ETA――スイス時計の中身を支えるムーブメントメーカー

ETA――スイス時計の中身を支えるムーブメントメーカー

文字盤の名前とは別の製造組織#

ETA(エタ、正式名ETA SA Manufacture Horlogère Suisse)は、スイスのグレンヘン、フランス語でグランジュに本拠を置く時計製造会社である。スウォッチ・グループに属し、時計の内部で時を刻むムーブメントと部品を開発・製造する。機械式だけでなくクオーツ式、スウォッチ向けの機構や時計の組立も扱う。2025年のグループ年報では、時計・ムーブメント・部品を事業とする全額出資会社として掲載されている。1 2

時計の文字盤にあるブランド名と、その中の機械を作った会社の名前は、必ずしも同じではない。ETAの歴史を知ると、完成時計を企画・販売する会社と、共通の機構を多数の会社へ供給する工場が、どのように結び付いてきたかが分かる。現在のETAは、もともと異なる専門を持っていたエボーシュ工場の統合を背景としている。3

1793年、1856年、1932年は何を示すのか#

ETAの公式沿革は、1793年にフォンテーヌメロンで四人の時計師が開いたエボーシュ工房を、現在の会社につながる最も古い起点に置く。エボーシュとは、時計の地板や歯車などを備えながら、仕上げや組立などの後工程を残した基礎機構を指す。この年代は、後に統合された企業群の系譜を含むもので、1793年から同じETA法人が同じ名称で存続したという意味ではない。3 4

グレンヘンの系統では、1856年にヨーゼフ・ジラールとウルス・シルトが工場を設立した。後にエテルナとなる製造会社であり、完成時計と基礎機構の双方を手掛けた。スイス歴史事典の「Eta」項によると、エボーシュには1924年からEtaの名が使われ、1932年に完成時計のEterna SAとエボーシュのEta SAへ会社が分かれた。ここで、時計ブランドのエテルナと、他社にも機構を供給するETAの組織を区別できるようになる。5 6

したがって、1793年は統合系譜の古い工房、1856年はグレンヘンの前身工場、1932年はエテルナとETAの分離を示す。三つの年代は、同じ出来事の異説ではなく、何を創業の起点とするかの違いを含んでいる。3 5

エボーシュ工場の連合から一つの会社へ#

1926年、A・シルト、フォンテーヌメロン、A・ミシェルの三社が、ヌーシャテルにエボーシュSA(Ebauches SA)を設立した。これはムーブメント工場を束ねる持株会社であり、後に傘下へ入るETAそのものと同一ではない。1931年には、時計産業の再編組織ASUAGに加わった。部品供給、価格や輸出の調整を含む当時の産業組織の中で、完成時計を作る会社と、その基礎を供給する会社が結び付いていた。4 7

傘下工場はすべて同じ製品を作るのではなく、簡単な時計、小型時計、クロノグラフなどを分担した。この幅広い蓄積が、後のETAの製品構成へ引き継がれる。クオーツ時計の拡大と産業危機の中では、従来の工場群を再編し、機械設備と開発・生産を組み直す必要が生じた。1978年から合併が進み、1982年にETAがエボーシュSAの業務上の統括を担うようになった。3 4

一方、企業集団の側では1983年にASUAGとSSIHが統合し、1985年にSMHへ改称した。ETAの公式沿革は、分散していた工場群が単一企業となった年を1985年としている。SMHは1998年にスウォッチ・グループへ改称した。これらは、工場・製造会社の統合と、その上位の企業集団の再編という、別の段階の出来事である。3 4 8

共通の機構を供給する仕事#

ムーブメントは、動力、歯車、調速機構、針を動かす機構などをまとめた時計の内部装置で、設計の型をキャリバーと呼ぶ。メーカーが共通のキャリバーを供給すれば、採用側は内部機構を一から開発せずに、その寸法と機能を前提としてケースや文字盤を設計できる。ETAの技術カタログには、機構の直径・高さ、表示機能、振動数だけでなく、針を取り付ける高さの選択肢まで記されている。9

ただし、同じ基礎機構を使う時計がすべて同じ製品になるわけではない。機構の仕様、装飾、追加機能、ケースへの組込みなどに違いがある。ETA所属の歴史家エレーヌ・パスキエは、1990年代に7750系の装飾工程が自動化され、顧客ごとに仕上げを変えた大規模な供給が可能になったことを説明する。共通化と顧客ごとの作り分けは、互いを排除するものではなかった。10

STOWAと刻まれた回転錘、ねじ、歯車が見えるETA 2824搭載腕時計の拡大写真

図1:ストーヴァ・アンテアに搭載されたETA 2824の拡大写真。回転錘には完成時計のブランド名STOWAが記されている。2009年3月27日撮影。作者:Guy Sie。出典:Stowa Antea ETA 2824 macro(Wikimedia Commons)、原出典Flickr。ライセンス:CC BY-SA 2.0 Generic。変更:なし。

代表的な機械式キャリバー#

ETAの2016年版Mecalineカタログは、次の三つを異なる用途の機構として掲載している。数値はこの版の公称値であり、現在の個別製品の供給状況や、同系統のすべての派生機構を示すものではない。9

キャリバーカタログ上の特徴直径・高さ
2824-2自動巻、中央秒針、日付。毎時28,800振動、25石。25.60 mm・4.60 mm
2892A2自動巻、中央秒針、日付。毎時28,800振動、21石。25.60 mm・3.60 mm
7750自動巻クロノグラフ、日・曜日表示。カムによる操作制御。毎時28,800振動、25石。30.00 mm・7.90 mm

2824-2と2892A2は同じ直径でも厚さが異なり、時計の設計で求められる条件が違うことを示す。7750は、通常の時刻表示に加えて、スタート・ストップ・リセットで経過時間を測るクロノグラフの機構を備える。9

ヴァルジューの名が残る7750#

7750は、もともとヴァルジュー(Valjoux)が開発し、1973年のバーゼルの見本市で発表した機構である。Ebauches SAが開発を委ねた背景には、自動巻クロノグラフへの需要に対し、製造費を抑え、修理もしやすい機構を作るという課題があった。1985年1月1日の組織再編でヴァルジューはETAの工場となり、その後も7750に名が残った。10

カム式では、押しボタンの操作に応じてカムとレバーが機構の状態を切り替える。7750の設計は、その構成を量産と自動巻機構の配置に適合させた例である。パスキエの報告は、2020年にETAが77xx Valjoux系の製造からA05系へ移行したとも記す。現在のETAを、過去の7750をそのまま作り続けるだけの会社として捉えるのは適切ではない。10

クオーツとスウォッチの工業化#

ETAにつながる企業群は、機械式だけを作っていたわけではない。エボーシュSAはスイスの電子時計研究拠点CEHへ出資し、1967年のクオーツ試作機、1970年のBeta 21工業版へつながる開発に関わった。1972年にはEbauches Electroniques Marinと共同開発した三針クオーツ機構9181を発表している。3

1979年の薄型時計デリリウムでは、ケースを部品の支持基盤として使う構成が採られた。1983年のスウォッチでは、部品点数の削減と組立の自動化が大きな意味を持った。これは高級機械式時計と同じ方法を安く繰り返すというより、時計の構成と生産工程を合わせて設計する取り組みだった。3 8

現在のクオーツ技術にも、表示を確実に動かすための開発が続いている。ETAが説明するHeavyDriveは、衝撃を電子回路で検知し、モーターへ逆向きのパルスを与えて針の飛びを抑える技術である。PreciDriveは、周囲の温度変化に応じた補償を使って精度を高める。こうした技術の存在と、完成した時計が個別にクロノメーター認定を受けていることは区別される。11

機械式を更新する技術と分業#

機械式の現行技術紹介では、ETAは香箱軸とぜんまいを含む構成の改良により、典型的には80時間の持続時間を実現すると説明する。ただし、この数値を過去の2824-2など、すべてのETA機構の共通仕様として使うことはできない。12

磁気への対策にも、企業間の分業が表れる。ETAが採用技術として紹介するNivachronのひげぜんまいは、チタンを基礎とする合金を用い、その商標と関連特許の主体はグループ会社のNivarox-FARである。ムーブメントを開発・組み立てる会社と、調速機の重要部品や材料を開発する会社の役割を分ける必要がある。13

なぜ供給方針が産業全体の問題になったのか#

他社の機構を採用する時計会社にとっては、機構の品質と同時に、必要な数量を継続して調達できることが重要になる。ETAの機械式ムーブメント供給は、スイス競争委員会(仏語COMCO、独語WEKO)の調査対象となった。14

2013年10月21日の決定で承認された合意は、ETAの既存顧客への供給量を段階的に減らし、2019年末で供給義務を終える仕組みだった。顧客の平等な取扱いと中小企業への配慮も設けられた。一方、調速・脱進に関わる部品群であるアソルティマンの供給は別の論点であり、完成した機械式ムーブメントと一括して扱われてはいない。14 15

2019年末の暫定措置を経て、COMCOは2020年7月13日に再審査の結論を決め、15日に公表した。新たな供給義務や供給制限は課さなかったが、ETAが市場支配的地位にあるという判断は維持した。これは、すべての競争法上の義務がなくなったという意味でも、特定の顧客が現在必ず特定キャリバーを購入できるという意味でもない。決定が扱った市場・期間と、個々の取引や部品供給を分けて読む必要がある。15 16

現在の工場と技能#

2026年11月4日に確認したETAの拠点案内は、グレンヘンのほか、ムーティエ、ボンクール、フォンテーヌメロン、ヴィルレ、シオン、ティチーノ州のリアッツィーノやメンドリージオなどを掲載する。拠点ごとに基礎機構、部品、外装、組立、サービスなどの担当が記され、一つの建物だけで全事業が完結する体制ではない。1

スウォッチ・グループの2025年年報は、ETAが通常のシリーズに加えて小規模・特殊なシリーズへ対応するため、製造設備の柔軟性を高めていると説明する。量産技術は、同じ機構を大量に作ることだけでなく、需要や仕様の違いに設備を対応させる課題にも向けられている。2

製品を使い続けるための技能も事業の一部である。ETAの顧客向けサービスには、交換部品、工具、修理、技術資料が含まれる。Customer Training Centerは、特定のムーブメントについて顧客の必要に合わせた研修を用意する。製造と保守の双方で扱える人を育てることが、広く採用された機構を長く使うための支えになる。17 18

ETAの特徴は、完成時計の表に出るブランドだけでは説明できない。多くの工場の設計と加工の蓄積を統合し、共通の機構、顧客ごとの仕様、組立技術、保守を結び付けてきた。その歴史は、スイス時計産業における分業が、企業の統合と技術の変化によってどのように組み替えられてきたかを示している。3 4 10

年表#

年月出来事
1793年フォンテーヌメロンの前身工房が成立。現在のETAが公式沿革の起点とする。
1856年グレンヘンにジラールとシルトの前身工場が成立。
1924年前身会社のエボーシュにEta名を使用。
1926年A・シルト、FHF、A・ミシェルがエボーシュSAを設立。
1931年エボーシュSAがASUAGへ加わる。
1932年エテルナが完成時計のEterna SAとエボーシュのEta SAへ分かれる。
1967年CEHがスイス製クオーツ腕時計の試作機を発表。
1970年Beta 21の工業版をバーゼルで発表。
1972年エボーシュSAとEEMが開発した三針クオーツ機構9181。
1973年ヴァルジュー7750をバーゼルで発表。
1978年以降エボーシュSA傘下で合併・再編が進む。
1979年デリリウムでケースを部品支持基盤とする薄型構成を採用。
1982年ETAがエボーシュSAの業務統括を担う。
1983年ASUAGとSSIHが統合。スウォッチが登場。
1985年1月エボーシュSAの工場群をETAの製造拠点へ統合。
1985年上位の企業集団がSMHへ改称。
1998年SMHがスウォッチ・グループへ改称。
2013年10月COMCOが段階的な機械式ムーブメントの供給削減を承認。
2019年末2013年合意で定めた供給義務の期限。暫定措置により再審査を継続。
2020年7月COMCOが新たな供給義務・制限を課さないと決定。市場支配的地位の判断は維持。
2020年ETAは77xx Valjoux系の製造からA05系へ移行したと自社の歴史報告に記録。

年表は3 4 5 8 10 14 15 16に基づく。現在の事業・拠点情報の確認日は2026年11月4日。

参考文献#

1. ETA, “The Motorist of Time”, 拠点一覧、公式企業案内(2026年11月4日閲覧)。

2. Swatch Group, Annual Report 2025, pp.15, 72、公式PDF(2026年11月4日閲覧)。

3. ETA, “History” / “Histoire”、英語版、フランス語版(2026年11月4日閲覧)。

4. German Vogt, “Ebauches”, Historisches Lexikon der Schweiz, 2009年7月2日改訂、ドイツ語原文(2026年11月4日閲覧)。

5. German Vogt, “Eta”, Dictionnaire historique de la Suisse, 2004年8月26日改訂、Marie Ellenberger-Leuba訳、フランス語版(2026年11月4日閲覧)。

6. Laurent Poupard, “Mécanismes d’horloge (2 mouvements de montre mécaniques A. Schild AS 960)”, dossier IM25005285, 2014年作成・2015年改訂、歴史欄p.1、ブルゴーニュ=フランシュ=コンテ地域圏文化財調査PDF(2026年11月4日閲覧)。

7. Fédération de l’industrie horlogère suisse, “Our history”, 1926–1945年の節、業界団体公式沿革(2026年11月4日閲覧)。

8. Swatch Group, “Swatch Group History”、公式沿革(2026年11月4日閲覧)。

9. ETA, Collection Mouvements mécaniques / Mecaline, 2016年版、pp.9, 17, 28, 34–35、公式カタログPDF(2026年11月4日閲覧)。

10. Hélène Pasquier, “Valjoux 7750 – 50 ans d’histoire pour un mouvement d’exception”, Bulletin SSC, no.96, December 2023, pp.37–39、スイス計時学会掲載PDF(2026年11月4日閲覧、著者所属ETA)。

11. ETA, “Quartz knowhow”, HeavyDrive / PreciDrive、公式技術解説(2026年11月4日閲覧)。

12. ETA, “Improved power reserve”、公式技術解説(2026年11月4日閲覧)。

13. ETA, “Resistance to magnetism with Nivachron”、公式技術解説(2026年11月4日閲覧)。

14. WEKO, “WEKO genehmigt stufenweisen Abbau der Lieferungen von mechanischen Uhrwerken”, 2013年10月25日、スイス連邦政府公表(2026年11月4日閲覧)。

15. WEKO, “Swatch Group Lieferstopp / Ablauf Lieferverpflichtung”, 2020年7月13日決定、RPW/DPC 2021/2, pp.306–395、特にpp.308–309, 394–395、当局の決定公刊PDF(2026年11月4日閲覧)。

16. COMCO, “Décision de la COMCO concernant les mouvements ETA”, 2020年7月15日、スイス連邦政府公表(2026年11月4日閲覧)。

17. ETA, “Services”, Customer Service、公式サービス案内(2026年11月4日閲覧)。

18. ETA, “Customer Training Center”、公式研修案内(2026年11月4日閲覧)。