ジョージ・マーゲッツ#
ジョージ・マーゲッツ(George Margetts、1748年生、没年は資料間で相違)は、ロンドンで天文時計、航海用クロノメーター、航海計算表を製作した時計師である。時計の文字盤に天体の運動を組み込む一方、同じ運動を図表にして、観測から時刻・緯度・経度を求める作業も簡略化しようとした。作品と著作を併せて見ると、彼の関心は時刻の表示に加え、天文学の計算を人が扱える装置へ移すことにあった。1 2
天文表示の設計者、時計の製作者、現存品を後に改造した時計師は区別する必要がある。Royal Museums Greenwich所蔵のNo.342は、マーゲッツが複雑な文字盤を設計し、トーマス・アーンショウが時計を製作したとされる。一方、マーゲッツ銘の航海用時計には、死後にテンプや文字盤を交換されたものもある。署名や外観だけでは、現在の機構全体を彼の発明に帰すことはできない。3 8
生涯と仕事の広がり#
ウッドストックからロンドンへ#
後世の伝記は、出生地をオックスフォードシャーのウッドストックとし、初期の修業を車輪製作の仕事に結び付けている。Andrew Hildrethの調査では、兄のもとで車輪職人として修業した後、ロンドンで時計製作を学び、1779年にClockmakers’ Companyの自由会員となり、1799年にリヴァリー会員に選ばれた。車輪製作と時計製作は異なる職業だが、回転機構を組み立てる技能が彼の出発点だったという伝記像である。9
公刊された本人の著作からは、数学を学んだ学校の名前より、成熟した計算技術と説明の姿勢を具体的に追える。1790年の『Horary Tables』では、天体の高度、赤緯、時角の関係を図から読み取る方法を説明し、月の視差、大気差、航路計算まで扱っている。学歴の推定で数学的能力を説明するより、実際に彼が設計した計算道具を見ることが重要である。2
工房、商業、協力者#
1770年代末には天文表示付きの時計が現れる。No.1として紹介される現存品の内外ケースには1778年の刻印があり、金製ケースとエナメル装飾を備える。番号が1だから全作品の最初の一台とは限らないが、比較的早い時期に天文表示を商品としてまとめていたことを示す作品である。7
1788年の破産は、時計製作と航海計算表の事業を考えるうえでの転機である。Hildrethは1788年12月29日の『Morning Chronicle』による報道を紹介している。その後の著作活動を、単なる余技ではなく、時計製造とは別の形で航海に関わる仕事として見ることができる。ただし、破産によって初めて数学に関心を持ったとまではいえない。9
『Horary Tables』のタイトルページは、ロンドンの21 King Street, Cheapsideと、ハルの34 High Streetを販売先として掲げる。後者の記載は港町に販路があったことを示すが、同所に恒常的な製造工房があったことまで証明するものではない。また、公開スキャンの所蔵印にはEast India Company LibraryとIndia Officeがある。これらは資料の来歴を示す印であり、それだけから特定の船で実用されたと推定することはできない。2
共同制作を具体的に示すのがアーンショウとの関係である。No.342はマーゲッツの天文表示設計と、アーンショウのスプリング・デテント脱進機を備える時計製作とを組み合わせた作品である。初期の刻印と製造番号には、アーンショウの特許を支援したThomas Wrightへの手数料支払いを示す意味もあったと所蔵館は説明する。マーゲッツの仕事を孤立した個人の発明史として扱うと、この設計・製造・権利の分業が見えなくなる。3
GouldはMargetts and Hatton銘のクロノメーターを実見した経験も記している。その時計ではデテントばねが折れていたにもかかわらず、別の接触状態で動き続けていた。これは正常な精度の証拠ではなく、故障した機構を観察した記録である。共同銘の存在と、後世の修理・使用を含む作品の履歴を示す。1
顧客と晩年#
個人名まで明確な顧客は、英国海軍のCaptain Sir Thomas Williamsである。Science Museum Groupには彼のために作られた8日巻の船用クロノメーターがあり、鍵、写真、書簡も同じ資料群に属する。天文時計の購入者をすべて航海者とみなすことはできないが、実用的な航海時計の発注者がいたことは、所蔵品の記録から確認できる。5
没年は確定しにくい。Gouldの1923年の専門書は1748–1804年と記し、Science Museum Groupの人物索引は1748–1808年とする。1954年のD. H. Sadlerの短報は、Gouldを引用して1804年説を伝えるため、独立した死亡記録には数えられない。病気と療養についても後世の伝記があるが、現代の医学的診断名を付けて機械設計の特質を説明することは適切ではない。1 6 11
天文表示を時計に組み込む#
平均太陽時と恒星時#
通常の時計が示す平均太陽時と、恒星を基準にした恒星時は、同じ速さでは進まない。地球は自転と同時に太陽の周囲を公転するため、恒星に対して一回転した後も、太陽が同じ方向に戻るまで少し余分に回る必要がある。恒星時表示は天体の時角を知る道具となり、平均太陽時は日常の時刻や航海計算に使える。1
Gouldが記述したマーゲッツの方式では、時・分・秒の各文字盤の中心に小さな目盛環を置き、その環をゆっくり逆向きに回転させる。同じ針を、固定された外側の目盛では平均太陽時、移動する内側の目盛では恒星時として読む。速さの異なる二組の針を増やす代わりに、読む基準を動かす設計である。1
歯車列が時間の比を表すという原理は、現代の記号では次のように整理できる。駆動側と従動側の歯数をそれぞれ (Z_{d,i})、(Z_{f,i}) とすると、複数段の回転速度比の大きさは
\[ r=\prod_i\frac{Z_{d,i}}{Z_{f,i}} \]となる。目標の速度比に近い有理数を、実際に切削できる歯数の組合せで実現する問題である。この式は機構を説明するための一般的なモデルで、マーゲッツの特定の時計の全歯数を復元したものではない。大歯数の車を少数使えば段数を減らせる一方、歯の割出し、歯形、芯合わせ、支持剛性が難しくなる。多数の段に分ければ歯数を扱いやすくできるが、接触部と軸受が増える。1
Gouldはマーゲッツの恒星時変換列に487歯の車が含まれ、理想的な歯車比に由来する差を年約1.5秒と評価した。これはその列に関する歴史的計算値であり、時計全体が一年に1.5秒しか狂わないという意味ではない。実際の時計には脱進機、温度、姿勢、潤滑、巻き上げ力の変化による歩度誤差がある。数学的な表示比の精度と、時間を保つ性能は別々に評価すべきである。1
天球、月、潮汐#
No.342では、ロンドンの緯度に対応する平面星図の中央に時刻表示があり、星空の運動が文字盤上で進む。ここで重要なのは観測地点である。ある緯度の地平線と星空の関係を描いた表示は、他の緯度へ移動したとき、その土地の空をそのまま示す万能図にはならない。3
Science Museum Group所蔵No.3043の説明は、月相、黄道上の太陽位置、地平線上に見える星座、英国の港の潮汐、日月食の予測を挙げる。この時計を「月相付き時計」とだけ呼ぶと、複数の天文周期を一つの面へ結び付けた設計の幅が失われる。ただし同館の製作年代は1750–1810年という広い範囲で、そこから正確な製作年を選ぶことはできない。4
1778年刻印のNo.1のカタログは、潮汐を読む港としてPortsmouth、London、Hull、Yarmouth、Dover、Downs、Plymouth、Dublinを記す。イングランドとアイルランドの港・停泊地が含まれる。黄道、太陽の赤緯、月齢、地平線と薄明域も表示される。金の外ケースには天文学の女神ウラニアの単色画と色エナメル装飾があり、科学的関心と高価な装飾品としての性格を併せ持つ。7
潮汐表示の読み方には物理的な限界がある。月と太陽の周期に合わせて港ごとの基準を表示しても、風、気圧、海岸形状、水深による実際の潮位変化を逐次取り込むものではない。同様に、食の条件を示す天文表示と、ある地点で観測できる食の正確な時刻・継続時間を求める計算は同一ではない。文字盤に何が記されているかと、観測を代替する能力を分けて理解する必要がある。1 4
精密表示と航海時計の違い#
Gouldは複雑な天文時計を、機械式の『Nautical Almanac』を作ろうとする試みとして論じた。その批判の核心は、表示の種類が多いこと自体ではない。航海で使うなら時計の進み・遅れを補正しなければならず、表示機構の負荷も増えるため、暦や表を引く作業に比べて必ずしも有利にならない、という点だった。1
天文表示の歯車比が正確でも、基準になる時計がずれれば表示全体がずれる。長い歯車列では摩擦、遊び、軸受の状態が操作力や表示に影響する。Gouldがある大型作品で指摘した補償緩急針の問題は、緩急針が動くとひげぜんまいをわずかに変形させる構成だったことである。温度を補正する装置が、別の誤差源も作り得ることを示す個別例である。1
一方、彼の天文時計すべてに同じ脱進機が入っていたわけではない。Gouldの記述にはシリンダー脱進機の作品があり、No.342にはアーンショウのスプリング・デテントがある。天文表示を載せたという共通点から、精度、補償方式、製作者まで一括して評価することはできない。1 3
脱進機、材料、音楽時計#
マッジの機構をどう変えたか#
Gouldによれば、Thomas Mudgeが作ったレバー脱進機の模型はCount Brühlを介してロンドンの時計師に示され、Josiah Emeryとマーゲッツが高級時計などへ採用した。マーゲッツの改変は「クランク・ローラー」と呼ばれる。テンプから短い腕を突出させ、その腕の一本のピンがレバーのフォークに作用し、解放と衝撃伝達を担う構成である。1
ここでの役割は、レバー脱進機そのものの発明ではなく、既存方式の連結部を変えることだった。またGouldは、Emeryが一部の時計でピンを宝石軸受に載せ、回転する接触を使ったことも区別している。接触部の形、滑り、回転、ロックの安定性は別の設計変数であり、複数の時計師の工夫を「マーゲッツの発明」の一語にまとめるべきではない。1
回転する瑪瑙の受石#
マーゲッツの一部のクロノメーターでは、テンプの下側ピボットを受ける石を固定せず、別の輪列で回転させた。Gouldは直径約1インチの平らな瑪瑙円盤が6時間に一回転する例を記す。目的は主として、ピボットと受石の接触で生じる摩耗を広い面へ分散することだった。Science Museum GroupのWilliams用8日巻にも、下側受石の回転円盤の材料として瑪瑙が登録されている。1 5
この構成は「摩擦をなくす」ものではない。受石を動かすための歯車と軸受が必要になり、接触位置が移動しても荷重と潤滑の問題は残る。材料と機構を一緒に変えて摩耗に対処した例として理解できる。Gouldが記した回転周期を、所蔵館の短い記録しかない全作品へ一律に適用することもできない。1
音と自動人形#
Fitzwilliam Museum所蔵M/P.36-1913は、マーゲッツ銘を持つ音楽付き大型時計である。所蔵館の構造記述では、音楽が鳴ると裏側の水車が回り、鎖で運ばれる五隻の小船が順番に現れる。時刻用の機構だけでなく、ピン付きドラム、ハンマー、ベル、情景の運動を連動させた作品である。10
この時計は、音のプログラムをピンの配置として蓄え、回転運動を打撃と情景の運動へ変換する。ベルの材質や形状は音色に関わるが、所蔵館の記述だけから固有振動数や調律音高を復元することはできない。ベルにはAndrew Traecherの銘もあるため、現在の音響部品をすべてマーゲッツ自身の加工とみなす根拠もない。天文計算とは異なる分野でも、時計の回転運動を別の情報表現に変える仕事が見られる。10
『Horary Tables』と航海計算#
何を簡単にしようとしたか#
1790年の『Horary Tables』は、天体の日周運動を利用して、時刻、高度、方位角、船の緯度を求めるための図表である。本人は序文で、航海暦と自分の『Longitude Tables』を組み合わせれば、月距法にもクロノメーターによる方法にも役立つと述べる。これは当事者の用途説明であり、すべての海況や使用者について実証された性能保証ではない。2
序文で目立つのは、人間の作業の改善である。長い数値計算は誤りを招きやすいため、値を図上に刻み、銅版で印刷して誤植を避ける。月と太陽・星の角距離を測り、時計で観測時刻を押さえたうえで、天体の高度を表から得ることで、複数人で行う観測を一人で扱いやすくする。計算表は機械時計とは異なり、作業手順を簡単にする装置だった。2
本人はさらに、厳密な計算より経度を正確に求めると主張しているわけではない、と明記する。観測装置で識別しにくい小さな差を追うより、多くの観測を速く処理できる利点を重視したのである。この留保は、後世に彼の表を「完全に正確な計算の代替」と評価することを防ぐ。2
図表の数学と補正#
『Horary Tables』の説明では、緯度ごとに版を設け、横方向に赤緯、縦方向に時角をとり、斜めの曲線で高度を読む。度と分、時と分を同じ図へ関連付けるため、目盛の間隔や補間の読み方まで指定している。現代の球面天文学の記号で関係を示すと、
\[ \sin h=\sin\varphi\sin\delta+\cos\varphi\cos\delta\cos H \]である。(h) は地平線から測った幾何学的高度、(\varphi) は観測地の緯度、(\delta) は天体の赤緯、(H) は地方時角で、角度の単位を統一して用いる。これは原著の目盛の関係を説明するための現代的表記であり、本人がこの形の式を印刷したという意味ではない。大気差や月の視差はこの単純な幾何学式の外で補正する。2
原著の月高度補正表は、月の水平視差と観測高度を使い、視差と大気差の効果を同時に読む設計である。星の大気差用の表、太陽への適用、航路・航程と緯度差・東西方向の移動を扱うトラバース表、十進法の比例計算用の表も説明される。単なる星の位置一覧ではなく、観測値を計算に使える値へ直す工程をまとめたものだった。2
図式計算の歴史的位置#
フランスの数学史研究者Dominique Tournèsは、1790年の『Horary Tables』と『Longitude Tables』を、後のノモグラフィに先行する図式計算の例として挙げる。同時に、古代・中世の天文器具などにも先行例があることを示し、個々の巧妙な図表の集合と、一般理論を備えた学問分野の成立を区別する。マーゲッツを「図式計算の唯一の発明者」と呼ぶ根拠はないが、航海の具体的な問題に図表を適用した重要な実例といえる。12
作品の履歴と後世の評価#
| 資料・作品 | 確認できる内容 | 評価上の注意 |
|---|---|---|
| 天文時計No.1、1778年刻印 | シリンダー脱進機、天文・潮汐表示、金とエナメルのケース。7 | ケース刻印は年代の手がかりであり、番号1だけでは最初の試作を意味しない。 |
| No.342、RMG ZBA1219、1783年 | マーゲッツの天文表示設計、アーンショウによる製作とスプリング・デテント。3 | 設計者と製作者を区別する。ZBA1219は所蔵番号である。 |
| 天文時計No.3043、SMG 1963-165 | 月相、黄道、星座、港の潮汐、食の表示。4 | 製作年代の登録は1750–1810年で、年単位の確定はできない。 |
| Williams用8日巻、SMG 1920-568 | 発注者、8日巻、瑪瑙の回転受石、関連書簡。5 | 登録年代1790–1808年は幅があり、書簡本文の内容とは区別する。 |
| 音楽時計、Fitzwilliam M/P.36-1913 | 音楽、水車、五隻の船の自動情景、シリンダー脱進機。10 | ベルの別銘を含む、現在の構成の記録である。 |
| 航海時計No.101、約1798年とされる | 後の文字盤にMorris Tobiasによる修正、John Huttonによる1858年のテンプ・ばね交換を記す。8 | 現在の補償テンプを製作当初の仕様に戻して論じない。 |
Gouldの評価は厳しい。彼は天文表示の巧妙さを認めながら、仕上げや航海上の有用性を批判した。一方、その評価を工房の全作品に対する不変の結論とすることはできない。時計の種類、実見した個体、観察時の保存状態、研究者が重視する目的によって評価は変わる。1
George Danielsは1970年にRoyal Institutionの天文時計を詳しく論じ、A. J. Turnerは1971年に伝記研究を発表した。Hildrethの2021年の調査は、Danielsの資料とHenry Danielsとの書簡を使い、平均太陽時と恒星時の比を歯車で実現する問題がSpace Travellerの設計へつながったと論じる。これは作品研究を介した影響の例であり、現代のすべての天文時計に直接の技術系譜を認めるものではない。9 13
研究は現在も続く。Antiquarian Horological Societyの刊行索引には、2025年12月号のPatrick Woodwardによる「Restoration of George Margetts No.1219」が載る。題名から修復結果や全機構を推定することはできず、時計番号1219をRMGの所蔵番号ZBA1219と同一視してはいけない。それでも、現存品の調査と修復が新しい研究課題になっていることを示す。13
マーゲッツの現代的な意義は、星図付きの外観だけにない。異なる天文周期を歯車比に変換すること、観測の補正を読みやすい図表へ移すこと、機械の表示能力と測定精度を区別することが、作品と著作を通じて具体的に検討できる。彼の天文時計は、航海時計の成功・失敗という一つの尺度だけでは捉えきれない、数学、精密機構、装飾、使用者の作業を結ぶ資料である。1 2 12
年表#
| 年・時期 | 出来事 | 史料上の位置付け |
|---|---|---|
| 1748年 | ウッドストックで出生とされる。 | 後世の伝記による。9 |
| 1760–1770年代 | 車輪職人としての修業を経て、ロンドンで時計製作を学んだとされる。 | 正確な修業年月を推定で補わない。9 |
| 1778年 | 天文時計No.1の内外ケースの刻印年。 | 現存作品のカタログによる。7 |
| 1779年 | Clockmakers’ Company自由会員となる。 | 後世の調査による。9 |
| 1783年 | No.342の所蔵館登録年代。 | 天文表示の設計者と時計製作者を区別。3 |
| 1788年12月 | 破産報道が紹介される。 | Hildrethが同時代新聞を参照。9 |
| 1790年 | 『Horary Tables』と『Longitude Tables』を刊行。 | 本人の著作と図式計算史の研究。2 12 |
| 1790–1808年 | Williams用8日巻の製作年代範囲。 | 所蔵館の年代幅であり、1808年まで本人が活動した証明ではない。5 |
| 1799年 | Clockmakers’ Companyリヴァリー会員に選ばれたとされる。 | 後世の調査による。9 |
| 1804年/1808年 | 没年の異なる記載。 | Gouldは1804年、SMG人物索引は1808年。1 11 |
| 1858年 | No.101のテンプ・ばね交換を記す銘。 | 現存状態が製作当初のままでない例。8 |
| 1923年 | Gouldが技術と作品を論じる専門書を刊行。 | 恒星時変換、脱進機、回転受石を記述。1 |
| 1953–1954年 | Sadlerが表と人物について報告。 | 1954年の人物短報はGouldに依拠。6 |
| 1970年3月 | Danielsの天文時計研究が刊行。 | AHS索引の書誌記録。13 |
| 1971年9月 | Turnerの「New Light on George Margetts」が刊行。 | AHS索引の書誌記録。13 |
| 1998年 | No.342をRoyal Museums Greenwichが取得。 | 所蔵館の来歴。3 |
| 2011年 | Tournèsが図式計算史の中で1790年の表を位置付ける。 | フランス語の数学史研究。12 |
| 2021年9月 | HildrethがDanielsへの影響を論じる。 | アーカイブを使った後世の研究。9 |
| 2025年12月 | No.1219の修復論文が刊行。 | AHS索引による。13 |
参考文献#
以下のオンライン資料の閲覧日は2026年10月7日。歴史資料の発行年と、ウェブへの掲載・更新年は区別する。
- Rupert T. Gould, The Marine Chronometer: Its History and Development, J. D. Potter, 1923, pp.150、225–228、232および関連箇所。原著公開スキャン。
- George Margetts, Margetts’s Horary Tables, for Shewing by Inspection the Apparent Diurnal Motion of the Sun, Moon and Stars…, 1790。タイトルページ、序文および使用説明pp.iii–v。Google Books公開スキャン。
- Royal Museums Greenwich, Astronomical chronometer, ZBA1219、時計No.342、登録年代1783年。所蔵品解説。
- Science Museum Group, Astronomical watch by George Margetts, 1750–1810, 1963-165、No.3043。所蔵品解説。
- Science Museum Group, Eight-day ship’s chronometer by George Margetts, 1920-568および関連部品。所蔵品解説。
- D. H. Sadler, “George Margetts”, Journal of Navigation, 7, 1954, p.204。Gouldを紹介する短報。
- Sotheby’s, Masterworks of Time: George Daniels, Visionary, lot 67, “George Margetts…1778, No.1”, EveryWatchによるカタログ転載。現存品の記述とケース刻印。転載を独立した別調査とは数えない。
- Dreweatts, “A Fine and Very Rare George III Eight-day Marine Chronometer, George Margetts, London, No.101 circa 1798”, Barnebys転載。現存品の銘、後の修正、1858年の交換記録。
- Andrew Hildreth, “George Margetts – the unknown watchmaker who inspired George Daniels”, A COLLECTED MAN, 2021年9月。Guildhall LibraryのDaniels資料を用いた調査。伝記と後世への影響。
- Fitzwilliam Museum, Coach watch: M/P.36-1913, 2015年登録、2018年更新。構造、銘、材料の所蔵品記録。
- Science Museum Group, 人物索引のGeorge Margetts(1748–1808)。没年表記の比較に使用。
- Dominique Tournès, “Une discipline à la croisée de savoirs et d’intérêts multiples : la nomographie”, Circulation, Transmission, Héritage, IREM de Basse-Normandie, 2011, pp.415–445、特にpp.435–436。
- Antiquarian Horological Society, List of articles。George Daniels, “The Astronomical Watch by George Margetts”, 6/6, 1970年3月, pp.350–358;A. J. Turner, “New Light on George Margetts”, 7/4, 1971年9月, pp.304–316;Patrick Woodward, “Restoration of George Margetts No.1219”, 46/4, 2025年12月, p.523以降。刊行書誌の確認に使用。