ジョージ・フィッシャー

ジョージ・フィッシャー

北極の観測から海の時計を考えた天文学者#

ジョージ・フィッシャー(George Fisher、1794年–1873年)は、イギリスの天文学者、海軍付き聖職者、教育者である。北極航海で天体と磁気を観測し、陸上と船上で海洋クロノメーターの歩度が変わる問題を論じた。時計の製作者ではなく、航海に使う時計の利用者・観測者として時計史に登場する。1 2

船の経度を時計で求めるには、出発地を基準とする時刻を船に持ち運び、現地の太陽や星の観測から得た時刻と比べる。地球は24時間で360度回転するので、時刻差1時間は経度差15度に相当する。時計が基準時刻からどれだけずれているかだけでなく、そのずれが一日ごとにどう変化するか、すなわち歩度を知ることが重要になる。航海前に陸で測った歩度が海上でも保たれるとは限らない。フィッシャーはこの差の原因に船内の鉄と磁気を挙げたが、その説明と証拠の解釈は同時代から議論された。3 4

学業と北極航海#

1794年にミドルセックスのサンベリーで生まれたフィッシャーは、若い頃に火災保険会社で働きながら数学や科学への関心を育てた。王立協会に関わる人々の支援を受け、1817年にケンブリッジのセント・キャサリンズ・カレッジへ進んだ。在学中の1818年、デイヴィッド・ビューカン指揮の北極探検に天文学者として加わった。1 2

探検隊のドロシア号とトレント号はスピッツベルゲン方面へ向かった。フィッシャーは振子の観測を行い、重力の地域差を地球の形の研究に結び付けた。振子の周期は重力に依存するため、同じ振子の振動を異なる地点で比較することが、地球上の重力の違いを調べる手段になった。航海は氷と損傷に阻まれたが、観測は帰国後の研究の基礎となった。1 5

ケンブリッジに戻って1821年に学士号を得た後、聖職者となり、ウィリアム・エドワード・パリーの1821〜1823年の北西航路探検に、フューリー号の天文学者兼従軍牧師として参加した。陸上では仮設観測所を用い、天文、地磁気、大気などを観測した。英国天文学協会の解説によれば、彼は7個のクロノメーターを扱い、海上では月の観測、陸上では天体の子午線通過を使って時刻と歩度を比較した。複数の時計の比較と天体観測は互いの確認手段だった。1 5

1825年刊のパリーの第2航海記付録には、フューリー号に計13個のクロノメーターを積み、そのうちアーノルド製の326、14、1897の3個はフィッシャーの私物だったと記される。13個は私物、官給品、製作者が試用に出した時計を含む船全体の数である。フィッシャーは携帯用No.14を身に着け、観測時刻の記録に使った。船内では時計を毎日正午に比べ、突出した不規則な時計を経度計算から外した。海上では一定間隔の月の観測で基準時計のグリニッジ時に対する誤差を求め、越冬地ではより多くの観測で時計の歩度を確かめた。6

船上の歩度と磁気をめぐる議論#

フィッシャーの1820年の論文は、1818年航海の観測に基づき、船の鉄がクロノメーターへ及ぼす磁気作用を海上と陸上の歩度差の原因として論じた。論文はジョン・バローが王立協会へ紹介し、1820年6月8日に読み上げられた。航海教師ジョージ・コールマンによる船上・陸上の歩度表も添えられた。3 7

磁気に敏感な鋼部品が使われた時計では、磁場や時計の向きが振動系に影響しうる。しかし、船上と陸上の差を観測しただけで、その差のすべてを船の鉄に帰することはできない。温度、時計の状態、配置、船の運動なども検討する必要がある。後年の研究者ランドール・ブルックスは、コールマンの記録にある106例を分析し、鉄と銅の締結材による分類だけではフィッシャーの磁気説を裏付けられず、個々の試験条件が不明であると指摘した。これは磁気の影響そのものの否定ではなく、当時の資料から原因を切り分ける難しさを示す評価である。4

同時代のウィリアム・スコーズビーも磁気と歩度を調べ、磁気が関与する可能性を認めつつ、船の鉄による作用は大きな鉄塊に時計が近接する場合を除けば小さいと異議を唱えた。観測された差、仮説、反論を分けて読むと、フィッシャーの仕事は磁気に対する問題提起であり、船上歩度の単一原因を確定した証明ではないことが分かる。8 9

時計の実物と温度・材料への関心#

フィッシャーの所蔵品として国立海事博物館に残るアーノルド・アンド・サンのNo.326は、小型の1日巻き海洋クロノメーターである。博物館は製作をおよそ1788〜1810年とし、箱内側の「Revd. G. Fisher / 3 (Private)」という記載を記録している。白いエナメル文字盤、フュジーを備える機械、木箱内のジンバル支持を持つ。ジンバルは船の傾きの影響を小さくし時計を水平に近く保つための支持であり、磁気や温度による歩度変化をそれだけで解消するものではない。航海付録は同じアーノルド製No.326をフィッシャーの私物として搭載一覧に記す。博物館の箱の表記と整合するが、記録上の番号と現存品の同定は資料の記述に基づく。610

温度も時計の歩度を変える。金属の複合テンプは温度によるひげゼンマイの変化を補うよう設計されたが、二つの温度で調整しても、その間の温度で残る誤差が問題になった。後の解説には、1842年にエドワード・ジョン・デント名義で公表された中間温度誤差の説明を、フィッシャーがデントに伝えたとする記述がある。ただし、それは後年のシャドウェルの注記を介した帰属であり、1842年の論文自体にフィッシャーの名があるという意味ではない。11

ガラス製ひげゼンマイをめぐる研究についても、動機や役割を一括りにできない。バルストロードとミークの研究は、フィッシャーが局所磁気の問題への対策としてガラスに関心を示した一方、デントの研究では温度と弾性の問題が重視されたと、双方の資料を区別している。ガラスを使えば磁気に関する懸念を避けられるとしても、弾性の経年変化など別の問題は残る。フィッシャーをガラスひげゼンマイの唯一の発明者とする根拠にはならない。12

教育と遺された記録#

1828〜1832年には地中海で海軍付き牧師を務め、天文と磁気の研究を続けた。1834年から1863年までグリニッジ病院学校の校長を務め、天文台を設けた。1825年には王立協会フェローとなり、王立天文学会でも活動した。退任後はラグビーで暮らし、1873年に死去した。1 2 5

国立海事博物館のフィッシャー文書には、1818年のスピッツベルゲンの観測、パリー探検中の海上・越冬地での観測、後年の地中海での記録、学校の書簡などが含まれる。フィッシャーの経歴は、精密時計を作る工房の外でも、観測、航海、教育、記録の蓄積が時計の信頼性を問い直していたことを示している。2 9

年表#

  • 1794年:サンベリーに生まれる。1
  • 1817年:ケンブリッジへ進学。1
  • 1818年:ビューカンの探検に参加し、スピッツベルゲンで観測。1 2
  • 1820年6月:船の鉄とクロノメーターの歩度に関する論文が王立協会で読み上げられる。7
  • 1821〜1823年:パリーの第2航海に天文学者兼牧師として参加。2
  • 1825年:航海の観測を含む付録が刊行され、王立協会フェローに選ばれる。2 6
  • 1828〜1832年:地中海で勤務し観測を続ける。2
  • 1834〜1863年:グリニッジ病院学校の校長を務める。2
  • 1873年:死去。5
  • 20〜21世紀:所蔵時計や文書、磁気に関する議論が博物館と研究者により検討されている。4 9 10

参考文献#

[1] Mike Frost, “The Revd George Fisher (1794–1873) – Arctic Astronomer”, British Astronomical Association, 2022年12月8日。公開本文(2026年11月4日閲覧)。https://britastro.org/journal_contents_ite/the-revd-george-fisher-1794-1873-arctic-astronomer

[2] Royal Museums Greenwich, “Fisher, George, Reverend, Astronomer, 1794–1873”, FIS所蔵目録(2026年11月4日閲覧)。https://www.rmg.co.uk/collections/archive/rmgc-object-491750

[3] Royal Society, George Fisher, 論文原稿目録 PT/14/18、1820年(2026年11月4日閲覧)。https://makingscience.royalsociety.org/items/pt_14_18/paper-on-the-errors-in-longitude-as-determined-by-the-chronometers-at-sea-arising-from-the-action-of-the-iron-in-the-ships-upon-the-chronometers-by-george-fisher

[4] Randall C. Brooks, “Magnetic influence on chronometers, 1798–1834: A case study”, Annals of Science, 44, 1987, pp.245–264、§3.2の公開検索抽出(2026年11月4日閲覧)。https://www.researchgate.net/publication/250892361_Magnetic_influence_on_chronometers_1798-1834_A_case_study

[5] “Fisher, George”, Dictionary of National Biography, 1889、Wikisource版(2026年11月4日閲覧)。https://en.wikisource.org/wiki/Dictionary_of_National_Biography,_1885-1900/Fisher,_George

[6] William Edward Parry, Appendix to Captain Parry’s Journal of a Second Voyage, John Murray, 1825、pp.3–7(2026年11月4日閲覧)。https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/98/Appendix_to_Captain_Parry%E2%80%99s_Journal_of_a_Second_Voyage_for_the_Discovery_of_a_North-West_Passage_from_the_Atlantic_to_the_Pacific%2C_performed_in_His_Majesty%E2%80%99s_Ships_Fury_and_Hecla_%28IA_dli.granth.71367%29.pdf

[7] Royal Society, George ColemanからFisherへの書簡目録 PT/14/19、1820年(2026年11月4日閲覧)。https://makingscience.royalsociety.org/items/pt_14_19/letter-including-tables-to-accompany-on-the-errors-in-longitude-as-determined-by-the-chronometers-at-sea-arising-from-the-action-of-the-iron-in-the-ships-upon-the-chronometers-by-george-coleman-to-george-fisher

[8] William Scoresby, “Observations on the Errors in the Sea-Rates of Chronometers”, Transactions of the Royal Society of Edinburgh, 9, 1823、公開抄録(2026年11月4日閲覧)。https://www.cambridge.org/core/journals/earth-and-environmental-science-transactions-of-royal-society-of-edinburgh/article/abs/xxv-observations-on-the-errors-in-the-searates-of-chronometers-arising-from-the-magnetism-of-their-balances-with-suggestions-for-removing-this-source-of-error/1B941FA2A6725CEBC3346A7961CF52A5

[9] G. W. Roberts, “Magnetism and chronometers: the research of the Reverend George Fisher”, British Journal for the History of Science, 42, 2009, pp.57–72、抄録・参考文献(2026年11月4日閲覧)。https://doi.org/10.1017/S0007087408001209

[10] Royal Museums Greenwich, “326”, ZAA0067、作品目録(2026年11月4日閲覧)。https://www.rmg.co.uk/collections/objects/rmgc-object-79172

[11] “Middle Temperature Error”, Horological Society of New York, pp.10–12(2026年11月4日閲覧)。https://www.hsn161.com/HSN/MTE.pdf

[12] Jenny Bulstrode and Andrew Meek, “Edward John Dent’s glass springs”, 所収研究、pp.5–6(2026年11月4日閲覧)。https://discovery.ucl.ac.uk/id/eprint/10104338/1/Bulstrode%20%26%20Meek%20AH.pdf