シャルル=アミ・バルベザ(Charles-Ami Barbezat, 1847–1938)は、スイス・ヌーシャテル地方の時計師・発明家であり、ル・ロックルの複雑時計製造業と「ル・ファール(Le Phare)」の成立に関わった人物である。作品や特許にはCharles Barbezat-Baillot、C. Barbezat-Baillotとも記される。遠心力を利用する報時機構の調速器、日付・曜日表示、リピーターとクロノグラフの組合せを理解するうえで重要な技術者である。1 2 3
その業績は、発明者本人の特許、会社の広告、現存時計、企業登記という異なる種類の資料から読み取れる。特許が説明する機構と製品の実装、広告上の性能と第三者が測定した精度、本人の仕事と後継会社の事業を区別すると、技術と産業の双方における位置づけが明確になる。
生涯・経歴#
出身、修業、工房の継承#
スイス国立図書館のウィリアム・リッター関係資料目録は、Charles Barbezatを時計師とし、生没年を1847–1938と記す。人物資料では出身地をヌーシャテル州のレ・バイヤール(Les Bayards)とする。1 4 5
後世の人物記述によると、バルベザはアンリ・ヴィクトール・ジャン・グイィ(Henri Victor Jean Guye)のもとで時計製造を学び、のちに共同事業「Guye & Barbezat」の一員となった。共同事業の成立を1867年とする説明がある一方、Grail Watch Wikiは商工名鑑に1873年の掲載を確認したと述べる。1867年の創業、名鑑への初掲載、1883年の商業登録は、それぞれ別の出来事として扱う必要がある。グイィは1877年に死去し、バルベザが事業を続けたとされる。4 5
師弟関係の詳細な修業記録、教育機関への在籍、当時の工房の作業配分は明らかではない。しかし1878年末までには、バルベザが自分の名前でカレンダー時計の米国特許を申請したことが一次資料から確かめられる。US212882の出願日は1878年12月4日、付与日は1879年3月4日であり、明細書末尾の1878年9月15日付署名にはすでに「BARBEZAT BAILLOT」が用いられている。2
複雑時計とル・ファール#
バルベザの製造事業は、リピーター、クロノグラフ、カレンダーを備えた懐中時計を扱った。「Le Phare」はフランス語で灯台を意味し、「Tempora」「La Locloise」「L’Esperanto」などの名称も製品や広告に現れる。1900年10月21日付の『La Fédération Horlogère Suisse』には「La Locloise — C. Barbezat-Baillot」の広告があり、各種リピーター、複合機構、8日巻きの小型報時時計と特許番号をまとめて示している。これは同時点の製造・販売品目を直接確認できる資料である。7
会社の正式名称の変遷について、人物・企業史は1888年のC. Barbezat-Baillot、1905年のManufacture d’horlogerie Le Phareを挙げる。ただし工房の営業開始、会社名変更、商標登録日は同じではない。「Le Phareを1888年に創業した」という説明だけでは、先行するGuye & Barbezatから続く製造事業や、後年のブランド使用を説明しきれない。4 5
博覧会への出品と受賞の履歴は、同社が何を評価の材料として宣伝したかを示す。1900年の広告は、グローニンゲン1880年、パリ1889年、ジュネーブ1896年について金メダルを記す。ラ・ショー=ド=フォン1881年については第一級メダル、アムステルダム1883年についてはGrand Diplôme d’honneurとする。後世の記述がすべてを「金メダル」とする場合でも、原広告の表記とは区別すべきである。7
1912年10月16日の広告では、パリ1900年とミラノ1906年をGrand Prix、ブリュッセル1897年とリエージュ1905年をHors Concoursと表記する。Hors Concoursは競争審査の対象外という区分を表し、この語だけから名誉グランプリの受賞と読み替えることはできない。博覧会での評価は製品史の手掛かりになるが、各時計の歩度を測った試験証明でも、雑音の実測記録でもない。8
晩年と事業の分岐#
企業史では1913年の引退、1914年のFabriques Le Phare S.A.への組織変更と、ゼニスのJämes Favreによる経営への関与を挙げる。宗教上の理由から軍需製造を避けたという説明もあるが、売却の動機を記した本人の書簡や契約書によって確定された事実とは区別されるべきである。第一次大戦中の衣服製造、銀食器事業への関与も企業史に記される事項であり、時計の技術特許から導ける話ではない。4 5
晩年の所在地は公的な資料目録からも追える。リッター資料にはCharles Barbezatに関する1916–1927年の書簡群があり、Les BrenetsとLa Carolineが記載される。目録は書簡の存在と整理上の所在地を裏付けるが、本文を読まずに引退後の心情や発明活動の継続を断定することはできない。1
時計部門と工作機械部門の分離は、スイス商業公報の原記録で確認できる。Machines Dixi S.A.は1928年9月29日付定款に基づく会社であり、Le Phareの機械製造事業を1928年1月1日から継受した。10月19日掲載の公報は、資本金8万フラン、事業の購入額22万フラン、所在地Côte 29を記録する。後継企業DIXIの公式社史も独立を1928年としている。9 10
一方、Fabriques Le Phare S.A.については1931年の公報に破産管理者による工場・在庫・仕掛品・機械工具の売却公告がある。1932年5月30日にはNouvelles Fabriques Le Phare S.A.が設立され、資本金5万フラン、時計・機械・工具等の製造販売を目的とした。これは1928年の機械部門分離とは別の法人再編であり、創業者の存命中にも企業組織が変化したことを示す。11 12
発明・技術的貢献#
原特許と二次資料の扱い#
US212882とUS433225は明細書・図面・請求項の原文を確認した。一方、スイス特許CH334・CH7782・CH13244・CH13247・CH27833・CH4067・CH66162は、今回の調査では原明細書・図面を発見できなかった。Google PatentsではCH334・CH27833・CH4067の題名と出願・公開日を確認できたが、原明細書の内容まで確認できたわけではない。2 3 15 19 22
これらの技術や作品への適用は、実読した後世の特許の先行技術解説、競売カタログ、時計史の二次資料を出典として記す。CH334の遠心調速はBreguetの2019年特許の背景技術とSchwob個体のカタログ、CH27833の刻印はNo.50 716の再掲カタログ、CH4067の付属箱はFix個体のカタログに基づく。1900年の広告が示すCH7782・CH13244・CH13247の品目との関連は同時代広告の記述として扱う。二次資料や広告にない内部構造・請求範囲は補わず、CH66162の警報機構の詳細は確認した事実として記さない。原資料を発見できなかったことは、特許が存在しないことを意味しない。7 13 14 17 18 4
日付・曜日表示と月末の手動補正#
US212882「Improvement in Calendar-Watches」は、バルベザのカレンダー時計を具体的に説明する一次資料である。機構は毎日の日付と曜日の送りを行い、31日の日付車と7日の曜日車を備える。時刻表示から一日に一度の送りを作り、日付と曜日をそれぞれ進める構造が図1・図2に示される。2
月末処理は自動の永久カレンダーではない。30日月の終わりには外部の補正ピンを一度押し、平年2月の終わりには三度押すと明細書に記される。31日車に対して、人が存在しない日付を飛ばすのである。補正操作時には通常の送りとの干渉を避ける部品配置が説明されており、発明の焦点は日付表示を備えた時計の実用的な送りと修正にある。2
「日付・曜日・月表示を備える時計」と「月の長短や閏年を自動処理する時計」は別の機能である。月齢窓があっても永久カレンダーとは限らない。またUS212882が手動補正であることから、後年に工房が製作したすべての時計に永久カレンダーが存在しなかったと結論することもできない。作品ごとの機構と特許の適用範囲を照合する必要がある。
報時速度を制御する遠心調速器#
リピーターは、操作した瞬間の時刻を音で伝える。報時用ばねのエネルギーをハンマーへ渡すだけでは、輪列が加速して打撃間隔が詰まり、打数を聞き分けにくくなる。調速器はこの輪列の速度を抑え、時・四半時・分などを区別して聞けるテンポを作る。時刻を刻むテンプの調速と、報時中の輪列の調速は別の役割である。3 13
US433225「Repeating-Watch」は1889年5月9日に出願され、1890年7月29日に付与された。明細書はスイス特許334を1889年1月8日付として参照する。CH334の書誌ページは同日を出願日、同年3月16日を公開日としており、スイス側の付与日を原公報で確認したものではない。22図示する報時系列は時、四半時、五分であり、その図の全構成を一分単位のミニッツリピーターと同一視してはならない。遠心調速の原理は、一分リピーターを含む別の製品にも適用されうるが、打数を読み取る部品は報時の種類によって異なる。3
調速器の構成は、中央の回転部、その四つの腕、重りを備えた二つの可動レバー、レバーを戻すばね、周囲の固定された凹部である。回転が速くなると、重りに作用する遠心力によってレバーの位置が変わり、その踵にあたる部分が凹部の内周へ押し付けられる。接触摩擦が回転を抑え、速度が下がるとばねがレバーを戻す。この速度に応じた制動が、打鐘輪列の暴走を抑える。3
ここで働くのは固定部との機械的接触による摩擦である。空気抵抗を主に利用する回転羽根や、磁気作用による制動と同じ構造ではない。「遠心」「慣性」「静音」という呼称だけでは摩擦の生じる場所や制動方式は判別できない。回転体と重りがある点が共通しても、部品の形状、ばねの働き、摩耗する接触面、調整方法は機構ごとに異なる。
バルベザは明細書で、アンカーを用いる調速方式の雑音を避け、静粛で規則的な報時を得ることを説明する。ただしnoiselessなどの表現は発明者の設計意図・性能説明であり、音圧や打撃間隔を独立に測った結果ではない。ハンマーとゴングの振動音、輪列や軸受の音、ケースの共鳴も別に存在するため、「調速器の雑音を減らす」と「時計全体から鐘以外の音が一切出ない」は区別しなければならない。3
特許は調速器だけの図説ではなく、時刻を読み取るスネイルとラック、各報時部分の連結・解放、ばねと駆動輪列の組合せを扱う。請求項の対象もこの機構の組合せである。したがって一件の特許から、遠心調速器一般の世界初や、他のすべての方式に対する発明優先権を確定することはできない。3
押しボタン、クロノグラフ、複合機構#
1900年の広告は、リピーターの押しボタンに関係する特許としてCH7782・CH13244を挙げ、CH13247はcadratureとして別に列記する。cadratureは文字盤側に置かれる報時等の機構を指す文脈で用いられており、番号をまとめてすべて「押しボタン特許」とすることはできない。ボタン操作は外装と内部機構をつなぐ設計であり、操作位置、巻上げ、解放の仕方を作品ごとに見る必要がある。7
現存作品のカタログには、リピーターとクロノグラフの操作を分けた例がある。Berriat小売銘の時計では3時位置の角形ボタンが四半時リピーター、巻真上の丸いボタンがクロノグラフを作動させる。Fixの複合時計では6時位置の角形ボタンがミニッツリピーター、4時位置の別ボタンがクロノグラフに用いられる。どのボタンでも単に同じ輪列を動かすという構造ではない。6 14
クロノグラフは経過時間を計測する機構であり、日付や報時とは機能が違う。CH27833はMécanisme de chronographe-compteurという題名の特許で、書誌上は1903年3月20日出願、1904年2月29日公開である。特許番号の刻印がある作品を、番号だけで1890年の完成状態と結びつけることはできない。個別の刻印、製造年代、部品交換の来歴、実際のクロノグラフ構造を合わせて判断する必要がある。15
作品に1/5秒のクロノグラフ表示があることは、表示の目盛・読み取り単位に関する記述である。経過時間の測定誤差が常に±0.2秒以内であることを意味しない。30分積算計も、経過した分を別の表示に蓄積する機構であり、通常の時刻表示の分針とは別に扱われる。6 14
DIXI工作機械と製造の背景#
1912年の広告は時計とともに、DIXIの機械としてフライス加工、研削、歯切り、石留め等に関わる設備や工具製作者向けの旋盤を掲げる。バルベザの事業が完成時計だけでなく製造設備にも関わっていたことを、同時代の広告から確かめられる。8
DIXI公式社史は、1902年にLe Phareが自社の必要に応じた工作機械の開発・製作のためWilliam Perrenoudを雇用したこと、1904年のDIXI商標、1906年の初期工作機械製作を挙げる。この説明では機械開発者の役割を明示しており、すべての機械の設計をバルベザ個人に帰属させることは適切ではない。1928年の部門承継後はGeorges Perrenoudらによる別会社の活動となる。9 10
報時機構には、小さなラックやレバーが一定の位置関係で動き、噛合い・解除・打撃を繰り返すという加工・組立上の課題がある。歯切りや研削の設備を揃えることは部品を安定して製作する基盤になるが、設備の存在だけでは交換可能性、完成時計の歩度、生産数、単価の低下まで証明できない。広告と現物から確認できるのは、複雑時計と加工設備が同じ企業の製品範囲にあったこと、複数の機能を組み合わせた時計が実在することである。
時計作品・小売先・協業#
署名と機構を具体的に確認できる作品#
| 時計・個体 | 資料の年代・寸法 | 機構と観察点 | 帰属と限界 |
|---|---|---|---|
| C. Barbezat-Baillot No.49'028 | 約1903年、直径56mm | 二本ハンマーのミニッツリピーター、クロノグラフ、白色琺瑯文字盤、334刻印 | Christie’sの現物記述。中蓋にJules Maillard Lausanne 1903、前蓋にJMの刻印。16 |
| Berriat小売、ケースNo.59 391 | 約1905年、53mm、約97.8g | 四半時リピーター、1/5秒クロノグラフ、12時位置の日付表示、二本の鋼製ゴング | 小売銘Berriat、所在地はprobably France。すべてを一分リピーターとは扱わない。6 |
| Fix Watch Co.、ケースNo.51 983/機械No.147 078 | 約1910年、55mm | ミニッツリピーター、クロノグラフ、30分積算計、日付・曜日・月・月相表示 | El Trust Madrid小売。カタログの機能一覧から永久補正を推定しない。14 |
| Schwob Frères & Co.、ケースNo.47 742 | 約1895年、56.2mm、約176.6g | 三本ゴング・三本ハンマーのカリヨン、グランドソネリ、二つの動く人物、二香箱 | Louis Brandt & Frère製作、Louis-Elisée Piguetのエボーシュはprobablyという帰属。17 |
| C. Barbezat-Baillot No.50 716 | カタログは約1890年、57mm、約164g | リピーター、クロノグラフ、永久カレンダー、月相・月齢と記載。27833の番号にも言及 | 原時計の内部補正機構と番号の位置・来歴は確定しない。年代と刻印の関係に注意。18 15 |
この一覧はモデルの総生産数や製品全体の平均を表すものではない。ケース番号とムーブメント番号が異なる場合があり、どちらも同じ工場の通算生産数を直接意味するとは限らない。「circa」の製作年はカタログの推定であり、検査済みの完成日ではない。
No.49'028は製作者の署名に加えて、個別の名と年を刻んだ例として重要である。Jules Maillard、Lausanne、1903という刻印は特定の使用者・贈呈・販売の背景を調べる手掛かりになる。しかし刻印の存在だけで、この人物が発注者か、最初の所有者か、後年の受贈者かまで決めることはできない。公開の個人顧客資料を扱う際には、この区別が必要となる。16
Berriat小売の時計は、報時機構を文字盤側、クロノグラフを裏側に置く構成をカタログが記述する。金色仕上げの真鍮製ムーブメント、レバー脱進機、切り込みのある二金属補正テンプ、青焼き鋼製ひげぜんまいを備える。これらは一個体の部品・配置を具体的に示す観察であり、全Le Phare製品に同じ仕様があるという説明とは区別される。6
No.50 716のカタログは、18K金のハンターケース、白色琺瑯文字盤、ピンクゴールドのブレゲ針、永久カレンダー等を記す。ここでは「八つの複雑機能」という販売上の数え方より、各表示と操作が何を担うかが重要である。月相と月齢、クロノグラフと積算計などをどこまで別機能と数えるかは一定しない。永久カレンダーという帰属はカタログの記述として示されるもので、閏年補正や月末送りを内部機構の観察で確定した説明ではない。18
同個体の約1890年という年代とCH27833番号の関係にも注意が必要である。書誌上の特許出願・公開は1903–1904年であり、時計がその時点までに改変されたのか、年代推定に幅があるのか、番号の扱いに問題があるのかは確定していない。この不整合を解消せずに、「1890年の時計に1904年特許が当初から使われた」と説明することはできない。15 18
カリヨン、グランドソネリ、オートマタ#
Schwob銘の時計は複数の専門家・企業の技術が一つの時計に集まった例である。カタログはLouis Brandt & Frèreによる製作、Louis-Elisée Piguet製の可能性があるエボーシュ、BarbezatのCH334に基づく調速機構を区別して記す。したがってSchwob銘であることも、Barbezat特許の機構があることも、時計全体をその企業・人物が単独で製作した証明ではない。17
この時計のグランドソネリは、定時に自動的に報時する機能であり、操作時に時刻を鳴らすリピーターとは作動条件が異なる。カリヨンは三本のゴングと三本のハンマーを使う音の配列で、二つの動く人物は報時動作に連動する。文字盤上の人物の動作と音を出すハンマーの動作を機構的に結びつけた作品である。カタログは、左右の動く人物と、その下の二つの静止した小人物を区別している。17
同カタログは、Brandt側のカリヨン特許CH7832、Piguet側の二香箱巻上げ特許CH10183も関連技術として挙げる。Barbezatが提供した報時の調速という部分と、他者の巻上げ・打音の構成を分けて読むことで、複雑時計を支えた供給関係の実像に近づく。一般的な協業史を、一個体からすべての製造委託契約へ拡張することはできない。17
スペイン市場と小売銘#
Fix個体は文字盤等に「Cronómetro Repetición 1ª Clase」といった販売上の表記を持ち、曜日・月をスペイン語で示す。El Trust Madridという小売先が記され、特定市場に合わせた表示と販売経路が確認できる。ただし「一級クロノメーター」という銘文を、その個体が観測所の試験に合格した証明と同じに扱うことはできない。14
Antiquorumの歴史解説はEl TrustをスペインにおけるFixの独占販売者とし、契約による供給を推測する部分にはprobablyを用いる。契約書や個人顧客台帳を伴わないこの説明から、販売台数、顧客の社会階層、スペイン市場でのシェアを数量的に評価することはできない。確認できる個体の小売銘と、企業の販売関係に関する後世の解説は異なる証拠である。14
同時計には、時計を固定したままリピーターを作動させられる専用箱が付属し、カタログは「Porte-montre pour répétitions」の特許CH4067を参照する。書誌上は1891年10月20日出願、1892年5月14日公開である。時計の内部機構に加えて、収納・設置と報時操作をつなぐ付属装置も製品の一部だったことが分かる。14 19
評価・後世への影響#
バルベザの遠心調速器は、現代の特許にも具体的な先行技術として登場する。Montres Breguet S.A.のJP2019120692A(2019年公開)は、Charles-Ami Barbezat-Baillotが1889年に、ばねを備える一対の可動レバーを持つ遠心調速器で脱進機型の調速器の雑音問題に対応したと説明し、CH334とF. Lecoultreの専門書を挙げる。同社はさらに、磁気ブレーキを関連づけるEP2487547を改良技術として位置づける。13
この記述は、現代の設計者がBarbezatの機構を認識し、技術史上の先行方式として参照している具体的な証拠である。同特許の新たな課題は、高速回転する調速器を報時終了時に急停止させるときの衝撃・疲労であり、伝達輪列の係合を解除して回転体を切り離す構成を提案する。古い方式の静粛化だけでなく、停止時の耐久性という別の問題へ設計が進んでいることが分かる。13
一方、現代の各社の静音調速器を一括してBarbezatの同一機構とすることはできない。機械接触摩擦、空気抵抗、磁気制動では、速度を抑える物理作用と接触部の構成が違う。特許に名前が引用されることと、特定メーカーの製品へ部品設計が直接伝承されたことも別の命題である。歴史的な類似と、確認できる文書上の参照を分けて論じる必要がある。
製造事業の継承にも同じ注意が必要となる。1956年のスイス商業公報は、Nouvelles Fabriques Le Phare S.A.が8月18日の株主総会でLe Phare S.A.へ改称したと記録する。1973年の公報では、1972年12月8日の決議に基づくLe Phareの解散とSultanaへの資産・負債承継、Sultana側のLe Phare-Sultana S.A.への改称を記し、承継の効力は1972年1月1日に遡る。ブランド史の「合併年」を一つだけ示すより、決議日・効力・登記掲載を区別する方が正確である。20 21
DIXIの公式社史は1978年にZENITH MOVADO Le Locle S.A.を購入したこと、1999年にZENITH INTERNATIONAL S.A.を売却したことを記す。また2024年にはル・ロックルの歴史的建物の改修と、DIXI Medicalおよび賃借企業による利用を報告している。時計製造と工作機械製造を組み合わせた初期事業から、異なる経営者・法人の下で精密産業が展開したという企業史は追えるが、それをすべて創業者個人の技術的発明へ還元することはできない。10
年表#
| 年月日・時期 | 出来事・資料上の位置づけ |
|---|---|
| 1847年 | レ・バイヤール生まれとされる。公的目録は1847–1938と記載。1 4 5 |
| 1860–1870年代 | グイィのもとで修業し共同事業へ。1867年成立説と1873年名鑑掲載という別の記述がある。4 5 |
| 1877年 | グイィ死去、バルベザが事業を続けたとされる。4 |
| 1878年9月15日/12月4日 | US212882明細書の署名日/出願日。署名はBarbezat Baillot。2 |
| 1879年3月4日 | US212882カレンダー時計特許付与。2 |
| 1880–1883年 | 後年の広告がグローニンゲン金メダル、ラ・ショー=ド=フォン第一級メダル、アムステルダム名誉大賞状を掲げる。7 |
| 1883–1905年 | 商業・人物史がGuye & Barbezat、C. Barbezat-Baillot、Manufacture d’horlogerie Le Phareの名称変遷を記す。登録・営業・商標の時点は別に扱う。4 5 |
| 1889年1月8日 | US433225がスイス特許334の日付として参照。米国出願は同年5月9日。3 |
| 1890年7月29日 | US433225リピーター特許付与。3 |
| 1891年10月20日/1892年5月14日 | CH4067報時時計ホルダーの出願/公開。19 |
| 1895年頃 | Schwob銘のカリヨン・グランドソネリ・人物自動機構時計のカタログ上の年代。17 |
| 1900年10月 | La Locloiseの広告がリピーター、複合機構、8日巻きの小型報時時計、複数の特許・受賞歴を掲載。7 |
| 1902–1906年 | DIXI公式史がWilliam Perrenoud雇用、DIXI商標、初期工作機械製作をそれぞれ1902、1904、1906年とする。10 |
| 1903年3月20日/1904年2月29日 | CH27833クロノグラフ積算機構の出願/公開。15 |
| 1903–1910年頃 | No.49'028、Berriat小売時計、Fix小売時計のカタログ上の年代。各個体の推定である。16 6 14 |
| 1912年10月 | 広告にリピーター、クロノグラフ、旅行時計とDIXI機械を併記。1900年パリ・1906年ミラノのGrand Prix等を掲げる。8 |
| 1913–1915年 | 後世の企業史は引退、Fabriques Le Phareへの組織変更、銀食器事業への関与を記す。5 |
| 1916–1927年 | リッター資料目録にCharles Barbezatに関する書簡群、Les Brenets/La Carolineの記載。1 |
| 1928年 | Machines Dixi S.A.設立。Le Phareの機械事業を同年1月1日から継受。9 |
| 1931年6月 | Fabriques Le Phare破産管理者による工場・在庫・機械等の売却公告。11 |
| 1932年5月30日 | Nouvelles Fabriques Le Phare S.A.設立、資本金5万フラン。12 |
| 1938年 | 公的資料目録に記される没年。1 |
| 1956年8月18日 | 株主総会でLe Phare S.A.へ改称、9月4日公報掲載。20 |
| 1972年12月8日/1973年5月 | Sultanaへの資産負債承継・改称決議/登記と公報掲載。効力は1972年1月1日に遡及。21 |
| 1978年/1999年 | DIXI公式社史がZenith Movado購入/Zenith International売却を記す。10 |
| 2018–2019年 | Breguet出願の現代特許がBarbezatのCH334を先行技術として説明。日本公開は2019年7月22日。13 |
| 2024年 | DIXI公式社史に歴史的工場建物の改修と新たな利用が記載される。10 |
資料から分かることと限界#
特許本文によって確かめられるのは、バルベザが名を記した機構の構成、申請・付与の日付、発明者が説明した技術課題である。現存時計のカタログからは、複数機能の組合せ、外装の署名、番号、素材、寸法を追える。商業公報は法人の設立・資本・事業承継を示し、企業広告は当時の製品範囲と宣伝上の評価を示す。
工房での修業の詳細、全特許の件数と共同発明者の分担、顧客台帳、生産数と価格比較は、これらの資料だけでは確定しない。No.50 716の永久カレンダー構造と年代、個別作品への後年の改変、博覧会受賞の主催者側の記録も別途の検証を要する。そのため作品の機能とメーカー帰属にはカタログの限定を保持し、博覧会歴から歩度を、販売銘から試験合格を、企業承継から個人の直接的影響を推定しない。
参考文献#
以下は記載箇所を確認した資料。米国特許2件・広告・公報は原記録、オークションの機能記述は現物調査の記録として扱い、付随する歴史解説およびWikiは後世の説明として区別する。閲覧日はいずれも2026年10月8日。
スイス国立図書館・Archives littéraires suisses, Fonds William Ritter, correspondence catalogue, Charles Barbezat/1916–1927年書簡群の項目。書簡本文ではなく目録。
Charles Barbezat Baillot, US212882, Improvement in Calendar-Watches, 1879年3月4日付与、全3頁、図1・2、明細書・請求項。
Charles Barbezat-Baillot, US433225A, Repeating-Watch, 1890年7月29日付与、明細書・図面・請求項。原PDF。
Watch-Wiki, Barbezat-Baillot, Charles-Ami, Biographie/特許・商標の項目。修業・事業・特許に関する二次資料。
Grail Watch Wiki, Le Phare, Guye & Barbezat/Barbezat-Baillot and Le Phare/Jämes Favre and Zénithほか。本文と年表の一部に相違を含む二次資料。
Antiquorum, Charles Barbezat-Baillot, retailed by Berriat, lot 65, Geneva, 2022年1月3日、Description/Specifications/Notes。
La Fédération Horlogère Suisse, 1900年10月21日号, p.528、La Locloise/C. Barbezat-Baillot広告。
La Fédération Horlogère Suisse, 1912年10月16日号, p.539、C. Barbezat-Baillot/DIXI広告。
Feuille officielle suisse du commerce, 1928年10月19日、No.246, p.2007、Machines Dixi S.A.設立・事業継受。
DIXI, Histoire, 1902/1904/1906/1928/1978/1999/2024年の各項目、公式企業史。
Feuille officielle suisse du commerce, 1931年6月3日、No.125, p.1204、Vente de gré à gré des Fabriques d’Horlogerie Le Phare au Locle。
Feuille officielle suisse du commerce, 1932年6月9日、No.132, p.1413、Nouvelles Fabriques Le Phare S.A.設立。
Montres Breguet S.A./Christophe Bifrare, JP2019120692A, 係合解除可能な伝達可動部を有するリピーター, 2019年7月22日公開、背景技術・発明の目的・機構説明。Barbezat-Baillot/CH334への明示的参照。
Antiquorum, Fix Watch Co., retailed by El Trust Madrid, lot 279, Hong Kong, 2018年10月27日、Description/Specifications/Notes。
C. Barbezat-Baillot, CH27833A, Mécanisme de chronographe-compteur, 1903年3月20日出願、1904年2月29日公開。書誌情報のみ。原明細書・図面は今回の調査で発見できなかった。
Christie’s, C. Barbezat-Baillot No.49'028, circa 1903, lot 5992970、Details/Lot Essay。
Antiquorum, Schwob Frères & Co., lot 248, 2022年11月のGeneva sale、Description/Specifications/Notes。頁内に11月5日・6日の相違あり。
Gazette Drouot, Pocket watch with 8 complications, No.50 716, lot 4178, 公開年月・原セール日は頁上で確認できない、作品記述。原オークション記録の再掲。
C. Barbezat-Baillot, CH4067A, Porte-montre pour répétitions, 1891年10月20日出願、1892年5月14日公開。書誌情報のみ。原明細書・図面は今回の調査で発見できなかった。
Feuille officielle suisse du commerce, 1956年9月4日、No.207, p.2248、Le Phare S.A.改称。
Feuille officielle suisse du commerce, 1973年5月25日、No.121, p.1522、Le Phare解散とLe Phare-Sultana資産負債承継・改称。
C. Barbezat-Baillot, CH334A, Perfectionnements apportés à la construction des mécanismes de répétition pour montres de poche de toutes dimensions, 1889年1月8日出願、同年3月16日公開。書誌情報のみ、書誌を確認したが、原明細書・図面は今回の調査で発見できなかった。