シチズン時計――光で動く腕時計と精密製造の企業集団

シチズン時計――光で動く腕時計と精密製造の企業集団

完成時計と、時計を作る技術#

シチズン時計株式会社(Citizen Watch Co., Ltd.)は、腕時計とムーブメントの製造・販売を行い、工作機械や電子・精密部品のグループ会社も統括する日本の企業である。本社は東京都西東京市田無町に置く。光発電の「エコ・ドライブ」で知られる一方、他社ブランドへ時計の内部機械を供給するMIYOTA、金属部品を削る自動旋盤、医療機器や自動車に使う部品も、その事業を理解するうえで欠かせない。1 2 3

「シチズン」には、企業の名前、完成時計のブランド、企業集団という三つの意味がある。現在のシチズン時計は、子会社の経営管理だけを行う純粋持株会社ではなく、自ら時計事業を営む事業持株会社である。また、グループにはブローバ、フレデリック・コンスタント、アルピナなども含まれ、すべての時計がCITIZENの文字盤で販売されるわけではない。1 4 2

尚工舎からシチズン時計へ#

創業の起点は、山﨑亀吉が1918年に設けた尚工舎時計研究所である。輸入品が多かった懐中時計を国内で製造することを目指し、1924年12月に最初の懐中時計を完成させた。公式社史は、その時計の名「CITIZEN」が後藤新平の命名に由来すると説明している。製品名が先にあり、それを会社名へ取り入れたシチズン時計株式会社の創立は1930年5月である。1918年の創業、1924年の製品、1930年の会社を一つの出来事にまとめないことが大切である。6 7

1931年には最初の腕時計を完成させた。懐中時計より小さな機械に部品を収めるためには、歯車、軸、ねじの加工と、それらを組み立てて調整する技術が必要だった。時計づくりのために製造設備も内製するようになり、1936年に工作機械の生産を始めた。この設備の技術は、後に時計以外の部品を作る顧客にも販売されるようになる。6 8

1938年12月に社名を大日本時計へ改め、1948年2月にシチズン時計へ復名したことが、有価証券報告書の沿革に記されている。1949年5月には東京証券取引所に上場した。ブランドの歩みだけを追うと見落としやすいが、法人の名称もこの間に変化していた。24

戦後は、時計の製造に加えて販売や輸出の組織を整えた。1949年にシチズン商事が発足し、1955年に腕時計の輸出を開始。1960年には米国ブローバとの輸出入契約、インドへの技術援助契約を結び、1965年には西ドイツに事務所を開いて欧州向けの輸出を進めた。完成品を国外へ送る仕事と、技術・生産体制を国外につなぐ仕事が、並行して広がったのである。6

機械式、電子式、クオーツの時代#

シチズンの製品史には、1956年の耐震装置付き「パラショック」、1959年の防水時計「パラウォーター」など、日常使用の条件に応える製品が並ぶ。衝撃や水から機械を守ることも、時刻の精度と同じく、腕時計を実用道具にするための課題だった。8

1966年の「エックスエイト」は、電池で動く電子腕時計だが、水晶時計ではない。トランジスターで制御するてんぷモーターを採用し、機械式時計から電子技術への移行期に位置する。1971年には音叉の振動を使う「ハイソニック」、1973年にはシチズン最初のクオーツ腕時計が登場した。電池を使うことと、水晶を時間の基準にすることは別の特徴であり、これらをすべて同じ「クオーツ化」と呼ぶと、技術の違いが見えなくなる。8

エコ・ドライブを支える発電と省電力#

太陽電池を載せるだけでは完成しない#

1976年に発売された「クリストロン ソーラーセル」は、太陽電池で充電するアナログ式クオーツ腕時計である。文字板に単結晶シリコンの太陽電池を8枚配置した製品で、国立科学博物館の重要科学技術史資料にも登録されている。「世界初」という位置づけは、この太陽電池充電式のアナログ水晶腕時計という範囲のものであり、水晶時計や光発電そのものの発明を意味しない。9 10 25

その後のエコ・ドライブは、光を電気に変換し、二次電池へ蓄え、その電力で回路とモーターを動かす方式を発展させた。二次電池とは、使った後に再び充電できる電池である。太陽光だけでなく室内照明も利用できるが、受光量が不足すれば充電は足りなくなる。光を受けない場所でも動くのは、発電し続けているからではなく、蓄えた電力を使っているからである。11

開発を担当した山田信一の技術論文は、発電量や蓄電量を増やすだけでなく、回路とモーターの消費電力を減らすことが、暗所での持続時間を延ばす鍵だったと説明する。歯車や針を動かす力を抑え、必要な強度を保ちながら部品を小型・軽量化し、電力の小さな収支を改善する。光発電時計は、太陽電池、電子回路、精密機械を一緒に設計する製品なのである。12

腕に着けられた青い文字板のシチズン製エコ・ドライブ腕時計

図1:エコ・ドライブ腕時計の外観例。内部の発電部の構造は、この写真から直接は確認できない。2023年6月19日撮影。作者:Clyde94。出典:Citizen Eco-Drive.jpg(Wikimedia Commons)。ライセンス:CC BY-SA 4.0。変更:なし。

文字板と発電部の配置#

外観にも技術的な条件がある。多くのモデルは文字板の下に太陽電池を置くため、文字板は光を通す必要がある一方、下の発電部がそのまま見えることは避けたい。文字板外周へリング状の太陽電池を置く方式なら、文字板自体を光透過素材にする必要がなくなる。発電部をどこに置くかが、色、素材、厚さ、見やすさの選択と結びついている。11

モデルによっては、暗所で一定時間が過ぎると針の駆動を止め、内部の時刻計算を続けるパワーセーブ機能を備える。再び光が当たると針が正しい時刻へ戻る。こうした機能や充電後の持続時間は機種ごとに異なる。「定期的な電池交換が不要」は、二次電池を使わないという意味でも、時計全体の保守が永久に不要という意味でもない。11 5

日本環境協会のエコマークアワード2014は、シチズン時計へ金賞を授与した。選考委員会は1996年の腕時計として初めてのエコマーク認定と、その後の継続的な普及活動を評価している。これは環境配慮とその伝え方に関する評価であり、あらゆる使用条件で環境負荷がゼロになると保証するものではない。13

時刻を受信する技術と、自ら刻む技術#

光発電は時計を動かすエネルギーの技術であり、時刻を合わせる技術とは区別される。シチズンは1993年に複数の標準電波局へ対応する電波時計Cal.7400、2011年に人工衛星から時刻情報を受信する「エコ・ドライブ サテライト ウエーブ」を発売した。前者は国立科学博物館の重要科学技術史資料にも登録されている。光で発電する機能と、外部から時刻を受信して修正する機能を組み合わせたのである。6 9

一方、機械式時計の開発も続いている。2021年に発表されたCal.0200は、シチズンが設計・組立を担い、スイスのラ・ジュー・ペレと仕上げの技術を共有した例である。てんぷの錘で歩度を調整するフリースプラング方式を採用し、脱進機にはフォトリソグラフィと電鋳を利用するLIGA工法を取り入れた。光発電エコ・ドライブで培った微細部品の製造技術も、機械式の部品へ応用されている。14

Cal.0200の発表資料は、バンド取り付け前の完成時計を17日間、6方向の姿勢と3段階の温度で検査し、自社規格の合格証を付けると説明する。これはメーカー自身の検査であり、スイスの第三者機関による認定と同じものではない。自社一貫製造の能力と、グループ内の国際的な技術交流が、併存している点に特徴がある。14

MIYOTA――他社の時計の内部にもあるシチズン#

完成時計のブランドを持つ一方、シチズンはムーブメントを他社へ供給する。ムーブメントは、時間の基準、動力、針を動かす機構などを組み合わせた時計の内部機械である。外部の時計会社は、それをケース、文字板、針などと組み合わせて自社の製品を構成できる。2 15

MIYOTAの公式史によると、その起点は1959年に長野県御代田町で竣工した製造工場にあり、ブランドの開始は1980年。1981年にはアナログクオーツのCal.2035を発売した。工場の成立、ブランド、個別ムーブメントは、それぞれ異なる時点である。15

現在の供給品の幅は、代表的な二つの機械を比べると分かりやすい。Cal.2035は三針のクオーツで、厚さ3.15mm、メーカー表示の精度は月差±20秒。Cal.9015は自動巻きと手巻きに対応する機械式で、厚さ3.90mm、毎時28,800振動、最大巻き上げ後の持続時間は約42時間である。これらの仕様は2026年11月4日に確認した製品資料による。完成時計に必要な機能や寸法が違えば、供給する機械も異なる。16 17

量産では、個々の部品の精度に加え、同じ品質を繰り返し実現し、自動組立と検査へつなげることが必要になる。MIYOTAは国内工場で部品製造から品質管理まで行うと説明している。市場の全体シェアや「業界標準」という自己評価をそのまま独立した順位とみなすことはできないが、完成時計以外の企業へ製品を供給する役割は、CITIZENのブランド名だけでは見えにくい重要な事業である。15

時計部品の加工から工作機械へ#

シチズンの工作機械は、時計用の小さな金属部品を正確に削るための設備づくりに端を発する。会社の沿革は1936年の工作機械生産開始を記し、一方で有価証券報告書の沿革は1941年の日東精機の合併と工作機械の生産開始を挙げる。開始年の記載にはこの差がある。1961年には外販を開始し、1970年には数値制御自動旋盤「シンコム」を開発した。数値制御は、工具や材料の動きを指令値に従って制御する方式である。時計を作る設備が、自動車や医療機器などの部品を作る商品へ広がった。6 8 24

2026年の統合報告書は、シチズンマシナリーの二つの主なブランドを、小径で長い材料の加工を得意とする「シンコム」と、中径で短い材料の加工を得意とする「ミヤノ」と説明する。時計事業の付属設備だけにとどまらず、顧客の加工対象と生産工程に合わせた事業になっている。3

具体的な開発例がLFV(低周波振動切削)である。金属を旋削すると、長く連続した切りくずが部品や工具に絡み、表面を傷つけたり、生産を止めたりする。開発者の論文は、機械がもともと備える送り軸を主軸回転と同期して振動させ、工具が前の周で削った領域を通過する空振り区間を作り、切りくずを分断する方式を説明している。振動を起こす別装置を取り付けずに、制御を工夫するところに特徴がある。18

ただし、振動させれば常に加工面が良くなるわけではない。東京農工大学とシチズングループの共同研究は、振動条件によって加工面に固有の模様が生じ、表面粗さや真円度が変わることを解析している。切りくずを処理する利点と、仕上がり面を管理する条件を両方扱う必要がある。19

多角化と、企業集団の組み替え#

時計製造で培った小型化、精密加工、省電力の技術は、電子部品や電子機器にも使われた。現在のデバイス事業には、自動車部品、水晶振動子、小型モーター、LED、プリンター、健康機器などがある。2026年の資料では、従来の電子機器他事業の主要部分をデバイス事業へ、その他を時計事業へ組み替えたことが説明されている。古い会社案内の事業区分を、そのまま現在の区分に重ねることはできない。3 20

企業の構造も変わった。2007年4月、従来のシチズン時計は純粋持株会社へ移行し、シチズンホールディングスに改称した。2016年10月1日には、その持株会社が時計事業会社のシチズン時計とシチズンビジネスエキスパートを吸収合併し、シチズン時計へ改称した。名称が戻っただけでなく、時計事業を本体へ取り込む事業持株会社となったのである。4 8

時計事業では海外企業も加わった。2008年1月にブローバ、2012年4月にプロサーを傘下へ迎え、2016年にはフレデリック・コンスタントの買収を進めた。プロサーの取得発表は、ラ・ジュー・ペレの機械式ムーブメント技術を、高価格帯製品や日本側の開発力へつなげる意図を明示している。後のCal.0200は、そうした技術交流が具体的な製品となった例である。6 14 21

フレデリック・コンスタントについては、2016年5月の取得契約の発表と、同年7月の取得を区別する必要がある。発表資料は、フレデリック・コンスタント、アルピナ、DeMonacoのブランドと販売網を組み合わせる方針を示した。取引を支援した法律事務所も、同年8月に全株式の取得を確認している。買収した企業の歴史や製造技術が、それによってすべて日本で生まれた技術になるわけではない。6 22 23

2026年11月4日現在、シチズン時計の事業は、腕時計の完成品、他社へ供給する内部機械、部品を作る工作機械、別の産業で使われる小型部品を結んでいる。光で時計を動かす技術だけでなく、その部品を同じ品質で繰り返し作り、世界の製造・販売の仕組みへつなげる組織として捉えると、時計会社が歩んできた多角化の意味が分かる。1 3

年表#

年月出来事
1918年尚工舎時計研究所を創立。現在の創業年の起点。
1924年12月最初の懐中時計CITIZENを完成。
1930年5月シチズン時計株式会社を創立。
1931年6月最初の腕時計を完成。
1936年公式沿革に記す工作機械の生産開始。
1938年12月大日本時計へ改称。
1941年9月日東精機を合併。有価証券報告書に記す工作機械生産開始。
1948年2月シチズン時計へ復名。
1949年5月東京証券取引所に上場。
1949年6月シチズン商事が発足。
1955年12月腕時計の輸出を開始。
1959年御代田町にムーブメント製造工場が竣工。
1961年4月工作機械の外販を開始。
1966年3月電子腕時計エックスエイトを発売。
1970年3月数値制御自動旋盤シンコムを開発。
1973年シチズン最初のクオーツ腕時計を発売。
1976年クリストロン ソーラーセルを発売。
1980年MIYOTAブランドを開始。
1981年MIYOTA Cal.2035を発売。
1993年5月多局受信型電波時計を発売。
1996年4月エコ・ドライブが腕時計として初めてエコマーク認定を取得。
2001年3月本社を西東京市へ移転。
2007年4月純粋持株会社へ移行し、シチズンホールディングスへ改称。
2008年1月ブローバの株式を取得。
2011年4月シチズンマシナリーとミヤノを統合。
2011年9月エコ・ドライブ サテライト ウエーブを発売。
2012年4月プロサーの株式を取得。
2013年7月シチズン時計マニュファクチャリングを設立。
2016年7月フレデリック・コンスタントの株式を取得。
2016年10月吸収合併により事業持株会社へ移行、シチズン時計へ改称。
2021年3月機械式ムーブメントCal.0200を発表。
2025年4月大治良高が社長に就任。
2026年光発電時計の商品化から50年。統合報告書は時計・工作機械・デバイスの各事業を説明。

年表の根拠:3 4 6 8 13 14 15 24。1976年製品の発売月は公式資料間に差があるため、年単位で示した。

参考文献#

以下のWeb資料の閲覧日は2026年11月4日。

  1. シチズン時計「会社概要」。本社所在地、事業会社・持株会社としての役割。

  2. シチズン時計「時計」。完成時計、ムーブメント、グループブランド。

  3. シチズン時計『CITIZEN REPORT 2026』、pp.3–4、17–26。沿革と各事業の説明。

  4. シチズン時計「合併及び当社商号の変更のお知らせ」、2016年10月1日。

  5. 日本時計協会「太陽電池時計では、電池交換は不要ですか?」。二次電池の劣化と交換。

  6. シチズン時計「沿革」。会社設立、輸出、事業再編、海外企業取得の年月。

  7. Citizen Watch, “About CITIZEN: History.” 懐中時計の命名と1930年の会社創立。

  8. シチズン時計「製品の歴史」。各時代の時計・工作機械と2007年の体制変更。

  9. 国立科学博物館『重要科学技術史資料(未来技術遺産)2024』、登録第00259号、第00268号および登録一覧。電波時計とクリストロン ソーラーセル。

  10. シチズン時計「クリストロン ソーラーセル」、歴代モデル。構造と1976年の製品仕様。

  11. シチズン時計「エコ・ドライブ」。発電、蓄電、文字板、パワーセーブと機種差。

  12. 山田信一「エコ・ドライブ時計のムーブメント」『精密工学会誌』73巻1号、2007年、pp.57–60。開発当事者による技術解説。

  13. 日本環境協会エコマーク事務局「エコマークアワード2014」、シチズン時計金賞・選考委員会評価。授賞式は2015年3月5日。

  14. シチズン時計「11年ぶりに新たな機械式ムーブメントCaliber 0200を開発」、2021年3月4日。設計・組立・装飾の分担、検査と部品加工。

  15. MIYOTA, “Brand.” 製造、工場の起点、ブランド史。

  16. MIYOTA, “2035 Standard.” 製品仕様。

  17. MIYOTA, “9015 Premium Mechanical.” 製品仕様。

  18. 北風絢子ほか「低周波振動切削技術『LFV』の開発」『マイクロメカトロニクス』60巻215号、2016年、pp.2–6。開発当事者による技術報告。

  19. 三宅章仁ほか「低周波振動切削が創成する加工面形状に関する研究」『日本機械学会論文集』86巻892号、2020年、20-00323。DOI:10.1299/transjsme.20-00323。

  20. シチズン時計「デバイス」。現在の製品群と事業会社。

  21. シチズンホールディングス「当社連結子会社による株式取得に関するお知らせ」、2012年3月5日。プロサー取得の目的・予定。

  22. Citizen Watch, “CITIZEN WATCH CO., LTD. TO ACQUIRE FREDERIQUE CONSTANT GROUP,” 26 May 2016. 取得契約の発表。

  23. Baker McKenzie, “Baker McKenzie Advises Citizen Watch on its Acquisition of Frederique Constant Group,” 10 August 2016. 取引助言者による取得完了の記録。

  24. シチズン時計『第141期有価証券報告書』、2026年6月23日提出、pp.4–6。法人沿革と事業の範囲。

  25. シチズン時計「1976年発売の太陽電池アナログクオーツ腕時計 未来技術遺産登録」、2019年9月3日。