ジョン・クロスウェイト:ダブリンの時計師と振子の実験

ジョン・クロスウェイト:ダブリンの時計師と振子の実験

ジョン・クロスウェイト(John Crosthwaite。Crossthwaiteとも表記)は、18世紀後半から19世紀初頭のダブリンで活動した時計師である。天文台に時計を供給しただけでなく、温度変化を打ち消す振子、宝石で支える振子、ガンギ車から振子へ直接力を伝える構造を実作し、その説明を王立アイルランド・アカデミーの論集に残した。彼の仕事を見ると、精密時計の歩度を左右する問題が、脱進機だけでなく、材料の膨張、支点、建物の振動、力を伝える位置にまで及んでいたことが分かる。1

人物とダブリンの工房#

当時の論文の表題は、本人を「ダブリンの携帯時計・大型時計製作者」としている。姓の綴りは論文と後世の所蔵目録ではCrosthwaite、アーマー天文台の現在の紹介ではCrossthwaiteであり、同館の時計を指す文脈では同じ時計師を扱う。12

地域史の紹介は1745年にキルデア県アシー周辺に生まれ、若くしてダブリンへ移り、時計製作の徒弟修業をしたと伝える。1770年代にはデイム・ストリート、続いてグラフトン・ストリート27番地で仕事をし、後年には息子やホッジズとの共同経営へ移ったとされる。ただし、これらは後世の地域史・系譜研究による経歴であり、天文台時計の製作記録と同じ種類の資料ではない。34

1783年のWatson名鑑の公開転記は、John Crosthwaiteを時計師としてグラフトン・ストリート27番に記載する。1804年のWilson名鑑の公開転記には、Crosthwaite and Hodgesという商号と、時計製作者、同通り26番という住所が現れる。転記による確認であり、提携が始まった年そのものを示す記録ではないが、異なる時期の営業名と場所を具体的に追える。910

工房の仕事は天文台時計だけに限らない。Crosthwaite銘の卓上時計の現物記録があり、Crosthwaite & Hodges銘の懐中時計も博物館に残る。個人の実験、工房で販売した時計、共同経営期の製品を区別して見る必要がある。署名は製品の帰属を知る手掛かりになる一方、すべての部品を同じ人物が製作したことまで証明するものではない。56

1788年の三つの振子#

『三つの振子の説明』は1788年刊の論集第2巻、7〜11頁に掲載されている。冒頭には1787年11月1日に読まれたことが記されており、発表と刊行の年を区別できる。論文の三例は、一つの時計へすべてを搭載した設計図ではなく、それぞれ異なる問題に取り組んだ構造の説明である。1

同じ材料を上下に伸ばして補償する#

第一例は、同じ一本の鋼材から、同時に同じ硬さに仕上げた二本の棒を用いる。一本は振子の棒となり、もう一本はその上端を吊る支持部を持つ。支持する棒が上へ伸びる分だけ吊点が上がり、振子棒が下へ伸びる効果を打ち消すことを狙う。壁に据えた大理石と鋼製金具で支え、支持棒は案内金具の間を上へ動ける構造にした。1

振子の錘は24ポンドと記される。吊りには短い鋼の薄ばねを使い、時計機構そのものとは別に支持する。論文は当該振子が18年間動いてきたと述べ、最初の10年間は間仕切り壁と頻繁に閉まる玄関扉、その後8年間は街路に近い外壁という、振動の影響を受けやすい環境を説明している。これは長期使用についての製作者側の報告であり、比較試験による日差の保証値とは異なる。1

彼が重視したのは、膨張量の計算だけではなかった。異なる材料は温度変化への反応が揃わず、補償する側の動きが遅れる、と論じている。その対策として同じ材料・同様の加工条件と、空気への同じ曝露条件を求めた。温度が一定になった後の釣合いだけでなく、温度が変わっている途中の挙動まで問題にした点に、この説明の特徴がある。ただし、異種材料の補償が常に不適切だという一般的証明として読むべきではない。1

ダイヤモンド面に鋼の先端を置く#

第二例の錘は、真鍮の殻に鉛を鋳込んだ直径7インチのものだった。旋盤加工と各姿勢での釣合い調整によって、重心を振子棒の軸に合わせる。棒の材料は木材のred dealで、焼き乾燥、亜麻仁油での煮沸、ニス仕上げという処理を記す。この例では、木材の加工と支持部の宝石の組合せが具体的に示されている。1

上端に取り付ける硬い鋼片は円錐状の先端へ仕上げ、水平に調整した大きなダイヤモンドの面で振子全体を支える。ダイヤモンドを備えた台には三本の調整ねじがあり、さらに大理石を介して壁へ固定する。時計の枠とは独立した支持にすることで、支点を安定させる構成である。論文が説明する接触は円錐先端と面であり、後世の資料で使われる「ナイフエッジ」という呼び方とは区別が必要になる。1

駆動力は、よく研磨した鋼の円筒と二つのサファイア片を通じて伝える。サファイア片をねじで調整し、余分ながたを抑えて、棒の軸に対する力の位置を整える。宝石は装飾ではなく、力を受ける接触部の材料として使われている。1

論文は、機構を接続する前に振子が27時間振れ続けたとも述べる。これは自由に減衰する振動の継続時間についての報告であり、時計として27時間無調整で正確だったという意味ではない。振幅、開始条件、比較する時計の日差を伴う成績表ではないため、この数字だけから精度順位や摩擦係数を導けない。1

ガンギ車から棒へ直接力を伝える#

第三例では、振子棒の中心軸より深い切欠きの中に二つのパレットを置き、歯の代わりに硬く引いた真鍮線のピンを備えるガンギ車から力を与える。ガンギ車と振子の間で力を伝える別の部材を省き、振子棒の中心線に力を加えることが狙いだった。1

実作で使った真鍮ピンと、より理想的な試験の条件として挙げた鋼ピン・ルビーまたはサファイアのパレットとは区別される。本人は支点の不動性と駆動力の均一さも求めており、宝石の使用だけで理想的な等時性が達成されるとは述べていない。1

同じ原理の時計がイングランドにあると聞いて実見したことも記す。その時計では力を棒の外側へ与えていたため不利だった、というのが彼の評価である。相手の製作者名や独立した比較実験は示されていないので、この叙述を発明の世界初の証明にはできない。末尾の脚注には、振子の振動面をガンギ車の面と直角にした別の簡単な時計も製作し、大型時計への利点を見込んだとある。1

ダンシンクからアーマーへ渡った時計#

ダンシンク天文台は、ロンドンのジョン・アーノルドの時計と、ダブリンのクロスウェイトの時計を用いた。アーマーに残るクロスウェイト時計は約1785年の製作とされ、ヘンリー・アッシャーのための器械に遡る。アーマーの現在の紹介も、ダンシンク旧蔵の平均時時計を1790年代に購入したと説明する。278

Gunnによる現物解説では、8日巻、六本柱のムーブメント、四つの車を使う輪列、鋼製ガンギ車、宝石を使ったデッドビート脱進機と、巻上げ中も動力を保つ装置を備える。マホガニーの長いケースに収められ、文字盤は通常の時針と分針を同心に置く。これらは特定の現存時計の記述であり、1788年論文の直接駆動型をそのまま搭載したと解釈してはならない。7

アイルランドの歴史科学器械台帳では、この時計にARM017という番号を与える。台帳が引用するBennettの研究によれば、ハミルトンは1794年6月以降の滞在中にこれを設置し、購入額は40ギニーだった。同年10月には新しい吊りばねとガラス振子を取り付けたと記録する。現在の時計の支持具にも後年のものが含まれるため、製作時・1794年の変更・現存状態の三つを分けて理解する必要がある。78

同台帳は原構造をダイヤモンド支持・ガラス振子とする記述を収める一方、Gunnはアッシャーの説明として、ガラス棒、真鍮の錘、合金化した金の吊りばねを紹介している。これらを1788年論文の木製棒・円錐支持と一つにまとめることはできない。複数の構成と改造履歴が伝わる時計であり、各資料の説明がどの段階を示すかが重要になる。178

平均時とは、季節によって長さが変化する実際の太陽日を平均した時間尺度である。天文台は星の観測に使う恒星時の時計と併せ、用途に応じた基準時刻を必要とした。クロスウェイト時計の位置付けは、単に「天文台にあった古時計」ではなく、異なる時間尺度を使い分ける観測環境を支えた時計として捉えられる。2

修理記録を読む際の年代の注意#

大学史『The Book of Trinity College, Dublin, 1591–1891』の天文台史には、1793年に二台の時計をクロスウェイトへ修理に出し、1800年以降も返却を促したという経緯が記される。1815〜1816年にも一台が修理中だったという。同書の著者は大学の記録に基づくと述べるが、これは19世紀末の叙述であり、修理依頼書そのものではない。11

一方、Gunnはアーマー時計の前史を、アーノルド時計の修理中に供給された代替時計として説明する。この説明に含まれる修理・返却・引退の順序と、大学史の1793年以降の長期修理を、同一の出来事として一続きにすることはできない。アーマー時計の来歴と、ダンシンクに残る修理の話を区別することで、資料が示す以上の年譜を作らずに両方の記録を読むことができる。711

現存する携帯時計と卓上時計#

ミラノのレオナルド・ダ・ヴィンチ国立科学技術博物館にあるIGB-3447は、Crosthwaite & Hodges, Dublin銘、番号3199の懐中時計である。博物館は1800年より後、1810年より前と年代を示す。銀、真鍮、ガラス、鋼を用い、直径約51mm、厚さ約18mm、重さ約106g。白い琺瑯文字盤、鎖引きフュジー、ラックレバー脱進機、ダイヤモンドの受け石を備えると記録する。5

この時計は共同銘の製品であり、振子論文の構造とは別系統である。また「Patent」という銘文があるものの、その文字だけでは特許の権利者、番号、対象機構を特定できない。時計の現物記述と、特許により何が保護されたかは別の根拠を必要とする。5

Christie’sが約1800年作として記載したCrosthwaite銘の卓上時計には、マホガニーと象嵌のケース、時打ち機構、引き紐式の反復・目覚まし機能が記載される。高さは56cmで、1966年にニューヨークのArthur S. Vernayから購入された来歴を付す。これは天文観測時計とは異なる、室内用の時計の仕事を示す現物記録である。6

年表#

年代出来事と資料の性格
1745年地域史・系譜研究がアシー周辺での出生を伝える。34
1770年代デイム・ストリートからグラフトン・ストリートでの営業へ移ったと伝えられる。34
1783年Watson名鑑の公開転記でグラフトン・ストリート27番の時計師として確認できる。9
約1785年アッシャーのための天文台時計を製作したと現物研究が年代を与える。78
1787年11月1日三つの振子を扱う説明がアカデミーで読まれる。1
1788年その説明が論集第2巻7〜11頁に刊行される。1
1794年クロスウェイト時計がアーマーへ設置され、10月には吊りばねとガラス振子に変更が加えられたと台帳が記録する。8
約1800年Crosthwaite銘の卓上時計に与えられた年代。6
1804年Wilson名鑑の公開転記にCrosthwaite and Hodges、同通り26番とある。10
1800〜1810年の間ミラノ所蔵Crosthwaite & Hodges銘懐中時計の推定製作年代。5
1829年地域史・系譜研究が死去を伝える。34
1956年ミラノの懐中時計がBruno Parisiから収蔵される。5
1996年Gunnが天文台時計の機構・来歴・改造をまとめて報告する。7
現在アーマー天文台が歴史時計群の一つとして紹介し、ミラノの博物館が共同銘時計の台帳を公開している。25

時計史での位置#

クロスウェイトの仕事の特徴は、精密な歩度を得るための問題を、壁と支持具から、振子の材料、宝石の接触、駆動点の位置まで連続して考えたことにある。1788年論文には、完成品の長期使用の報告と、理想的な比較試験への期待が混在する。両者を区別すると、彼が何を作り、何を課題としていたかが具体的に見える。1

一方、天文台時計は使用中に改造され、工房には共同経営期の製品も残った。単一の発明家像へまとめるよりも、製作者の論文、機構の現物記録、観測施設での運用という三つの資料を組み合わせることで、ダブリンの時計製作が研究と日常生活の双方に関わっていたことを理解できる。157

参考文献#

  1. John Crosthwaiteとして伝わる『An Account and Description of Three Pendulums Invented and Constructed by John Crosthwaite, Watch and Clock Maker, Dublin』、The Transactions of the Royal Irish Academy、第2巻、1788年、pp.7–11。発表欄1787年11月1日。

2. Armagh Observatory and Planetarium『Regulators』、Crossthwaite節。

3. Athy Eye On The Past『John Crostwaite Watchmaker』、2014年2月19日。地域史、原戸籍・徒弟契約原本とは区別。

4. Stillorgan Genealogy & History『Crosthwaite of Virgemount』。系譜研究、工房経歴の紹介。

5. Museo Nazionale della Scienza e della Tecnologia Leonardo da Vinci『orologio da tasca』、IGB-3447。

6. Christie’s『An Irish George III Mahogany and Marquetry Striking Bracket Clock』、lot 627。現物の出品記録、年代と帰属は同社による。

7. A. G. Gunn『Astronomical Clocks at Armagh Observatory』、Irish Astronomical Journal、23(2)、1996年、pp.198–204。アッシャーの説明はGunnの引用による。

8. Charles Mollan『Irish National Inventory of Historic Scientific Instruments』、公開PDF、印刷p.13、3704 ARM017。Butler、Fennell、Bennettの説明の転記を含む。

9. Shane Wilson公開転記『Watson’s Almanack 1783』、John Crosthwaite、原名鑑p.29、第3行。原画像ではなく転記を確認。

10. Shane Wilson公開転記『Wilson’s Dublin Directory 1804』、Crosthwaite and Hodges項。原画像ではなく転記を確認。

11. 『The Book of Trinity College, Dublin, 1591–1891』、1892年、天文台史、p.137に続く時計修理段落。Project Gutenberg公開本文。以上、閲覧日2026年10月24日。