British Horological Institute(BHI)は、時計の製作・整備・修復に携わる人々の教育と交流を支える英国の会員組織です。1858年に発足し、通信教育、実習講座、試験、月刊誌『Horological Journal』を通じて、時計を理解して手を動かすための知識を伝えてきました。職業として時計に関わる人と、趣味として学ぶ人の双方が参加しています。1
組織の成立と拠点#
BHIの公式沿革によれば、設立の背景には19世紀半ばの英国時計産業をめぐる議論がありました。外国製品との競争の中で教育や生産組織を改善すべきだというJohn Bennettと、クラーケンウェルの時計・クロノメーター製作者Edward Daniel Johnsonが1857年に公開討論を行い、Johnsonは時計の専門組織を構想しました。1858年6月15日、同地のBelvedere Tavernで開かれた会合でBHIが提案され、発足します。これは団体が後年まとめた沿革に基づく説明です。2
創設時の目的には、時計学の発展、製造に関わる技芸の振興、優れた仕事の奨励が掲げられました。図書館や閲覧室、工具・模型・機械の収集、講演と論文発表が、そのための具体的な手段とされていました。工房での仕事と、読書・議論による学びを結び付ける考え方が、出発点にあったことが分かります。2
団体の発足と法人設立は別の出来事です。Companies Houseでは、正式登記名はBRITISH HOROLOGICAL INSTITUTE LIMITED(THE)、法人番号00130649、法人設立日は1913年8月14日と記録されています。株式資本を持たない保証有限会社で、2026年11月8日の確認時点ではActive、登記住所はノッティンガムシャーのUpton Hallです。3

図1:BHIの拠点Upton Hall。2020年8月23日撮影。作者:Alan Murray-Rust。出典:Geograph:Upton Hall。ライセンス:CC BY-SA 2.0。変更:なし。
公式沿革は、戦災を受けたロンドンの施設の維持費が移転の背景にあり、1972年に事務所・工房・収蔵品・図書館などをUpton Hallへ移したとしています。Historic Englandの指定建造物記録では、ホールは17世紀の建物の一部を取り込んで1832年に建設され、Grade II*に指定された建物です。現在の公式連絡先もUpton Hallを示しています。2 4 5
会員資格と技能の認定#
2026年11月8日に確認した会員案内では、個人会員にはAssociate、Member of the BHI(MBHI)、Fellow of the BHI(FBHI)の三つの区分があります。Associateは前提資格なしで世界各地から参加できる入口です。会誌、過去号のデジタル閲覧、会員フォーラム、試験を受ける選択肢などが案内されています。6
MBHIとFBHIは、BHIが技能・知識を評価した認定会員の区分です。試験への合格や実際の工房経験などにより能力を示し、申請はまずUpgrading Committeeが審査します。したがって、入会したこと、講座を受講したこと、試験で資格を得たこと、認定会員へ昇格したことは、それぞれ区別する必要があります。6
海外在住者の認定について、BHIは各申請を個別に検討するとしています。他国の教育・資格の水準を常に正確に評価できるとは限らないため、海外申請者への認定を保証していません。英国外から学習できることと、他国の資格が自動的にMBHIやFBHIに換算されることは同じではありません。6
通信教育と工房での実習#
BHIのDistance Learning Course(DLC)は、自宅の作業台で進める通信教育です。Technician Gradeは基礎となる段階で、時計の整備・修理の理論と実技、小部品を作るための工作技術、試験のシラバスと練習問題を含みます。教材の学習を終えるだけで資格が授与されるのではなく、試験への準備として位置付けられています。7
教材は作業環境と手工具の準備も求めます。任意のTutor Feedbackでは、理論問題の解答や実技の試作品を講師へ送り、採点と助言を受けられます。文字を読む学習だけで完結せず、自分の手で作った物を評価につなげる仕組みです。7
Intermediate and Final Gradeは、Technician Gradeに続く高度な学習です。製作・設計、整備・修理、修復・保存に加え、脱進機を設計するための幾何学的作図を扱います。脱進機とは、歯車列の動きを刻みながら振り子やてんぷへエネルギーを渡す機構です。形を図面に表すことも、機構の働きを理解して部品を作るための技能になります。8
この上位教材は、Level 4の整備・修理、Level 5の修理・修復・保存に関するEAL/BHI試験への準備として案内されています。公式説明では、資格完成時の証書をEALが、試験ごとの取得単位を示す中間証書をBHIが発行します。教育を行う団体と、資格の証書を授与する機関の役割を分けて読むことが大切です。8
対面講座にも具体的な作業があります。2026年11月8日確認の講座一覧には、自動巻腕時計の整備・不具合修正、シリンダーおよびレバー式のプラットフォーム脱進機の不具合診断、グラハム式などの脱進機の作図、デッドビート脱進機の設計・製作が並びます。入門から専門的な作業へ、時計と腕時計の両方に学習経路が用意されています。9
『Horological Journal』と知識の共有#
月刊誌『Horological Journal』(HJ)は1858年9月に創刊されました。BHIの説明では、歴史的・現代的な時計の製作、整備、修理、修復、保存について査読論文を掲載し、機械式時計だけでなく塔時計や電気・電子式の時計も扱います。会員は毎月の会誌を受け取り、一部の記事は公式サイトのArticle of the Monthとして公開されています。10
たとえば、2026年11月の公開記事はAdrian van der MeijdenによるIWC懐中時計の復興を主題としています。技能の説明にとどまらず、製品と産業の歴史も扱う雑誌であることが分かります。ただし、公開された月例記事と、会員向けの会誌全体・過去号閲覧は、利用できる範囲が異なります。10
また、地方支部は第二次世界大戦後に広がり、各支部が自主的に会合や講演を企画しています。専門教育の教材、月刊誌、地域の交流を組み合わせることが、個人の工房では得にくい知識や助言へ接する手段になります。1
収蔵品・図書館と教育の接点#
Upton HallにはMuseum of Timekeepingもあります。博物館の公式サイトは、同館を登録チャリティ番号1176495のCIO(Charitable Incorporated Organisation)と表示しています。BHIの登記法人と博物館を一つの法人とみなすことはできません。BHIの現行連絡先も、博物館に関する問い合わせを博物館側へ案内しています。11 5
会員案内では、博物館の収蔵品、図書館、アーカイブの利用は事前の手配によるとされています。古い機構を観察し、文献を読み、整備や保存の判断を学ぶ場として、教育と収蔵活動には接点があります。見学や資料利用は、通常の講座の受講とは別に、博物館の最新案内を確認する必要があります。6
BHIの時計史における役割は、個別の発明や製品だけでは捉えられません。時計を作り直し、動作を診断し、修理の根拠を説明できる人を育て、その知識を文章と会員の交流に残すことにあります。19世紀の技能向上という設立目的が、通信教育・実習・試験・会誌という異なる経路で続いています。2 7 8 10
年表#
| 年月 | 出来事 |
|---|---|
| 1857年 | BennettとJohnsonの公開討論。公式沿革はBHI構想の背景として説明。2 |
| 1858年6月15日 | クラーケンウェルの会合でBHIが提案され、発足。2 |
| 1858年9月 | 『Horological Journal』創刊。10 |
| 1913年8月14日 | 現在の登記法人が設立。3 |
| 第二次世界大戦後 | 地方支部の活動が広がる。1 |
| 1972年 | 公式沿革によれば、事務所・工房・収蔵品・図書館などをUpton Hallへ移転。2 |
| 2026年11月8日確認 | DLC、実習講座、認定会員制度、HJの刊行を公式案内で確認。6 7 8 9 10 |
参考文献#
以下のウェブ資料は2026年11月8日閲覧。現行制度は同日の案内に基づきます。
- British Horological Institute, The BHI Today.
- British Horological Institute, History of the BHI.
- Companies House, BRITISH HOROLOGICAL INSTITUTE LIMITED(THE), 00130649.
- Historic England, Upton Hall, List Entry 1179760.
- British Horological Institute, Contact Us.
- British Horological Institute, Individual Membership.
- British Horological Institute, Distance Learning Course – Technician Grade.
- British Horological Institute, Distance Learning Course – Intermediate and Final Grade.
- British Horological Institute, Courses & Materials.
- British Horological Institute, What is the Horological Journal?.
- Museum of Timekeeping, 公式サイト.