ジョージ・ビドル・エアリー#
ジョージ・ビドル・エアリー(George Biddell Airy、1801–1892年)は、英国の天文学者、数学者で、1835年から1881年までグリニッジ王立天文台を率いた王室天文官である。星の観測から時刻を決め、精密振子時計に保持させ、電信と同調時計で離れた場所へ伝える仕組みを整えた。時計製造者ではなく、理論家であり、観測と公共の時刻配信を組織した責任者だった。1 2
彼の仕事には、振子と脱進機の理論、標準時計の脱進機と補償の考案、鉄道と郵便局への信号、航海者が時刻を知る時球、ウェストミンスターの大時計への関与がある。機械を製作した時計師や電信網を運営した人々の役割と、エアリー自身の設計・指揮を区別する必要がある。1 3

図1:エアリーの肖像、1878年。作者:Charles Henry Jeens。出典:Wikimedia Commons。Public Domain(作者1879年没、権利表示)。加工なし。
数学者から王室天文官へ#
1801年7月27日、イングランド北東部のアニックに生まれた。父ウィリアムは政府の職員、母はアン・ビドルで、学校教育のほか母方の伯父アーサーの農場で多くの時間を過ごした。伯父の支援を受け、1819年にケンブリッジ大学トリニティ・カレッジへ入り、1823年に数学試験の首席となり、1824年にフェローに選ばれた。2
1826年にルーカス数学教授、1828年に天文学教授となり、ケンブリッジ天文台を担当した。1835年にジョン・ポンドの後任として王室天文官に就き、観測の整理、計算、機器の更新と出版を進めた。観測記録を航海に役立つ星表へ変えるには、望遠鏡だけでなく、時計の歩度を繰り返し確かめ、計算を管理する組織が必要だった。1 2
振子と脱進機を考える#
振動を乱さず力を与える#
振子時計は重力による振動を時間の尺度にするが、空気抵抗や軸受けの摩擦で振幅が減る。そのため歯車から脱進機を通じて力を補う必要がある。力を加える時期や摩擦は振動周期にも影響する。エアリーは1826年に読み上げ、1830年に刊行された論文で、振子やテンプへの小さな外力が周期に及ぼす影響を分析した。3
論文では、小さな摂動という近似の下で、振子が最下点を通る瞬間の力、またはその前後に対称に作用する力は周期への一次の影響を相殺すると論じた。これはどんな時計でも誤差が消えるという保証ではない。実際には力の大きさや作用時間、摩擦、温度、気圧、製作と調整の誤差が残る。論文末尾ではクロノメーターの脱進機に似た、振子を普段は自由に近い状態に置く脱進機も提案している。3
1842年頃のデント587は、エアリーが考案したルモントワール付きデッドビート脱進機を備える。ルモントワールは輪列から小さな蓄力部分を周期的に補充し、脱進機に与える力を整える。プルコヴォ天文台向けに計画されたが、所蔵館は実際にはロシアへ送られなかったとみられると説明している。7
デント1906と気圧補償#
天文台は恒星の位置を観測するため恒星時の基準時計を必要とした。エアリーの指揮の下でE. Dent & Co.が製作したデント1906は、1871年に設置され、同年8月から恒星時標準として使用された。エアリーの分離式脱進機を備え、振子には一往復につき一回力を与える。がんぎ車と秒針は一秒ごとではなく二秒ごとに進む。4 5
精度が高くなると環境の影響も見えてくる。所蔵する王立博物館群の説明によれば、気圧が水銀柱で1インチ上昇すると、この時計は一日あたり約0.3秒遅れた。1873年、エアリーはデント社に気圧補償を提案し、同社のトーマス・バックニーと装置を実現した。水銀気圧計の変化で磁石の位置を動かし、振子側の磁石への力を変えて気圧による歩度変化を打ち消す装置である。温度変化には鋼と亜鉛を組み合わせた振子で対応した。これは観測された時計の特性に合わせた補償であり、あらゆる環境誤差を除去するものではない。4 5
デント1906は1922年まで恒星時標準を務め、現在は博物館に保存されている。製作者の工作と、エアリーが考えた脱進機・補償・運用条件が一体となった具体例である。4
星の観測から公共の時刻へ#
観測、基準時計、信号#
天文台では子午線を星が通過する時刻を測る。星の位置を知り、通過を時計の示す時刻と比較すれば、時計の進み遅れを求められる。時計は観測と観測の間の時刻を保持するが、その表示をそのまま絶対に正しいものとするのではなく、観測と歩度の記録によって補正する。エアリーの時代に導入された子午儀は、この観測体系の中心となった。6
鉄道の発達は、地域ごとに異なる時刻を用いる不便さを目立たせた。エアリーは1851年、南東鉄道との電信接続の契約案を準備し、同年の大博覧会でシェパードの同調時計を見たと自伝に記している。1852年に天文台は電信網につながり、王立天文学会の追悼文によれば、天文台の時計からロンドンの電信拠点へ毎時信号が送られ、鉄道や公共時計の調整に使われた。1 2
シェパード時計と時球#
エアリーの自伝によれば、彼は天文台内に同調時計8台を設け、その一つが門外の大きな文字盤だった。時計網の製作者・特許名義としてシェパードの名が表示されたが、電気時計に関わったベイン側から異議があり、一時表示を外し、1853年に戻したと記される。これはエアリー本人による経緯の説明であり、特許紛争の法的結論をこの記述だけから断定できない。1
既存のグリニッジ時球は1833年、前任者の時代に導入されていた。高い位置から球が落ちる瞬間を見れば、港の船は自船のクロノメーターを照合できる。王立博物館群によれば、エアリーは1852年にシェパード標準時計の電気信号を使って時球の動作を自動化した。時球自体を彼が発明したわけではない。6
ドーバー海峡のディールでも電信による時球が検討された。エアリーは発案をボールドック司令官の書簡に帰し、自分は現地を調べて1852年に別の設置場所を提案したと書いている。また1856年の報告には、ロンドンのロンバード・ストリート郵便局の電気時計が天文台と接続され、毎日正午に調整されていたことが記される。天文観測、基準時計、電線、受信側の時計という複数の部分がそろって、初めて遠隔地へ時刻を配れた。1
大時計とその後#
ウェストミンスター宮殿の大時計でも、エアリーは精度を重視する立場から計画に関わった。エアリーは1846年から製作競争の審査に関わり、正時の打鐘を1秒以内とする要件を示した。自伝では1851年にエドマンド・ベケット・デニソンを協力者に迎え、翌年には意見の相違が生じ、1853年に辞任したと述べる。11852年にエドワード・ジョン・デントが製作を受注し、彼の死後フレデリック・デントが引き継ぎ、時計は1859年に動き始めた。8 9大時計の実現は設計者、時計製作者、建築関係者の共同事業であり、単独の発明として扱えない。1
エアリーの活動は時計に限らない。天体位置、光学、磁気、測地や潮汐にも及び、膨大な観測と計算を組織した。1881年に王室天文官を退き、1892年1月2日に死去した。彼の後も標準時計と電信時報は改良され、時刻の決定と配信は新しい機器へ引き継がれた。2 4
年表#
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1801年 | アニックに生まれる。2 |
| 1819–1824年 | ケンブリッジに入り、数学試験首席、トリニティのフェローとなる。2 |
| 1826–1830年 | 振子と脱進機の論文を読み上げ、刊行。ケンブリッジ天文台を担当。2 3 |
| 1835年 | 王室天文官に就任。2 |
| 1851–1852年 | シェパードの時計を調べ、鉄道電信接続と同調時計の導入を進める。1 |
| 1856年 | 郵便局の時計が天文台から正午に調整されていると報告。1 |
| 1871年 | デント1906が恒星時標準として運用開始。5 |
| 1873年 | デント1906に気圧補償を追加。4 5 |
| 1881–1892年 | 退任後、1892年に死去。2 |
| 1922年 | デント1906が恒星時標準から交代。4 |
参考文献#
閲覧日:2026年11月6日。
George Biddell Airy, Wilfrid Airy編, Autobiography of Sir George Biddell Airy, 1896。1851、1852、1853、1856年の項。
H. H. T., Royal Astronomical Society, George Biddell Airy 追悼文, 1892、MacTutor収録。
George Biddell Airy, “On the Disturbances of Pendulums and Balances, and on the Theory of Escapements”, Transactions of the Cambridge Philosophical Society, vol. 3, 1830, pp.105–128の転記。
Royal Museums Greenwich, Dent 1906 天文用レギュレーター所蔵品解説。
Royal Observatory Greenwich, Astronomical Regulator: Dent 1906。1871年 Greenwich Observations 等の転記を含む。
Royal Museums Greenwich, Astronomer Royal George Biddell Airy and his many measuring devices。
Royal Museums Greenwich, Dent 587所蔵品解説。
UK Parliament, Constructing the most accurate clock in the world。
UK Parliament, Big Ben’s Great Clock celebrates its 160th birthday, 2019。