時計を外で作り、工房で仕上げる#
ミクスト方式は、ブレゲ工房が自らの設計と指揮の下で外部に時計を製作させ、脱進機と調速器を自社工房で仕上げる製造分担を指す。原語は montres mixtes。時計の内蓋などには Etablissement Mixte de Breguet という署名も見られる。「混合」の対象は製造の担当であり、金属の混合や複数の脱進機を組み合わせる構造を意味しない。1 2
この方式が興味深いのは、誰が部品を作ったかという問いと、誰が設計・仕上げに責任を持ったかという問いを分けている点である。ブレゲの名を持つ正規の時計にも、外部製作を明示した製品群があった。高級時計の歴史を、名人がすべてを一人で製作した物語だけで捉えると、この製品群を説明できない。1
工房自身による定義#
第13項の三つの条件#
ブレゲ・エ・フィスの製品案内『民生用時計、携帯クロノメーター、航海・天文時計およびその他の観測機器』には、民生用時計の第13項としてミクストが載る。1921年のサロモンズ『Breguet』に再録された案内で、刊年は「1822または1823」と示されている。製品一覧では、通常の時計とリピーター付きの両方が対象になっている。1
第13項の内容は次の三点に分けられる。
| 担当範囲 | 案内が述べること |
|---|---|
| 設計 | ブレゲ側の図面に従う |
| 外部での製作 | 工房の指揮の下で行う |
| 工房内の仕上げ | 脱進機と調速器を仕上げる |
原文の最後は sont finis dans notre établissement、すなわち「当工房で仕上げられる」である。これを、脱進機と調速器の全材料・全部品を例外なく工房内で製造したという主張に拡張することはできない。同じく、外部の担当者名、作業場所、検査の数値基準、契約条件までは、この短い説明にはない。1
パリ製作の説明に付く例外#
案内の前文は、ムーブメント、ケース、文字盤、ばね、ルビーなどをパリで製作すると述べる一方、「ミクストと指定したものを除く」という但し書きを置く。外部製作は後世の推測だけから導かれるのではなく、販売側自身が製品区分として説明していた。1
また、前文では直径、厚さ、付加機能、針の配置を組み合わせ、好みに応じた時計を構成できると案内する。ミクストも、こうした複数の製品を扱う工房の営業体系に位置する。ただし、この案内全体の意匠や機構を、すべてのミクスト個体が備えたと読むことはできない。第13項は製造分担を定義しており、単一の共通ムーブメントを指定してはいない。1
なぜ脱進機と調速器を仕上げるのか#
機械式時計では、輪列が伝えるエネルギーを脱進機が一定の間隔で受け渡し、テンプの振動を維持する。調速器は、携帯時計ではテンプとヒゲゼンマイの組合せであり、その振動が歩度の基礎になる。脱進機は輪列と調速器の間に位置するため、時計の動力と時間の刻みを結ぶ部分である。3 4 5
したがって、時計を外部で製作しても、これらの部分の仕上げを工房が担うことには、計時を左右する部分へ関与するという技術的な意味がある。これは案内の工程区分と機構の役割から理解できる。一方、案内には日差、温度試験、姿勢差や耐久性の測定結果は示されない。工房で仕上げたという事実から、全個体が同じ精度だった、あるいは完全内製品と測定上同等だったとは結論できない。1 3 4
ミクストという呼称だけで、特定の脱進機を決めることもできない。実際の構造は個体の記録で確かめる必要がある。この方式の中心は新しい脱進原理の発明ではなく、設計・外部製作・工房仕上げの配分にある。1 2 8
現存作品から分かる幅#
No.1388――四半時リピーター#
1991年4月14日のアンティコルムの出品記録にあるNo.1388は、1815年頃と推定された金製の懐中時計で、内蓋にミクストの署名と番号を持つ。記録されるのはシリンダー脱進機、平ヒゲ、補償用のバイメタル部材、二つのハンマーと二つのゴングによる四半時リピーターである。外部製作という区分が、打刻機構を持たない簡単な時計だけに限定されなかったことを示す。推定製作年を実際の販売日と取り違えてはいけない。2
8日巻のワンダリングアワー#
2001年3月31日の同社の出品記録には、1820年頃とされる8日巻の金製時計もある。時数字が分目盛の窓を移動して時刻を示すワンダリングアワー表示を備え、内蓋にミクスト、文字盤にブレゲ・エ・フィスの署名を持つ。製造区分が共通でも、表示と駆動時間には幅があった。6
No.1233――オスマン市場向けの馬車時計#
アギュットの2022年のカタログには、ミクストとして記録された銀製馬車時計No.1233がある。直径14.7cmで、ヴァージ脱進機、通常の打刻、四半時リピーター、目覚ましを備える。付属する1974年4月9日付ブレゲ証明書の説明によれば、1816年11月6日に、コンスタンティノープルの代理店ルロワを通じて1200フランで販売された。これは携帯用の小さな懐中時計以外にも、この製造区分が使われた例である。工房記録にあるルロワへの送付を、ルロワが外注製造者だった証拠とは解さない。8
これらの現存品は、製造分担と機構・表示の種類を別々に考える必要を示す。ただし、競売記録は出品時点の現物説明である。現在の機械の全構成を、交換・修復のない製作当初の状態と無条件に同一視することはできない。1 2 6
番号・台帳・証明書#
ミクストの販売台帳については、資料の成立時点を区別する必要がある。1991年のNo.1388の説明は台帳が失われたとしていたが、同じ競売社の2001年の説明は、会社所蔵の専用台帳があり、1806年のNo.1から1832年のNo.2421まで続くと述べる。現在この系列の期間を説明する際には、後者の報告とその帰属を示すのが適切である。台帳原本の全頁を確認した記述ではなく、番号の両端をそのまま総生産数とも扱えない。2 6
証明書も同様である。サロモンズは1921年に、ミクストには証明書が与えられなかったようだと推測しつつ、正規品として扱っている。一方、クロットの2018年の出品記録は、No.1925に証明書No.3378が付属するとし、1823年12月26日にギバル氏へ500フランで販売されたと記す。証明書番号は時計番号ともケース番号とも異なる。サロモンズの推測を、後年の証明書まで存在し得ないという一般則へ広げることはできない。証明書の発行日と、そこに記録された販売日も区別すべきである。1 7
ミクストの署名は製造分担を理解する手掛かりになるが、署名だけで個体の真正性、来歴、状態のすべてが確定するわけではない。工房の案内、現物の構造、販売・修理の記録を対応させることで、初めて個別作品の説明が具体的になる。1 2
年表#
| 年月 | 確認できる位置付け |
|---|---|
| 1806年 | 2001年のアンティコルムの報告による専用台帳の開始、No.1。初めて分業が行われた年を証明するものではない。6 |
| 1815年頃 | No.1388の推定年代。四半時リピーターを持つ現存例。2 |
| 1816年11月 | アギュットが証明書に基づいて説明する馬車時計No.1233の販売。8 |
| 1820年頃 | 8日巻ワンダリングアワー時計の推定年代。6 |
| 1822または1823年 | 再録案内に示される刊年。第13項で外部製作と工房内仕上げを定義。1 |
| 1823年12月 | クロットが記すNo.1925の販売。証明書No.3378が付属する。7 |
| 1832年 | アンティコルムが報告する専用台帳末尾のNo.2421の年。6 |
| 1921年 | サロモンズが工房案内を再録し、ミクストと証明書について論じる。1 |
| 1991年4月 | No.1388の出品記録。台帳消失説を記載。2 |
| 2001年3月 | ワンダリングアワー時計の出品記録。専用台帳の存続を報告。6 |
製作場所と時計の評価を分ける#
ミクストは、外部の仕事と工房の仕事を結び付け、その分担を名称と製品案内で示した例である。原資料が保証するのは、ブレゲ側の図面と指揮、外部での製作、脱進機・調速器の工房仕上げという関係である。価格低減の割合、製作時間、全個体の精度といった数値は、この名称からは導けない。1
この区分によって、署名のある時計を「すべて自社で製作」か「無関係な模倣品」かの二択に押し込めず、設計と製造、仕上げの実態に沿って理解できる。重要なのは分業の有無だけで価値を決めることではなく、その時計で誰が何を担ったのかを資料と実物から明らかにすることである。
参考文献#
- David Lionel Salomons, Breguet (1747–1823), 1921, pp.73, 76–88。特に工房案内の刊年表示p.78、前文pp.79–80、一覧p.81、第13項p.88。Internet Archiveの原本画像。閲覧日:2026年10月18日。
2. Antiquorum, The Art of Breguet, 1991年4月14日、lot 20、No.1388。現物説明と解説。閲覧日:2026年10月18日。
3. Fondation Haute Horlogerie, “Échappement”。脱進機の役割と分類。閲覧日:2026年10月18日。
4. Fondation Haute Horlogerie, “Regulating parts”。調速器と脱進機。閲覧日:2026年10月18日。
5. Breguet, “Invention of the ‘Breguet balance-spring’”。テンプとヒゲゼンマイの機能。閲覧日:2026年10月18日。
6. Antiquorum, The Sandberg Watch Collection, 2001年3月31日、lot 129。現物説明と専用台帳についての解説。閲覧日:2026年10月18日。
7. Dr. Crott Auctioneers, 98th Auction, 2018年11月10日、p.186、lot 213。同社の全文ePaper。閲覧日:2026年10月18日。
8. Aguttes, Une histoire du temps, ancienne collection B., 2022年9月28日、lot 38、No.1233。現物および付属証明書の説明。閲覧日:2026年10月18日。