ジョサイア・エメリー

ジョサイア・エメリー

レバー脱進機を精密携帯時計へ育てた時計師#

ジョサイア・エメリー(Josiah Emery、Josiasとも表記、1725年頃–1794年)は、スイス出身でロンドンのチャリング・クロスに工房を構えた時計師である。トーマス・マッジのレバー脱進機を小型の精密時計へ応用し、停止の安定性や温度補償を改良した。発明者マッジ、後援者ブリュール伯爵、脱進機職人リチャード・ペンドルトン、温度補償設計者ジョン・アーノルドとの関係の中で、彼の仕事を位置付ける必要がある。1 2

人物の年月には資料差がある。スイス歴史辞典は1725年11月11日のEtagnièresでの出生を「おそらく」とし、British Museumはその日を洗礼日とする。Science Museum Groupは1725–1794年、Baldiの2023年論文は1731–1794年と記す。本記事では1725年頃を採り、洗礼日を出生の確定日へ置き換えない。1 2 4 5

生涯と工房#

スイスからロンドンへ#

スイス歴史辞典は父Jacques、母Susanne-Marie Gammeterを挙げ、Chardonneとの関係には疑問符を付す。1762年にAnn Jacob、1772年にSusanna Smithと結婚し、1781年にClockmakers’ CompanyのHonorary Freemanとなったとする。幼少期の教育機関や徒弟先を確定する記録は、ここで確認した資料には示されない。1

British Museumの作品研究は、1750年代頃にスイスからロンドンへ移り、当初はSohoのWarwick Streetにいたと説明する。後の時計には「Josiah Emery Charing Cross London」の署名が見られる。この署名は時計の販売・責任を担う工房を示すが、すべての部品を一人で作った証拠ではない。2

後援者と職人の協業#

レバー時計を作るよう繰り返し勧めたのはブリュール伯爵だった。Gouldによれば、マッジの大型脱進機模型が伯爵を通じてロンドンの時計師に示され、エメリーとマーゲッツが高級時計へ採用した。エメリーの役割は、既に知られる原理を、携帯できる寸法で作動の確実な時計へ実装することだった。3

British MuseumはNo.1089の脱進機製作にペンドルトンが関わったとし、工房の共同成果として扱う。精密な停止面、衝撃面、軸受、ひげ、温度補償の組合せには専門技能が必要だった。「エメリーの時計」という銘の下に専門職人の仕事が集まる、18世紀ロンドンの分業を示している。2

レバー脱進機への貢献#

ドローによる停止の安定化#

レバー脱進機は、ガンギ車とテンプをレバーで一時的に結び、テンプの振動の大部分を輪列から切り離す。テンプはフォークを動かして停止を解き、ガンギ車からレバーを通じて衝撃を受ける。左右のパレットが交互に歯を止めることで、この過程が往復する。3

Gouldがエメリーの主要な改良として説明するのはドローである。マッジの原型の同心的な停止面では、レバーがバンキングに達した後、自重や衝撃で戻ろうとすることがある。安全装置が移動を防いでも、安全ローラーとの接触がテンプの振動へ抵抗を与える。エメリーはパレットの停止面をわずかに傾け、歯の押す力がレバーを停止位置へ引くようにした。3

これにより輪列からの力は、停止を不安定にするだけでなく、適切な停止位置を保つためにも使われる。重要なのはガンギ車の歯を止めることと、レバーを止めた側へ保持することを同時に実現する点だ。しかしドローが大きすぎれば、テンプが解放時に克服すべき抵抗が増える。停止の確実性と、解放に必要な仕事との両立が設計課題になる。3

ただし、エメリー銘の現存時計が全てドローを備えるわけではない。British Museumの詳細カタログは、本稿で取り上げるNo.1089とNo.1379の脱進機を、ドローがないものとして記録する。Gouldの技術史上の評価と、個々の時計の現存構造を分けて読む必要がある。これらの記録だけから改良の採用順や後代の変更を一律に確定することはできない。2 7

回転する衝撃ピンと調整#

マーゲッツのクランク・ローラーでは、テンプから出る短い腕の一本のピンがフォークと関わり、解放と衝撃を行う。エメリーは一部の時計でそのピンを宝石軸受に載せ、フォークへ出入りするときに回転させた。Gouldは調整可能なバンキングにも言及する。3

回転するピンは滑り摩擦を減らす意図を持つが、軸受を追加すれば加工、遊び、潤滑、破損の問題も増える。Gouldは、この凝ったピンの追加を除けば、ドローを備えたエメリーの構成は後のダブルローラー方式へつながると評価した。現代のレバー時計をエメリーの一設計から無変更で継承したとするのではなく、残った改良と、普及しなかった細部を分けて考える必要がある。3

温度補償と代表作#

アーノルドのダブルSテンプ#

温度が変わると、テンプの寸法とひげぜんまいの弾性が変化し、振動周期が動く。エメリーの精密時計の一部は、アーノルドの二本のS字形バイメタル片を使う補償設計を取り入れた。異なる金属の熱膨張差で片を曲げ、質量の位置を変えて周期変化を補う。この設計はエメリーが単独で発明したものとは扱わない。2

補償装置を持つことは、それだけで全温度範囲の精度を保証しない。テンプの慣性、ひげの有効長、軸受摩擦、姿勢差、衝撃の大きさがともに歩度へ影響する。調整者には複数の条件で比較し、どのねじが歩度と温度補償のどちらに作用するかを区別する技能が必要だった。

No.1089:現物資料で見る工房の仕事#

British Museumの1958,1201.1645、No.1089は、1786年の検定印を持つ金ケース、レバー脱進機、補償テンプ、鎖フュジーを備える。文字盤は中央の分針と別々の時・秒の小文字盤を持つレギュレーター配置である。ケース製作者はValentine Walker、脱進機はペンドルトンの仕事とされる。2

この作品は、銘、ケースの年代、脱進機の帰属、調速機の技術を別々に確認できる。ケース検定年を、工房の全製作期間や脱進機の発明年と同一視すべきではない。また博物館ページ内でも手の材質について簡略記述と詳細カタログに差があるため、本記事ではその一点から原装状態を決めない。2

No.1057と王室の顧客#

Bonhamsの2014年カタログにあるNo.1057は、ウェールズ公時代の後のジョージ4世が所有した時計とされる。ムーブメントは1785年頃、ケースは1800年のロンドン検定印を持つ後代のもので、52mm径。鎖フュジー、巻上げ中の動力を維持する機構、ダブルSテンプ、フリースプラングの螺旋ひげ、サファイア製衝撃ローラー、レギュレーター文字盤が記述される。6

この個体では1800年のケースをエメリー生前の製作とすることができない。王室の紋章や後代の収納箱も含め、工房での製作とその後の所有・改装の層を区別する。競売の来歴説明は有用だが、所有者の記録をすべて独立に実読した資料とは異なる。6

No.1379:現在の姿と原装の区別#

British MuseumのNo.1379、1958,1201.510は、レバー脱進機と複雑な打音機構を持つ。館の詳細カタログは後代の銀ケース、19世紀半ばの文字盤、交換された針を記載し、打音機構にはR. Ripponの名を挙げる。ページの1795年という登録を、そのままエメリー本人の生存・製作の証拠にはできない。7

打音時計は時刻を音として伝えるが、その輪列や駆動が計時機構とどう分担されるかは個体の調査が必要になる。エメリーの全時計に同じ打音機構を一般化しない。

顧客が作った精度#

Baldiの研究は、エメリー時計の精度を機構だけで説明せず、顧客の扱いと保守を分析する。1782年末にブリュールへ納めたレバー時計は調整を経て試験され、以後の時計にはアーノルドの補償方式が加わった。顧客には天文学者や貴族がおり、Franz Xaver von ZachやGiuseppe Piazziは本人から調整方法を教わった。4

レバー時計の使用には、1日のうち16時間を縦、8時間を文字盤上向きの水平姿勢で置く運用もあった。姿勢差を一定の使用条件のもとで平均化するためであり、全姿勢で同じ歩度だったことを意味しない。輸送の衝撃、少量の注油、調整ねじの扱いも精度を左右した。Baldiは、複雑な精密器具を買う財力と、適切に使う技能が別のものだったことを示す。4

ここから分かるのは、18世紀の「精密時計」が所有者に手間を要求する装置だったということだ。天文観測や経度の測定で使う場合、測定前後の比較と、一定の姿勢・保守条件の管理が、時計を購入することと同じくらい重要になる。

航海タイムキーパーの試験#

Gouldはエメリー銘の四つのタイムキーパーが1792–96年のグリニッジ試験に関わったと記す。二組の摩擦ローラーでテンプ軸を支え、レバーと二つのルモントワールを組み合わせた複雑な構成を説明し、経度賞の条件には合格しなかったとする。No.4には約5か月で1分に満たない累積誤差という記述もあるが、これは同書が挙げる一機・一期間の結果で、すべての携帯時計の日差ではない。3

Gouldはエメリーの死を1796年初めとするため、生涯の記述は現行辞典・博物館資料と相違する。1794年死去を採る場合、死後まで続いた試験を本人がすべて監督したと書くこともできない。試験機の技術的記述と、著者の古い人物年代を切り分ける必要がある。1 3 5

評価と研究の限界#

Gouldは1793年のマッジの請願審査で、エメリーがマッジ方式の時計を32または33個製作したと述べたことを記す。これは特定時点の証言として紹介される数であり、工房の時計すべての製作数ではない。現存する銘の時計の数、当時のレバー時計の製作数、後代の改造個体の数も別である。3

エメリーの重要性は、レバー脱進機を初めて思い付いたことにではなく、携帯時計で作動させ、停止面と接触部を改良し、温度補償と組み合わせたことにある。Gouldは死後にレバー方式が一時低調となり、1820年頃から広く受け入れられたと記す。彼の仕事と19世紀の普及の間には、さらに製造・設計の発展があった。3

教育歴、移住の正確な月日、本人と職人の全作業分担、全試験機の原記録、家族の原戸籍は本記事の根拠資料では確定していない。DHSの「1775年頃の新型アンクル」、1782年以降の実作、Gouldの1793年証言は、それぞれ概略の技術年代、納入、証言の時点を示す。単一の発明日に圧縮しない。

年表#

年代出来事
1725年11月BMが11日の洗礼を記載。DHSは出生をおそらく同日とする。1731年説もある。1 2 4
1750年代頃ロンドンへ移り、初期はSohoで活動したとされる。2
1762年Ann Jacobと結婚。1
1772年Susanna Smithと結婚。1
1775年頃DHSが新型アンクルの開発年代として記す。完成品の納入年とは区別。1
1781年Clockmakers’ CompanyのHonorary Freeman。1
1782年末ブリュールへレバー時計を納入し試験。4
1785年頃No.1057のムーブメントの推定年代。6
1786年No.1089のケース検定年。2
1792–94年エメリー銘のタイムキーパーのグリニッジ試験。3
1793年マッジの請願審査でレバー時計の製作数を証言したとGouldが記載。3
1794年7月ロンドンで死去。DHSは2–14日の範囲で記す。1
1795–96年死後にもエメリー銘の試験機の試験が続く。3
1800年No.1057の現存する後代ケースの検定年。6
1820年頃以降レバー脱進機が次第に普及。3
1996–97年Jonathan Bettsが詳細な工房・作品研究を刊行。2
2023年12月Baldiが使用者と保守を扱う論文をオンライン公表。4
2026年10月博物館の現存個体と公開原著から改良と作業分担を追える。2 7

参考文献#

閲覧日:2026年10月13日。

  1. Gilbert Marion, “Emery, Josiah”, Dictionnaire historique de la Suisse, 2000年版、2006年3月7日改訂。フランス語本文実読。生没年・婚姻・Honorary Freeman・概略の技術年代。
  2. British Museum, Watch, 1958,1201.1645、No.1089。David Thompson, Watches, 2008, pp.98–99およびRichard Goodの作品カタログの全文転載を確認。生涯、部品の帰属、現存個体。直接アクセス制限時は検索サービスが返した当該ページの本文を実読した。
  3. Rupert T. Gould, The Marine Chronometer: Its History and Development, 1923, pp.121、149–152。原本実読。ドロー、回転ピン、1793年証言、試験機。没年の1796年説は現行資料と区別。
  4. Rossella Baldi, “How to ensure a chronometer’s accuracy. Josiah Emery timekeepers and their users”, Annals of Science, 81(1–2), 2024, pp.189–207、オンライン2023年12月14日、DOI:10.1080/00033790.2023.2282787。本文第2・4・5節を検索サービスが返した全文部分で実読。直接PDFはアクセス制限。生年は他資料と相違。
  5. Science Museum Group, Josiah Emery 1725–1794。人物索引本文。
  6. Bonhams, Fine Watches and Wristwatches, 2014年6月11日、lot 27、No.1057。Classic Driver掲載のカタログ本文を実読。原カタログの転載であり、独立した再鑑定として数えない。王室の所有者帰属、1785年頃のムーブメントと1800年ケースを区別。
  7. British Museum, Ten-minute-repeating watch, 1958,1201.510、No.1379。詳細カタログ転載を検索サービス経由で実読。後代ケース・文字盤・針とR. Ripponの打音機構。