『The Watch Repairer’s Manual』は、機械式時計が動く理由と、その機械を整備する仕事を結び付ける英語の修理教本です。ヘンリー・B・フリードが1949年に刊行し、改訂を重ねました。部品の名称を覚える段階から洗浄・分解整備へ進む構成を持ちますが、同じ書名でも第2版を再刊したものと、古い時計の修理を増補した第4版は区別する必要があります。1 2 3
何を学ぶための本か#
部品の役割から、時計を一つの機械として読む#
公開試読の第I章は、ムーブメント、つまり時計の内部機械を、動力、巻上げ、輪列、脱進機、指針を動かす輪列、時刻合わせの六つに分けます。ゼンマイを巻く働きと、針の位置を変える働きを分けて捉えるための整理です。章末には、部品名だけでなく、その役割や歯車比を答えさせる設問があります。2
具体例が、分針と時針を動かす歯車です。筒カナという分針側の小歯車から時針側へ、二段の歯数比を組み合わせて12対1の回転比を作る例を示します。針の速さの違いを、見た目から歯車の関係へ置き換えて理解させる説明です。2
第II章の冒頭は、ごみや劣化した油が運動を妨げることから、分解、洗浄、乾燥、再組立て、注油へ話を進めます。機構の理解を、その機構が動かなくなる原因へつなげる順序が読み取れます。2
整備から個々の修理へ#
2021年の電子版に付された目次には、ケースへの組込み、筒カナの調整、主ゼンマイの修理、巻真の製作、天真の交換・製作、テンプの振れ取りと釣合い調整などが並びます。巻真はリューズの回転を内部へ伝える軸、天真はテンプの中心軸です。完成品を組み立て直すだけでなく、小さな軸や部品の状態を直す作業も扱う構成です。ただし、これら後半の章については、目次で扱う範囲を確認したもので、個々の加工手順を本文で検証したわけではありません。4
出版社は、部品を立体的に分解して描いた図と、部品注文のための図解も本書の特徴として挙げています。また、1961年第2版の扱う対象に、自動巻き、防水、カレンダー、アラーム付き腕時計、クロノグラフを挙げます。これは第2版再刊の紹介であり、その記述だけを根拠に初版やすべての版の収録内容を同一視することはできません。5
著者と時計教育#
フリード(1907–1996年)は、時計師であるとともに時計教育と技術出版に関わった人物です。自身が会長を務めたニューヨーク時計協会HSNYの記録によれば、ニューヨーク州時計師協会の会長、米国時計学協会HIAの副会長も務め、時計に関する14冊の本を書きました。HSNYは、英国時計協会の銀メダルを受けた最初の米国人とも記しています。6
本書が実際に教育へ使われたことは、出版社の宣伝とは別の資料でも確認できます。1996年7月30日付のミシシッピ州の職業教育課程は、時計修理の学生が用意する教科書として、1986年版の本書をISBN付きで掲載しています。同じ欄にフリードの『Repairing Quartz Watches』も別の本として挙がります。機械式の修理知識とクォーツ時計の知識を、複数の教材で学ぶ教育上の位置付けが分かります。7
一方、AWCIの2017年の団体誌は、第4版をCW21認定に関する推奨読書として紹介しています。これは2017年時点の案内であり、現在の試験要件を示すものではありません。職業教育での採用と、販売者による「誰にでも役立つ」という評価は、別々に読む必要があります。3
初版、第2版、第4版を区別する#
主な版と書誌#
| 刊行年 | 版・出版者 | 確認できる特徴・識別情報 |
|---|---|---|
| 1949年 | 初版、D. Van Nostrand Company | Google Booksのミシガン大学所蔵本記録は307ページ。ISBN普及前の刊行物なので、後の版のISBNを初版へ付けない。1 |
| 1961年 | 第2版、Van Nostrand、Princeton | 310ページ。米国議会図書館管理番号LCCN 61065042。8 |
| 1973年 | 第3版、Chilton Book Co.、Radnor | 本文326ページ、前付xi。ISBN 0801959160。参考文献は313–317ページ。9 |
| 1986年 | 第4版、American Watchmakers Institute Press、Cincinnati | 目録は前付xii・本文453ページ。ISBN 0918845114。参考文献は435–442ページ。10 |
| 2021年 | Echo Point/Open Road系電子版 | ISBN 9781648374685。出版社は1961年第2版の再刊と説明。刊行日と形式を、1986年第4版と取り違えない。4 5 |
第4版のページ数は、目録の453ページに対し、AWCIの紹介では456ページと表示されます。前付を含む総数なのか、別の数え方なのかを、この表示だけで確定することはできません。版の同定にはページ数だけでなく、版表示、出版者、刊行年、ISBNを組み合わせます。3 10
第4版で広がった古い時計の修理#
AWCIは、第4版で六つの章が加わったと説明しています。対象は、ケースと巻上げ方式、モーターバレルと宝石軸受けを備えた香箱車(jeweled main wheels)、ヴァージ・フュジー時計、フュジーの鎖の修理、ヴァージの軸の製作、デュプレックス脱進機です。フュジーは、円錐状の部品に鎖を巻き、ゼンマイの力の変化をならす方式。ヴァージとデュプレックスは、時計の進みを制御する歴史的な脱進機の種類です。第4版は26章、550点を超える図を持つと同誌は紹介しています。3
この増補は、新しい刊行年の版ほど新型時計だけを扱う、とは限らないことを示します。本書の場合は、過去の時計を修理するための対象も広がっています。もっとも、追加章の全手順を第2版再刊の試読で確かめることはできず、版をまたいで内容を補い合うような読み方は避ける必要があります。
技術資料としての位置付けと限界#
本書は、既存の時計を調べ、整備し、必要な部品を直す修理の教本です。時計を一から設計・製作する総合書や、特定メーカーの現行機種の整備資料とは、目的と範囲が異なります。第2版系の試読で確認できる「現代の時計」は、20世紀中葉の機械式時計を前提にした説明です。たとえば第I章が多くの時計について述べる毎時18,000振動を、現在のすべての機械式時計の規格と読むことはできません。2
古い版の再刊年も、技術内容がその年に更新されたことを意味しません。2021年の電子版という書誌と、1961年第2版に基づく内容という出版社の説明は両立します。購入・閲覧する際には、原版、増補版、再刊のどれかを確認することが、目的に合う内容を見分ける手掛かりになります。4 5
参照先と確認範囲#
内容の具体例は、ISBN 9781648374685の電子版の無料試読にある第I章と第II章冒頭によります。後半の修理項目は目次、第4版の増補範囲はAWCIの説明、書誌はGoogle BooksとOpen Libraryの版別記録を照合しました。全版の全文を通読した紹介ではなく、未確認の工程や版間の細かな改稿までは評価していません。
原文の試読は参考文献2、版を選ぶための書誌は1・8・9・10から参照できます。
参考文献#
- Google Books/ミシガン大学所蔵本記録、Henry B. Fried, The Watch Repairer’s Manual, D. Van Nostrand Company, 1949、書誌欄。書誌・目次(2026年10月22日閲覧)。
2. Henry B. Fried, The Watch Repairer’s Manual, ISBN 9781648374685、Everandの公開試読、第I章「The Modern Watch」と第II章「Cleaning and Overhauling a Watch Movement」冒頭。原文試読(2026年10月22日閲覧)。
3. American Watchmakers-Clockmakers Institute, Horological Times, November 2017, p.36、「The Watch Repairer’s Manual」。第4版の紹介。団体誌PDF(2026年10月22日閲覧)。
4. Google Books, Henry B. Fried, The Watch Repairer’s Manual, Echo Point+ORM, 2021、書誌・目次。電子版の目次に付されたページ数字は紙版のページ対応として使用していない。電子版記録(2026年10月22日閲覧)。
5. Open Road Media/Echo Point Books, The Watch Repairer’s Manual、1961年第2版の再刊紹介。出版社ページ(2026年10月22日閲覧)。
6. Horological Society of New York, “Henry B. Fried Scholarship”、著者略歴。協会の記録(2026年10月22日閲覧)。
7. Mississippi Department of Education/Mississippi State University, Mississippi Curriculum Framework for Jewelry and Watch Repair Cluster, July 30, 1996, p.51、時計修理用の教科書欄。ERIC収録PDF・ED397336(2026年10月22日閲覧)。
8. Open Library, The watch repairer’s manual, 2d ed., 1961, OL5842339M、版別書誌。第2版記録(2026年10月22日閲覧)。
9. Open Library, The watch repairer’s manual, 3d ed., 1973, OL5417908M、版別書誌。第3版記録(2026年10月22日閲覧)。
10. Open Library, The watch repairer’s manual, 4th ed., 1986, OL2746023M、版別書誌。第4版記録(2026年10月22日閲覧)。