牧原大造

牧原大造

生涯と経歴の詳細 #

牧原大造(まきはら だいぞう)は1979年8月8日、愛知県に生まれました ( Daizoh Makihara – AHCI)。高校卒業後、当初は時計の道に進んだわけではなく、調理師の道を選択しています。インターネットも普及していなかった当時、時計製作の学校があることすら知らず、調理の専門学校に進学し ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos])、イタリア料理のシェフとしてホテルや調理師専門学校に勤務していました ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos])。この頃、彼は腕時計にも興味を持ち、自身で貯金をして憧れのロレックス「デイトナ」を購入します ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE)。その時計を眺めるうちに「この中の構造を知りたい、分解してみたい」という強い好奇心が芽生え、27歳にして時計師への転身を決意しました ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE)。

2007年、27歳の牧原は東京のヒコ・みづのジュエリーカレッジ(現:専門学校ヒコ・みづのジュエリーカレッジ)に入学し、時計制作を本格的に学び始めます ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos]) ( Daizoh Makihara – AHCI)。2010年に同校を卒業した後、研究生(研修生)として時計製作の研鑽を積み、卒業制作ではトゥールビヨン機構を組み込んだ腕時計を完成させました ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE)。この学生時代の作品は非常に高い完成度を誇り、複雑機構であるトゥールビヨンや精緻な彫金による装飾が施されており、当時から卓越した技術力を示しています ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE)。

時計学校在籍中、大きな転機となった出来事が二つありました。一つは、外装製作の授業中に観た彫金師・金川恵治氏の技術紹介DVDです。クラスメートが居眠りする中で牧原だけが画面に引き込まれ ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE)、時計装飾としての彫金の魅力に開眼しました。金川氏が独学で彫金を極めた人物だと知ると、牧原も工具店に通いながら独学で彫金技術を習得していきます ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE)。練習を重ねた結果、「日本菊」という非常に繊細な伝統紋様をフリーハンドで彫れるほどの腕前にまで上達しました ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE)。もう一つは、テレビ取材の企画で憧れのフィリップ・デュフォー氏(スイスの伝説的独立時計師)に会う機会を得たことです ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE)。デュフォー氏は「スイスの至宝」と称される磨きの名人であり ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE)、牧原は数日間朝から晩まで彼に付き添い、鏡面研磨の精神と技術を直々に学びました ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE)。この経験を通じて、「研磨と彫金を組み合わせれば独自性の高い時計が作れる」という確信を得たといいます ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE)。

研究生を終えた牧原は、2011年前後から本格的に時計師としてのキャリアを開始します ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos])。卒業後まず1年間は研究生・研修員として自作時計の製作に取り組み、この期間中に前述のトゥールビヨンなどを手掛けました ( Daizoh Makihara – AHCI)。その後一旦、時計の修理会社に勤務し約3年間修理技術者として経験を積んでいます ( Daizoh Makihara – AHCI)。さらに母校ヒコ・みづのジュエリーカレッジに教員として戻り、後進の指導にも携わりました ( Daizoh Makihara – AHCI)。こうした下積みと準備期間を経て、2017年に自身のブランド「DAIZOH MAKIHARA Watch Craft Japan」を立ち上げ、独立時計師として活動を開始します ( Daizoh Makihara – AHCI)。

独立後の牧原は精力的に作品制作を進め、**2018年に第一作となる腕時計『菊繋ぎ紋 桜』を発表しました ( Daizoh Makihara – AHCI)。この作品は後述するように日本の伝統工芸美を取り入れた意欲作で、翌2019年にはスイスのバーゼルワールドなど国際舞台でも注目を集めました ( ディープな時計の世界へようこそ!「独立時計師」がつくる時計に注目を! | MEN’S Precious(メンズプレシャス)) ( ディープな時計の世界へようこそ!「独立時計師」がつくる時計に注目を! | MEN’S Precious(メンズプレシャス))。同年、独立時計師の国際団体であるAHCI(独立時計師アカデミー)**に日本人で3人目となる準会員(候補生)として加盟を果たし ( 独立時計師について - 〖公式〗独立時計師 牧原大造 - DAIZOH MAKIHARA)、2022年には正式な正会員に昇格しています ( 独立時計師について - 〖公式〗独立時計師 牧原大造 - DAIZOH MAKIHARA)。AHCI正会員への認定は、牧原の技術と芸術性が世界的に評価された証と言えるでしょう。

その後も牧原は新たな創作に挑戦し、**2020年には第二作『花鳥風月』**を完成させました ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos])(開発自体は2021年までに及んでいます ( 独立時計師について - 〖公式〗独立時計師 牧原大造 - DAIZOH MAKIHARA))。この作品についても後述しますが、機械式のオートマタ(自動仕掛け)機構を搭載した非常に独創的な時計です。牧原は現在、埼玉県郊外の自宅兼アトリエで製作活動を続けており ( ディープな時計の世界へようこそ!「独立時計師」がつくる時計に注目を! | MEN’S Precious(メンズプレシャス))、少数精鋭の受注生産ながら国内外の時計愛好家から高い評価と注文を受けています。また近年では自らの作品だけでなく、一般向けブランドとのコラボレーションなども手掛け、時計文化の普及にも寄与しています(後述)。

発明と技術革新(時計・ムーブメント) #

牧原大造の作品は、機械式時計の高度な伝統技術独創的アイデアの融合によって生み出されています。特に彼の手掛けた二つのオリジナル作品『菊繋ぎ紋 桜』と『花鳥風月』には、それぞれ際立った技術的特徴と発明的要素があります。

『菊繋ぎ紋 桜』に見る技術革新 #

2018年発表の**『菊繋ぎ紋 桜』は、牧原が独立時計師として初めて完成させた記念碑的作品です ( Daizoh Makihara – AHCI)。この腕時計最大の特徴は、文字盤全面に日本伝統の江戸切子ガラス**を用いた点にあります ( ディープな時計の世界へようこそ!「独立時計師」がつくる時計に注目を! | MEN’S Precious(メンズプレシャス))。江戸切子は江戸時代から伝わるガラス工芸技法で、ガラスの表面に幾何学的な紋様をカットして装飾します。牧原は老舗ガラス工房「ミツワ硝子工芸」に特注して厚さわずか0.5mmの極薄江戸切子の文字盤パーツを製作してもらい ( ディープな時計の世界へようこそ!「独立時計師」がつくる時計に注目を! | MEN’S Precious(メンズプレシャス))、これを時計のダイアルとして採用しました。ガラス製文字盤という試み自体が非常に珍しく、特に江戸切子細工を文字盤全面に用いるのは世界初の挑戦でした ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos])。この文字盤には日本の伝統紋様である「菊繋ぎ紋」がデザインされ、菊の花をモチーフにした精緻なカット模様が輝きを放っています ( ディープな時計の世界へようこそ!「独立時計師」がつくる時計に注目を! | MEN’S Precious(メンズプレシャス))。

ムーブメント側にも牧原の美意識と技術革新が表れています。Cal. DM01と名付けられたこの手巻きムーブメントは17石を使用し、振動数18,000振動/時(2.5Hz)のゆったりとした鼓動で動作します ( DAIZOH MAKIHARA「菊繋ぎ紋 桜」 - 〖公式〗独立時計師 牧原大造 - DAIZOH MAKIHARA)。振動数18,000というのは懐中時計など古典機に見られる低速のテンプ駆動で、現代主流の28,800振動/時より遅い分、テンプ(調速機構)の動きを目視で楽しみやすく、また動力持続時間(パワーリザーブ)の延長や機構への負荷低減にも有利です(※一般に振動数を下げるとエネルギー消費が抑えられる傾向があります)。このムーブメント地板およびブリッジには、**桜の花模様のハンドエングレービング(手彫り装飾)**が施されています ( ディープな時計の世界へようこそ!「独立時計師」がつくる時計に注目を! | MEN’S Precious(メンズプレシャス))。桜の彫刻はガラスの菊模様と対をなす意匠であり、和の美を時計の表裏に統一的に纏わせる試みです。厚さ数ミリの真鍮製地板に繊細な桜を彫刻するには高度な技能が要求され、独学で彫金を極めた牧原だからこそ成し得た装飾と言えます。

技術的には、『菊繋ぎ紋 桜』は表示機構自体はシンプルな2針または3針の手巻き時計(時・分針、および必要ならスモールセコンド)と推測されます。しかし、その製作過程には多くの創意工夫がありました。極薄のガラス文字盤をムーブメント上に固定するには、微小な寸法公差で金属枠に収めるか特殊な接合を行う必要があります。ガラスと金属では熱膨張率も異なるため、ケース内部での機械的ストレスを管理する工夫も求められます。牧原は時計師であると同時に一部時計部品の加工・製造も自ら行っており、例えば**青焼きのブルースチール針(焼き戻しによる青色化処理を施した鋼製の針)**も一本一本手作業で仕上げています ( DAIZOH MAKIHARA「菊繋ぎ紋 桜」 - 〖公式〗独立時計師 牧原大造 - DAIZOH MAKIHARA)。針を均一な青色に焼き上げるには、数百度の温度を精密に管理する必要があり、素材工学的な知見と経験がものを言います。

『菊繋ぎ紋 桜』は複雑機構を持たないシンプルな時間表示の時計ですが、その中には牧原の技術的野心が随所に盛り込まれていました。事実、この作品は発表直後から「海外のコレクターからも人気を集める一本」となり ( ディープな時計の世界へようこそ!「独立時計師」がつくる時計に注目を! | MEN’S Precious(メンズプレシャス))、限定的な受注生産にも関わらず完売する成功を収めています ( DAIZOH MAKIHARA「菊繋ぎ紋 桜」 - 〖公式〗独立時計師 牧原大造 - DAIZOH MAKIHARA)。価格はおよそ税込590万円~(素材や仕様により変動)と発表されました ( ディープな時計の世界へようこそ!「独立時計師」がつくる時計に注目を! | MEN’S Precious(メンズプレシャス)) ( DAIZOH MAKIHARA「菊繋ぎ紋 桜」 - 〖公式〗独立時計師 牧原大造 - DAIZOH MAKIHARA)。これは一般的な工業製品の時計と比べれば高額ですが、独立時計師による一点物の芸術品としては比較的手に届きやすい設定とも言え、実際に数本の製作・販売が行われ完売しています ( DAIZOH MAKIHARA「菊繋ぎ紋 桜」 - 〖公式〗独立時計師 牧原大造 - DAIZOH MAKIHARA)。

『花鳥風月』に見る技術革新 #

2020年に完成した**『花鳥風月』は、牧原が2作目にして挑んだ複雑機構付きの腕時計です ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos])。この作品最大の特徴は、文字盤上に配置された2つの花のオートマタ(自動仕掛け)と、精密なムーンフェイズ(月齢表示)機構を内包している点です ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos])。時計の文字盤を見ると、2時位置と10時位置に小さな花があしらわれており、これらの花びらが時間の経過に合わせて自動で開閉するよう設計されています ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos])。具体的には、10時位置の花は24時間で一巡し、2時位置の花は12時間で一巡して、それぞれ決まった時刻に瞬時に花弁が閉じる動作を行う機構となっています ( DAIZOH MAKIHARA(牧原大造・AHCI準会員)が、新作『花鳥風月』を発表! | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。例えば2時位置の花はおそらく毎正午/真夜中(12時間ごと)に一度パッと閉じ、再びゆっくり開いていくサイクルを繰り返し、10時位置の花は24時間周期(1日1回)で同様の動きをするものと考えられます ( DAIZOH MAKIHARA(牧原大造・AHCI準会員)が、新作『花鳥風月』を発表! | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。この花弁自動開閉機構**により、時計にまさに「花が時を告げる」ような詩情が与えられているのです。

オートマタの実現には高度な機械仕掛けが必要です。時計内部には、おそらくカム(凸輪)やレバー機構が組み込まれており、ギアの回転に応じて決まったタイミングで花弁を保持する爪を解放し、一瞬で閉じさせる仕組みが取られています。瞬時動作をさせるためにはバネの力を蓄えておき一気に解放する必要があり、これは機械式時計のジャンピング機構(瞬間変化機構)や鳩時計の扉の仕掛けにも通じる概念です。さらに、この動きを正確な時刻に同期させるには、輪列から適切な減速比で動力を取り出し、12時間および24時間周期のカムを駆動させる必要があります。これらの設計・調整には機械工学的な創意と試行錯誤が不可欠で、牧原も花弁のサイズや動作速度について「コンマ数ミリ単位で調整を加え、誤作動のないよう改良を重ねている」と述べています ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos]) ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos])。

『花鳥風月』は、文字盤上部の花の他、6時位置に精巧な**ムーンフェイズ(月齢表示盤)**を備えています ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos])。このムーンフェイズは122年に1日の誤差という極めて高精度なカレンダー機構で、月の満ち欠けを美しく再現します ( DAIZOH MAKIHARA(牧原大造・AHCI準会員)が、新作『花鳥風月』を発表! | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。一般的なムーンフェイズが約2年7ヶ月で1日の誤差が生じるのに対し、122年精度ということは歯車比の工夫により理論上の月周期(約29.5306日)との差を極限まで小さくしていることを意味します(具体的には59歯の月盤ではなく135歯程度の高精度月盤を採用している可能性があります)。

文字盤の美観にも技術的巧妙さが光ります。江戸切子の伝統はこの作品でも健在で、文字盤には「目白と桜」をテーマにした江戸切子細工が施されています ( DAIZOH MAKIHARA(牧原大造・AHCI準会員)が、新作『花鳥風月』を発表! | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。透明なガラス文字盤には牧原自身が手描きした桜の花と目白(メジロ、小鳥)の絵柄が裏側からあしらわれており ( DAIZOH MAKIHARA 『花鳥風月』 10時位置が24時間 - Instagram)、和の自然美を機械仕掛けと融合させる独特の世界観を創出しています。ケース径は42mmですが、牧原はこの時計を試作段階ではステンレススチールケースで製作し、製品版では18Kホワイトゴールドケースとする計画でした ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos])。これは、試作時に加工調整しやすい素材で検証し、完成度を高めた上で高価素材による本番品を作るという合理的アプローチです。またムーブメントも改良が重ねられ、Cal. DM02と名付けられた手巻きムーブメントを搭載しています ( DAIZOH MAKIHARA(牧原大造・AHCI準会員)が、新作『花鳥風月』を発表! | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。

Cal.DM02のスペックは25石、毎時18,000振動で、サイズは直径42mmのケースに収まる設計です ( DAIZOH MAKIHARA(牧原大造・AHCI準会員)が、新作『花鳥風月』を発表! | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。振動数は前作と同じく18,000振動/時に抑えられており、これはオートマタ機構の負荷に耐えつつ十分なトルクを確保する狙いがあると考えられます。振動数が低めであればテンプの慣性を大きくできるため、動力の一部をオートマタに割いても安定して駆動できる利点があるからです。またテンプ振動が緩やかな分、歯車系に瞬時負荷(花弁開閉のような)が掛かった際の衝撃吸収余裕も確保しやすいでしょう。一方で振動数の低さによる精度への影響は、テンプやヒゲゼンマイの質、姿勢差対策などで補いつつ、芸術性と実用性のバランスを取っているものと推察されます。

ムーブメントの地板と受けには、麻の葉模様のハンドエングレービングが前後両面に施されています ( DAIZOH MAKIHARA(牧原大造・AHCI準会員)が、新作『花鳥風月』を発表! | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。麻の葉は古来より魔除けや成長祈願の意味を持つ日本伝統文様で、幾何学的な連続模様が特徴です。直線と尖角の組み合わせから成るこの文様を金属表面に手彫りで描くには高度な精密加工技術が必要です。僅かなズレも目立つ模様だけに、一打一打のタガネ捌きに熟練を要しますが、牧原はこれを表裏のプレート全面に均一かつ美しく刻み込み、ムーブメント自体を芸術作品のキャンバスに仕立てています ( DAIZOH MAKIHARA(牧原大造・AHCI準会員)が、新作『花鳥風月』を発表! | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。

『花鳥風月』の開発にあたって、牧原は最初からオートマタ搭載を念頭に置いていました ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos])。バーゼルワールド2020への出展を目標にしていたものの(実際には同展示会は延期/中止となりました)、その期間に集中して開発を進められたことも完成につながったと述べています ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos])。2作目にしてこのような複雑機構を実現したことは異例であり、彼自身「連続して成功するとは思っていなかった。江戸切子の文字盤が大きかったのではないか。世界初の試みだったし」と振り返っています ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos])。このように、『花鳥風月』では伝統工芸と機械工学が高度に融合しており、まさに和魂洋才の時計と言えるでしょう ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos]) ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos])。

完成した『花鳥風月』は、受注生産で価格約2,754万6,000円(税込)からと公表されています ( DAIZOH MAKIHARA「花鳥風月」 - 〖公式〗独立時計師 牧原大造 - DAIZOH MAKIHARA)。素材やオプションによって価格は変動し、現在はオーダーが一時停止されているほどの人気となっています ( DAIZOH MAKIHARA「花鳥風月」 - 〖公式〗独立時計師 牧原大造 - DAIZOH MAKIHARA)。この価格帯や内容から考えても、本作はほぼアートピースに近い超高級時計であり、牧原大造の技術と芸術性が凝縮された作品です。

当時の技術的背景と影響 #

牧原大造が時計製作を志した2000年代後半から2010年代は、ちょうど独立系時計師への注目が世界的に高まっていた時期でした。独立時計師とは、大手企業に属さず自身の理想とする時計を少量生産する職人・工芸家であり、1985年設立のAHCI(独立時計師アカデミー)という国際団体によって組織化されています ( 独立時計師について - 〖公式〗独立時計師 牧原大造 - DAIZOH MAKIHARA)。AHCIには世界各国のトップ独立時計師が名を連ねており、メンバー数は正会員約35名、候補生若干名という極めて狭き門です ( 独立時計師について - 〖公式〗独立時計師 牧原大造 - DAIZOH MAKIHARA)。彼ら独立時計師が生み出す時計は常に業界の注目を集め、その中で発明し特許を取得した技術は多くのメジャーブランドにも採用されてきました ( ディープな時計の世界へようこそ!「独立時計師」がつくる時計に注目を! | MEN’S Precious(メンズプレシャス))。例えば、イギリスのジョージ・ダニエルズによる同軸脱進機(コーアクシャル脱進機)はオメガ社で実用化され、スイスのフランソワ・ポール・ジュルヌやアントワーヌ・プレジウソらの作品からも新機構が生み出されるなど、独立時計師たちは全体として時計技術の革新源となってきたのです ( ディープな時計の世界へようこそ!「独立時計師」がつくる時計に注目を! | MEN’S Precious(メンズプレシャス))。

こうした世界潮流の中、日本人独立時計師も徐々に国際的評価を得るようになりました。牧原以前にAHCI正会員となった日本人は2名います。1人目は菊野昌宏氏で、江戸時代の和時計(不定時法の機構など)の複雑機構を腕時計に再現するという離れ業を成し遂げ、伝統文化と時計技術の融合で正会員に認められました ( ディープな時計の世界へようこそ!「独立時計師」がつくる時計に注目を! | MEN’S Precious(メンズプレシャス))。2人目は浅岡肇氏で、美大出身のプロダクトデザイナーから独学で機械式時計を作り始め、試行錯誤の末にトゥールビヨンを完成させてしまった天才肌の人物です ( ディープな時計の世界へようこそ!「独立時計師」がつくる時計に注目を! | MEN’S Precious(メンズプレシャス))。浅岡氏は時計学校に通わず独力で時計製作を習得し、その作品「Tsunami」シリーズは世界中のコレクターから高い評価を受けています ( ディープな時計の世界へようこそ!「独立時計師」がつくる時計に注目を! | MEN’S Precious(メンズプレシャス))(現在彼の時計は入手まで数年待ちとも言われます ( ディープな時計の世界へようこそ!「独立時計師」がつくる時計に注目を! | MEN’S Precious(メンズプレシャス)))。このように、日本からも独立時計師として卓越した才能が台頭し始めた時期に、牧原大造もまた独自の道を歩み始めたのです。

牧原の特色は、正規の教育機関で時計製作を学んだという点と、伝統工芸の意匠を機械式時計に取り入れたという点で、前述の菊野氏・浅岡氏とも少し異なります。菊野氏は和時計的な時間表示(和暦の時法)を取り入れ、浅岡氏はデザインセンスと機構開発力で勝負しています。一方、牧原は学校で基礎を学びつつ、スイスの名匠や日本の工芸師から研磨・彫金といった伝統技法の薫陶を受け、これらを高次元で融合させるアプローチを取りました ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE) ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE)。和の美意識(江戸切子、桜や麻の葉文様)と洋の機械技術(ムーンフェイズやトゥールビヨン機構)を融合した彼の作品は、まさに明治期の超絶工芸を彷彿とさせるとの評価もあります ( DAIZOH MAKIHARA(牧原大造・AHCI準会員)が、新作『花鳥風月』を発表! | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。ウォッチメディアのある評論家は、『花鳥風月』に触れて「明治の七宝の並河靖之・濤川惣助、金工の正阿弥勝義・加納夏雄、漆工の柴田是真らが心血を注いだ超絶技巧の宇宙に通ずるものを感じる」とまで述べています ( DAIZOH MAKIHARA(牧原大造・AHCI準会員)が、新作『花鳥風月』を発表! | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。これは、牧原の作品が工芸美の極致と機械工学の粋を併せ持つ点で、かつて世界を驚嘆させた日本の名工たちの仕事に匹敵する精神性を宿す、と評価されたことを意味します。

技術的背景として、牧原の活動開始当時にはCNC工作機械やCAD/CAMの進歩により、個人でも高度な部品加工がしやすくなっていたことも見逃せません。実際、牧原が卒業後に関わった茨城県の時計店「doppeL(ドッペル)」とのコラボレーションプロジェクトでは、筑波という土地柄もあり機械工具の人脈に恵まれ、必要な設備を調達できたと語られています ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE)。こうしたものづくり環境の整備は、独立時計師が一から時計を作る上で非常に重要です。昔であれば大メーカーしか持ち得なかった旋盤・フライス盤・放電加工機などが、中小規模でも入手可能になり、個人でも工夫と人脈次第で高度な製造が可能になってきたことが、牧原らの世代を後押ししました。牧原自身、「時計の中身(ムーブメント)は自分で触りたいが、餅は餅屋で外部の助けも借りる。浅岡さんと菊野さんの中間あたりを目指したい」と語っています ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos])。これはつまり、自作できる部分は増やしつつも、効率のために外注も適宜活用して、ある程度の生産規模を実現したいという姿勢です ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos])。

また、牧原が技術面で大きく影響を受けた人物として前述のPhilippe Dufour氏が挙げられます。デュフォーは機械式腕時計の**徹底的な仕上げ(フィニッシング)**と伝統機構の高品質化で知られ、牧原は彼から直伝で鏡面研磨技術と「妥協なき物作りの哲学」を学び取りました ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE)。これは彼の作品の隅々に活かされており、例えばムーブメントの角や面取り、ポリッシュが非常に丁寧に施されていることに表れています。さらに日本の彫金師・金川恵治氏の映像を見たことが独学彫金の動機になったように、国内外の名匠たちから精神的な薫陶を得ている点も見逃せません ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE) ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE)。

このように、牧原大造の活動は当時の技術トレンド(CNCの普及、独立時計師コミュニティの成熟)と伝統工芸復興の機運が交差する中で展開されました。彼自身は「死ぬまでに3種類の時計が作れれば本望」と語っており ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE)、焦らず着実に自身のビジョンを形にしていく考えです。1作目・2作目で既に想像以上の独創性を発揮した彼が、今後さらにどのような技術革新を見せてくれるか、業界内でも大きな期待が寄せられています。

発明が現代に与えた影響 #

牧原大造の発明や作品が現代の時計業界に与えた影響について考えると、それは直接的な大量生産技術の革新というよりは、時計芸術と伝統技法の融合という新たな潮流を示すものとして評価できます。

まず、『菊繋ぎ紋 桜』や『花鳥風月』で見せた日本伝統工芸の時計への応用は、国内外の時計デザインにインスピレーションを与えています。近年、セイコーやシチズンなど国内大手ブランドも漆芸や截金、螺鈿細工といった和の技法を取り入れた高級モデルを発表していますが、江戸切子のような素材を真正面から文字盤に使った例は牧原が嚆矢でした ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos])。牧原の成功により、ガラス工芸×時計という組み合わせの可能性が示されたことで、他の工芸とのコラボレーションも広がる下地ができたといえます。実際、彼の作品は海外コレクターからも注目を集め ( ディープな時計の世界へようこそ!「独立時計師」がつくる時計に注目を! | MEN’S Precious(メンズプレシャス))、「日本的美意識を凝縮したタイムピース」として賞賛されました。このことは、日本発の独立時計がスイス・ドイツの老舗ブランドにも引けを取らない付加価値を持ちうることを示し、後進のクリエイターたちに自国文化を時計で表現することへの自信を与えたでしょう。

技術面では、牧原が2作目で実現した機械式オートマタは他の時計師やメーカーにも刺激となった可能性があります。機械仕掛けで動く人形や動物のモチーフは18~19世紀の機械式人形や、現代ではジャケ・ドロー社の自動人形時計などに例がありますが、花が開閉するギミックは極めてユニークです。これに類するコンセプトとして、ヴァンクリーフ&アーペルが2022年に発表した「レディ Arpels ヘュール フローラル(Heures Florales)」という腕時計があります。この時計では12輪の花が時間に合わせて開閉し、開いた花の数で時刻を示すという詩的な時間表示を行っています(※牧原作品とは機構の目的が異なりますが、花の開閉を用いる点で共通する)。ヴァンクリーフの例はデジタル表示の一種としての開閉ですが、花そのものを動かす美しさに着目した点で、牧原の『花鳥風月』と響き合うものがあります。独立時計師の自由な発想は、このように大手メゾンの詩的コンプリケーション開発にも通底するものがあり、牧原の試みもまた「時を愛でる」スタイルの一つを提示したと言えるでしょう。

また、牧原の活躍は日本国内の独立時計師コミュニティやファン層の拡大にも貢献しています。彼がAHCI正会員に認められた2022年時点で、日本人正会員は菊野氏、浅岡氏、牧原氏の3名のみですが ( 【独創的で強いこだわり】独立時計師とは?魅力や代表作を徹底解説)、このようなニュースは一般メディア(新聞やテレビ)でも取り上げられ、独立時計師という存在自体の認知度向上につながりました。実際牧原は日本経済新聞や読売新聞、NHK WORLDの『Direct Talk』といったメディアにも出演・掲載され ( 〖公式〗独立時計師 牧原大造 - DAIZOH MAKIHARA) ( 〖公式〗独立時計師 牧原大造 - DAIZOH MAKIHARA)、精密工芸の世界に生きる若き匠として紹介されています。彼の経歴(料理人からの転身)や作品の美しさは一般の話題にもなり、「ものづくり日本」の新たな姿を示すものとして評価されています。

さらに、牧原は**Maker’s Watch Knot(ノット)**という日本のD2C時計ブランドとのコラボレーションプロジェクトにも参加しました ( 日本人でわずか3人、独立時計師・牧原大造氏とKnotが初の …)。Knotは比較的リーズナブルでカスタマイズ可能な腕時計を提供するブランドですが、2022年に牧原を迎えてスペシャルモデルを企画・クラウドファンディング(Makuake)で発表しました ( 日本人でわずか3人、独立時計師・牧原大造氏とKnotが初の …) ( Maker’s Watch Knotが独立時計師 牧原大造氏とコラボレーション!)。独立時計師の作品は通常非常に高額で一生手が届かないと感じる人も多い中、Knotのサプライチェーンを活用してリアルプライス(現実的価格)を実現するというコンセプトで、牧原のデザインや監修によるモデルが販売されたのです ( 牧原大造プロジェクト – Maker’s Watch Knot)。この試みは、独立時計師の技や美意識をより広い層に届ける架け橋となりました。実際プロジェクトは成功裏に終了し(Makuake達成率202%との報道 ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE))、購入者にはケース側面にイニシャル刻印サービスが付くなど特別仕様も話題となりました ( Maker’s Watch Knotが独立時計師 牧原大造氏とコラボレーション!)。牧原にとっても、自身の理念を保ちつつ量産モデルに関与する経験は新たな刺激となったはずであり、今後の創作活動にもフィードバックされるでしょう。

総じて、牧原大造の存在は現代の時計界における「職人芸復権」の潮流を象徴しています。大量生産・電子化が進む中で、彼のように1本数百時間を費やして手作りする時計師が評価されることは、時計を単なる時刻計ではなく芸術品として捉える文化の広がりを意味します。現代の独立時計師たちが共通してそうであるように、牧原もまた「工業製品には出せない人間味や文化性」を作品に込めています。それは即座に他社が模倣したり量産化できる類のものではありませんが、着実に愛好家の心を打ち、その価値観に影響を与えています。彼の試みは時計産業の本流に対する直接的インパクトというより、美的・文化的インパクトとして今後も語り継がれていくことでしょう。

関連する文献・資料 #

牧原大造に関する情報源や資料は、一般メディアの記事から専門誌、特許情報まで多岐にわたります。以下に主要なものを挙げます。

本レポートでは上記のような一次情報(本人サイト・インタビュー)および二次情報(報道・評論記事)を横断的に調査し、内容を技術的に深掘りしました。それぞれの出典は文中に【】付き番号で示してあります。特に重要な事項については信頼性の高い情報源から引用を行い、客観性と正確さを期しています。

代表作品・顧客層・作品の特徴 #

牧原大造の代表作は何と言っても**『菊繋ぎ紋 桜』(2018年発表)と『花鳥風月』**(2020年完成)です。それぞれ既に詳述しましたが、ここでは作品ごとの特徴と、顧客層について補足します。

牧原大造 年表 #

可能な限り詳細な牧原大造の歩みを、年表形式でまとめます。

(注記: 年表中の一部イベントは推定を含みます。特に2012-2016年頃の詳細は公式発表が少ないため、複数情報源から推察しています。)

技術的詳細の分析 #

最後に、牧原大造の時計製作を機械工学・精密加工・音響工学の観点から分析します。彼の作品には独立時計師ならではの創意が随所に見られ、それらを技術的に読み解くことで、彼の凄さがより明確になります。

機械工学的観点 #

牧原の手掛けたムーブメントは、基本構造としては伝統的な機械式腕時計の輪列を踏襲しています。手巻き式で香箱(主ゼンマイ)からの動力をII輪・III輪…と伝達し、ガンギ車とアンクル(脱進機)を経てテンプ(調速子)で時間を制御するという流れです。注目すべきは脱進機自体はオーソドックスなスイス式レバー脱進機である点ですが、テンプの振動数を18,000振動/時に設定しているところに独自の選択が見られます ( DAIZOH MAKIHARA「菊繋ぎ紋 桜」 - 〖公式〗独立時計師 牧原大造 - DAIZOH MAKIHARA) ( DAIZOH MAKIHARA(牧原大造・AHCI準会員)が、新作『花鳥風月』を発表! | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。多くの現代腕時計が28,800振動/時(4Hz)で高精度化を図る中、あえて2.5Hzに留めるのは、一つには前述したように複雑機構との両立を図るためでしょう。振動数が低ければ一振り当たりの回転角度(振幅)を大きく取りやすく、ゼンマイのトルクが多少変動しても動作が安定しやすい利点があります。牧原の『花鳥風月』では複数のカムやバネ仕掛けが追加されていますが、低振動ならそれらによる負荷変動にも耐えうる余裕度が生まれます。また低振動数ゆえのテンプ大型化で、慣性モーメントを確保して精度を担保している可能性があります。

オートマタ機構に関しては、機械工学的には時間をカウントする歯車系と、一定時間ごとに動作するカム・槓桿機構の組合せです。例えば12時間で1サイクルの花弁機構は、12時間歯(またはカム山)を持つ星型カムと、それを1/2日に1回転させるギアで構成できるでしょう。24時間周期の方は1日1回のカム山となります。これらのカムが所定の時刻になるとレバーを押し下げ、バネで開いた花弁を一気に閉じるトリガーとなります。閉じた後は次のサイクルまでロックされ、ゆっくり再度開いていく――そうした挙動を滑らかに行わせるため、各部品の摩擦やバネ力の調整が重要です。牧原は実機テストでその点を綿密に詰めているようで、「花弁のサイズをコンマ数ミリ変える」といった微調整で動作タイミングと確実性を高めています ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos])。これはまさに機械工学的な最適化作業で、CAD上ではわからない要素(摩擦係数やバネ常数のばらつき等)を実機で補正している段階と言えます。

ムーンフェイズ機構も工学的には興味深い点です。122年に1日の誤差となると、歯車比は日輪(24時間で1回転)から月盤までで約29.5306日の周期を実現する必要があります。通常の59歯月盤だと誤差2年7ヶ月ですが、122年精度には例えば135歯の月盤細かな減速比が考えられます。この歯数だと29.5日×2=59日周期の2倍強で約118日で1回転となり、さらにギア比で調整して29.5306日に合わせ込んでいるはずです。複数段のギアで近似値を出すため、ウォーム歯車や遊星歯車を使う可能性もあります。非常に細かな歯車の組み合わせになるため、加工精度や組立精度が要求されますが、そこは修理職人・時計講師として培った牧原の腕の見せ所でしょう。

精密加工技術的観点 #

牧原の時計作りには精密加工技術がふんだんに投入されています。ムーブメントの地板・ブリッジ類はおそらく真鍮無垢材からの削り出しで、CNCフライス盤や放電加工機を駆使して輪郭成形・穴あけ等を行っていると考えられます。特に『花鳥風月』では複雑な花弁の形状やカム形状が必要ですが、これらは手作業だけでなくCAD/CAMを用いたデジタル加工で原型を作り、その後手仕上げしている可能性があります。牧原が筑波の人脈から工具を調達できたと述べていたように ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE)、必要なマシンは揃えてあるでしょう。例えば歯車の切削にはホブ盤ワイヤーカット放電加工が考えられます。トゥールビヨンを学生時代に作ったほどですから、円筒状のキャリッジや非常に細かなガンギ歯車も加工済みで、そのノウハウは現在の作品にも活かされているはずです。

精密加工と言えば穴あけ・石はめの精度も重要です。地板に開ける軸穴は100分の数ミリ単位の精度が要求され、そこで焼き嵌めされるルビーの穴石(軸受け)は、軸とのクリアランスが数ミクロンで適切な粘性潤滑油が保持されるよう設計されます。牧原のムーブメントでも石数17石や25石といった標準的な数が使われています ( DAIZOH MAKIHARA「菊繋ぎ紋 桜」 - 〖公式〗独立時計師 牧原大造 - DAIZOH MAKIHARA) ( DAIZOH MAKIHARA(牧原大造・AHCI準会員)が、新作『花鳥風月』を発表! | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。これはテン石やガンギ穴石、受け石、テンプ受けのKIF衝撃吸収装置のルビーなどを含む数で、一般的な構成です。自作ムーブメントの場合、一つ一つの石の圧入や接着も手作業となるため、調心(軸と穴が正確に垂直に合うようにすること)作業も熟練が必要です。牧原は修理経験で多数のムーブメントを見ていますから、このあたりの精度管理も心得ているでしょう。

彫金・仕上げの工程も精密加工の一部です。彼の作品では、地板やブリッジ、テンプ受けに至るまで彫刻がびっしり施されています。例えば麻の葉模様では直線と角度の集合体を均一に並べねばならず、これはほぼ手作業の極限に挑むものです。ルーペで拡大し、タガネ(彫金刀)を数百回、数千回と打ち込んでいく作業は、下書き線すら狂いなく描く正確さと、彫り込み深さの均一性が要求されます。途中で刃が欠けたり、力加減を間違えると取り返しがつきません。そのため、彫金部分の製作にはおそらくムーブメント本体とは別に下地を作り、試し彫り・練習を重ねてから本番に挑んでいる可能性があります。牧原は独学とはいえかなり計画的に彫金スキルを上げており、現在ではフリーハンドで菊の紋様すら描けるとのことです ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE)。このレベルになると、彫金はもはや「加工」というより「芸術」の域ですが、それを時計という実用品に組み込んでしまうあたり、精密さと芸術性の両立が見事です。

また**エングレービング(手彫り装飾)**だけでなく、磨き(ポリッシング)の技術も見逃せません。デュフォー仕込みのブラックポリッシュ(黒鏡面仕上げ)や、面取り研磨は、時計部品の信頼性にも影響します。例えばガンギ車やアンクルレバーの角を鏡面に磨くと摩擦が減り、油持ちも良くなります。ネジ頭をブルーイング(青焼き)するのも錆を防ぐ効果と、美観向上を兼ねています。牧原の作品では、地板の地(金色部分)と彫金模様の陰影、さらにネジや歯車のスチール部分の輝きが渾然一体となっており、これらは全て手作業の磨き分けによって実現されています。サンバースト仕上げ(放射状のヘアライン)やストレートグレイン(直線的な研磨目)なども適材適所に取り入れており、部品ごとに異なるテクスチャを与えることで光の反射をデザインしています ( DAIZOH MAKIHARA「花鳥風月」 - 〖公式〗独立時計師 牧原大造 - DAIZOH MAKIHARA)。これは熟練の職人が複数集まるメーカーでも難しい工程ですが、牧原は一人でそれを成している点が驚嘆されます ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE)。

ケースや文字盤の製造についても触れましょう。ケースは18K金無垢を使用していますが、独立時計師の場合、一品製作ではCADで図面を起こし外注鋳造または削り出しすることが多いです。牧原もおそらくケースは外部の専門業者に依頼し、自身は仕上げと調整を行っているでしょう(「餅は餅屋で外部の助けも借りる」と語っている通り ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos]))。文字盤の江戸切子はミツワ硝子工芸製ですが、これも通常の腕時計文字盤とは全く異なる作り方です。おそらくφ30mm程度、厚さ0.5mmのガラス円板を成形し、周囲に歯車のようなギザ(菊繋ぎ紋)をカットしています ( ディープな時計の世界へようこそ!「独立時計師」がつくる時計に注目を! | MEN’S Precious(メンズプレシャス))。これだけ薄いガラスに模様を入れると割れやすいため、素材選定やカット手順にノウハウが必要です。ミツワ硝子の職人たちもかなり慎重に加工したことでしょう。完成したガラス文字盤には裏側から絵付け(桜と目白)がされていますが、この細工も手作業です ( DAIZOH MAKIHARA 『花鳥風月』 10時位置が24時間 - Instagram)。インクや顔料を用いたのか、薄いシートを貼り付けたのかは不明ですが、ガラス越しに見るとまるで立体感があるように見える技法です。これらケース・文字盤を含め、各パーツの精度がきっちり揃わなければ、最後に数ミクロン単位の組み立てが成功しません。牧原は部品点数数百にも及ぶ時計を組み上げる際、微小な摺動抵抗やガタつきにも気を配り、一つ一つの歯車を最適な遊びで合致させているはずです。それによって、完成品の時計はスムーズに動作し高い精度を維持できるのです。

音響工学的観点 #

牧原の作品には音響機構(報時装置など)は搭載されていないため、音響工学的な要素は表立って多くありません。しかし、機械式時計は常に「時を刻む音」を発しており、その観点から少し考察します。振動数18,000振動/時の時計は1秒間に5振動(2.5往復)ですから、一般的な4Hzの時計よりもゆったり「コチ・コチ…」と音を立てます。この音はテンプが往復するたびにアンクルがガンギ車を受け止める衝撃音で、生理的秒刻みに近い周波数です。牧原の時計を耳に当てれば、古典懐中時計に似た落ち着いた拍動音が聞こえるでしょう。これは所有者に心理的な安定感を与える効果があるかもしれません。逆に高振動時計の細かな音は精悍さを感じさせますが、牧原の作品のようにゆったりした音は和の穏やかさにも通じるものがあります。

オートマタの動作音については、一瞬で花弁が閉じる際に「パチン」という微かな音が出る可能性があります。小さなバネとレバーが動く音ですが、静かな部屋で耳を澄ませば聞こえるでしょう。これは時計というより、カメラの絞り羽根や機械式ストップウオッチのボタン音に近いものかもしれません。牧原の『花鳥風月』は花弁が閉じる瞬間に音と動きで時間の経過を感じさせる仕掛けとも言え、能や歌舞伎の「間」のような効果を狙ったのではとも想像できます。実際に着用者がその音を待つことは少ないでしょうが、製作者としては余分な雑音や異音が出ないよう入念に調整しているはずです。歯車のバックラッシュが大きいとカタカタ音がしたり、カムの作動が荒いとクリック音が大きくなるので、音がしない=スムーズな動作の指標にもなります。音響的には「静粛性の高い機械」であることも高品質の証明なのです。

なお、今後牧原がミニッツリピーター(報時機構)オルゴール付き時計など音を楽しむ複雑機構に挑戦すれば、音響工学の知識も重要になるでしょう。金属ブロックを彫り抜いて音響板にしたり、鋼線の鐘を鳴らすには、材料の共振周波数や減衰率の計算が必要です。彼が音の世界に踏み込むかは未知数ですが、既に視覚・触覚(手触り)の面では芸術性を発揮しているだけに、聴覚的な魅力にも挑む可能性があります。


以上、牧原大造氏の生涯・経歴、発明の詳細、技術的背景、現代への影響、参考文献、作品と顧客層、年表、技術分析を総合的にまとめました。料理人から時計師へという異色のキャリアを歩み、伝統美と先端技を融合した彼の時計作りは、単なるプロダクトを超えて文化的意義を帯びています。今後彼がどのような作品を生み出し、どのように時計史に名を刻んでいくのか、大いに注目されます。

参考文献・情報源:

  1. 牧原大造公式ウェブサイト「独立時計師について」 ( 独立時計師について - 〖公式〗独立時計師 牧原大造 - DAIZOH MAKIHARA) ( 独立時計師について - 〖公式〗独立時計師 牧原大造 - DAIZOH MAKIHARA) ( 独立時計師について - 〖公式〗独立時計師 牧原大造 - DAIZOH MAKIHARA)(経歴や作品概要)
  2. AHCI公式サイト「Daizoh Makihara – Member Profile」 ( Daizoh Makihara – AHCI) ( Daizoh Makihara – AHCI)(英語、経歴詳細)
  3. WebChronos (クロノス日本版) インタビュー「独立時計師 牧原大造」 ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos]) ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos]) ( 〖インタビュー〗独立時計師「牧原大造」 | 高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos])(本人談話、技術解説)
  4. WatchMediaOnline ニュース「牧原大造・AHCI準会員、新作『花鳥風月』を発表」 ( DAIZOH MAKIHARA(牧原大造・AHCI準会員)が、新作『花鳥風月』を発表! | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト) ( DAIZOH MAKIHARA(牧原大造・AHCI準会員)が、新作『花鳥風月』を発表! | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)(スペック、技術評論)
  5. Men’s Precious プレシャス 2019年7月25日記事「独立時計師が作る時計に注目を!」 ( ディープな時計の世界へようこそ!「独立時計師」がつくる時計に注目を! | MEN’S Precious(メンズプレシャス)) ( ディープな時計の世界へようこそ!「独立時計師」がつくる時計に注目を! | MEN’S Precious(メンズプレシャス))(作品『菊繋ぎ紋 桜』の紹介)
  6. Muuseo Square インタビュー「時計製作師・牧原大造」 ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE) ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE) ( オリジナルの機械式腕時計を作製。技を磨き続ける若き時計製作師・牧原 大造。 | MUUSEO SQUARE)(経歴、クラウドファンディング裏話、製作風景)
  7. Maker’s Watch Knot 公式情報・プレスリリース ( 日本人でわずか3人、独立時計師・牧原大造氏とKnotが初の …) ( Maker’s Watch Knotが独立時計師 牧原大造氏とコラボレーション!)(牧原氏とのコラボプロジェクト概要)
  8. その他参照: Chronos日本版 第96号・95号(雑誌記事)、BS朝日『自分流』番組サイト ( ディープな時計の世界へようこそ!「独立時計師」がつくる時計に注目を! | MEN’S Precious(メンズプレシャス))、テレビ東京『レベチな人、見つけた』、ニューヨークタイムズ記事、ヒコみづの学園ニュース ( 独立時計師について - DAIZOH MAKIHARA)など。