ジェームズ・マッケンジー・ブロクサム#
ジェームズ・マッケンジー・ブロクサム(James Mackenzie Bloxam、1857年没)は、法律家として活動する一方、時刻の観測と振り子時計の機構を研究した人物である。太陽の像を使って時刻を確かめるディプレイドスコープと、時計の輪列から振り子への力の伝わり方を改良する重力脱進機に、その仕事が残る。前者は時計を外部の天体と比較する器械、後者は時計内部で振り子の運動を維持する仕組みであり、異なる問題を扱っている。1 2 3
法律家と時刻の研究#
1843年のロンドン職業名簿は、James Mackenzie Bloxamを法廷弁護士としてChancery Lane 41番地に載せる。イプスウィッチ・アンド・ディストリクト天文学会の解説はデンビーシャー出身、1857年没とするが、生年を約1814年と推定している。3 4
19世紀の時計は日々の運転で時刻がずれるため、精密な時計であっても天体の運動と比較する必要があった。ブロクサムの研究は、観測者が基準を得る方法と、その基準を保持する時計の両側に向けられていた。1 5
デントとの光学器械#
時計師エドワード・ジョン・デントは、1845年の説明書の後書きで器械の成立を語っている。デントは1840年に影を使う時刻観測法を考え、ブロクサムに話した。ブロクサムは同じ目的を数年研究し、一回反射した像と二回反射した像を使う器械をすでに考案していた。デントはその方式を評価し、製造を引き受けた。説明書によれば、ブロクサムが約2年取り組み、デントも労力と費用をかけた。デントの費用でブロクサム名義の特許を取得し、その権利をデントに移した。これは製造者本人の説明であり、特許原本そのものではない。1
完成品はディプレイドスコープとして販売された。透明な前面ガラスと二枚の鏡を組み合わせ、前面で一度反射した光と、二枚の鏡で続けて反射した光を観測する。器械を子午線に合わせて固定すると、一度反射した太陽像と二度反射した像が近づき、子午線通過時に重なって、再び離れる。観測者は像の接触、一致、離脱を時計で記録する。観測で得られるのはその土地の視太陽時で、時計の平均太陽時と比べるには季節によって変わる均時差を考慮する。設置の傾きや方向が不正確なら、像が重なった瞬間も正しい基準にはならない。1
デントは観測時に太陽像を紙に映す練習も説明した。太陽を直接、あるいは望遠鏡で見ることは危険である。19世紀の説明書にある遮光方法を現代の安全性の保証として扱うことはできない。1
重力脱進機と実物の時計#
振り子時計では、振り子の往復を数えながら、摩擦で失われるエネルギーを補わなければならない。輪列が直接振り子を押す方式では、歯車の摩擦や駆動力の変化が伝わることが問題になる。重力脱進機では輪列が重力腕を持ち上げ、振り子がその腕を解放し、落下する腕が振り子に力を与える。輪列の力を一定の重力の作用に置き換えて、変動の影響を抑える考え方である。ただし、停止と解放の摩擦や部品の衝撃まで消えるわけではない。2 6
ロンドンの科学博物館が所蔵するブロクサムの精密振り子時計(1879-32)は、1845〜1855年の作とされる。二本の重力腕は同じ軸上で別々に回転し、内側の9歯ピニオンが腕を持ち上げ、外側の9歯の車が停止を担う。腕の突起は振り子と接する。振り子には鋼棒と水銀入り容器を用いた温度補償があり、温度による有効長の変化を抑えようとした。2
天文学者ノーマン・ロッキャーの説明では、振り子が一方の腕を動かして車を解放すると、輪列は反対側の腕を次の解放直前まで持ち上げる。解放された腕は戻る振り子に自重で力を与え、左右でこの動作を繰り返す。小歯車で腕を徐々に持ち上げる構成は、腕が強く跳ね上がって停止歯を通り過ぎる危険を減らす工夫だった。5
同時代のエドマンド・ベケット・デニソン(後のグリムソープ卿)は、ブロクサムの時計はよく動いたと認めながら、非常に精密な輪列を必要とし、腕が過度に持ち上がった場合に歯が通過する危険があると論じた。ウェストミンスターの大時計への採用を求めなかった理由としても、繊細さや歯の破損の懸念を挙げる。博物館はブロクサムの機構を、その後大時計に使われたグリムソープの重力脱進機の直接の先行例と位置付けるが、両者を同じ設計と考えることはできない。2 6
年表と残された仕事#
- 1840年:デントの説明によれば、二人は子午線通過を利用した時刻観測の考案を話し合った。1
- 1843年:ディプレイドスコープの特許と販売が始まったと天文学会の解説は記す。同年の職業名簿に法廷弁護士として掲載された。3 4
- 1850年前後:科学博物館は所蔵時計の重力脱進機の発明をこの頃に置く。2
- 1853年:デニソンは、ブロクサムが自分の時計で数年間使った機構を王立天文学会に説明したと記す。6
- 1857年:死去。翌1858年には天文学会誌に遺稿が掲載された。3 7
現存する時計と同時代の説明は、ブロクサムの仕事を実際の器械と動作の両方からたどる手掛かりとなる。観測の道具は天体から時刻を読み取り、脱進機は振り子の規則性を保つ。二つの仕事を通して、時刻の精度が単一の発明ではなく、比較と維持の積み重ねに依存することが見えてくる。
参考文献#
1. Edward J. Dent, A Description of the Dipleidoscope, 4th ed., 1845, pp. 6–19. Wellcome Collection。
2. Science Museum Group, Regulator clock with gravity escapement, object 1879-32。
3. Orwell Astronomical Society, OASI: dipleidoscopes。
4. Post Office London Directory, 1843, Bloxam entry。
5. J. Norman Lockyer, Stargazing: Past and Present, pp. 201–203, Project Gutenberg。
6. Edmund Beckett Denison, Clocks and Locks, 2nd ed., 1857, pp. 44–48, National Library of Scotland。
7. G. B. Airy, “Addition to a Paper … By James Mackenzie Bloxam,” Monthly Notices of the Royal Astronomical Society, vol. 18, pp. 265–270 (1858), 書誌。