恒星時

恒星時

時計の針で地球の向きを読む#

恒星時(sidereal time)は、天球上の春分点が観測地の子午線からどれだけ西へ進んだかを、時・分・秒で表す量である。地球の自転に応じて増加し、24恒星時間で一周する。日常の時計が太陽に対応する一日を刻むのに対し、恒星時は、いまどの赤経の天体が子午線を通るかを教える。1 2

「恒星の時刻」という名前でも、特定の星を絶対に動かない基準にしているわけではない。地球の自転軸の向きは歳差・章動で変化するので、どの星についても同じように使える定義には、天の赤道とその上の原点が必要になる。伝統的な恒星時の原点が春分点である。これは黄道と天の赤道の交点の一つで、空に光る目印はない。1

天文台の恒星時時計は、この角度を時計の文字盤に読み替えた道具だった。時計と星を照合して地球の向きを知り、その値から平均太陽時を求める。恒星時を理解すると、天文観測が時報や精密時計の基準になった理由も見えてくる。3

なぜ一日が約4分短いのか#

地球は自転しながら太陽の周囲を公転する。ある地点で太陽が子午線を通ってから次に通るまでには、自転で一回転するだけでなく、公転で太陽の方向が変わった分だけ余計に回る必要がある。遠方の星に対する方向の変化は、これより小さい。この違いによって、星空の一巡は太陽の一巡より早く終わる。3 4

ここで比較するのは、季節によって長さの変わる実際の太陽日を平均した一日と、平均恒星時の一周である。近似的には、恒星時は平均太陽時の約1.0027379倍の速さで進む。したがって、次の二つは同じ関係を異なる単位で表したものになる。2 4

比較する区間別の時刻系で表した長さ
恒星時の24時間平均太陽時で約23時間56分4.1秒
平均太陽時の24時間恒星時で約24時間3分56.6秒

前者は86400を1.0027379で割り、後者は86400に同じ係数を掛けて得た概数である。「恒星日は約4分短い」からといって、恒星時時計の文字盤が23時56分で0時へ戻るわけではない。文字盤は24時間で一周し、その一周に要する日常の時間が短いのである。

この比率は短い期間の理解に適した近似で、固定したSI秒による永遠に一定の周期ではない。自転速度自体も変化し、恒星時の原点も移動する。USNOの説明では、歳差を含む平均恒星日は、現代の地球回転角から定める回転周期より約0.008秒短い。小数点以下の長い一定値を、あらゆる年代・基準に通用する「地球の正確な自転周期」として使うことはできない。5

赤経・時角・経度を結ぶ#

子午線を通る星の赤経が時刻になる#

赤経は、天の赤道に沿って春分点から東向きに測る天体の位置である。時角は、観測地の子午線から天体まで西向きに測る角度である。角度15度を1時間へ換算し、同じ赤道・原点・日付に対応する量を使えば、関係は次のように書ける。3

\[ H=\theta_{\mathrm{local}}-\alpha \pmod{24\mathrm{h}} \]

ここで、Hは時角、θlocalは地方恒星時、αは赤経で、すべて時間単位で表す。24時間で折り返す代わりに、通過前を負、通過後を正にして±12時間の範囲へ直してもよい。天体が子午線を上方通過するときにはH=0となり、その天体の赤経と地方恒星時が一致する。

天の赤道を展開し、赤経6時間の天体と恒星時8時間の子午線の間が西向き時角2時間となる関係図

図1:天の赤道を直線へ展開した説明用の模式図。赤経6時間の天体を、地方恒星時8時間の場所から考えると、時角は西向き2時間となる。原理:3。図:本サイト作成。実際の観測記録や特定の日時の星空を表すものではない。

たとえば、地方視恒星時が8時、天体の視赤経が6時なら、時角は2時間=30度で、天体は上方通過を終えた西側にある。同じ赤経の天体でも赤緯によって空の高さは違うため、恒星時だけで高度まで決まるわけではない。また、カタログに載る別の元期の赤経を、そのまま観測時の視恒星時から引いて精密な方向を得ることはできない。3 6

東へ行くほど地方恒星時は進む#

グリニッジ子午線を基準にしたものがグリニッジ恒星時、観測地点の子午線を基準にしたものが地方恒星時である。東経を正、西経を負とする経度λを度で表せば、時間単位への換算を含めて次の関係になる。2

\[ \theta_{\mathrm{local}}=\theta_{\mathrm{G}}+\frac{\lambda}{15^\circ/\mathrm{h}}\pmod{24\mathrm{h}} \]

θGはグリニッジ恒星時を表す。東経135度なら、地方恒星時はグリニッジ恒星時より9恒星時間進む。これは時差帯の制度を適用した結果ではなく、経度の角度換算である。日本標準時の数字に一定の9時間を足すという計算とは異なる。

観測から地方恒星時が得られ、同じ瞬間のグリニッジ恒星時が分かれば、両者の差は経度の情報になる。逆に、経度が既知の天文台では、星の子午線通過から時計の指示のずれを求められる。時刻の観測と位置の観測は、同じ幾何学を反対方向に使っている。1

平均恒星時と視恒星時#

地球の自転軸の長期的な向きの変化が歳差、それに重なる周期的な変動が章動である。平均赤道・平均春分点を基準にするのが平均恒星時、章動を含めた真赤道・真春分点を基準にするのが視恒星時である。グリニッジ基準では、それぞれGMST(Greenwich Mean Sidereal Time)、GAST(Greenwich Apparent Sidereal Time)と呼ぶ。1 6

\[ \mathrm{GAST}=\mathrm{GMST}+\mathrm{EqEq} \]

EqEqは分点均差(equation of the equinoxes)で、ここではほかの二量と同じ時間単位で使う。「均時差」は実際の太陽と平均太陽による時刻の差なので、名前が似ていても別の補正である。視恒星時を使うなら、天体側の赤経もその定義に適合させる必要がある。2 6

「平均」は複数回の観測値をただ平均したという意味ではなく、基準となる赤道・春分点のモデルを指す。「視」も肉眼で時計を読むという意味ではない。平均恒星時で調整した時計を、章動を考慮せず個々の星へ直接合わせ続ければ、時刻系と天体座標の違いを時計の誤差へ混ぜてしまう。

天文台ではどう使ったか#

観測と観測の間を精密時計がつなぐ#

春分点そのものは見えないので、実際には位置の分かった恒星の子午線通過を観測する。時計が示した通過時刻と、必要な補正を施した星の位置を照合して時計差を求める。星の観測が時刻の基準を与え、振り子などの時計が観測と観測の間を連続して刻む。空と時計のどちらか一方だけで成り立つ仕組みではなかった。3

その具体例が、グリニッジ天文台で使われたウィリアム・ハーディ製の約1811年の8日巻恒星時レギュレーターである。1850年に機械を石の区画へ移し、1854年にはデントがクロノグラフにつながる電気接点を加えた。時計の刻みと、観測者が押しボタンで記録する天体通過とを、同じ記録装置上で比べられるようになった。7

この時計は錘で歯車列を駆動し、温度補償を備えた振り子で歩度を保つ。脱進機は製作時の方式からデントによるデッドビートへ変更された。電気接点の作動が振り子の歩度を乱さないよう、接点を動かすタイミングにも配慮したという。恒星時を表示することと、その速さを安定して保つことは別の設計課題であり、温度、潤滑、接点の負荷を無視できない。7

天文台の時刻と町の時刻を分ける#

天文観測に便利な恒星時を、そのまま鉄道や町へ配れば、太陽に対する時刻が毎日ずれていく。グリニッジでは、観測用の恒星時と配信する平均太陽時を比較する仕組みが必要だった。

王立博物館グリニッジの所蔵資料ZAA0532は、シェパード親時計に従う平均太陽時の子時計を、1852年から1940年まで時刻比較机で使ったと記録する。その役割は、平均太陽時と恒星時の比較だった。子時計の針は毎秒の電気信号で進む。恒星時時計、時刻の換算、親時計、配信先の時計は、同じ天文台にあっても別の役割を担っていた。8

なお、恒星時という時刻の定義は、特定の脱進機・材質・特許一件の名称ではない。機械式の恒星時時計については個々の機構の調査が必要になるが、その仕様を恒星時そのものの条件にすることはできない。

現代の地球回転角とUT1#

春分点の運動から自転を分ける#

恒星時には自転だけでなく春分点の移動も含まれる。現代の精密計算では、天の中間極(CIP)の赤道上に置く天の中間原点(CIO)と、地球側の対応する地球中間原点(TIO)を使い、地球回転角ERA(Earth Rotation Angle)を定める。CIOは、極の移動に伴う赤道上の余分な回転を入れないよう定義した原点であり、特定の恒星を指すものではない。9

IAU 2000決議による体系は2003年から実施され、2006年にCIOなどの名称と歳差モデルが整えられた。春分点基準の方法を禁止したわけではなく、両者を一貫したモデルで使えば同じ地上・天球間の変換を構成できる。原点差EO(equation of the origins)を使う関係は、同じ角度単位でGAST=ERA−EOとなる。EOは分点均差EqEqとは異なる。9

UT1は、このERAと線形の関係になるよう定めた世界時である。USNOが示す式は、回転数を単位とすれば次の形になる。5

\[ \begin{aligned} \frac{\mathrm{ERA}}{2\pi} &=a+bD_U\pmod 1\\ a&=0.7790572732640\\ b&=1.00273781191135448 \end{aligned} \]

DUは2000年1月1日12時UT1、ユリウス日2451545.0からのUT1日数で、小数部分も含む。ERAの単位はラジアン、右辺は一回転を1とする無次元の量である。この式はUT1と回転角の関係を定義するもので、未来の自転の不規則性を予測する式ではない。5

原子時計があっても地球の観測は必要#

UTCは原子時計に基づく社会生活の時刻、UT1は地球の回転を表す時刻である。精密な恒星時計算ではUTCを無条件にUT1として扱わず、その差を補う。歳差・章動モデルの時間引数にはTT(地球時)も必要になる。時計の秒が正しくても、時間系を取り違えれば天球の向きは正しく得られない。2 10

現代のVLBI(超長基線電波干渉法)は、遠方のクエーサーから来る電波が、離れた複数のアンテナへ届く時刻の差を測る。地球上に固定されたアンテナの向きと、天球側の基準を結ぶことで、地球の姿勢を求める。恒星を望遠鏡の糸で捉えて時計の刻みと比べた観測は、電波源・原子時計・計算モデルを用いる測定へ変わったが、地球の向きを空に照らして測る必要は残っている。11

実装にはIAU SOFAのGMST06、GST06A、ERA00など、量とモデルに応じた別の計算ルーチンがある。SOFAの解説は春分点基準とCIO基準の計算例を区別する。名称が「恒星時」で似ているという理由で、古い近似式、別年代の星表、別の歳差・章動モデルを混在させるべきではない。12

使い方の変化をたどる年表#

年代具体例・変化
約1811年ハーディの恒星時レギュレーターが製作される。用語の初出ではなく、現存する観測時計の一例。7
1852年グリニッジの時刻配信で、平均太陽時と恒星時を比較する子時計を使用。8
1854年ハーディ時計へクロノグラフ用の電気接点を追加。7
2000年決議・2003年実施IAUが地球回転角と非回転原点を用いる体系を導入。9
2006年CIO・TIOなどの名称と歳差モデルを整備。9
2023年版SOFA解説恒星時・ERAと各種座標変換を、モデルごとのルーチンと計算例で説明。12

恒星時は、夜に使う特別な時計の表示だけを意味しない。星の赤経、地上の経度、観測者の子午線をつなぐ量であり、精密時計を天文観測へ結び付けてきた。使う際には、地方かグリニッジか、平均か視か、春分点かCIOか、そして入力がUTCかUT1かをそろえることが、表示の細かさより先に必要になる。

参考文献#

以下のウェブ資料の確認日は2026年11月4日。PDFは記載した節・頁を参照した。

  1. 国立天文台暦計算室、「暦Wiki/恒星時」、2020年最終更新。定義、経度、平均・視恒星時。
  2. U.S. Naval Observatory, “Computing Approximate Sidereal Time”。GMST・GAST、UT1・TT、東経正の換算。掲載式は近似計算であることに注意。
  3. 国立天文台暦計算室、「恒星時について」、『暦象年表2015』より。「恒星時の役割」「恒星時の歴史」ほか。
  4. 国立天文台暦計算室、「暦Wiki/太陽時と恒星時」。恒星日の定義と平均太陽日との換算。
  5. George H. Kaplan, The IAU Resolutions on Astronomical Reference Systems, Time Scales, and Earth Rotation Models: Explanation and Implementation, USNO Circular No.179, 2005, §§2.6.2, 6.1–6.3、特に印刷頁16、51–54。ERAの式、恒星日と回転周期の区別。
  6. U.S. Naval Observatory, The Astronomical Almanac Glossary、2023年版準拠。“sidereal time,” “Greenwich Mean Sidereal Time,” “apparent place,” “equation of the origins”各項。
  7. Royal Museums Greenwich, “An eight-day sidereal regulator … by William Hardy, London, circa 1811”, ZAA0591。所蔵品解説・機構記述。
  8. Royal Museums Greenwich, “Sympathetic chronometer”, ZAA0532。1852–1940年の時刻比較用途。
  9. IERS, IERS Conventions (2010), Chapter 5: Transformation between the International Terrestrial Reference System and the Geocentric Celestial Reference System, 2012年8月10日版、§§5.2, 5.5.7、式(5.30)。CIO・TIO、ERAと原点差。
  10. U.S. Naval Observatory, “Universal Time”。UT1とUTCの区別。
  11. NASA Goddard Space Flight Center, “VLBI”。電波到達時刻差と地球姿勢の観測。
  12. IAU SOFA Board, SOFA Tools for Earth Attitude, software version 18, document revision 1.7, 2023年5月31日、§§2.6–2.9, 3.6, 4.2および関数仕様ERA00・GMST06・GST06A。