Horary Tables

Horary Tables

天体の時角を図から読む航海計算表#

Horary Tablesは一般には時間・時角に関する表を意味するが、時計師ジョージ・マーゲッツの仕事を論じる際には、1790年にロンドンで刊行された『Margetts’s Horary Tables』を指す。本記事はこの著作を対象とする。書名は太陽・月・星の見かけの日周運動、船の緯度、天体の方位角・時刻・高度を図の参照で求める用途を列挙する。「horary」を単に毎時の時刻表と訳すより、天体の時角と地平線上の位置を結ぶ計算表と理解すると内容に近い。1

これは機械時計の部品名ではなく、時計と天体観測を併用するための印刷された計算道具である。天体の高度を六分儀などで測り、赤緯を航海暦から得て、図表で時角を求める。クロノメーターは基準地点の時刻を保ち、表は観測地点の天体から現地時刻を得る。その二つを比べることが経度測定につながる。

成立の目的と本人の主張#

序文でマーゲッツは、自身の『Longitude Tables』および航海暦と組み合わせれば、月距法でもクロノメーター法でも経度測定に必要な計算を扱えると述べる。長い数値計算には誤りが入りやすいため、結果を図に刻み、銅版で印刷することで誤植を避け、操作を短縮しようとした。ここでの新しさは天体運動の発見ではなく、繰り返し行う計算を図の読み取りへ変える実用上の設計である。1

月距法では月と太陽または星との角距離に加え、それぞれの高度が必要になる。マーゲッツは通常複数人で行う観測を、角距離と時計による観測時刻を押さえ、必要な高度を表から得ることで、一人でも扱いやすくすると説明した。これは本人の用途説明であり、荒天時やすべての観測者に対する成功率の実験ではない。1

原著の序文は、厳密計算より高い精度をうたってはいない。むしろ器械の読み取り誤差と比べれば図による差は小さく、操作が速くなれば観測回数を増やして平均を取れることに意味があると論じる。数値計算を全廃する道具ではなく、計算の照合にも使えるものだった。1

主表の構造と読み方#

緯度ごとの版、赤緯・時角・高度#

使用説明は、緯度ごとの銅版に大きな数字でその緯度を掲げ、赤緯、時角、高度、方位角を関連付けると述べる。赤緯を読む水平線は赤道から上下へ延び、図の中央線は赤緯0度に対応する。時角を示す垂直線は不等間隔で、高度は斜めに走る曲線で表す。この不等間隔そのものが、三つの量の関係が単純な比例ではないことを示している。1

赤緯の目盛は15分ごとで、1度と5度の線を強調して読み違いを抑える。時角は時間・分と角度の両方で読むことができ、細線は5分、間の空間は1分の時間に対応すると説明される。高度の曲線は5度ごとで、各版に十種類の高度を入れる。刻線の太さと番号の配置は装飾ではなく、読み取りと補間を支える設計である。1

基本的には次の順に使う。緯度に対応する図を選び、航海暦などから得た天体の赤緯を置く。観測高度の曲線と赤緯の位置の交点から時角を読む。既知の時刻と赤緯から高度を読むなど、入力と出力を入れ替える使い方もできる。原著は赤道から緯度30度までについて、緯度と赤緯を取り替える利用にも言及する。1

現代の記号で見る数学的関係#

この図表が扱う高度の関係を、現代の球面天文学の記号で書けば、

\[ \sin h=\sin\varphi\sin\delta+\cos\varphi\cos\delta\cos H \]

となる。ここで \( h \) は天体中心の幾何学的高度、\( \varphi \) は観測地点の緯度、\( \delta \) は赤緯、\( H \) は地方子午線から測る時角で、角度の単位は統一して使う。この式は原著に現代記号で印刷されているものではなく、原著の緯度・赤緯・時角・高度の対応を説明する書き換えである。1

関係は座標の内積から理解できる。天の極を基準とする座標で、天頂方向を \( (\cos\varphi,0,\sin\varphi) \)、天体方向を \( (\cos\delta\cos H,\cos\delta\sin H,\sin\delta) \) と置く。両方向の内積は天頂距離の余弦、すなわち高度の正弦になる。この幾何学的説明は図表の原理を明らかにするが、大気差や月の視差を含まない。

たとえば赤道上で赤緯0度の天体が高度30度にある場合、\( \cos H=\sin30^\circ=1/2 \) なので、時角の大きさは60度となる。15度を1時間へ換算すれば4時間だが、東側にあるか西側にあるかで子午線通過の前後が違う。高度一つだけでは午前・午後の枝を決定できない。実際の観測で方位や時刻の概略を確かめる必要がある。

時計の時間と天体の時間#

太陽の時角から得る見かけの太陽時と、均一な平均太陽時は同じではない。クロノメーターとの比較には、この時刻系の違いを扱う必要がある。星の場合も、赤経や恒星時との関係を航海暦から取らなければならない。図表だけで全ての年・日付の天体位置を生成するのではなく、時々刻々の天体座標を与える暦と、幾何学を扱う表を組み合わせる設計である。1

付属する補正表と航程表#

原著の使用説明は主表以外にも、観測の補正と航路計算のための表を区別している。これらをまとめて「経度を直接読む表」と呼ぶと、入力する観測値と処理する量の違いが消えてしまう。1

表主に扱う量入力・目盛の特徴
Horary Tables時角・高度・方位角の関係緯度別の版、赤緯の線、時角の線、高度の曲線
月高度補正表 No.I月の高度視差と大気差の合成補正月の高度と水平視差から補正量を読む
大気差表 No.II星の大気差、太陽の視差を考慮した補正観測高度と補正の分・秒を対応させる
Traverse Table航程、針路、緯度差、東西距角度線、距離を示す円、縦横の線
Duodecimal Table No.III十二分関係と比例部分時間または角度と割合の対応

月の視差と大気差#

地球表面から月を見る方向と、地球中心から見る方向には視差がある。大気は光を屈折させ、見かけの高度を変える。両者を同じ補正とみなせず、月の表では水平視差も入力する。原著は月高度を5度ごとに、水平視差を図の長さ方向に配置し、細い点線に、月の水平半径へ加える増大量の秒数を割り当てると説明している。1

実務上は、天体の縁を観測したのか中心を観測したのか、器械誤差を補ったかを先に確認する必要がある。主表の幾何学的高度へ見かけの高度をそのまま入れると、正しい形の図を正しく読んでも、入力自体に系統的なずれが残る。

航程表は別の計算を担当する#

Traverse Tableは船の進んだ距離を、針路に沿う緯度方向と東西方向へ分けるための図である。原著は針路を角度線、距離を円、緯度差と東西距を縦横の線で表すと述べる。緯度と東西距から経度差を読む使い方も説明し、通常の航程表と同じ仕事を、比例部分の計算をせずに図から読むことを利点としている。1

時角表は天体観測、航程表は船の移動を扱う。両方を収めることで、航海者が観測と推測航法をつなげる実務を支えた。紙の図表であっても、入力、演算、出力を設計した計算装置として捉えられる。

精度と運用上の限界#

図表の読み取りは、目盛の間隔、曲線間の補間、印刷の状態、照明、観測値の誤差に制約される。細かい線があることは、最終結果が必ずその刻みまで正確だという保証ではない。子午線の近くなど高度の変化が時角に対して鈍い領域では、小さな高度誤差が大きな時角誤差へ変わりうる。たとえば前掲式を時角で微分すると、\( \cos h\,dh=-\cos\varphi\cos\delta\sin H\,dH \) となり、\( \sin H \) が小さいときには逆算が不安定になることが分かる。これは微小誤差・幾何学的高度を仮定した説明である。

経度の換算では1時間の時刻差が15度、時間の1分が経度15分に相当する。このため時計の歩度誤差や観測時刻の取り違えも無視できない。マーゲッツの操作短縮という意図は、計算方法の誤りを消す魔法ではなく、限られた時間内に観測と照合を増やす工夫として評価するのが適切である。1

図式計算史での位置#

数学史研究者Dominique Tournèsは、1790年のHorary TablesとLongitude Tablesを、後の図式計算に先行する例として挙げる。同時に、より古い天文器具や図的な手法が存在したこと、個別の図表とノモグラフィという一般的な学問の成立が違うことも説明する。マーゲッツを図式計算全体の唯一の発明者とする根拠はない。2

現代の計算機はこの種の計算を数値的に実行できるが、本書は、精度、速さ、誤りにくさ、利用者の技能を一緒に考えた道具の歴史として重要である。機械時計が基準時間を持ち運び、印刷された曲線が観測値を時角へ変える。時計史と数学史が実務の場で接続する事例なのである。

年表と史料の範囲#

年代出来事
18世紀後半航海暦、月距観測、精密時計が経度測定の実務を支える背景。1
1790年マーゲッツがHorary Tablesを刊行。主表、観測補正、航程計算を説明。1
1923年Gouldがマーゲッツの計算表を技術史で評価。ただしHoraryと月距補正の仕事を一括して記述する箇所は、原著の表の区別と照合する必要がある。3
2011年Tournèsがノモグラフィ史の中で1790年の二著を位置付ける。2
2026年10月Google Booksで1790年原著の公開スキャンを参照できる。1

公開スキャンの序文と使用説明は具体的な目盛と用途を示すが、全図版を良好な画像で読めるとは限らない。本記事の数値例は図版から測った性能ではなく、数学的関係を説明する例である。広く商業航海で普及した件数、利用船の一覧、全緯度の表の誤差分布はここで挙げた資料から確定しない。特許取得も確認できず、刊行年を特許年とは扱わない。

参考文献#

閲覧日:2026年10月13日。

  1. George Margetts, Margetts’s Horary Tables for Shewing by Inspection the Apparent Diurnal Motion of the Sun, Moon and Stars, the Latitude of a Ship & the Azimuth, Time or Altitude Corresponding with Any Celestial Object, 1790。Google Books原著スキャン、序文pp.iii–iv、使用説明pp.iv–vを画像で実読。数学的関係の式・例・微分は本文の説明用に現代記号で示したもので、原著の逐語転記ではない。
  2. Dominique Tournès, “Une discipline à la croisée d’intérêts multiples : la nomographie”, Circulation, Transmission, Héritage, IREM de Basse-Normandie, 2011, pp.415–445、特にpp.435–436。フランス語研究論文。
  3. Rupert T. Gould, The Marine Chronometer: Its History and Development, 1923, pp.225–227。マーゲッツの機械的天文表示と計算表に関する評価。