打撃中心(Centre of Percussion)

打撃中心(Centre of Percussion)

打撃中心とは#

打撃中心は、支点のまわりに回転できる物体を横から短く打ったとき、理想化した条件のもとで、打撃方向の衝撃が支点に伝わらない位置である。英語では centre of percussion または center of percussion、フランス語では centre de percussion という。物体の固有の一点を独立に指定する名前ではない。支点、打つ方向、物体の質量の分布が変われば、その位置も変わる。1 2

時計では、デテント脱進機の停止部品が復帰してバンキングに当たる位置を考える際に、この言葉が使われる。また、振り子の周期を等しい単振り子に置き換える「振動中心」とも関係する。いずれも物体全体の動きを扱う概念であり、部品に刻まれた印や、必ず実体のある点のことではない。1 3

支点P、重心S、打撃中心Cと打撃力Fを示す棒の模式図

支点P、重心S、打撃中心Cに加わる力Fを示す模式図。作者:Alva2004。出典:Wikimedia Commons。ライセンス:CC BY-SA 4.0。加工なし。

衝撃と支点の反応#

支点から延びる棒を横にたたくと、打撃は棒全体を並進させると同時に、重心のまわりに回転させる作用を持つ。支点が棒を拘束するため、一般には支点にも短時間の反力が生じる。適切な位置で打つと、剛体の並進と回転の効果が支点でつり合い、打撃方向の衝撃反力がゼロになる。ハーバード大学の実演では、吊った棒をこの点と別の点で打ち、支点の挙動を比較できる。2

これは衝撃の瞬間についての結果である。重力や軸受の荷重まで常にゼロになるという意味ではなく、力が消えることと、打撃のエネルギーが消えることも別である。実物は変形し、接触は有限の時間続き、摩擦や振動も伴う。理想的な剛体の式をそのまま実機の保証値と考えてはいけない。2

位置を決めるもの#

質量を M、支点から重心までの距離を d、支点まわりの慣性モーメントを I とする。支点と重心を結ぶ線上を、それに垂直な方向に打つ平面運動のモデルでは、支点から打撃中心までの距離は I / (M d) となる。I は質量だけでなく、各部分が支点からどれほど離れているかを反映する。重心の位置だけでは打撃中心は決まらない。1

例えば、一様な細い棒を一端で支えると、重心は支点から棒の長さの半分にある。一方、その打撃中心は支点から長さの3分の2の位置にある。先端に質量を加えたり、支点を移したりすれば結果は変わる。形や材質が異なる時計部品に、棒の3分の2という比率をそのまま当てはめることはできない。1 2

振動中心との関係#

同じ剛体を重力のもとで小さく振らせると、質量が一点に集中した単振り子と同じ周期を持つ長さを求められる。支点からその長さだけ離れた点が振動中心である。上のモデルではその距離も I / (M d) となるため、振動中心と打撃中心は一致する。カリフォルニア大学サンタバーバラ校の実演は、支点を持つ物体と単振り子の周期を比べ、この関係を導いている。1

同じ理想条件では、支点と振動中心を入れ替えて吊り直しても小振幅の周期は等しい。これは両点が共役であるという性質である。時計の振り子では、重りの中心までの実測距離と、同じ周期を持つ単振り子の長さを混同しないために役立つ。ただし、吊りばねの曲がり、空気抵抗、振幅などを持つ実時計の歩度は、この単純な式だけでは決まらない。1

クリスティアーン・ホイヘンスは振り子時計の理論で振動中心を扱った。王立協会が所蔵する1664年の図は、球を細い糸で吊った振り子の振動中心を求め、普遍的な長さの基準へ応用する提案を示している。編纂されたホイヘンス全集の解説は、衝撃の問題と振動中心の関係を説明する一方、『振り子時計』では彼が「打撃中心」ではなく振動中心の語を用いたと注記している。後世の同一視を、当時の呼称そのものと混同しないことが大切である。4 5

クロノメーターのデテント#

デテント脱進機では、テンプに取り付けられた解放石が補助ばねを動かし、デテントの停止石をガンギ車の歯から離す。その後デテントは戻り、バンキングと呼ばれる当たりで位置を定めて、再び歯を受け止める。バンキングの位置は、単に部品が動ける範囲を制限するだけでなく、復帰時の挙動にも関わる。3

クロード・ソーニエはクロノメーター脱進機の解説で、バンキングを打撃中心に配置することを重視した。彼の説明では、位置が適切ならデテントは当たりに衝突して静止するが、理論上の位置から外れると震え、バンキングを押す力が変動しながらガンギ車の歯にかみ合うことがある。デテントの長さや、動く部分の材料の分布が中心の位置に影響すると述べている。3

同書が紹介するユルゲンセンの指針は、バンキングねじを打撃中心のできるだけ近くに置くというものだった。またモワネの例では、ねじと停止石をデテントの端から長さの約4分の1の位置に置き、これを打撃中心の近似とする。これはその構成についての記述であり、すべてのデテントに適用できる寸法規則ではない。3

ソーニエは、寸法を測って計算した位置を出発点とし、拡大鏡で衝突後の震えを観察する方法も挙げた。機械を水平・垂直など異なる姿勢に置いて確かめるという。また、当たりを支える部品は、弾性がなければ接触点が摩耗し、薄すぎれば衝突ごとに振動すると論じ、寸法の選択を経験に委ねている。3

ソーニエが扱う板ばね式デテントは弾性を持ち、形状や接触条件も単純な剛体振り子とは異なる。理想モデルは配置の考え方を理解する助けになるが、加工後の部品の弾性、バンキングとの接触、停止石と歯の関係を含む実際の調整を置き換えるものではない。打撃中心への配置だけで脱進機全体の安定性や時計の精度が保証されるわけでもない。3

参考文献#

1. University of California, Santa Barbara, “28.38 — Center of percussion,” 実演解説、本文(2026年11月3日閲覧)。

2. Harvard Natural Sciences Lecture Demonstrations, “Center of Percussion,” 実演解説(2026年11月3日閲覧)。

3. Claudius Saunier, Treatise on Modern Horology, 英訳、クロノメーター脱進機、§§806–807、842–844、印刷頁479、496–497、PDF(2026年11月3日閲覧)。

4. Royal Society Picture Library, “Determining the centre of oscillation,” 1664年の書簡の写し、LBO/1/78、資料説明(2026年11月3日閲覧)。

5. Christiaan Huygens, Œuvres complètes, tome XVI, “Travaux divers de statique et de dynamique de 1659 à 1666,” 編者解説、DBNL本文(2026年11月3日閲覧)。