生涯と経歴#
ジャン・アドリアン・フィリップ(Jean Adrien Philippe、1815年4月16日 – 1894年1月5日)は、19世紀フランス出身の天才的な時計技師であり、高級時計メーカー「パテック フィリップ」創業者の一人です1。フィリップはフランス中部ユール=エ=ロワール県ラ・バゾシュ=グエの時計師の家系に生まれ、幼い頃から父親(時計師ジャン=アントワーヌ)の工房で複雑な仕掛けの時計に囲まれて育ちました23。その環境で培った卓越した機械理解力により、若くして才能を開花させ、18歳になる1833年にはさらなる修行のためヨーロッパ各地を巡ります3。フランス国内を始めスイスやイギリスを遍歴した後、フィリップはパリ近郊ヴェルサイユに政府支援の時計工場が開設された時期に合わせてパリに定住しました45。21歳で自身の工房を開き、ロンドンで出会った若きスイス人技師と組んで年150個もの懐中時計を製造する小さな時計製造ビジネスを成功させます67。この頃からフィリップは、当時一般的だった鍵によるぜんまい巻き上げ(鍵巻き)方式を革新し、「鍵を使わずに時計のぜんまいを巻き上げ、時刻合わせもできる機構」**の研究を始めました7。彼は「より簡単で頑丈、かつ便利なシステム」を追求し、既存の試作品には目もくれず独力で開発に挑んだと言います89。
ついに1842年、フィリップ27歳のときに、リューズ(巻き真)による巻き上げと時刻合わせを可能にする革新的な機構の開発に成功しました1011。この発明は懐中時計から巻き鍵を廃する画期的なもので、1844年にパリで開催されたフランス産業博覧会(万国博覧会の先駆け)において発表されます。フィリップの「鍵なしで巻き上げ可能な懐中時計(リューズ巻上げ)」は博覧会で高く評価され、1844年博覧会にて銅賞メダルを受賞しました12(資料によっては金賞ともされます)。この博覧会はフィリップの人生を大きく転機づける場にもなりました。会場を訪れていたポーランド出身の時計商アントニ・ノルベルト・ド・パテック(Antoine Norbert de Patek)が、フィリップの発明に強い関心を示したのです13。同じ年にパテックは共同経営者だったフランツ・チャペックと袂を分かっており、新たな技術パートナーを探していました14。博覧会での偶然の出会いをきっかけに、パテックはただちにフィリップをジュネーブへ招き、1845年にはフィリップとパートナー契約を結びます1516。フィリップは1845年4月22日付でフランス特許第1317号「リューズによる時計巻上げ機構」を出願し17、同年ジュネーブのパテック社で技術部長(主席技師)に就任しました18。こうして1851年には社名が「パテック・フィリップ & Cie」(ジュネーブ時計製造社)に改められ、二人の名を掲げる時計メーカーが正式に発足しました19。
その後、フィリップは技術部門を率いる共同経営者として精力的に活動し、19世紀後半の高級時計産業に多大な功績を残します。彼は1877年に盟友パテックが亡くなるまで会社を支え、さらに1891年に76歳で現役を退くまで技術開発を牽引しました20。引退時には経営を自身の息子ジョセフ=エミール・フィリップと、娘婿であるジョセフ・ベナシー(後述)に引き継ぎます21。フィリップ自身はその3年後の1894年1月5日にジュネーブで亡くなりました2(享年78歳)。生涯を通じて、アドリアン・フィリップは時計史に残る技術発明と製品を数多く手掛け、近代的な高級機械式時計の礎を築きました。
鍵のいらない巻上げ機構の発明#
フィリップ最大の発明とされるのが、懐中時計における「リューズ巻上げ・時間合わせ機構」です10。19世紀前半当時、懐中時計はぜんまい(主動力バネ)を巻き上げるのにも、針を合わせるのにも、小さな鍵を時計本体に差し込んで回す必要がありました。鍵を紛失すると時計が動かせないという不便さに加え、埃の侵入を防ぐため裏蓋をいちいち開け閉めする煩雑さもあり、鍵巻き式は改良の余地が大きかったのです2223。実はフィリップ以前にも数名の時計師が鍵を使わない実験的機構に挑戦していました。たとえばアブラアン=ルイ・ブレゲの息子アントワーヌ=ルイは1830年に世界初の「鍵なし時計」を製作し、竜頭(巻き真)につけた小さなボタンでぜんまいを巻き上げつつ時刻合わせもできる構造を実現していました24。しかしブレゲはこの画期的機構を特許化しなかったため広まらず、他の試作例も構造が複雑で実用化には至っていませんでした2526。またそれら従来試作の多くは時刻合わせ機能を持たず、あくまで「鍵なし巻上げ」に留まっていた点で不十分でした27。
こうした背景の中、フィリップは先人のアイデアに安易に頼らず独自の機構構想を練り上げました8。彼は後に「既成概念は独創の妨げになる。私は当時、既存の機構には目もくれず、自分の着想を追求した。そして幸運にも、それまでのどの方式よりも簡単で頑丈で便利なシステムを生み出すことができた」と述懐しています828。フィリップが設計した新機構では、時計の側面に突き出た竜頭(リューズ)を指で直接回すことで内部歯車を介してぜんまいが巻き上がり、さらに竜頭を引き出した位置で回すと針を動かして時刻合わせができるようになっていました10。この「押し引き可能な竜頭」による二段切替式の巻上げ・針合わせ機構は、現代の機械式時計にも受け継がれる基本構造です。フィリップは自身の原理を1842年に試作の超薄型懐中時計で完成させ9、1845年に特許を取得することで技術的権利を確立しました17。この特許明細書には、懐中時計の巻真部分の構造図や操作方法が詳細に記されており、巻上げ車と指示車(歯車列)の噛み合わせを切り替える巧妙なレバー機構が示されています(フィリップの機構は後に「ペンダント(竜頭)式巻上げ機構」として教科書にも掲載されました)。このキーなし巻上げ発明により、懐中時計から煩わしい鍵を不要にした功績は計り知れません。実際、この発明が発表された直後から、欧州各地の時計メーカーが類似のリューズ式巻上げを採用し始め、19世紀後半には懐中時計の主流が竜頭巻き上げに移行していきました2429。20世紀初頭までに鍵巻き式はほぼ淘汰され、フィリップの機構が事実上の業界標準となったのです。
フィリップの竜頭機構の技術的ポイントは、小型の歯車式クラッチ(切替歯車)によって巻上げ用と時刻合わせ用の二つの経路を持たせた点にあります。竜頭に繋がる巻き真を押し込んだ通常位置では、クラッチ歯車がぜんまいバレル(香箱)側の歯車列と噛み合い、竜頭を回すとゼンマイが巻き上がります。一方、竜頭を引き出すとクラッチがスライドして離脱し、代わりに指針機構側(分針・時針の歯車列)に噛み合うため、竜頭を回せば針が動く仕組みです。この切替機構にはバネ仕掛けのロッカー(ゆり型レバー)が用いられ、竜頭の押し込み・引き出し操作で確実にクラッチが移動する設計でした2330。さらにフィリップは竜頭操作時の手応えにも配慮し、ぜんまいが巻き切れた際にはそれ以上の強いトルクが掛からないよう**「遊び車」を組み込みました。この遊び車(スリッピング・スプリング)はぜんまいの力が一定以上になると空転し、巻き過ぎによる破損を防ぐ安全機構です31。フィリップは後年、この遊び車も改良して1863年に特許取得しています3132。この発明(いわゆる「スリッピングスプリング」)は、後に自動巻き腕時計にも不可欠な「巻き過ぎ防止」機能として受け継がれ、ゼンマイが完全に巻き上がってもそれ以上の巻き力を逃がして空転させる現在のほぼ全ての機械式時計に搭載されています3133。このように、フィリップの竜頭巻上げ機構とその改良技術は、懐中時計から腕時計、さらには現代のスマートウォッチの「デジタルクラウン」に至るまで時計の操作体系そのものを変革**したと言えます。
フィリップの発明した鍵無し巻上げ機構は、1844年の博覧会場で偶然出会ったパテックにも強烈な印象を与えました。先述の通り、パテックはその場でフィリップを自社に迎えることを決断し、ジュネーブに招聘しています13。こうして生まれたパテックとフィリップの協業は、高級時計の歴史に残る数々の製品を送り出す礎となりました。フィリップ自身もまずは自らの発明品である竜頭機構の改良に注力し、複数の追加特許を取得しています34。特に1840年代後半には、リューズの耐久性や操作性を高めるため改良型巻き真や組立容易な分割式巻き真などを考案し、部品の標準化にも尽力しました15。それらの特許群は当時パテック社の大きな競争力となり、他社が容易に模倣できない優位性をもたらしました。またフィリップは1845年に入社直後から竜頭機構を自社製品に本格導入し、パテック社製懐中時計は**「鍵無し」で時刻セットまで可能な画期的時計**として各国で評判を博すことになります3536。
パテック社での技術革新と作品#
1845年にジュネーブのパテック社に加わったフィリップは、共同経営者・技術部長としてその才能を存分に発揮しました。入社当初、社名は「パテック & Cie」でしたが、フィリップの貢献の大きさから1851年には正式に彼の名を含めた「パテック・フィリップ社」へ改称されています19。社内でフィリップは生産全般を監督し、既存製造法の改善、新機能や複雑機構の開発を推進しました37。特に1848年前後の欧州革命による経済停滞期には、先行投資として製造の機械化に着手しています15。彼はヴァシュロン&コンスタンタンのレショー(Georges Leschot)が実践したように、歯車部品などを正確に量産できる工作機械を自社で開発し始めました15。その結果、従来は職人の手作業で個別調整が必要だった部品が規格化され交換可能となり、量産性と品質の向上に成功しました15。パテック社はこうした合理化で生産効率を高めつつも、職人芸術的な装飾は従来通り重視する戦略を採りました38。つまりフィリップが機械加工と精密工学でムーブメントを高度化し、パテックが伝統工芸(エナメル彩飾や彫金、ギョーシェ彫り、宝石細工など)で外装を豪華に仕立てるという二人三脚で、比類なき高級時計が次々と生み出されたのです39。この技術と芸術の融合によって、パテック・フィリップ社の製品は品質・意匠とも群を抜く存在となり、19世紀半ばには欧州各国の王侯貴族や要人を顧客に抱えるようになりました4041。
フィリップがパテック社で手掛けた代表的な技術革新・発明には以下のようなものがあります:
ミニッツ・リピーター(minute repeater)の開発:フィリップは着任直後の1845年7月に社初の「分刻み報時機構付き懐中時計(ミニッツ・リピーター)」の製作を完成させました42。パテック社は創業年の1839年に早くも四分刻みの簡易な報時時計を販売していますが42、フィリップの技術指導によりより精巧な分単位の報時(時・四分・分を音で知らせる)が可能となりました43。ミニッツ・リピーターは微細な歯車と調速機、音響用のゴングとハンマーを内蔵する高度な機構で、当時製作できる工房は限られていました。しかしフィリップはこの分野にも挑戦し、1840年代後半までにパテック社を報時時計の名門へと押し上げます44。実際、パテック社製のミニッツ・リピーター懐中時計は1850年代以降各国で高評価を得て、1869年のスイス国内博覧会ではわずか9リーニュ(約20mm径)の極小婦人用ミニッツリピーターを含む2点を展示し注目を集めました45。リピーター機構は音響工学と機械工学の粋を集めた複雑機構であり、高精度な部品加工と音響試験が必要です。フィリップは自らこの難題に取り組み、チャイム音の明瞭さや歯車伝達の精度を追求しました。当時のパテック社内には複数の調律済み鋼鉄製ゴングや高品質のムーブメント台座を試作する研究チームが生まれ、フィリップはその中心人物として活躍しました。彼の尽力により、パテック社は19世紀後半を通じて「鳴り物(報時)」時計の分野でトップクラスの評価を得ています46。これは音響面での先駆的貢献であり、彼の技術的関心が機械の精度だけでなく聴覚的な品質にも向けられていたことを示しています。
「スリッピング・スプリング(滑りばね)」の発明:前述の通り、フィリップはぜんまいの巻き過ぎ防止機構として1860年代に「スリッピング・スプリング」を開発しました31。従来はゼンマイの最大巻上長を制限するためストップワーク(ジュネーブ・ストップ)と呼ばれる歯止め機構が使われましたが、これは完全にゼンマイを巻き切れない制約がありました。フィリップの滑りばねは、ゼンマイを樽(香箱)内部で保持する留め具をばね仕掛けの摩擦留めに変更することで、満巻状態でも滑って空回りし、それ以上のトルクがかからないようになっています31。彼は1863年にこの機構の特許を取得し31、以降パテック社の懐中時計に組み込みました。結果としてユーザーはゼンマイを限界まで巻き上げても破損せず、時計を常に最大駆動状態で使えるようになりました。この原理は後の自動巻き時計(1920年代以降に普及)でも踏襲され、特に腕時計の自動巻きではローターによってゼンマイが常に巻き上げられるため滑りばね無しではオーバーワインドによる故障が避けられません。今日の機械式時計において標準の滑りばね方式を最初に実用化したのがフィリップだった点で、その貢献は計り知れません3147。
調速機構と精度向上:フィリップは時計の精度追求にも熱心で、温度補正板つきテンプ(補償振り子)の改良なども行いました48。気温変化で時計の進み遅れが生じるのを抑えるため、異種金属で構成した複合テンプ(温度補償テンプ)自体は18世紀末から存在しましたが、フィリップは19世紀後半にこれを改良する試みをしています。また1880年代には歩度調整を精密に行うためのマイクロ調整機構(レギュレーター)を考案し、1881年に「精密レギュレーター」の特許を取得しました49。この機構はテンプ緩急針の微小な移動をネジで行えるようにしたもので、時計師がより細かく時間調整できるようになります。さらにフィリップは着脱が容易なヒゲゼンマイ支持装置(各種レギュレーター・インデックスの改良型)も開発し、自社製品に採用しました48。これらの工夫によって、パテック社の時計は精度競技会(天文台クロノメーターコンクール)でも優秀な成績を収めるようになり、後年の1944年ジュネーブ天文台では史上最多の一等賞を獲得する伝統へと繋がっていきます50。
カレンダー機構の高度化:フィリップは複雑機構の中でもカレンダー表示の分野に関心を示しました。特に複数年に渡って日付を自動調整する永久カレンダー機構について、生前に研究開発を進めています。彼自身が申請に関与した懐中時計用永久カレンダーの特許(スイス特許)は、彼の没後となる1889年に認可されました51(日本の資料ではその認可が遅れ1899年になったとも伝えられます52)。この特許技術は、ムーブメント内で月末の日数や閏年を計算し、自動でカレンダーを送り続ける画期的なものでした。当時既に他社でも万年カレンダー付き懐中時計はいくつか製作されていましたが、フィリップはより部品点数を抑えた巧妙な機構を目指したと推測されます。この特許の実装第1号は、フィリップ死去から約25年後の1925年にパテック社が販売した世界初の腕時計用永久カレンダー(No.97975)として結実しました5354。永久カレンダーは機械式時計の中でも特に数学的・機械的な難度が高い機構であり、フィリップはその基礎を築いた先駆者の一人だったのです。
以上のように、フィリップは機械式時計のあらゆる側面で革新をもたらしました。巻き上げ機構、報時機構、調速機構、表示機構と、多岐にわたる発明や改良を残したことから、時計学の専門家からも「19世紀屈指の発明家」と評価されています55。彼の発明は単独で完結するものではなく、当時急速に進歩していた精密加工技術や材料工学の進展とも相まって実現したものでした。例えばフィリップが駆使した歯車切削技術や微細部品の研磨技法は、19世紀中葉にスイスやフランスで確立されたものです。また青鋼ひげゼンマイやルビー石の軸受けといった材料面での改良も、彼の時計に取り入れられていました。これら当時の最新技術を柔軟に活用しつつ、自らも革新していく姿勢こそフィリップの真骨頂でした。
主な顧客と作品の特徴#
パテック・フィリップ社は創業当初から王侯貴族など特権階級を主要顧客としていました40。共同創業者のパテック自身がポーランド貴族出身で人脈を持っていたこともあり、設立後まもなく各国の宮廷に時計を納めています。フィリップが入社して間もない**1851年、ロンドンで開催された第一回万国博覧会(ロンドン万博)**は、同社にとって大きな飛躍の舞台となりました。この博覧会にパテック・フィリップ社は渾身の作品を多数出品し、懐中時計部門で最高賞の金メダルを獲得しています5657。特にヴィクトリア英女王とアルバート公夫妻がパテックの展示ブースを訪れ、高く称賛したことは有名です。ヴィクトリア女王はその場で瑠璃エナメルとダイヤで装飾されたペンダント型懐中時計(No.4710)を購入し5858、アルバート公にも四分刻みの懐中クロノメーター(No.3218)を贈りました59。女王が身につけた鮮やかな青のパテック懐中時計は当時の英国社交界の話題となり、新興ブランドだったパテック・フィリップの名声を一躍高めました6058。この出来事は今日で言う「セレブリティによるブランドエンドースメント」の嚆矢とも評されます61。
その後もパテック・フィリップは各国の王室や富豪から特別注文を受け、高級時計メーカーとしての地位を確固たるものにしました。例えばタイ王(シャム王)ラーマ5世は1897年にジュネーブのパテック本店を訪れ、一度に56個もの時計を購入しています62。その中には王室紋章をあしらった特注のミニッツ・リピーター懐中時計も含まれ、現在同社ミュージアムで所蔵されています6364。またロシア皇帝アレクサンドル2世の愛人ドルゴルーコワ夫人が所持した懐中時計(皇帝の肖像入り)など、当時のパテック製品は単なる時刻計以上に社交界の特別な記念品や高貴な贈答品としての役割を果たしていました6566。フィリップが手掛けた作品群の特徴として、こうした顧客ごとの要望に応じたカスタムメイドが挙げられます。時計内部の複雑機構からケース外装の意匠・宝飾に至るまで、極めて高度な水準でまとめ上げられた一点物が多数生み出されました。その多くは依頼主の紋章・イニシャルや特別な機能(天文表示、音楽鳴り物など)を組み込んだ世界に一つだけの高級時計でした。
フィリップ自身もまた家族のために特別な時計を遺しています。1875年、娘のルイーズが結婚する際に、彼は自ら設計に関与した金の懐中時計を花嫁に贈呈しました6768。この時計(ムーブメントNo. 46,139)は竜頭巻上げ機構付きのペンダントウォッチとして製造され、当時の最高技術と優美な装飾が施されたものでした6970。後年になって1920年代に懐中時計から腕時計へ改装され、フィリップ家で大切に受け継がれてきたこの品は、「時計師の娘(The Watchmaker’s Daughter)」という愛称で知られています71。2023年に子孫の手によって競売に出品された際には、裏蓋のイニシャルや独特の文字盤デザインなどフィリップ一家の歴史を物語る由緒が注目され、大きな話題となりました6768。この時計は結果的にパテック・フィリップ博物館が取得したとみられています72。興味深いことに、ルイーズの夫ジョセフ・アントワーヌ・ベナシーは1877年に亡くなったパテックの後任としてパテック社の商務責任者となり、のち自身の姓に「フィリップ」を加えて「ベナシー=フィリップ」と名乗りました68。フィリップの娘婿がパテック社を継ぎ、さらに孫世代まで同社で活躍したことで、パテック・フィリップ社は創業世代から次世代へと円滑に事業承継されることになります73。このように、アドリアン・フィリップの家族と同社の歴史は深く結びついており、その作品も単なる工業製品ではなく一家の遺産としての側面を帯びていたのです。
以上を総合すると、フィリップ時代のパテック・フィリップ社の作品群は、「伝統的手工芸の粋」と「最新技術」が融合した極めて高品質なものでした。ムーブメントにはフィリップ考案の革新技術が盛り込まれ、ケースや文字盤には当時最高の装飾芸術家たち(エナメル画家、彫金師、宝石セッター等)が腕を振るいました39。その結果生まれた時計は精度・信頼性・美観において他の追随を許さず、19世紀を通じて**「王の時計商、時計商の王」(時計業界での誉れ高い称号)**と称されるに至ったのです。
現代への影響#
アドリアン・フィリップの技術的遺産は、20世紀以降の時計製造に今なお色濃く息づいています。まず第一に、竜頭(リューズ)による巻上げ・時刻合わせという操作体系は現在ほぼ全ての機械式時計で標準となっています74。懐中時計のみならず、のちの腕時計でも竜頭は欠かせない存在であり続けました。機械式時計に限らず、クォーツアナログ時計でさえも時刻合わせには小さな竜頭が付いています。さらに21世紀に登場したスマートウォッチですら、アップルウォッチに代表されるように物理的な**「デジタルクラウン」**を搭載し、直感的なインターフェースとして採用しています。これは200年近く前にフィリップが生み出した「つまみ一つで時計を制御する」概念が、デジタル時代にも有効であることを示しています。
また、フィリップの発明したスリッピング・スプリング機構も現代の機械式時計には不可欠です。特に自動巻き機構では、ローター(重り)が常にゼンマイを巻き上げ続けるため、滑りばね無しではゼンマイが過巻きになってしまいます。現在市販されている機械式腕時計のゼンマイは例外なくフィリップの考案した滑りばね方式を取り入れており、過剰なトルクを逃すクラッチ機構として機能しています31。この原理のおかげで、ユーザーは時計を常に満充填のエネルギー状態で使用でき、高精度と安定動作が保証されます。言い換えれば、現代の自動巻き時計の成立はフィリップの技術抜きには語れないのです。
フィリップの名を冠したパテック・フィリップ社も、その精神を受け継ぎ技術革新と伝統継承を両立させてきました。フィリップ引退後の1890年代末には創業者世代が去り、1932年には経営がシュTERN家に引き継がれましたが75、同社は創業当初からの「最高品質への妥協なき追求」という哲学を守り続けています。20世紀に入ると、パテック・フィリップ社は世界初の二重クロノグラフ(ダブルスプリット秒針計、1902年特許)76や初の腕時計用万年カレンダー(前述、1925年)など数々のマイルストーンを打ち立てました。また、1949年には新型テンプ「ジャイロマックス(Gyromax)」の特許を取得し、機械式時計の調速精度を飛躍的に高めました77。1953年には同社初のセンター自動巻きムーブメント(12-600AT)の特許を取得し77、1960年代には天文台精度コンクールで未曾有の高精度記録を達成しています78。21世紀に入っても、シリコン材料を用いた脱進機「シリラックス/パルソマックス」の開発(2005–2008年)7980や、多数の複雑機構を盛り込んだ記念モデルの発表(1989年キャリバー89、2014年175周年モデル等)8182など、先進的な歩みを継続しています。同社は創業以来70件以上の特許を取得しており83、現社長ティエリー・シュTERNの下でも研究開発を重視しています。これは、技術者フィリップがもたらしたイノベーションのDNAが150年以上にわたり脈々と受け継がれている証といえるでしょう。現存するパテック・フィリップの機械式時計は、その全てが竜頭を備え、すべてがフィリップのエッセンスを宿しているとも評されています84。
最後に、フィリップの業績に関連する文献や資料にも触れておきます。彼自身は1863年に専門書『Les montres sans clef』(「鍵の無い時計」)を出版し、自らの発明である竜頭式機構の仕組みや懐中時計全般の構造を詳述しています8532。この著書は当時の時計師たちにとって貴重な技術指南書となり、現在でも時計史研究の一次資料として参照されています。また、フィリップはジュネーブの新聞『Journal de Genève』に複数の論説を寄稿し、大量生産時代における時計製造の課題や産業化の展望について論じました863。彼の特許明細書やそれに付随する図面もフランス国立図書館などで閲覧可能で、19世紀時計技術の粋を今に伝えています。スイス歴史事典DHSには彼の略伝が掲載されており、その中で「時計製造の近代化と懐中時計の利便性向上に決定的な貢献をした人物」と評価されています23。時計専門誌や学術論文でもフィリップの発明について分析したものが多く、特に竜頭機構については機械工学や産業史の観点からの研究も見られます。例えば近年の研究では、フィリップの発明がスイス時計産業全体の国際競争力向上に寄与したことや、竜頭式への業界標準化が時計のユーザビリティを飛躍的に高め時計の大衆化に繋がったことが指摘されています。
総じて、アドリアン・フィリップは19世紀時計界の偉大な発明家であり起業家でした。彼の生涯における業績は、時計の操作性・複雑性・精度・量産性といったあらゆる側面を押し上げ、現代の時計技術の礎を築いたと言っても過言ではありません55。今日なおパテック・フィリップ社が世界最高峰の時計メーカーと目される背景には、フィリップがもたらした技術的遺産と「品質第一」の精神が確実に息づいているのです。
年表#
1815年4月16日:フランス・ラ・バゾシュ=グエに生まれる2。父ジャン=アントワーヌは地元の時計師。幼少より父のもとで時計作りを学ぶ。
1833年:18歳で家業を出て修行の旅に出る。ル・アーヴルの時計師のもとで徒弟奉公した後、ロンドンへ渡り技能を磨く3。
1835–1839年頃:フランスに戻りパリで独立。ロンドンで知り合ったスイス人時計師とパートナーを組み、パリに時計工房を開設。ヴェルサイユ近郊の工場とも連携しながら、年間150個ほどの懐中時計を製造する6。
1842年:27歳。世界初の実用的な「鍵無し巻上げ機構付き懐中時計」を完成させる10(特許出願名「巻真(リューズ)による懐中時計巻上げおよび時刻設定機構」)。従来は鍵で行っていたぜんまい巻きと針合わせを、時計側面の竜頭一つで可能にした革新的発明だった1011。
1844年:パリ万国博覧会(産業博覧会)に鍵無し巻上げ懐中時計を出品。博覧会で銅メダル(3等賞)を受賞12。会場でポーランド人実業家のアントニ・パテックと運命的に出会い、発明に感銘を受けたパテックから共同事業の誘いを受ける13。同年、パテックは共同経営者Czapekとの契約を解消しており、フィリップとの提携準備に入る14。
1845年4月22日:フィリップ、フランスで**特許第1317号「懐中時計のリューズ巻上げ機構」**を出願17(同年中に認可)。春頃にスイス・ジュネーブへ移住し、パテック社(Patek & Cie)に技師長として入社18。以後、全製品にフィリップの竜頭巻上げ機構が採用され始める。
1845年5月:パテック社で四分の二(ハーフクォーター)リピーターの懐中時計を完成87。
1845年7月:パテック社で初のミニッツ・リピーター懐中時計(分単位の報時機構付き)を完成42。この成果によりパテック社は高級複雑懐中時計メーカーとして一歩抜きん出る。
1851年:ロンドン万国博覧会にパテック社が出品参加。ヴィクトリア女王、アルバート公など多くのVIPが同社ブースを訪問。同社懐中時計が最高賞の金メダルを受賞し、女王は展示品の一つを個人購入する5658(王配アルバート公にも別の時計を購入)。社名を「パテック・フィリップ & Cie」(ジュネーブ)に改称19し、正式にフィリップが共同経営者となる。
1850年代:フィリップ主導で製造工程の機械化を推進。歯車切削盤など工作機械を導入・開発し、部品の互換性(標準化)を高める15。一方で高度な装飾技法を持つ職人も積極登用し、製品品質の総合的向上に努める39。この頃、欧州各国(フランス、ロシア、イギリスなど)の皇室に多数の特注懐中時計を納入しブランドを確立。
1863年:フィリップ、懐中時計技術の専門書『Les montres sans clef』(邦訳「鍵の要らない時計」)を出版85。自身の発明した巻上げ機構の詳細や懐中時計全般の構造・歴史をまとめた著作で、後進の時計師たちに教科書的役割を果たす。またゼンマイ滑りばね(スリッピング・スプリング)機構を発明・特許取得32。以降、同社の懐中時計に順次導入。
1868年:パテック・フィリップ社、最初のスイス製腕時計(婦人用ブレスレットウォッチ)をハンガリーのコスコヴィッツ伯爵夫人のために製作8889。フィリップ存命中に腕時計製作へ着手した先駆的事例。
1875年:フィリップの娘ルイーズが結婚。父アドリアンは金無垢のペンダントウォッチを結婚祝いに贈呈68(後に「時計師の娘(The Watchmaker’s Daughter)」と呼ばれる名品)。
1877年:共同創業者アントニ・パテック死去。後任の商務責任者にフィリップの娘婿ジョセフ・アントワーヌ・ベナシーが就任68。会社経営はフィリップとベナシー(後に姓をベナシー=フィリップと改名)の二人体制に。
1881年:精密レギュレーター機構の特許を取得49。微調整可能な緩急針(スワンネック緩急針等)で時計の精度向上を図る。
1889年:永久カレンダー機構の特許を取得51(申請はフィリップ主導、認可時は息子エミールらの代)。同年、パリ万国博覧会に同社のグランドコンプリケーション懐中時計を出品し好評を博す。
1890年:フィリップ、時計技術に対する功績でフランス政府からレジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ章を受章90。
1891年:76歳のフィリップ、パテック・フィリップ社の日常業務から引退し、経営を息子ジョセフ=エミール・フィリップと娘婿ジョセフ・ベナシー=フィリップに委ねる20。ただし技術顧問的な立場で引き続き社に関与。
1894年1月5日:ジュネーブにてフィリップ死去2。遺体はジュネーブのサン=ジョルジュ墓地に埋葬される。享年78。
1902年:パテック・フィリップ社、二重クロノグラフ(ダブルスプリット)機構の特許取得76。複雑機構開発を継続。
1932年:フィリップ家(エミールの子孫)がパテック社経営から離れ、ジュネーブの時計師シュテルン兄弟が経営参加75。社名を存続しつつオーナー交代。この年、カラトラバRef.96(同社初のベストセラー腕時計)発売91。
1949年:テンプの新機構Gyromax®(ジャイロマックス)遊動テンプの特許取得77。1951年にも追加改良特許取得77。機械式時計の調速機構を革新。
1953年:自動巻き腕時計用ムーブメント(Cal.12-600AT)の特許取得77。パテック社、満を持して自動巻きモデルを市場投入。フィリップの滑りばね技術が本格的に活かされる。
1989年:創業150周年を記念し、33の複雑機能を持つ超複雑懐中時計「キャリバー89」を発表81(当時世界最多機能)。19世紀以来培った複雑時計技術の集大成として注目される。
2015年:アップルがApple Watchを発売。竜頭に相当する操作子を「デジタルクラウン」と命名し、伝統的な時計の操作感覚をデジタルデバイスに取り入れる。この名称は時計の**リューズ(クラウン)**に由来し、フィリップの発明した直感的インターフェースの思想が21世紀のIT製品にも受け継がれた例といえる。
2025年現在:パテック・フィリップ社は創業から186年を迎え、なお家族経営(シュテルン家)を維持しつつ年間約6万本の高級時計を生産する世界有数のメーカーである。同社は現在までに100件以上の特許を取得しており92、製品の全てにおいてフィリップの発明した竜頭式巻上げ機構を採用している。その卓越した工芸技術と先端工学の融合路線は、まさに創業者アドリアン・フィリップの理念の延長線上にある。
参考文献#
Patek Philippe Museum, Patek Philippe Watches, Volume I (PDFカタログ)113
※同資料にフィリップの略歴(出生、1844年博覧会での銅メダル受賞、パテック社加入、1863年著書出版、1894年没など)記載。Jean de Senarclens, “Philippe, Jean Adrien”, Dictionnaire Historique de la Suisse (DHS), 09.04.200923
※スイス歴史事典。フィリップの家系(父は時計師)、1833年から各地で修行した経歴、発明(1842年リューズ式巻上げ)、パテック社での役割などを解説。FHH (Fondation de la Haute Horlogerie), Encyclopedia: Jean-Adrien Philippe9315
※フィリップの発明と業績のまとめ。1842年の発明内容と博覧会受賞、パテックとの提携、1848年革命期の機械化導入、スリッピング・スプリング発明(1863年)、補償振り子やジョイント巻真の開発、1890年レジオン・ドヌール受章など記述。Fratello Watches (Lex Stolk), “Who Was Jean-Adrien Philippe? The Story Of The Watchmaking Half Of Patek Philippe”, Fratello.com, Nov 29, 20253474
※時計メディアの記事。フィリップの生涯を物語風に紹介。竜頭発明の経緯、複数特許取得、リピーター開発、1863年滑りばね特許(自動巻きの基礎)、1890年レジオン・ドヌール、1891年引退、1894年死去、現代パテックの特許100件超・全時計にクラウン採用まで。WatchNavi サロン「時計界の偉人列伝 – ジャン=アドリアン・フィリップ」、2019年9月9日5210
※日本の時計専門誌による伝記記事。21歳で工房設立・年150個生産、1842年に鍵無し巻上げ機構を発明、1844年パリ博覧会でのパテックとの出会い、1845年ミニッツリピーター製作、1899年永久カレンダー特許認可など言及。Collectability (John Reardon), “Kings, Queens, Popes and their Pateks”, June 26, 20215862
※パテック時計の歴史と王侯顧客についての記事。1851年ロンドン万博でのエピソード(女王とアルバート公が購入、同社金メダル受賞)、女王購入時計No.4710の詳細、ラーマ5世(シャム王)の1897年大量購入、ロシア皇帝の愛人の時計など豊富な史料に基づき解説。Revolution Watch (Suan Futt Yeo), “A Quick Guide to Patek Philippe’s Minute Repeaters”, July 5, 201342
※パテック・フィリップ社の報時時計史に関する記事。創業年1839年第19番時計として最初の四分リピーター販売、1845年7月に初のミニッツ・リピーター完成と明記42。1869年のジュネーブ博に小型リピーター出品記録も。Patek Philippe社公式資料「History - Pictorial History」(PP Magazine V3 N10)9449
※社史の年表。1839年創業、1844年パリ博でフィリップ銅メダル95、1845年巻上げ特許94、1851年社名改称96、1868年初のスイス腕時計88、1881年精密レギュレーター特許49、1889年永久カレンダー特許51などフィリップ時代の項目を含む。また以降の発展(1902年ダブルクロノ特許、1949年Gyromax、1953年自動巻など)も掲載。DMG-Lib (Digital Mechanism & Gear Library), “Philippe, Adrien (1815–1894)”9798
※機械工学史のデータベース。フィリップの要約として「1842年に冠頭巻き機構発明、1851年パテック社設立、1863年『Les montres sans clef』出版、1894年没」と記載。FH (スイス時計協会) “Watchmakers’ and Inventors’ Hall of Fame – Adrien Philippe”55
※スイス公式サイトの殿堂ページ。フィリップを「鍵無し時計の発明者、1863年に著書出版」と簡潔に紹介。
(以上)
FHH | Jean-Adrien Philippe: Pioneer in Watchmaking History ↩︎ ↩︎
〖時計界の偉人列伝〗パテック フィリップの創成期を支えた天才時計師――ジャン-アドリアン・フィリップ | WATCHNAVI Salon ↩︎ ↩︎
https://labazochegouet.fr/wp-content/uploads/2025/03/Adrien-Philippe-PDF.pdf#:~:text=%C3%AAtre%20nuisibles%20aux%20conceptions%20originales%2C,que%20tout%20ce%20qui%20avait ↩︎ ↩︎ ↩︎
https://labazochegouet.fr/wp-content/uploads/2025/03/Adrien-Philippe-PDF.pdf#:~:text=Voil%C3%A0%20qui%20en%20dit%20long,par%20une%20couronne%20au%20pendant ↩︎ ↩︎
〖時計界の偉人列伝〗パテック フィリップの創成期を支えた天才時計師――ジャン-アドリアン・フィリップ | WATCHNAVI Salon ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
FHH | Jean-Adrien Philippe: Pioneer in Watchmaking History ↩︎ ↩︎
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FHH | Jean-Adrien Philippe: Pioneer in Watchmaking History ↩︎
https://labazochegouet.fr/wp-content/uploads/2025/03/Adrien-Philippe-PDF.pdf#:~:text=Le%2022%20avril%201845%20Adrien,Nor%02bert%20de%20Patek%20%C3%A9tait%20s%C3%BBr ↩︎ ↩︎ ↩︎
FHH | Jean-Adrien Philippe: Pioneer in Watchmaking History ↩︎ ↩︎ ↩︎
https://labazochegouet.fr/wp-content/uploads/2025/03/Adrien-Philippe-PDF.pdf#:~:text=doute%20que%20le%20principal%20progr%C3%A8s,sur%20des%20re%02montoirs%20fix%C3%A9s%20au ↩︎
https://labazochegouet.fr/wp-content/uploads/2025/03/Adrien-Philippe-PDF.pdf#:~:text=Citons%20Adrien%20Philippe%20lui,entendu%20parler%20mais%20n%E2%80%99en%20avait ↩︎ ↩︎
Montres Breguet | First watch with keyless winding mechanism ↩︎ ↩︎
Montres Breguet | First watch with keyless winding mechanism ↩︎
https://labazochegouet.fr/wp-content/uploads/2025/03/Adrien-Philippe-PDF.pdf#:~:text=la%20suppression%20de%20celle,faire%2C%20le%20jeune%20Adrien%20Philippe ↩︎
https://labazochegouet.fr/wp-content/uploads/2025/03/Adrien-Philippe-PDF.pdf#:~:text=Quelques%20confr%C3%A8res%20avaient%20bien%20travaill%C3%A9,Si%20ce%20brave%20homme ↩︎
https://labazochegouet.fr/wp-content/uploads/2025/03/Adrien-Philippe-PDF.pdf#:~:text=me%20repentir%20d%E2%80%99avoir%20suivi%20mes,par%20une%20couronne%20au%20pendant ↩︎
FHH | Jean-Adrien Philippe: Pioneer in Watchmaking History ↩︎
https://labazochegouet.fr/wp-content/uploads/2025/03/Adrien-Philippe-PDF.pdf#:~:text=jamais%20vues,D%E2%80%99ailleurs%20il%20le%20dit ↩︎
FHH | Jean-Adrien Philippe: Pioneer in Watchmaking History ↩︎ ↩︎ ↩︎
Kings, Queens, Popes and their Pateks - Collectability ↩︎ ↩︎
A Quick Guide to Patek Philippe’s Minute Repeaters - Revolution Watch ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
A Quick Guide to Patek Philippe’s Minute Repeaters - Revolution Watch ↩︎
FHH | Jean-Adrien Philippe: Pioneer in Watchmaking History ↩︎ ↩︎
https://static.patek.com/pdf/ppmagazine/ar/PP_Magazine_V3_N10_Pictorial_History.pdf#:~:text=1868%20Patek%20Philippe%20creates%20the,calendar%20mechanism%20for%20pocket%20watches ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
https://static.patek.com/pdf/ppmagazine/ar/PP_Magazine_V3_N10_Pictorial_History.pdf#:~:text=1941%20Patek%20Philippe%20begins%20regular,1951%20Patents%20for%20Patek ↩︎
https://static.patek.com/pdf/ppmagazine/ar/PP_Magazine_V3_N10_Pictorial_History.pdf#:~:text=Countess%20Koscowicz%20of%20Hungary%201881,calendar%20mechanism%20for%20pocket%20watches ↩︎ ↩︎ ↩︎
〖時計界の偉人列伝〗パテック フィリップの創成期を支えた天才時計師――ジャン-アドリアン・フィリップ | WATCHNAVI Salon ↩︎ ↩︎
https://static.patek.com/pdf/ppmagazine/ar/PP_Magazine_V3_N10_Pictorial_History.pdf#:~:text=first%20split,198%20023 ↩︎
https://static.patek.com/pdf/ppmagazine/ar/PP_Magazine_V3_N10_Pictorial_History.pdf#:~:text=1925%20Patek%20Philippe%20creates%20its,97%20975 ↩︎
Kings, Queens, Popes and their Pateks - Collectability ↩︎ ↩︎
Kings, Queens, Popes and their Pateks - Collectability ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
Kings, Queens, Popes and their Pateks - Collectability ↩︎ ↩︎
Montre bracelet en or jaune | Yellow gold wristwatch Vers 1875 | Circa 1875 | Fine Watches | 2023 | Sotheby’s ↩︎ ↩︎
Montre bracelet en or jaune | Yellow gold wristwatch Vers 1875 | Circa 1875 | Fine Watches | 2023 | Sotheby’s ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
Montre bracelet en or jaune | Yellow gold wristwatch Vers 1875 | Circa 1875 | Fine Watches | 2023 | Sotheby’s ↩︎
Montre bracelet en or jaune | Yellow gold wristwatch Vers 1875 | Circa 1875 | Fine Watches | 2023 | Sotheby’s ↩︎
Montre bracelet en or jaune | Yellow gold wristwatch Vers 1875 | Circa 1875 | Fine Watches | 2023 | Sotheby’s ↩︎
https://static.patek.com/pdf/ppmagazine/ar/PP_Magazine_V3_N10_Pictorial_History.pdf#:~:text=the%20%E2%80%9CPackard%2C%E2%80%9D%20No,1932%20Launch%20of%20the%20first ↩︎ ↩︎
https://static.patek.com/pdf/ppmagazine/ar/PP_Magazine_V3_N10_Pictorial_History.pdf#:~:text=1889%20Patent%20for%20perpetual%20calendar,Patent%20for%20first%20double%20chronograph ↩︎ ↩︎
https://static.patek.com/pdf/ppmagazine/ar/PP_Magazine_V3_N10_Pictorial_History.pdf#:~:text=Observatory%20competition%201949%20%26%201951,600at ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
https://static.patek.com/pdf/ppmagazine/ar/PP_Magazine_V3_N10_Pictorial_History.pdf#:~:text=time,Launch%20of%20the%20first%20Nautilus ↩︎
https://static.patek.com/pdf/ppmagazine/ar/PP_Magazine_V3_N10_Pictorial_History.pdf#:~:text=2003%20Patek%20Philippe%20introduces%20the,2006%20Opening%20of%20the%20renovated ↩︎
https://static.patek.com/pdf/ppmagazine/ar/PP_Magazine_V3_N10_Pictorial_History.pdf#:~:text=2006%20Patek%20Philippe%20Advanced%20Research%3A,ps%20movement%20integrated%20into%20the ↩︎
https://static.patek.com/pdf/ppmagazine/ar/PP_Magazine_V3_N10_Pictorial_History.pdf#:~:text=retrograde%20date%20indication%201989%20Launch,5024%20shown ↩︎ ↩︎
https://static.patek.com/pdf/ppmagazine/ar/PP_Magazine_V3_N10_Pictorial_History.pdf#:~:text=the%20GyromaxSi%C2%AE%20balance%202011%20Launch,new%20collection%20of%20commemorative%20watches ↩︎
https://static.patek.com/pdf/ppmagazine/ar/PP_Magazine_V3_N10_Pictorial_History.pdf#:~:text=Patek%2C%20Philippe%20%26%20Cie%20%E2%80%93,calendar%20mechanism%20for%20pocket%20watches ↩︎ ↩︎
https://static.patek.com/pdf/ppmagazine/ar/PP_Magazine_V3_N10_Pictorial_History.pdf#:~:text=1868%20Patek%20Philippe%20creates%20the,1881%20Patent%20for%20precision%20regulator ↩︎
FHH | Jean-Adrien Philippe: Pioneer in Watchmaking History ↩︎
https://static.patek.com/pdf/ppmagazine/ar/PP_Magazine_V3_N10_Pictorial_History.pdf#:~:text=Charles%20Henri%20Stern%20invest%20in,1941%20Patek%20Philippe%20begins%20regular ↩︎
FHH | Jean-Adrien Philippe: Pioneer in Watchmaking History ↩︎
https://static.patek.com/pdf/ppmagazine/ar/PP_Magazine_V3_N10_Pictorial_History.pdf#:~:text=the%20Industrial%20Exposition%20in%20Paris,Philippe%20%26%20Cie%20%E2%80%93%20Fabricants ↩︎ ↩︎
https://static.patek.com/pdf/ppmagazine/ar/PP_Magazine_V3_N10_Pictorial_History.pdf#:~:text=Patek%20and%20Fran%C3%A7ois%20Czapek%201844,England%E2%80%99s%20Queen ↩︎
https://static.patek.com/pdf/ppmagazine/ar/PP_Magazine_V3_N10_Pictorial_History.pdf#:~:text=place%20in%20London,Cie%20%E2%80%93%20Fabricants%20%C3%A0%20Gen%C3%A8ve ↩︎