シンクロノーム社:電気親子時計から天文台の自由振り子時計へ

シンクロノーム社:電気親子時計から天文台の自由振り子時計へ

シンクロノーム社(The Synchronome Co. Ltd.)は、ロンドンを拠点に電気式の親時計と子時計を供給した時計会社です。一つの振り子時計で時を刻み、その信号を配線で複数の文字盤へ送る仕組みを実用化し、公共時計から研究用の精密計時までを担いました。フランク・ホープ=ジョーンズの事業として1895年に始まった活動と、1912年の法人化は区別する必要があります。1

成立と会社の拠点#

ホープ=ジョーンズとジョージ・ベネット・ボウエルは電気時計の開発に取り組み、1895年にはシンクロノーム・スイッチを含む特許を取得しました。Dollar Museumの沿革によると、1897年にSynchronome Syndicate Companyを組織してロンドンへ移り、その後ボウエルが離れました。ホープ=ジョーンズが事業を続け、1912年に法人化した会社はクラーケンウェル・ロード32–34番地を拠点としました。1

初期の名称は取引資料でも確認できます。クイーンズランド大学Physics Museumが公開する請求書集の解説では、1902年3月26日付の請求書はSynchronome Syndicate Ltd.名義で、同年10月以降はThe Synchronome Company名義です。名称の変化を追う資料になりますが、これだけで法人の法的な連続性まで確定することはできません。2

時を作る親時計と、時を表示する子時計#

親子時計とは、時を測る装置と、それを各所で表示する装置を分ける方式です。シンクロノームの仕組みでは、重力で下がる腕が振り子へ力を与え、電磁石がその腕を元の位置へ戻します。英国機械学会(IMechE)が保存する機構では、この動作は30秒ごとに行われ、同じ系統で複数の受信時計を動かせました。学会本部One Birdcage Walkの1899年開館時に設けられた送信時計は、建物内の時計表示を統率していました。3

この分担によって、各文字盤に独立した高精度の振り子や調速機構を置かずに、離れた場所へ同じ時刻を示せます。ただし親時計の誤差まで消えるわけではなく、表示の一致と基準時刻への一致は別の問題です。

地域の公共時計での実例が、スコットランドのDollarにあります。1912年、町役場に設置された親時計348号が、橋の近くのWilliam Spence記念時計の四面の文字盤を電気パルスで動かしました。ここでは、屋内で保守する計時装置と屋外の時刻表示を分離する使い方が見られます。1

自由振り子時計の製造#

シンクロノーム社の研究用途での代表作が、ウィリアム・ハミルトン・ショートの自由振り子時計です。1921年に実現したこの方式では、時の基準となる振り子と、表示などの仕事を担う補助時計を分け、両者を電気的に結びます。基準振り子を歯車の仕事からできるだけ切り離すことが目的でした。The Clockworksの所蔵解説によると、試験時計0号を除くショートの自由振り子時計はシンクロノーム社が製造し、同社のクラーケンウェルの事務所も初期実験に提供されました。4

ラ・ショー=フォン国際時計博物館に展示されたショート=シンクロノーム時計の円筒形振り子容器

図1:ショート=シンクロノーム時計の基準振り子を収める容器。撮影地:国際時計博物館、ラ・ショー=フォン。作者:Rama、2006年9月27日。作品名:MIH-film31jpg.jpg。出典:Wikimedia Commons。ライセンス:CC BY-SA 2.0 France。変更:なし。

ショートは設計者、シンクロノーム社は製造と開発環境を担った会社として位置付けられます。The Clockworksの47号の銘板にも、ショートが同社との協力のもとで設計したことと、ロンドンの住所が記されています。同館の記録では、この個体は1930年代にモスクワのシュテルンベルク天文研究所へ送られました。4

米国国立標準局(NBS、現在のNIST)も、1929年にロンドンのシンクロノーム社からショート時計を購入しました。NISTは、この時計がリーフラー時計に代わる基準となり、後に水晶発振器へ交代したと説明しています。機械式振り子の精度を高める同社の製品が、国家の計量機関にも採用された具体例です。5

海外への供給と同名会社の区別#

豪州への供給は、初期の取引から確認できます。1902年3月の請求には、自動巻上げ式の電気制御振り子、12インチ文字盤一つ、段階的に針を送る文字盤機構五つが含まれていました。1903~1904年の請求にも、ブラケット時計や大型文字盤向けの機構・針が現れます。完成した時計だけでなく、複数の表示を組み立てるための部品も供給していたことが分かります。2

一方、ブリスベンのSynchronome Electrical Coは、Museums Victoriaの記録ではアルバート・ジョージ・ジャクソンが1904年に設立した事業です。英国で発展した方式を使う時計を供給しました。同館の1938年製の親時計と子時計三つの一組も、製作者をブリスベンの会社として記録しています。英国会社の創業年や製造実績へ、そのまま合算することはできません。6

時計史での役割#

シンクロノーム社の仕事は、装飾や携帯性よりも、時計を一つの系統として働かせる点に特徴があります。公共の文字盤を統一する親子時計と、観測のために振り子の負担を減らすショート時計は、目的こそ異なりますが、計時と表示の役割を分け、電気で結び付ける発想を共有しています。会社史を読む際には、一般用の親子時計、ショートの精密時計、海外の関連事業を分けて見ると、その広がりが理解しやすくなります。346

年表#

年出来事
1895年ホープ=ジョーンズとボウエルが電気時計の特許を取得し、シンクロノームの事業が始まる。1
1897年Synchronome Syndicate Companyを組織し、ロンドンへ移る。1
1899年IMechE本部の開館時に送信時計を設置。3
1902年豪州向けの親時計・文字盤機構の請求書が残る。2
1904年ジャクソンがブリスベンに別事業を設立。6
1912年英国事業を法人化。Dollarに公共時計用の親時計を設置。1
1921年ショートの自由振り子時計が実現。4
1929年NBSがシンクロノーム社からショート時計を購入。5

参考文献#

  1. Dollar Museum, Synchronome, “Synchronome”および所蔵時計の解説。閲覧日:2026年11月8日。
  2. University of Queensland Physics Museum, SYNCHRONOME INVOICE BOOK, pp.1–3(請求書と解説)。閲覧日:2026年11月8日。
  3. Institution of Mechanical Engineers, Hope-Jones synchronome remontoire, IME/13/7/40。閲覧日:2026年11月8日。
  4. The Clockworks, William Hamilton Shortt’s ‘Free pendulum’ clock, 1921, 銘板・来歴・詳細解説。閲覧日:2026年11月8日。
  5. National Institute of Standards and Technology, Second: The Past, “A new timekeeper enters the scene”。閲覧日:2026年11月8日。
  6. Museums Victoria, Electric Clock - Synchronome Electric Clock Co, Brisbane, 1938, ST 20780。閲覧日:2026年11月8日。