COSC――スイスの時計精度を個体ごとに検定する組織

COSC――スイスの時計精度を個体ごとに検定する組織

時計を作る会社ではなく、歩度を測る組織#

COSCは、フランス語のContrôle Officiel Suisse des Chronomètresの略称で、日本ではスイス公式クロノメーター検定協会などと呼ばれる。1973年に設立された、公益を目的とする非営利の協会である。メーカーから預かった時計やムーブメントを測定し、条件を満たす個体にクロノメーターの認定を与える。時計ブランドでも、スイス政府の一部局でもない。1 2

クロノメーターは、単に高価な時計を指す言葉ではない。また、経過時間を計るクロノグラフとも異なる。COSCが調べる中心は、時計が基準時に対して一日にどれだけ進み、あるいは遅れるかという「歩度」と、その安定性である。クロノグラフ機構を持つ時計が、別途クロノメーター検定に合格することもある。3 4

地域の検定所を結ぶ#

COSCの成立以前から、スイスには時計の歩度を観測する検定所が存在していた。1973年、ベルン、ジュネーヴ、ヌーシャテル、ゾロトゥルン、ヴォーの五つの州とスイス時計協会によって、その活動をまとめる協会が設立された。現在のCOSCは、ラ・ショー=ド=フォンの経営部門と、ビール/ビエンヌ、ル・ロックル、サンティミエの三つの検定拠点から成る。1 5 7

この仕組みは、天文台コンクールのように優秀な時計の順位を競うものとは異なる。製造された個々の時計について、同じ試験条件と合格基準で測定することに意味がある。ある型式の代表品が合格すれば、その型式のすべてが自動的に認定されるわけではない。提出された個体ごとに識別番号を持ち、測定結果が対応付けられる。3 6

組織の意思決定には公的機関側と業界側の双方が関わる。2026年11月4日に確認した公式説明では、総会は公的側の代表10人と民間側の代表9人で構成され、理事会にも両者が参加する。ここでいう独立性は、時計を作ったメーカー自身による検査とは別の組織が測るという性格を持つ一方、時計産業と無関係な組織であることを意味しない。2

一日の進み遅れだけでは足りない#

機械式時計の試験#

てんぷとひげぜんまいを調速機に使う腕時計では、ISO 3159:2009が試験の基礎になる。これは腕クロノメーターの定義、分類、試験計画、最低限の要求を定める国際規格であり、すべての時計の機能や外装を一括して認定する規格ではない。クオーツ時計などには、COSCの別の内部規定が適用される。3 7 8

一般的な機械式の試験では、15日間にわたって五つの姿勢と三つの温度条件で歩度を測る。姿勢は文字盤を上・下にする水平姿勢と、時計を立てた三姿勢で、温度は8、23、38℃である。毎日の測定と巻き上げを繰り返し、条件を変えたときの変化を比較する。3

姿勢を変える理由は、時計が着用中いつも同じ向きにあるわけではないからである。温度の変化も調速系の働きに影響する。単一の姿勢で一度だけ時刻を合わせてよく進む時計と、異なる条件でも歩度が安定する時計は、同じ評価にはならない。3 9

機械式の判定は七つの観点から行われる。下表は、その数値が何を捉えようとしているかをまとめたものである。3 9

判定の観点調べること
平均日歩度規定の測定から求めた、一日当たりの平均の進み遅れ。
平均歩度変動同じ条件で測っても日ごとに変わる歩度の安定性。
最大歩度変動測定中の大きな変動。
水平・垂直姿勢の歩度差時計を寝かせた場合と立てた場合の差。
最大歩度偏差各測定の歩度が基準となる平均からどれだけ離れるか。
温度による歩度変化温度の違いに対する歩度の変わり方。
復元差条件を一巡させた後、初めの条件に戻したときの変化。

よく知られる「日差−4〜+6秒」は、標準的な大きさの機械式ムーブメントに対する平均日歩度の範囲で、七基準の一つにすぎない。COSCが2023年の専門誌寄稿で示した表では、ムーブメントの収め径が20mmを超える区分と20mm以下の区分で許容値も異なる。前者の平均日歩度が−4〜+6秒であるのに対し、後者は−5〜+8秒である。小径品やクオーツを含むすべての時計に、一つの数値だけを当てはめることはできない。非円形の機構には面積による区分もある。9 15

時計を何と比較するのか#

時計の表示を測るには、それより安定した基準時と、個体を繰り返し同じ方法で読み取る仕組みが要る。COSCは、番号の光学認識、巻き上げ機、針と基準点を読むカメラなどを使う。特殊な時計で自動読取りができない場合には、人が測定する装置も用意される。番号・測定条件・結果が結び付いて初めて、別の日や別の検定所のデータを比較できる。5

公式の設備紹介によれば、各検定所には三つの原子時計があり、GPS時刻とDCFの時刻信号を参照する構成を取る。温度や湿度などの環境も継続的に記録する。ただし、基準時計や読取り装置が高精度であることと、被試験時計の許容日差は別の尺度である。原子時計を使う試験に合格した腕時計が、原子時計と同じ精度で動くわけではない。5

提出から証明まで#

COSCの提出仕様は、個体番号を外から読めること、測定できる秒表示または合意済みの信号を持つこと、測定を妨げない文字盤・針など、実務上の条件を定める。未知のキャリバーや部品変更では、事前の確認用提出も必要になる。対象は機械式腕時計だけでなく、懐中時計、定置の時計、クオーツ腕時計に分けられる。6

依頼者側には、Swiss Madeの要件を満たす時計・ムーブメントであることや、スイスで登録された商標などの条件がある。消費者が手元のどんな時計でも直接送れば、同じ認定を受けられるという仕組みではない。認定試験とは別に、調整や製品開発のための測定サービスもある。1 10

試験機関としての技術的能力と、製品を認定する仕事も区別される。COSCはスイス認定機関SASによる校正・試験・製品認証の認定を受けた組織であると説明している。認定は、定められた業務を行う技術・組織の能力に関するものであり、スイス製時計全般の優劣を序列化するものではない。11

2026年の追加認定#

従来のクロノメーター認定に加え、COSCは2026年に「Excellence Chronometer Certified」という追加の認定を提示した。2026年11月4日に公開されている手順では、まずムーブメントがISO 3159に基づく15日間の試験を受け、メーカーでケースに収められた後、完成した時計としてさらに四日以上の評価を受ける。12

追加される仕事は、着用に近い動き、磁場、持続時間を確かめることである。24時間に六姿勢の半動的な着用模擬を行った後の歩度は、−2〜+4秒/日が条件になる。さらに200ガウスの磁場を三方向で与え、磁場中に停止しないことと、曝露後の歩度が±10秒/日の範囲にあることを調べる。磁場の試験と着用模擬の試験は異なるため、この二つの許容値を混同してはいけない。12

最後に、メーカーが示すパワーリザーブ、つまり巻き上げ後に動き続ける時間の終わりまで作動することを確かめる。これは一個の代表品の評価ではなく、認定する時計を個体ごとに試験する方式である。COSCは2026年9月のスイス計時学会の研究会でも、この新しい手順を説明している。12 13

これはISO 3159そのものの名称変更でも、METASのMaster Chronometer認定でもない。METASはスイス連邦計量研究所で、別の技術要件により完成時計の精度、磁場への耐性、防水性、持続時間などを扱う。どちらも時計の精度に関わるが、機関、試験範囲、条件を分けて読む必要がある。8 14

認定から読み取れること#

認定されたという事実は、その個体が試験時に規定の条件を満たしたことを意味する。将来の使用環境、衝撃、磁気、摩耗、整備状態まで無条件に保証するものではない。COSC自身も、認定後に性能は変化し得ると説明している。3

また、認定結果の所有者は依頼したブランドであり、COSCが消費者へ個々の測定結果を自由に開示するわけではない。個人向けの証明書を製品に添えるかどうかもブランドの扱いによる。証明書が箱に入っているか、文字盤に何と書かれているか、どの範囲の検定を通ったかは、それぞれ確かめるべき別の事柄である。3 15

COSCの役割は、単なる「高精度」という形容を、測定条件と個体番号を持つ結果へ置き換えることにある。時計の仕上げ、意匠、耐久性、使い心地のすべてを一つの認定で語ることはできないが、歩度について共通の物差しを用意することは、メーカーと利用者の間に具体的な判断材料を与えている。3 6

年表#

年出来事
19世紀後半後にCOSCへまとまる地域の歩度検定所が活動を始める。
1973年五州とスイス時計協会によってCOSC設立。
1976年ISO 3159の初版が成立。
2009年ISO 3159の第2版が刊行される。
2023年設立50周年。COSCは完成時計の半自動測定が同年初頭から稼働したと報告。
2026年完成時計の着用模擬・磁場・持続時間を追加するExcellence Chronometerの手順を公表。

年表は1 8 9 12に基づく。制度と組織の記述は2026年11月4日確認。

参考文献#

1. COSC, “FAQ”, 公式FAQ(2026年11月4日閲覧)。

2. COSC, “Our organization”, 組織と統治(2026年11月4日閲覧)。

3. COSC, “Chronometer Certified”, 従来認定の手順とFAQ(2026年11月4日閲覧)。

4. COSC, “Chronograph or Chronometer?”, 用語解説(2026年11月4日閲覧)。

5. COSC, “Our laboratories”, 検定所と測定設備(2026年11月4日閲覧)。

6. COSC, Deposit specifications, edition 14, 2026年2月5日、特にpp.3–5、公式配信PDF(2026年11月4日閲覧)。

7. COSC, “Our story”, 公式沿革(2026年11月4日閲覧)。

8. ISO, ISO 3159:2009 — Timekeeping instruments — Wrist-chronometers with spring balance oscillator, 規格概要・書誌(2026年11月4日閲覧、規格全文ではない)。

9. COSC, “Le Contrôle Officiel Suisse des Chronomètres (COSC) — Une association au service de l’horlogerie suisse depuis 50 ans”, Bulletin SSC, no.96, décembre 2023, pp.27–29、スイス計時学会掲載PDF(2026年11月4日閲覧、COSC自身による寄稿)。

10. COSC, Requirements for becoming a COSC client, 公式配信PDF(2026年11月4日閲覧)。

11. COSC, “SAS Accreditation”, 認定について(2026年11月4日閲覧)。

12. COSC, “Excellence Chronometer Certified”, 追加認定の現行手順(2026年11月4日閲覧)。

13. COSC, “COSC unveils its ‘COSC Excellence Chronometer’ certification at the SSC Study Day”, 研究会報告(本文日付2026年9月29日、一覧日付10月28日、2026年11月4日閲覧)。

14. METAS, “Watch certification”, スイス連邦計量研究所の解説(2026年11月4日閲覧)。

15. COSC, General Terms and Conditions, 7th version, 2025年2月7日、articles 19–20、公式配信PDF(2026年11月4日閲覧)。