エドゥアール・フィリップス ― ひげぜんまいを理論で設計する

エドゥアール・フィリップス ― ひげぜんまいを理論で設計する

エドゥアール・フィリップス#

エドゥアール・フィリップス(Édouard Phillips、1821–1889年)は、フランスの鉱山技師、数学者、機械学者である。鉄道や蒸気機関を研究した彼は、時計師との対話をきっかけに、携帯時計のひげぜんまいの形を力学から考えた。ぜんまいの端の曲線をどのように作ればテンプの振動が規則的になるかを示し、職人の経験と数理を結びつけた人物として知られる。1 2

彼が時計を製造・販売する工房を経営したという意味ではない。研究の対象は、時計師が作る振動子の振る舞いと、その調整を支える設計原理だった。先人が工夫した端曲線をすべて彼が発明したわけでもない。1 2

鉱山と機械から時計へ#

教育と技師としての仕事#

1821年5月21日、パリに生まれた。父はイギリス人、母はフランス人で、幼くして両親を失い、兄シャルルと祖母のもとで学んだ。1840年にエコール・ポリテクニークに入り、フランスに帰化した後、鉱山技師の道へ進んだ。1842年末からパリの鉱山学校で学び、1846年にはカルカソンヌの鉱山行政に携わるとともにサン=テティエンヌの鉱山学校で機械と採鉱を教えた。1849年に数学の博士号を取得している。2

行政の蒸気機関監督や鉄道の車両・施設の仕事にも従事し、荷重が移動する梁やレールの曲がり、蒸気機関の弁の動きなどを研究した。力を受けた材料の変形を計算し、その結果を機械の設計に結びつける経験は、後のぜんまい研究を理解する背景になる。ただし鉄道研究から時計理論が直接生まれたとまでは言えない。2

追悼文によれば、中央学校で1864年から1875年、ポリテクニークで1866年から1879年に機械学を教え、その後も後者で試験官を務めた。1868年に科学アカデミーの機械部門に選ばれ、1882年には鉱山総監となった。1889年12月14日、アンドル県のナーモンで死去した。2

職人からの問い#

鉱山技師の同僚エドゥアール・ソヴァージュの追悼文によれば、1858年に時計師ジャコブ(Jacob)と交わした会話が、ひげぜんまいの研究のきっかけとなった。フィリップス本人の論文にも、ディエップのクロノメーター製作者ジャコブから聞いた実例が登場する。理論は職人の実践と切り離されたものではなかった。1 2

テンプは往復回転する輪で、ひげぜんまいは変形すると元の位置へ戻そうとする。両者の振動が携帯時計の時間の尺度になる。振れ幅が大小に変わっても一往復に要する時間がなるべく変わらない性質を等時性という。動力や摩擦、姿勢が変わる現実の時計では振れ幅も変わるため、この性質は精度に関係する。1

曲線が振動に及ぼす影響#

ぜんまいの両端をどうつなぐか#

ひげぜんまいは内端をテンプの軸付近に、外端を固定点に取り付ける。円筒形のぜんまいはコイル状に巻かれ、端では軸へ近づく曲線を介してつながる。曲線が不適切だと、伸び縮みの際に巻きの中心が偏り、ぜんまいの重心が軸から移動し、軸への横向きの力が生じうる。姿勢が変わると重力や軸受け摩擦の影響も変わり、振動の規則性を損なう。1 2

フィリップスは弾性体の変形から復元力を計算し、円筒形ひげぜんまいの端曲線に満たすべき幾何学的条件を導いた。1860年の論文では、端曲線の重心の位置を、巻きの中心と曲線が巻きに接続する位置との関係で定めている。複数の曲線が条件を満たせるため、唯一の見た目を持つ曲線だけが正解という話ではない。図を拡大して描き、小さな区間に分けて各部分の重心を調べ、形を修正する作図法も示した。1

彼のモデルでは、適切な両端曲線がぜんまいの重心を軸の近くに保ち、軸への横圧を抑えることで等時性に寄与する。ここでの「圧力がなくなる」という結論は論文の理想化したモデルの条件であり、実際の時計から摩擦や姿勢差が完全に消える保証ではない。材料の均質性、製作誤差、取付け、脱進機なども実物の振る舞いに関わる。1

以前の工夫と理論の位置#

端を曲げる方法はフィリップス以前にも使われていた。彼の論文はフェルディナン・ベルトゥーらの先行する経験則に触れ、観察された形を数理的に考え直している。フィリップスの仕事は、先行する時計師の試行錯誤を消し去るものではなく、形を選び、確認するための条件を与えたことに特色がある。1 2

論文は1860年に Journal de mathématiques pures et appliquées に掲載された。冒頭には同年5月28日の科学アカデミー委員会による評価が記される。同名の1861年版も伝わるため、年号を比べるときは版を区別する必要がある。彼は1865年に実務向けの手引きも刊行し、数学的な議論と時計師の作業の間をつなごうとした。1 3 4

1867年の鉱山紀要に載る時計技術の説明は、フィリップスの条件が航海用クロノメーターや高価な時計で重視される一方、一般的な時計では等時性が近似的にしか実現されないと述べる。理論が当時すべての製品に同じ形で適用されたと考えることはできない。5

姿勢差、温度、材料への展開#

時計を水平に置く場合と縦にした場合では、重力がテンプやひげぜんまいに作用する向きが変わる。テンプの重心が軸と一致しなければ、姿勢によって重力の影響が異なる。フィリップスは1864年の研究で垂直・傾斜位置における調整を扱い、ひげぜんまいだけでなくテンプの釣り合いにも目を向けた。2

ソヴァージュによれば、1871年にル・ロックルで、外端だけに理論曲線を持つ平ひげぜんまいに内端の曲線を加えることを勧め、翌年にはその構成のクロノメーターが試験された。1878年に平ひげの理論を公表し、1879年には球形、1881年には円錐形などへ研究を広げた。同時代の報告はヌーシャテル天文台での改善を伝えるが、試験条件の異なる時計を一つの数値で比較して、すべての時計に同じ改善が生じると断定することはできない。2

温度の変化はぜんまいの弾性やテンプの寸法に影響する。二種類の金属を組み合わせた補償テンプはその影響を打ち消すために使われたが、両端の温度で調整が合っても中間温度に誤差が残る場合がある。フィリップスはこの「中間温度誤差」を扱い、材料の性質にも注目した。また、既知の形のぜんまいとテンプの振動を測れば、逆に材料の弾性を調べる手がかりになると考えた。時計の精度を材料の性質と結びつけた研究である。2

1889年のパリの国際クロノメトリー会議では議長を務めた。後年も彼の近似に基づく端曲線の条件は検討されている。2018年の菊池悠介らの研究は、ETA 6497用ひげぜんまいの諸元を使い、内外に理論曲線を設けた場合を計算した。通常の平ひげに比べ、側圧の指標となる自由外端変位と重心移動が小さくなる結果を示した。水平・垂直位置での等時性誤差そのものの算出は今後の課題とされ、実機の歩度を一律に示す結果ではない。2 6

年表#

年出来事
1821年パリに生まれる。2
1840–1849年ポリテクニークと鉱山学校で学び、技師・教師となり、博士号を取得。2
1858年ジャコブとの対話を契機にひげぜんまいを研究。2
1860年ひげぜんまいの論文を発表。1
1864–1868年姿勢差の研究、実務向け手引きの出版、科学アカデミー選出。2 4
1871–1881年平ひげの両端曲線から球形・円錐形のぜんまいへ研究を展開。2
1889年国際クロノメトリー会議の議長を務め、同年死去。2
2018年ひげぜんまいの条件と精度への影響を扱う研究が刊行。6

参考文献#

閲覧日:2026年10月30日。

  1. Édouard Phillips, “Mémoire sur le spiral réglant des chronomètres et des montres”, Journal de mathématiques pures et appliquées, 2e série, t.5, 1860, pp.313–366。特にpp.320、332–333、343–346を確認。
  2. Édouard Sauvage, “Notice nécrologique sur Édouard Phillips”, Annales des mines, 1891。経歴と研究に関する追悼文。
  3. CNRS IRHT, パリ時計学校図書館目録のフィリップス論文, 1861年版の所蔵記録。
  4. Hachette BnF, Manuel pratique sur le spiral réglant des chronomètres et des montres, 原版1865年。書誌情報。
  5. H. Résal, “Des applications de la mécanique à l’horlogerie”, Annales des mines, 6e série, t.11, 1867, pp.207–246、特にp.211。
  6. 菊池悠介・小牧昭一郎・笹谷卓史・菊野昌宏・居内友宏, 「Édouard Phillipsによるヒゲゼンマイの理論の詳解およびその実際の効果」, マイクロメカトロニクス, 62巻218号, 2018, pp.13–22。