1、19頁。
別の問題は、使用者がぜんまいを巻く間も時計を止めないことである。20頁は、フュジー内部に置かれた補助ばねを説明する。フュジーは鎖などを介して主ぜんまいの力を伝える円錐形の部品で、この補助ばねは、巻上げ中に主ぜんまいが働かない時間の動力を補う。短周期の定力化と巻上げ中の動力維持は、同じ「巻く」という語を使っても役割の異なる問題である。1、19–20頁。
ハリソンは20–21頁で、輪列からの力が、てんぷとひげぜんまいの振動へ及ぼす影響を小さくする利点を論じる。てんぷは往復回転して時を刻む輪、ひげぜんまいはそれを元へ戻す細いばねである。温度や船の動揺、振れ幅の変化への対策を併せて説明し、性能が偶然によらないと主張する。ただし、原著の強い表現を、そのまま温度・姿勢・摩耗の影響が完全にゼロになるという現代の保証へ読み替えることはできない。本書が示すのは、製作者がどの要因を重視し、どう原理を説明したかである。1
図の文字をたどって部品同士の関係を読む#
22頁からの図面解説は、H4を作るもとになった図を、Fig. 1以降の符号に沿って説明する。たとえば23頁のFig. 3は、最初の歯車、フュジーの断面、内部のラチェット、補助ばねを収める香箱などを対応させる。ラチェットは爪と組み合わせて回転方向を制御する歯、香箱はばねを収める容器である。本文だけを連続して読むより、図と説明を往復して、動力を伝える部品の重なりを確かめる構成になっている。1

図1:原刊本のPlate III、Fig. 3・4。上の図では部品を離して配置し、断面と位置関係を文字で結び付ける。原図の作者:John Harrison(1776年没、米国議会図書館の帰属)。彫版者不詳。原出典:米国議会図書館、LCCN 2006691764。出典・権利表示:Wikimedia Commons個別ファイル。Public Domain(1767年公刊、作者没後100年超、原図の忠実な複製)。Public Domain Mark 1.0。変更:米国議会図書館配信の1024×821ピクセルのJPEGを使用。追加の切抜き・加筆・色調変更なし。
温度補償と取扱いを聞取り記録から読む#
マスケリンの聞取り記録xii–xiii頁は、thermometer kirbと呼ぶ温度補償部品を説明する。薄い真鍮板と鋼板をリベットで重ね、温度による膨張の違いで曲がるようにした部品である。自由端のピンがひげぜんまいの働く長さを変え、温度変化による進み遅れを補う。寒い外気と火の近くを比較して調整し、姿勢差の調整より先に温度補償を合わせるという手順も記録されている。1
同じ記録のxvi頁には、巻上げのために持ち替える際、てんぷの回転する面に沿って急に時計を回すと停止しうるという注意がある。爪と軸穴へは少量の油を与えるとも記される。摩擦を減らす工夫を多数備えていても、無給油・無保守の時計を説明した本ではない。機構の原理と併せて、その時計を扱うための知識が残されている。1
図版の精度と、図だけでは伝わらないこと#
序文vi–vii頁は、図面を正確に複製する難しさを具体的に記す。マスケリンは銅版の線を原図に照合したと述べる一方、普通紙への刷りは、印刷時に湿らせた紙が乾く際の収縮で、原図や別の刷りと寸法が一致しないと注意する。そのため、ハリソンの時計をもとに製作しようとする職人らのために、乾燥収縮を避けるIndia paperへの少数の刷りを用意したという。印刷という工程自体が、精密機械の情報伝達を左右していた。1
図同士にも説明すべき違いがある。序文vii–viii頁は、図8と図9で、脱進機のパレット、すなわち歯車の歯を受けて振動側へ力を伝える爪の配置が異なると述べる。これは彫版の誤りではなく、図9が以前の設計、図8がその後の変更を示すという。本書の図をすべて一つの状態を描いた同時点の仕様として重ね合わせると、設計の変化を見失う。1
図版の精密さと、製作知識の十分さも別の問題である。2019年の技術研究記事でTim Lakeは、原刊の説明・図と実物や後世の観察を照合し、記述だけではH4の複製に十分でないと論じている。これは原著を無価値とする意味ではなく、製作者の説明、聞取りの記録、現存品の形状を異なる種類の証拠として読む必要があることを示す。5
翻訳と時計史上の位置#
Science MuseumのRichard Dunnによる研究紹介は、1767年の英語版刊行後、数週以内にフランス語訳が現れたと説明し、仏語版『Principes de la montre de M. Harrison』の英仏対訳図版を掲げている。Dunnは、刊本の有用性への批判がありながらも、フランスなどの時計製作へ影響し、ピエール・ル・ロワも影響を認めたと述べる。ここでの刊本は、特定の時計を説明する刊本であると同時に、国境を越えて技術情報が移動する媒体だった。3
| 時期 | 本書に関係する動き |
|---|---|
| 1765年 | 経度委員会の条件に関連して、時計の構造原理の開示と他の時計による再現が問題になる |
| 1767年 | ロンドンで英語原刊本を刊行。序文、聞取り記録、技術説明、10葉の図版をまとめる |
| 1767年 | フランス語訳が現れ、英語の説明がフランスの製作者らにも伝わる |
| 2019年 | Tim Lakeが、原刊の説明と図を、実物・復元製作・顕微鏡観察に基づく資料と比較して論じる |
現在の海洋クロノメーターの全方式を教える教科書ではなく、特定の時計をどのように説明し、公の知識にしようとしたかを調べる史料である。生涯や経度問題の広い背景はジョン・ハリソンとネヴィル・マスケリンの記事にも関連するが、本書では、とくに実物の技術と公開された図面の間をつなぐ記録に注目できる。1 3
原本の参照先と確認範囲#
米国議会図書館は1767年本を64画像のデジタル複製として公開している。ケンブリッジ大学図書館にも公開複製があり、Wellcome CollectionはEighteenth Century Collections Online経由の電子資料を案内する。閲覧先によっては機関認証などの条件が異なる。1 2 6
紹介では原刊の扉、序文v–viii頁、聞取り記録、本文19–31頁と図版の対応を確認し、とくに19–23頁の原理・部品説明と序文の印刷精度の説明を用いた。聞取り記録をハリソン自身の文章と区別し、版画の寸法を実物の測定値に置き換えていない。フランス語版の全文や後世の復刻版の再現品質、日本語訳の有無を網羅的に比較したものではない。
参考文献#
- John Harrison/Nevil Maskelyne, The Principles of Mr. Harrison’s Time-Keeper; with Plates of the Same, 1767. 米国議会図書館所蔵、LCCN 08021916・デジタル原本。序文v–viii頁、Notes ix–xvii頁、本文19–31頁、図版I–X。閲覧日:2026年11月7日。
- Wellcome Collection, The principles of Mr. Harrison’s time-keeper。1767年版の印刷者・販売者・言語・電子資料の目録。閲覧日:2026年11月7日。
- Richard Dunn, Movements and maps – the French quest for longitude, Science Museum, 2024年12月5日。経度と時刻差、仏訳刊行と技術交流の解説。閲覧日:2026年11月7日。
- Royal Museums Greenwich, Proposal by the Board of Longitude to pay John Harrison a sum of money for the development of his timekeepers, BGN/9, 1765年。原理公開・引渡し・他の時計の試験に関する提案の所蔵記録。閲覧日:2026年11月7日。
- Tim Lake, In-Depth: The Microscopic Magic of H4, Harrison’s First Sea Watch, SJX Watches, 2019年9月2日(2019年・2021年追補)。原刊の説明と図を照合する技術研究記事。閲覧日:2026年11月7日。
- Cambridge University Library, The Principles of Mr. Harrison’s Time-Keeper, PR.PBA.1740。1767年刊本の公開複製。閲覧日:2026年11月7日。