生涯と経歴#
幼年期と家族背景#
アントワーヌ・ルクルト(Antoine LeCoultre, 1803–1881)は、19世紀スイスを代表する発明家であり時計技術者です1。1803年にスイス・ジュウ渓谷のラ・ゴリス(ヴァレ・ド・ジュウ地方)で生まれ、幼少期から機械工学や精密加工に強い関心を示しました1。父ジャック=ダヴィ(Jacques-Davis)から鍛冶仕事や金属加工を学び、オルゴールの音響板(音響用鋼板)の改良や新しい金属合金の開発にも取り組んでいます2。若い頃から機械装置の考案に長けており、後に音響部品や刃物産業の基礎も築いたとされています2。こうした下地は、彼が後に時計製造における精密技術の先駆者となる素地となりました。
時計製造への転身と研鑽#
ルクルトは1820年代後半に本格的に時計技術の道へ進みます。1828年、25歳頃の彼はスイス・ジュネーブに赴き、現地の時計学校で製図、数学、物理学、化学を修めました3。この間に時計の歯車機構や脱進機への知識を深め、ロンドンの有名な時計技師アドルフ・ニコル(Adolphe Nicole)とも親族の縁で協働しています4。1829年に故郷ジュウ渓谷へ戻った後は、父と共に事業を営みつつ、音響部品(オルゴール用の櫛歯)や精密刃物(ナイフ・かみそり)の製造と並行して、時計部品の制作に携わりました5。1830年には父との共同経営「J. D. ルクルト父子」を立ち上げますが、工房設備投資を巡る意見の相違から、数年後に独立することになります6。1833年、ルクルトは実家の納屋を改装して自らの時計工房を創設し、スイスのル・サンティエ村で高精度の時計部品製造を開始しました17。この時、彼は従来の熟練職人とは異なり、「時計造りに必要な工作機械の設計」を重視する技術者の視点で時計業に取り組んでいたことが特筆されます8。
工房創設と初期の技術革新#
ピニオン切削機の発明(1820年代)#
ルクルトが最初期に手掛けた革新的発明の一つがピニオン切削機でした。ピニオン(時計の小歯車軸)は当時手作業で製作・加工されており、精度や生産性に課題がありました。彼は1820年代半ば(1826~1827年頃)に鋼材から時計用ピニオンを切削加工する機械を考案し、この装置により歯車製造の速度と精度を飛躍的に高めることに成功しました9。この功績により、彼は1833年の工房設立に踏み切る技術的下地を得たのです10。実際、ルクルトと兄のフランソワ=ユリス(François Ulysse)はこの発明を契機に1833年に「ルクルト社」を創業し、同装置の導入で従来より高精度な歯車を効率良く製造できるようになったと伝えられています10。このピニオン切削機は、当時黎明期にあった時計製造工程の機械化において先駆的な例であり、手作業主体だったジュウ渓谷の時計産業に新風をもたらしました。
精密部品製造への挑戦#
工房創設後、ルクルトは時計のエボーシュ(未完成ムーブメント)や様々な精密部品を自製することにも力を注ぎました11。彼の工房では、歯車やピニオン以外にも、脱進機や香箱など時計の核心部品を製造し、ゆくゆくは完成時計のムーブメント(ブランク)を一貫供給できる体制を目指していました12。1830年代後半には、時計製造以外の発明も手掛けています。例えば1837年には「将校用の望遠測距器」(ルネット・ドフィシエ)を開発し、距離測定を行う光学装置を考案しました13。このように幅広い分野で創意を発揮しつつ、時計産業における精密加工と部品内製化の基盤を築いていったのです。
「ミリオノメーター」の発明(1844年)#
発明の経緯と技術的背景#
ルクルトの名を歴史に刻んだ最大の発明が、**ミリオノメーター(Millionomètre)**と呼ばれる超精密測定機器です。1844年、彼は時計部品を*1/1000ミリメートル(=1ミクロン)*単位で測定できる画期的な機械式マイクロメーターを開発しました1415。当時、人間の目と感覚に頼って部品の寸法を“勘”で仕上げていた時代に、ミクロン精度で寸法を数値的に測定できる機器の登場は衝撃的でした。この装置によって部品寸法のばらつきが劇的に減少し、時計の精度・信頼性が飛躍的に向上したのです16。
ミリオノメーターの測定精度は当時としては桁外れであり、従来は「計測不能」と思われた微小な差異を可視化しました17。その技術的肝は、高精度なねじと目盛板による機械式増幅機構で、微少な寸法変化を読み取る点にありました(当時の技術水準でこの機構自体を製作すること自体が大変な偉業でした18)。この発明は時計界に精密測定の概念をもたらし、「経験と勘」に頼る伝統的手法から「計測と科学」に基づく近代的製造法への転換点となりました。
時計製造への影響(精度向上とメートル法導入)#
ミリオノメーターのもたらした影響は計り知れません。第一に、部品の工作精度が格段に向上したことで、当時問題だったムーブメントの不安定さや歩度不良が大幅に低減しました16。ルクルト自身、「この精密測定技術なしには達成し得なかった高精度の時計」が製造可能になったと述べています(同時代の資料による評価)14。第二に、この発明は時計産業へメートル法を普及させる原動力ともなりました。19世紀半ばまでスイスの時計製造では伝統的な寸法単位(リーニュなど)が使われていましたが、ミクロン単位での測定が可能になったことで業界全体がメートル単位系へ移行する契機となったのです19。事実、ルクルトのミリオノメーター発明以降、スイス時計界で徐々にミリメートル単位での設計・製造が浸透したと伝えられています19。
なお、当時のスイスには特許制度が整備されておらず、このミリオノメーターも発明当初は特許取得されませんでした20(スイス連邦で本格的な特許法が成立するのは1888年です20)。そのためルクルトは機構の詳細を企業秘密として厳重に守り、自社工房内だけで独占的に活用しました。発明から50年以上経った1900年のパリ万国博覧会で初めて一般公開された際には、専門家たちから「この装置のおかげで時計製造が科学の時代に入った」と賞賛されています2122。
キーレス巻上げ機構の開発(1847年)#
当時の巻上げ技術と課題#
19世紀中葉までの懐中時計は、ぜんまいの巻上げや時刻合わせに鍵(専用のねじ込み式の鍵)を用いるのが一般的でした。時計の背面にある角穴に鍵を差し込んでぜんまいを巻き、別の位置で針を動かして時刻を合わせる方式です。しかし鍵は紛失しやすく、また防水性の観点でも弱点でした。この課題に対し、各国の時計技師が「鍵を使わずに巻き上げ・時刻合わせを行う機構」の開発に挑戦していました。特に有名なのが、アドリアン・フィリップ(Patek Philippe社の共同創業者)による1845年の「キーレス」発明ですが、これに続いてルクルトも独自方式の開発に成功します23。
ルクルトの「鍵なし巻上げ機構」(1847年)#
1847年、アントワーヌ・ルクルトは鍵を用いない懐中時計の巻上げ・時刻設定機構を発明しました24。これは世界で二番目の実用的キーレスシステムと評価され、特にその信頼性の高さで知られます23。ルクルトの方式では、時計側面の竜頭(リューズ)に付属した小さな押しボタンを操作することで、内部の*梃子(レバー)が切替わり、同じ竜頭で「ぜんまい巻き上げ」と「針合わせ」の二役を切り替える設計でした25。平時は竜頭を回すとぜんまいが巻き上がり、ボタンを押してレバーを切り替えた後は竜頭で針が動かせるという構造です。この機構はフランス語で*「ルモントワール・ア・バスキュル(揺動レバー式巻上機構)」**とも呼ばれ、複雑な歯車切替を伴う巧妙なものでした25。
ルクルトはこの発明でも特許を取得せず(前述の通り当時の事情による)公開したため、優れたアイデアは瞬く間に他の時計メーカーにも採用されました26。結果として懐中時計の巻上方式は鍵式から竜頭式へ急速に移行し、古典的な鍵はほどなく時代遅れとなります27。今日の機械式時計でもほとんどが竜頭(リューズ)による巻上げ・操作方式を採用していますが、その原型を築いたのがこのルクルトの発明でした。なお、この業績によりルクルトは1851年のロンドン万国博覧会で初の金メダルを獲得しています28。彼は自ら開発したキーレス機構を組み込んだ金の懐中クロノグラフ(ストップウオッチ機能付き懐中時計)を出品し、その技術的巧妙さが高く評価されました28。当時のイギリス女王ヴィクトリアも開会式に臨席しており、ルクルトの機械加工された歯車や斬新な巻上げ機構に賛辞が贈られたと伝えられています1529。この受賞はルクルトの名声を国際的に高め、以後の事業発展への追い風となりました。
発明の評価と事業の発展#
経営上の苦難と家族の支え#
多くの技術革新を成し遂げたルクルトですが、その事業経営は決して順風満帆ではありませんでした。1850年代前半、販売面を強化するためジュネーブの商人ジョン・ゴレイ(Jean “John” Gallay)と提携し、1853年には彼がルクルトの娘と結婚して経営パートナーとなります30。しかし販売在庫の不良や経営方針の不一致から両者の関係は悪化し、わずか1年足らずで多額の負債を抱える事態に陥りました31。1858年から1860年にかけて債権者から相次ぐ訴訟を起こされ、ルクルト社は倒産寸前に追い込まれます32。この深刻な危機に際し、当時16歳だった息子エリー・ルクルト(Elie LeCoultre)が奔走し、父アントワーヌに会社清算を思いとどまらせました3233。さらに親族のガスパール・ゴレイ(ルクルトの義弟)らの援助も受け、債権者への返済交渉を進めることで何とか破綻を回避したのです3435。同時期、友人でもあった実業家から緊急融資を受けた記録もあり36、技術者肌で経営の苦手なルクルトを周囲が支えたことが窺えます。こうした家族・友人の支援により、ルクルトの会社は辛うじて存続し、後の飛躍に繋がりました。
マニュファクチュールへの発展(工場統合と機械化)#
経営危機を乗り越えたルクルト親子は、時計製造の近代化に向けた大胆な施策を打ち出します。それが1866年の工場統合、すなわち従来は分業化され各家庭や小工房で行われていた製造工程を、一箇所の大きな工場建屋(マニュファクチュール)に集約する試みでした3738。ルクルトと息子エリーは、この年ル・サンティエに新工場を建設し、地元ジュウ渓谷で初の総合時計工場を創設します39。そこでは歯車切削、穴あけ、組立、彫刻、エナメル装飾に至るまで、時計作りの全工程を一つ屋根の下に集めました37。当時、時計製造は高度に分業化され各職人が秘伝の技を家業として守る風潮がありましたが、この統合により技術者同士が知見を共有し、より合理的で効率的な生産が可能になりました38。
さらに工場には**蒸気機関(3~4馬力)**が導入され、歯車やネジ加工に駆動力を供給する機械化も進められました4041。ルクルト工場はジュウ渓谷で最も近代的な設備を備え、労働者には社屋内での居住・食事提供など手厚い待遇も行われています3542。この垂直統合型の生産体制は功を奏し、同社は1860年代末までに急成長を遂げました。1870年頃には従業員数500名を抱えるまでになり、「渓谷の大工場(グランド・メゾン)」として知られる存在となります43。実際、当時の地域統計によれば1888年時点でルクルト工場は従業員数約480名で地域最大の企業となっており4445、まさにジュウ渓谷の時計産業を牽引する存在でした。
複雑機構の量産化と技術革新 (1870年代)#
統合工場での生産力向上により、ルクルト社は複雑機構付きムーブメントの部分的量産にも成功します。1870年、同社は世界で初めて機械加工で製造したミニッツリピーター(報時音響機構)やクロノグラフ(ストップウォッチ機構)付きのムーブメントを発表しました45。これは、従来すべて手作業に頼っていた高度複雑機構を、一部工程とはいえ機械の力で量産可能にした画期的事例でした。音響工学の観点では、ミニッツリピーターのゴングや打棒といった繊細な部品を高精度に加工・組立てする必要がありましたが、ルクルト社は蓄積した精密加工技術によってそれを実現しています。1870年に機械生産されたクロノグラフ/リピーター搭載キャリバーは少数でしたが、品質は高く評価され、市場に複雑時計を比較的安定供給する道を拓きました45。
加えて1871年には、新たな改良型巻上げ機構を開発しています46。詳細な資料は限られますが、当時まで主流だった1847年型の押しボタン切替式から進化した「より洗練されたキーレス巻上げ機構」であったと報じられています46。この機構改良により、同社製ムーブメントの使い勝手や信頼性は一層高まり、結果として1870年代初頭には懐中時計から鍵巻きが完全に姿を消すことになりました47(実際、ルクルト工場では1871年には鍵穴付きムーブメントの生産がゼロになったとの記録があります47)。このようにアントワーヌ・ルクルトの晩年期にも技術革新は続き、会社は難局を乗り越えつつ発展を続けたのです。
晩年と遺産#
事業継承とジャガー=ルクルトへの展開#
アントワーヌ・ルクルトは1877年、74歳のとき事業の第一線から退きました48。新体制として彼の息子エリー、ベンジャミン、ポールの3人が経営を引き継ぎ、また法人名も従来の「ルクルト=ボルジョー商会(LeCoultre-Borgeaud & Cie)」(1860年設立の合資会社)から**ルクルト社(LeCoultre & Cie)**へと改組されました49。創業者アントワーヌは1881年4月26日に78歳でこの世を去ります50。彼の死の時点で、ルクルト社は既にスイス有数の時計ムーブメントメーカーとなっており、懐中時計のムーブメントや部品を世界中のブランドに供給する存在となっていました5152。例えば19世紀末から20世紀初頭にかけ、ジュネーブの高級メーカーであるパテック・フィリップ社やカルティエ社などが、自社時計のムーブメントをルクルトから調達していたことが記録に残っています5253。こうした事実は、ルクルトの精密技術が当時の最高峰ブランドにも信頼されていた証と言えるでしょう。
20世紀に入ると、創業者の精神は孫のジャック=ダヴィ・ルクルト(Jacques-David LeCoultre, 1875–1948)に受け継がれます。彼は1903年、フランス人時計技師エドモンド・ジャガー(Edmond Jaeger)と出会い、当時ジャガーが提唱していた「世界最薄ムーブメント」の開発競争に打って出ました5455。ジャック=ダヴィは祖父譲りの技術力で挑戦に応え、1907年には厚さわずか1.38mmの超薄型懐中時計ムーブメント(キャリバー145)を完成させて世界記録を打ち立てます5657。この成功や長年の協業関係を経て、ついに1937年に両者の名を冠したブランド「ジャガー=ルクルト(Jaeger-LeCoultre)」が正式に発足しました56。つまり、アントワーヌ・ルクルトが築いた技術基盤の上に、フランスの時計師ジャガーの創意が融合し、新たな高級時計メーカーが誕生したのです。このブランドはその後も数々の革新的製品を生み出し、創業から数えて180年以上にわたり存続・発展を続けています。
アントワーヌ・ルクルトの技術的功績と現代への影響#
アントワーヌ・ルクルトの遺した功績は、多方面で現代の時計製造に影響を与えています。
精密測定・加工技術への貢献: ルクルトの開発したミリオノメーターは、精密計測器の先駆けとして時計以外の精密工業にも影響を与えました。時計製造に科学的手法を導入したことで、その後の精密機械加工(例えばマイクロメーターやノギスの改良など)の発展に寄与したと考えられています。現在の高級時計に要求される高精度部品(ヒゲゼンマイやテンプ受けなど微小パーツ)は、ルクルトの時代から連綿と続く精度への追求の延長線上にあります。
キーレス機構の標準化: 現代の機械式時計は竜頭による巻上げ・操作が当たり前ですが、その基本コンセプトを確立したのがルクルトでした。彼の発明した押しボタン切替式リューズ機構は改良を重ねられ、現在では懐中時計だけでなく腕時計でも竜頭一つでぜんまい巻きと時刻合わせを行う方式が標準となりました。言い換えれば、21世紀の機械式時計にもルクルトのアイデアが生き続けているのです。
マニュファクチュール思想と垂直統合: ルクルトが1866年に実践した「工房の垂直統合」(一貫製造)は、のちの多くの時計メーカーに影響を与えました。彼の工場モデルは、オーデマ・ピゲやパテック・フィリップなど他の高級ブランドが20世紀に自社工場を整備する際の一つの指針となりました。また現在のジャガー・ルクルト社は、約180もの専門技能を社内に抱え、一社で複雑時計を完結して作り上げる総合マニュファクチュールとして知られます5859。この文化的DNAはまさにアントワーヌ・ルクルトが蒔いた種と言えるでしょう。
複雑機構・製品イノベーションへの影響: ルクルト社は創業以来「技術革新の宝庫」と称され、1930年代には世界最小の腕時計ムーブメント「キャリバー101」(長さ14mm×幅4.8mm×厚さ3.4mm)を開発し6061、女王エリザベス2世が戴冠式で着用したことでも有名です62。また、大気圧の変化で半永久的に動く画期的な置時計「アトモス」(Atmos)は、発明家レオン・ルーターから機構を引き継ぎつつ1930年代に商品化に成功したもので、わずかな温度変化で駆動する優れた環境エネルギー利用時計です6364。これらの製品も、精密な歯車噛合い制御や摩擦低減といった点でルクルトの精密加工技術の系譜に連なっています。近年ではジャガー・ルクルト社から、ジャイロトゥールビヨン(複軸回転式トゥールビヨン)や音響工学を極めた超複雑グランドソネリなど、数々の最先端モデルが発表されています6566。これら現代のイノベーションにも、「常に技術の限界に挑戦する」という創業者ルクルトの精神が色濃く反映されています。
総じて、アントワーヌ・ルクルトは時計史において精密技術と近代製造の礎を築いた人物です。彼の生涯を通じた発明群(精密測定器、キーレス機構、工作機械群)は、時計作りを工芸から工学へと進化させ、世界の高級時計産業に計り知れない恩恵を与えました。その遺産はジャガー・ルクルトというブランドによって21世紀の今日まで脈々と受け継がれ、時計愛好家や技術者たちの称賛を集め続けています。
年表(主要な出来事)#
- 1803年4月16日 – スイス・ヴァレ・ド・ジュウ地方ラ・ゴリスに生誕(本名シャルル=アントワーヌ・ルクルト)1。
- 1819~1825年 – 父の鍛冶場で金属加工やオルゴール用金属板製作に従事67。新合金の開発や音響部品の改良に取り組む2。
- 1828年8月 – ジュネーブに移り、時計学校で製図・数学・物理・化学を学ぶ3。叔父の工房で研鑽を積み、ロンドンの従兄アドルフ・ニコルとも協働4。
- 1833年 – 故郷ル・サンティエにて、自宅の納屋を改装し時計工房を開設。弟フランソワ=ユリスと共にルクルト社の前身となるアトリエを創業7。同年までにピニオン切削用の工作機械を発明し実用化9。
- 1844年 – 微小寸法測定器「ミリオノメーター」を発明14。世界で初めて1ミクロン精度の測定を可能にし、時計部品製造の精度革命をもたらす19。
- 1847年 – 押しボタンで切替可能なキーレス巻上げ・時刻合わせ機構を発明24。懐中時計の巻上げから鍵を不要とする画期的システムで、後の標準技術となる25。
- 1851年 – ロンドン万国博覧会に出品し、上記キーレス機構を備えた懐中時計で金メダルを受賞15。歯車の機械加工技術も披露し、高い評価を得る15。
- 1853年 – ジュネーブの商人ジョン・ゴレイと提携契約。娘ジュリーとゴレイが結婚し、販売部門を委託30。しかし経営悪化を招き、翌年以降深刻な財務危機に直面31。
- 1858–1860年 – 倒産寸前の状況に陥る。度重なる訴訟や債務不履行問題が発生する中、16歳の息子エリーが奮闘し、義弟ガスパール・ゴレイらの援助で債権者対応・再建策を実施3268。
- 1860年 – 会社更生のため資本受入。オーギュスト・ボルジョー(Auguste Borgeaud)ら第三者出資者を迎え、合資会社「ルクルト=ボルジョー商会」を設立。エリー・ルクルトも技術責任者として参画6970。
- 1866年 – ル・サンティエに新工場を建設し、ジュウ渓谷初の総合時計マニュファクチュールを確立37。蒸気機関を導入し、生産工程の機械化・効率化を推進40。
- 1870年 – 機械加工による初の複雑ムーブメント(クロノグラフやミニッツリピーター搭載キャリバー)を開発45。従業員数が約500名に達し、「グランド・メゾン」(大工場)と称される43。
- 1871年 – 新方式の巻上げ機構を発明46。同年までに懐中時計の鍵巻き式ムーブメント生産を完全に終了し、竜頭式へ全面移行47。
- 1877年 – アントワーヌ・ルクルト引退。社名を「ルクルト & Cie(ルクルト社)」に改称し、エリーら息子3名が経営を継承7149。
- 1881年 – 4月26日、アントワーヌ・ルクルト逝去(78歳)50。
- 1888年 – ルクルト工場、従業員数約480名・製造キャリバー数100種類以上となり、ヴォー州統計で地域最大の時計メーカーに7244。
- 1903年 – 孫ジャック=ダヴィ・ルクルト、時計技師エドモンド・ジャガーと協力関係を開始54。
- 1907年 – ルクルト社、世界最薄の懐中時計キャリバー145(厚さ1.38mm)を完成56。
- 1937年 – ジャガー=ルクルト(Jaeger-LeCoultre)社として正式にブランド創設。以降、自社名の腕時計を展開。
- 1928–1931年 – 世界最小ムーブメント「キャリバー101」を開発(1929年完成、74部品・総重量約1g)60。大気圧で駆動する置時計「アトモス」初号機を商品化(1928年試作、1936年からルクルト社内で生産)7374。角型反転ケースの高耐久腕時計「レベルソ」を発表(1931年)7576。
- 1950年代 – 世界初の自動巻きアラーム腕時計「メモボックス」(1956年)や、巻き上げ残量表示機構付きの斬新な腕時計「フューチャーマチック」(1958年)など独創的モデルを次々発表7778。エリザベス2世の戴冠式用ドレスウオッチにキャリバー101を提供(1953年)62。
- 2000年代 – 複数軸トゥールビヨン搭載の複雑時計「ジャイロトゥールビヨン」(2004年)や、世界最多26の複雑機能を持つグランドソネリ腕時計「ハイブリス・メカニカ」(2009年)など、現代最高水準の技術力を誇示6579。創業者へのオマージュとして「マスター・ミニッツリピーター・アントワーヌ・ルクルト」(2005年)を限定発売80。2013年には創業180周年を迎え、記念モデルやイベントを開催8182。
参考文献#
Fondation Haute Horlogerie, “Antoine LeCoultre: Pioneer in Precision Watchmaking.” Encyclopedia, 2015年8336(ルクルトの生涯・発明・工房統合について包括的に解説した資料) ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
Time and Watches ウェブブログ, “Jaeger-LeCoultre inventions and records.” (2015)1625(ミリオノメーターやキーレス機構の技術的詳細と業界への影響について言及) ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
Jaeger-LeCoultre公式サイト(日本語), 「ジャガー・ルクルトの歴史」8463(創業から現代までのブランドの歩みを総括した記事。「世界の腕時計」誌からの引用を含む) ↩︎ ↩︎ ↩︎
FH Magazine (スイス時計協会), 「Jaeger-LeCoultre – 180 Years of Continuous History」 (2013)239(創業者ルクルトの背景や家系、工場統合の意義について言及) ↩︎ ↩︎
ルクルト家およびヴァレ・ド・ジュウ地方史資料(Piguet-famille.ch所蔵), 「Lecoultre Charles Antoine (1803–1881)」332(フランス語。ルクルトのジュネーブ留学や経営危機の詳細を伝える一次資料的文献) ↩︎
Wikipedia日本語版, 「ジャガー・ルクルト」(最終更新2023年)23(キーレス機構の歴史的位置づけについての記述) ↩︎
Time and Watches ウェブブログ, “Jaeger-LeCoultre inventions and records.”5152(19世紀末〜20世紀初頭におけるルクルト社のキャリバー開発数と他社へのエボーシュ供給に関する記述) ↩︎ ↩︎
Milled (Watchfinder), “One Invention That Changed Watchmaking” (2021)8586(ルクルトの発明品(ミリオノメーター等)の革新性に関する分析記事) ↩︎
FHH | Antoine LeCoultre: Pioneer in Precision Watchmaking ↩︎ ↩︎
Jaeger-LeCoultre inventions and records | Time and Watches | The watch blog ↩︎ ↩︎
FHH | Antoine LeCoultre: Pioneer in Precision Watchmaking ↩︎ ↩︎ ↩︎
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Jaeger-LeCoultre inventions and records | Time and Watches | The watch blog ↩︎ ↩︎ ↩︎
Watchfinder: One Invention That Changed Watchmaking | Milled ↩︎
Watchfinder: One Invention That Changed Watchmaking | Milled ↩︎
FHH | Antoine LeCoultre: Pioneer in Precision Watchmaking ↩︎ ↩︎ ↩︎
Jaeger-LeCoultre inventions and records | Time and Watches | The watch blog ↩︎ ↩︎
Jaeger-LeCoultre inventions and records | Time and Watches | The watch blog ↩︎
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Jaeger-LeCoultre inventions and records | Time and Watches | The watch blog ↩︎
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FHH | Antoine LeCoultre: Pioneer in Precision Watchmaking ↩︎
FHH | Antoine LeCoultre: Pioneer in Precision Watchmaking ↩︎ ↩︎
FHH | Antoine LeCoultre: Pioneer in Precision Watchmaking ↩︎ ↩︎ ↩︎
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FH - Jaeger-LeCoultre - 180 Years Of A Continuous History ↩︎ ↩︎
Jaeger-LeCoultre inventions and records | Time and Watches | The watch blog ↩︎ ↩︎
FHH | Antoine LeCoultre: Pioneer in Precision Watchmaking ↩︎ ↩︎
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FHH | Antoine LeCoultre: Pioneer in Precision Watchmaking ↩︎ ↩︎ ↩︎
FHH | Antoine LeCoultre: Pioneer in Precision Watchmaking ↩︎
How Edmond Jaeger and Jacques-David LeCoultre Joined Forces - Grail Watch ↩︎ ↩︎
Jaeger-LeCoultre inventions and records | Time and Watches | The watch blog ↩︎ ↩︎
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FH - Jaeger-LeCoultre - 180 Years Of A Continuous History ↩︎ ↩︎
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Jaeger-LeCoultre inventions and records | Time and Watches | The watch blog ↩︎ ↩︎ ↩︎
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Focus on Jaeger-LeCoultre who celebrates in 2013 its 180th anniversary - MyWatch EN ↩︎
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JAEGER LE COULTRE ジャガー・ルクルトの歴史 | VINTAGE WATCH | Curious Curio(キュリオスキュリオ) ↩︎ ↩︎
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FHH | Antoine LeCoultre: Pioneer in Precision Watchmaking ↩︎
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Jaeger-LeCoultre inventions and records | Time and Watches | The watch blog ↩︎
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Focus on Jaeger-LeCoultre who celebrates in 2013 its 180th anniversary - MyWatch EN ↩︎
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Watchfinder: One Invention That Changed Watchmaking | Milled ↩︎
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