ルイ・モワネは18~19世紀フランスの時計師であり、美術家・科学者でした1。1816年に世界初のクロノグラフ(彼自身は「ティエルス計器 (Compteur de Tierces)」と呼称)を制作した発明者として知られ1、1848年に刊行した『時計学大全 (Traité d’Horlogerie)』は当時最も優れた時計技術書と評価されています21。また、ナポレオン・ボナパルトやトーマス・ジェファソンをはじめ各国の皇帝や王侯に精巧な置時計を提供し、その芸術的な時計作品でも高名です34。時計技術の発展と芸術性を融合したモワネの功績は、同時代のアブラアム=ルイ・ブレゲにも劣らぬ重要性を持ちながら、その謙虚な人柄と歴史的事情により長らく忘れられてきました56。近年になって現代の専門家や時計ブランドによって再評価が進み、彼のクロノグラフの再発見や文献研究を通じて、その遺産が見直されています78。
生涯と経歴#
幼少期から芸術修行: ルイ・モワネは1768年、フランス中部ブールジュの裕福な農家に生まれました9。幼い頃から時計仕掛けに強い興味を示し、学校在学中は地元の名工のもとで余暇のすべてを時計製作の見習いに費やしています10。また並行してイタリア人画家から絵画を個人教授されるなど、美術にも才能を発揮しました11。20歳を迎えたモワネは古典芸術の宝庫であるイタリアへの憧れを募らせ、1789年頃にローマへ渡ります12。以後5年間ローマとフィレンツェに滞在し、建築・彫刻・絵画・宝石彫刻を学びました1314。ローマでは在ローマ・フランス・アカデミーの芸術家たちと交流し、フィレンツェではトスカーナ大公の宮廷から工房を与えられて絵画制作にも励んでいます14。
パリでの教授職と交友関係: フランス革命後の混乱期を経て1795年に帰国したモワネは、ルーヴル美術館の美術学院教授に任命され、美術教育に携わりました13。この頃、天文学者ジェローム・ラランド、著名なブロンズ細工師ピエール=フィリップ・トミール、そして後に奇術の先駆者と呼ばれる機械仕掛け人形師のジャン=ウジェーヌ・ロベール=ウーダンといった当代一流の学者や芸術家と親交を結んでいます15。モワネ自身、美術と科学の両面に通じた人物であり、このような人的ネットワークが後の独創的発明の素地となりました。
時計師への転身: 美術教授の傍ら、モワネは情熱を注ぐ時計学の理論と実践にも引き続き取り組みます16。かつて少年時代に師事した時計職人とも再会し、すぐさま「師匠が弟子になるほど」卓越した腕を示しました16。1800年頃からは活動の重心を完全に時計製作へ移し、道具を求めてスイスのジュラ山地やヴァレ・ド・ジョウに長期滞在して各地の名工と交流します17。著名な時計師ジャック=フレデリック・ウルイエらとの出会いを通じ、精密な工具や技法を習得したと伝えられます17。その才能は同時代の仲間から「卓越した芸術家」「高名な学者」「超越した時計学のスペシャリスト」と称えられるほどで18、1806年にはパリに設立されたパリ・クロノメトリー協会(精密時計学協会)の会長に推戴されました19。この協会は「時計学、すなわち人類精神の最も美しい科学の一つの発展と奨励」を目的とし、ルイ・ベルトゥー(フェルディナンド・ベルトゥーの一族)、アンティード・ジャンヴィエ、ルイ=フレデリック・ペレ、ジョセフ・ヴィネル、ロンドン王室時計師のベンジャミン・ヴリアミー等、当代最高の才能37名が参集して議論を交わしました2021。
ブレゲとの協働: モワネはまた、当時既に名声を博していた大時計師アブラアム=ルイ・ブレゲとも深い協力関係を築きました。1811年頃からブレゲの親友かつ助言者となり、ブレゲの工房で設計顧問や秘書役も務めています2223。二人は時計芸術への情熱を共有し、ブレゲは自身の着想をまとめた著作の執筆をモワネに託そうとしたほどでした24(実際には実現しなかったものの、モワネが記した多数の手稿が残されています24)。この協働期間、ブレゲは懐中クロノグラフなど新機構の開発にも意欲を示し、ロンドンの弟子フレデリック・ルイ・ファットンと並行して研究を進めていました25。モワネ自身も後述する独自の高速計時機を発案し、ブレゲの許可を得て工房の熟練職人ジャン=ニコラ・フォルタンの助力を借りながら製作に着手します2526。この試みは1815年から翌1816年にかけて結実し、モワネは史上初のクロノグラフ(短時間計測機)を完成させました27。しかし、ブレゲの息子アントワーヌ=ルイは、父の下で頭角を現したモワネの存在を快く思わず、モワネがブレゲ家の遺産を「盗用」したとの誤った噂を広めるなど確執が生じます28。ブレゲが1823年に没するとモワネは工房を辞し、パリ市内アルスナル地区のメーレ通り32番地に自らの精密機械工房を開設しました29。
後年と死去: その後もモワネは時計製作と研究に没頭し続け、20年以上の歳月を費やして時計学の集大成となる著書『時計学大全』の執筆を行います3031。また、1851年のロンドン万国博覧会に年次カレンダー表示や曜日表示を備えた自作クロノメーターを出品するなど晩年まで精力的に活動しました32。1853年5月21日、パリにて85歳で死去。モワネの遺体は歴代の偉人が眠る同市のペール・ラシェーズ墓地に埋葬されています33。生前その名声は非常に高く、同時代の時計師たちから「ブレゲの後継者」と目されていましたが28、彼自身は名誉や商業的成功よりも「時計芸術の進歩」を信条とする謙虚な人物でした34。莫大な情熱と財産、健康までも時計芸術に捧げ尽くしたとされ35、その没後、歴史の表舞台から一時姿を消すことになります。
作品と顧客#
王侯のための華麗な置時計: モワネは生涯を通じ、多くの著名人のために精巧かつ芸術性豊かな置時計を製作しました。協業先のブロンズ細工師トミールによる豪奢な装飾を施したこれらの時計は、一国の元首級の顧客に相応しい壮麗な作品ばかりでした3。例えば、ナポレオン・ボナパルトのために1806年に制作した「ナポレオンの時計」は、8日巻きのムーブメントで時・分・日付を表示し、特筆すべきは長針内部に小さな象牙球を組み込んで月齢を示す機構でした36。さらにこの時計ではオルゴールを作動させると同時に、ナポレオン皇帝と皇妃ジョセフィーヌの頭上に自動人形仕掛けで帝冠が載せられるという遊び心あふれる演出も施されていました3738。アメリカ合衆国大統領トーマス・ジェファソンには、彼が駐仏大使として在任中にモワネと親交を結んだ際「美・耐久・有用」の三条件を提示して特注させた置時計が有名です39。ジェファソンはその時計を酷く愛し、大統領としての2期8年(1801–1809)間ホワイトハウスに常に携え、終生手元から離さなかったと伝えられています39。第5代米大統領ジェームズ・モンローのための時計「ミネルヴァ」は、1814年に英軍の火災で焼失後再建されたホワイトハウスの調度品として1817年にパリで購入されました40。知恵の女神ミネルヴァ像を戴いたこの時計は現在もホワイトハウスに現存する数少ない当時の調度の一つであり、歴史の証人となっています4041。またロシア皇帝アレクサンドル1世には軍神マルスを題材にした置時計を1817年に納品しており、イギリス国王ジョージ4世、ナポレオンの義兄にしてナポリ王となったジョアシャン・ミュラ元帥、フランス帝国元帥ミシェル・ネイなど、ヨーロッパ各国の王侯・貴族が顧客に名を連ねました342。
高度な機構と美術的価値: モワネの時計作品は単なる時刻表示具に留まらず、当時の最高峰の機械工学と装飾美術が融合したものでした。その特徴として、複数の文字盤を備え暦や月齢までも表示する複雑機構があります。例えばミュラ元帥の時計(1810年頃)は4つのダイヤルに時・分・秒・曜日・日付・月・月相を備え、背面からは壮麗なムーブメント全体を鑑賞できる構造でした4344。また**エルンスト・アウグスト(ハノーファー王子)**に納めた約1810年製の「青銅製壺形時計」は、壺の内部円筒に回転する時刻盤を収めた独創的設計で、時・分を2つの小窓から読み取る方式を採用しています4544。これらの作品は実用性と美観を兼ね備えた芸術品として、現在ルーヴル美術館やヴェルサイユ宮殿、フィレンツェのピッティ宮殿などに所蔵・展示されています4647。モワネは依頼主の要望に応えるべく、美と耐久性と実用性を高次元で両立させた時計を提供しました。そのため当時から各国の権力者に愛好されただけでなく、現代においても時計史上の貴重な文化遺産とみなされています。
技術的業績と発明#
世界初のクロノグラフ開発#
背景 – 精密計時への挑戦: 19世紀初頭、機械式時計で短時間を高精度に測定する技術はまだ黎明期にありました。一般には独立秒針機構(ジャン=モワーズ・プーゼ発明、1776年)によって一時停止可能な死秒針が考案されていましたが、リセット(零復帰)機能は備えていませんでした4849。また「クロノグラフ(時書き)」という語が最初に使われたのは1820年代、フランス人ニコラ・リューセックが発明したインクで時刻をマーキングする競馬計時装置(1821年公開、1822年特許)においてでした50。しかしリューセックの装置は走行中の円盤に滴墨で印を付ける原始的なもので、現在の意味での「ストップウオッチ機構」とは異なります51。当時は秒の1/10まで測れる時計が精度の限界と考えられており52、真に高精度な短時間計測は科学研究の現場でも難題でした。
ティエルス計器の発明 (1816年): こうした中、モワネは天文観測に要求される精密な時間計測のため、自ら**“ティエルス計器” (Compteur de Tierces)**と称する懐中時計型ストップウオッチを発明しました1。**ティエルス (tierce)とは中世以来の伝統的な時間単位で、秒をさらに60等分した1/60秒を指します5354。モワネの計器は振動数216,000振動/時、すなわち30Hzという当時桁外れに高速な調速機を備え、1秒を60分割する計測を可能にしました5556。これは一般的な現代機械式腕時計(毎時28,800振動=4Hz)の約15倍にも達する驚異的な性能です57。存命中にこの事実を知る者はほとんどいませんでしたが、モワネは「高周波時計計測の父」**と言える存在だったのです57。
機構の特徴: モワネのティエルス計器は、直径約―(※不明)の懐中時計形ケースに収められ、中央に長い1/60秒指針(フドロヤント針)が毎秒一周する他、秒・分・時間の経過を示す3つのサブダイヤルを備えていました58。操作系は2つのボタンで、1つが計測の開始・停止、もう1つがリセット(帰零)を中央の1/60秒指針に対して行う機能を持っていました5958。複数回の計測に用いるためのゼロ復帰機構を備えたストップウオッチは、これが史上初の例でした。当時はアドルフ・ニコルが1862年に発明したと長らく思われていた帰零機能を、モワネはそれより約半世紀も早い1816年時点で実現していたのです59。なお、中央針以外の秒・分・時表示をゼロに戻すには手作業が必要で、現代的なハートカムを用いた制御方式とは異なりました60。モワネ自身の解説によれば、本機は「コラムホイールによらず二重作用のシャトル機構で制御され、バランスおよび脱進機に直接作用して秒針をゼロ復帰させる」独特の設計でした61。
高速化を支えた技術: これほど高速に作動する機械を可能にした要因として、精密な部品製造と工夫が挙げられます。脱進機には高品質のルビー製シリンダー脱進機を採用し、摩擦による磨耗を最小化しました6263。シリンダー脱進機は通常高頻度駆動に不向きですが、モワネは内面にルビーを嵌めた中空シリンダースタッフ(てん輪軸筒)を用いることで歯車との摩擦抵抗を抑えています5764。さらに各軸受けには充分に注油し、車軸は両持ちの受け石で支えて長時間駆動でも精度が低下しないよう配慮しました65。駆動系には一定のトルクを維持するフュゼと鎖引きを組み込み、巻上げ残量を示す表示も備えていました66。主ゼンマイは約30時間もの長い持続時間が確保され、星の子午線通過を連続して観測できるよう設計されています6768。長時間駆動のためには途中でゼンマイを巻き継ぐ必要がありますが、本機には連続駆動用の掛け金(巻鍵を固定して持続駆動させる機構)が設けられていました67。これらの高度な工夫により、モワネの計器は当時他に類を見ない**「世界で最も精密な時間計測装置」**となったのです52。
天文観測への応用: モワネがこれほどの高精度計時器を必要とした背景には、天文学への傾倒があります。彼は天体望遠鏡に取り付けた航海用可動式象限儀(有名な軍人で科学者でもあったボルダの開発品)を改良し、地上で星の動きを測定する取り組みを行っていました6970。しかし望遠鏡の視野が狭く、接眼部の十字線目盛が見づらいという問題に直面します71。そこで**「レティクル線間隔を精確に測る手段」として着想したのがティエルス計器であったと、モワネ自身が1848年の著書に記しています7071。実際に彼はこの計器を用いて恒星や惑星、衛星が視野を通過する時間を測定し、天体の位置決定や自作機材の較正に役立てました7271。1823年にモワネが友人宛に書いた手紙では「私は1815年にパリへこのティエルス計器を創案・製作する目的だけで出向き、この新機構の困難な製作を極めて満足いく形で成し遂げた」と報告しています73。この発明はまさにモワネの科学的探究心と技術力の結晶であり、のち1916年にタグ・ホイヤー社(当時ヘウアー)が1/100秒計測クロノグラフ「ミクログラフ」を発表するまで1世紀もの間破られなかった記録的偉業**でした7475。
その後の運命: モワネのティエルス計器は実験的プロトタイプに近い一品製作品で、生前に商品化・販売されることはありませんでした76。モワネは「この計器は必要とする者には自由に使わせた」と述べていますが77、広く世間に知られることはなく、彼の死後は他の遺品と共に行方不明になっていました。実際には19世紀半ばにルクセンブルク大公家(ナッソー=ヴァイルブルク家)の所蔵品となっていたことが近年判明し、2012年になってロンドンの銀行貸金庫から150年ぶりに発見されました778。2012年5月20日、スイスの競売大手クリスティーズにて当初わずか3,000~5,000スイスフランの見積で競売にかけられますが、この歴史的発見に着目した現代のルイ・モワネ社代表ジャン=マリー・シャレにより50,000スイスフランで落札されました7879(次点入札者はパテック・フィリップ博物館) 。長らく休眠状態だった当機はその後オーバーホールされ、ようやくモワネの記述どおりの性能を備えていることが実証されています8081。発見当初は元パテック博物館長アルノー・テルリエですら「1816年に30Hzの時計が存在したとは信じ難い」と年代を1820–1830頃と控えめに評価したほどで8283、この発明がいかに時代を先取りしていたかが窺えます。現在、この世界最古のクロノグラフは同社によって大切に保管され、研究者の分析に供されています。
その他の技術革新#
モワネは卓越した精密機械技術者でもあり、クロノグラフ以外にも多数の独創的な機構を生み出しました。彼は航海用・天文用・民生用の精密機器を幅広く手掛け、懐中時計や置時計に応用しています84。以下、主な技術的業績を挙げます。
特殊キャリバー設計: モワネは複数の懐中時計キャリバーにおいて、歯車列全体を一つの12歯ピニオンを中心に配置する独特のレイアウトを考案しました8586。この非凡な歯車系配置は温度変化による精度影響を低減し、時計の歩度安定に寄与するとされています87。
改良ヒゲゼンマイ緩急調整: 脱進機の精密調整に関し、テンプのヒゲゼンマイ取り付け部(ピン位置)を分解せずに移動させて等時性を最適化できる機構を開発しました8889。この工夫により時計の微調整が容易となり、実用上の整備性が向上しました。
新型香箱ヒゲ(歯付主ゼンマイ): 主ゼンマイからの動力伝達効率を高めるため、歯付主ゼンマイを発明しています9091。このゼンマイは歯状の形状を持ち、モワネは焼き入れ時の色合いから「半熟チェリーの赤色」と詩的に表現しました90。歯付ゼンマイにより駆動力の滑らかな伝達と持続時間の安定化が図られました。
新方式のテンプ受け: ぜんまいの巻上げ(ワインディング)を容易にする工夫として、モワネは特殊な**テンプ受け(コック)**を考案しました9293。この新型コックはぜんまい巻鍵の操作性を改善する仕組みで、当時の工業製品品評会でも有用性が認められています94。後年一般化する巻上げ機構の改良に先鞭を付けるアイデアでした。
耐震装置: 持ち運び時計の耐久性向上にも取り組み、衝撃からムーブメントを保護する耐震構造を導入しました95。詳細は定かでありませんが、ブレゲが発明した「パラシュート」耐震装置に類する機構を自作時計に組み込み、落下時の軸受け損傷を防いだと考えられます。
等時性向上の振り子時計: クロック分野では、常に等速度で回転する連続円振り子を用いた「放物線時計 (pendule parabolique)」を製作しています95。通常の振り子は振幅によって周期が変化しますが、彼の設計は振動経路を工夫することで等時性を改善したものです。これは17世紀にホイヘンスが考案した等時性振り子(サイクロイドガイド)に通じる発想で、精密時計の精度向上に寄与しました。
大音量アラーム時計: モワネは個人用に大音量のアラーム時計も開発しました87。当時の携行時計のアラームは音量が小さい欠点がありましたが、彼の設計は鐘や振動板の改良で響きを増強しています。これは現代の目覚まし時計の先駆的改良と言えます。
モワネはこれらの発明について特許を取得するようなことはせず、むしろ「時計芸術の発展」のため自らのアイデアを同業者と積極的に共有しました34。彼の斬新な機構の多くは当時ただちに大量生産には至りませんでしたが、後進の時計師たちに大きな刺激を与え、のちの時計技術革新のヒントとなりました。例えば衝撃緩和機構や高速振動の概念は、20世紀に耐震装置や高周波ムーブメントとして花開いています。モワネの技術的遺産は、その慎み深い性格ゆえ当時は顧みられなかった部分もありますが、彼の著作や同時代人の記録により現在では詳細に検証可能となっています。
時計学大全(Traité d’Horlogerie)#
モワネは時計技術の知識を後世に伝えるため、一冊の大著を残しました。『新理論実践時計学総論 (Nouveau traité général élémentaire, pratique et théorique d’horlogerie pour les usages civils et astronomiques)』、通称**『時計学大全』**です。1848年にパリで初版刊行されたこの著作は2巻からなり、彼自身が手描きした多数の精緻な図版とともに当時考案されていた最も高度で巧妙な時計機構が網羅的に解説されています9697。モワネは約20年もの長きにわたり本書の執筆に取り組み、自身の集大成としてまとめ上げました3098。
内容は理論から実践まで平易かつ詳細に記されており、歯車比計算の実用的手法など当時最新の知見も含まれていました9988。刊行直後から本書は高い評価を受け、1849年にロンドンで開催された万国博覧会では「最も包括的で最良の時計製造書」として賞賛されています97。フランスの伝記事典(1853年版)でも「本書はあらゆる時計学書の中で最も包括的で最も筆致が良く、最も不可欠な書物である」と絶賛されました97。
当時の一流時計師たちもこぞって本書を称賛し、スイスのウィナー、イギリスのフロッシュハム、フランスのペレ、そして科学者でオランダ王子のアレクサンドルなど、各国の王侯貴族や技術者が購読者名簿に名を連ねています31100。出版後すぐに増刷・翻刻も行われ、ロシアを含む欧州各地に広く流布しました100。今日では時計史研究者にとって基本文献の一つであり、当時の時計技術水準やモワネ自身の思想を知る上で欠かせない資料となっています。幸いなことに本書はデジタルアーカイブで閲覧可能であり101、モワネの卓越した文章と図面は21世紀の現在でもその価値を失っていません。
影響とレガシー#
同時代から後世への影響: ルイ・モワネは存命中、欧州時計界で極めて高い評価を受けていました。存命中最後の1851年ロンドン博では、一種の万年カレンダー付きクロノメーターを出展し注目を集めています32。しかし彼の死後、特に19世紀後半以降のスイス中心の時計史において、その名は徐々に忘れ去られていきました102103。これは、かつてブレゲの後継者と目されながら公式な工房を大規模に構えなかったこと、ブレゲ家との確執による評価低下、さらにフランス人であったため20世紀に「時計=スイス」の物語から漏れてしまったことなどが一因とされています28104。一部ではブレゲ存命中に彼のアイデアを盗用したとの中傷もありましたが、それは前述のとおりブレゲの遺族による不当な非難でした28。
それでもモワネの技術的貢献は確実に後世に生きています。彼が発明・改良した概念のいくつか(高速振動、リセット機構、耐震構造など)は、直接ではないにせよ後の発明者たちによって再発明・改良され、機械式クロノグラフや高精度時計の発展に繋がりました。例えば、モワネ亡き後の19世紀中盤にはアドルフ・ニコルらがモノプッシャークロノグラフを完成させ105、20世紀初頭には飛行士向けの複雑クロノグラフや耐震装置が普及します。1970年代以降の高振動時計(5~10Hzのハイビート機)や、21世紀に登場した50~100Hz級の機械式クロノグラフ(タグ・ホイヤーのMikrograph 100やZenithの1/100秒計測時計など)は、まさにモワネが提示した地平を現代技術で達成したものと言えるでしょう7475。モワネの業績そのものは一度歴史に埋もれましたが、時計学の発展という観点では確かな足跡を残していたのです。
現代での再評価: 2000年代に入り、ルイ・モワネの名は時計愛好家や研究者によって再び注目されるようになりました。その契機の一つが、前述の**ティエルス計器の再発見(2012年)**です7。これによりクロノグラフの起源に関する歴史が書き換えられ、従来リューセックやニコルが担っていた「クロノグラフの父」の座をモワネに与える見解が有力となりました10657。2016年にはギネス・ワールド・レコーズ社より「世界初のクロノグラフ」の公式認定を受け59107、2019年には「最初の高周波ストップウオッチ」としても世界記録に登録されています59108。これらはモワネの革新性を改めて国際的に示すものとなりました。
また、ルイ・モワネの名を冠した時計ブランドも創設されています。2004年、スイスの時計技術者ジャン=マリー・シャレは「アトリエ・ルイ・モワネ (Les Ateliers Louis Moinet)」社を設立し、忘れられた天才時計師モワネの遺産を現代に甦らせました109。同社はモワネがナポレオンに時計を納めた年「1806」を創業年次に掲げつつ、最新の高級機械式時計を製造しています110。モワネ本人の作品や資料の収集にも力を入れ、ホワイトハウスやルーヴル美術館に現存するモワネ作品の復元研究、デジタル博物館の公開111、そして彼の名声の回復に努めています112113。同ブランドの時計はモワネの情熱を反映し、隕石片や宇宙素材を文字盤に用いるなど天文学モチーフの意匠が特徴です114。これはモワネの天文趣味への敬意であり、単なるマーケティングに留まらぬ「時計芸術への信念の継承」と位置付けられています115。2018年にはモワネ生誕250周年を記念して故郷ブールジュ市に「ルイ・モワネ小路」が開通し、彼が1820年代に暮らした邸宅近くにその名が冠されました116。今やモワネは**「不当に忘れ去られていた時計界の巨人」**として再評価されつつあり113、彼の人生と功績は学術的にも注目される研究テーマとなっています。時計史におけるルイ・モワネの位置づけは、21世紀に入り大きく名誉回復がなされたと言えるでしょう。
年表#
- 1768年12月7日: フランス・ブールジュに生誕117。幼少より時計工芸と美術に親しむ10。
- 1789年: 20歳でイタリア留学の夢を果たしローマへ移住(~1794年)13。ローマ及びフィレンツェにて建築・彫刻・絵画・宝石彫刻を研鑽1314。
- 1795年: フランスへ帰国し、パリのルーヴル美術館付属アカデミーで美術教授に就任13。ラランドやトミール、ロベール=ウーダン等と交流15。
- 1800年頃: 美術より時計学研究を優先し始める16。以後スイスのジュラ地方に長期滞在し、時計工具を整備17。
- 1804年: 郷里ブールジュの高等美術学校で教鞭を執る(1804〜1806年)118。
- 1806年: ナポレオン・ボナパルトのための月相表示付き置時計を制作37。※この年号は現代のルイ・モワネ社が「創業年」としても用いている119。
- 1811年: アブラアム=ルイ・ブレゲの親友・相談役として協働開始22。
- 1815年: パリに出向き、自身のクロノグラフ開発に着手73。ブレゲ工房の職人フォルタンの助力を得て製造開始25。
- 1816年: 世界初のクロノグラフ「Compteur de Tierces」完成27。振動数216,000振動/時(30Hz)で1/60秒計測を実現55。なおモワネはこの機器を売却せず研究利用に供した77。
- 1823年: ブレゲの死去に伴い工房を離れ、パリ市内メーレ通り32番地に精密機械工房を開設29。
- 1837年: パリ・クロノメトリー協会(精密時計学協会)を創設し初代会長に就任120。当初会員37名で精密時計の研究交流を推進21。
- 1848年: 著書『時計学大全(Traité d’Horlogerie)』初版を刊行121。20年を費やした2巻本の大著で、当時最高の時計技術書と称えられる231。
- 1851年: ロンドン万国博覧会にて万年カレンダー表示付きクロノメーターを出展32。
- 1853年5月21日: パリにて死去。享年8533。ペール・ラシェーズ墓地に埋葬。
- 1900年: パリ万国博覧会でモワネ制作の「ナポレオンの時計」が展示される32。
- 1950年代: アメリカ・ワシントンD.C.のホワイトハウスでモワネの「ミネルヴァ時計」(モンロー大統領旧蔵)が歴代政権により保存継承される(ホワイトハウス最古級の調度品)40。
- 2004年: スイスにアトリエ・ルイ・モワネ社(Les Ateliers Louis Moinet SA)設立。ジャン=マリー・シャレがモワネの名を冠した時計ブランドを創業109。
- 2012年5月20日: ロンドンのクリスティーズ競売にてモワネ作「Compteur de Tierces」発見・落札(ジャン=マリー・シャレが落札)78。約150年間所在不明だった史上初のクロノグラフが公の注目を浴びる。
- 2013年: 専門誌でモワネがクロノグラフの真の発明者であるとの記事が多数発表され、歴史見直しが始まる122123。
- 2016年6月3日: 「世界初のクロノグラフ」の発明者としてギネス世界記録に公式認定124。
- 2018年6月: フランス・ブールジュ市に**「ルイ・モワネ小路」**が開設。生家近くに命名される116。同年、モワネ生誕250周年を記念した限定腕時計「ウルトラボックス」発表。
- 2019年10月4日: 「初の高周波ストップウオッチ(First High-Frequency Stopwatch)」としてモワネのCompteur de Tiercesが2つ目のギネス世界記録認定を受ける108。
- 2020年代: モワネの再評価が進み、時計史の文献や展示で彼の功績が紹介される機会が増加。現代のルイ・モワネ社も創業20周年(2024年)を迎え、彼のクロノグラフから着想を得た新作時計を発表するなど、そのレガシーを発信し続けている。
参考文献#
- Elizabeth Doerr, “History Rebooted: The Chronograph’s Inventor is… Louis Moinet!”, Forbes, March 24, 2013. (クロノグラフ発明の歴史見直しに関する記事)28106
- Louis Moinet公式デジタルミュージアム “The Life of Louis Moinet (1768–1853)”117120および “Inventor of the Chronograph”5973(モワネの生涯年表とクロノグラフ発明に関する解説)
- “Louis Moinet: Pioneer of Chronography and Art”, Fondation de la Haute Horlogerie (FHH) (時計文化財団) Encyclopedia1125(モワネの経歴と発明品の要約)
- Monochrome-Watches, “Discovery, Firsts, And The Louis Moinet Compteur De Tierces” by Joshua Munchow, Quill & Pad, April 20156970(ティエルス計器の技術的特徴と天文用途の分析)
- Pierre-Yves Donzé, 「HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier」, Business Montres, 23 mars 2013777(フランス語。モワネのクロノグラフ再発見に関する詳細な調査記事)
- 『Nouveau traité général … d’horlogerie』 – Louis Moinet (1848年). Googleブックスで閲覧可能101。(モワネ自身の執筆による時計学大全。技術的内容の一次資料)
- Jack Forster, “Ahead Of Its Time: Louis Moinet’s Compteur de Tierces from 1816”, Revolution Watch, Nov 30, 20165863(英語。モワネのクロノグラフ機構の詳細な解説と歴史的位置づけ)
- Louis Moinet – Wikipedia英語版12630/同フランス語版12731(基本的な生没年・経歴・著作に関する情報)
- “Louis Moinet, inventeur du chronographe”, Maison Suisse de l’Horlogerie (MSM), 25 mars 202055128(フランス語。スイス時計業界誌の記事)
- Your Watch Hub, “Louis Moinet (history and watch collections)”, 2024109110(ルイ・モワネ社の創業年に関する記述を含むブランド紹介)
FHH | Louis Moinet: Pioneer of Chronography and Art ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier ↩︎
HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier ↩︎
HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier ↩︎
The Life of Louis Moinet | The inventor of the Chronograph ↩︎ ↩︎
HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier ↩︎ ↩︎ ↩︎
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The Life of Louis Moinet | The inventor of the Chronograph ↩︎ ↩︎
The Life of Louis Moinet | The inventor of the Chronograph ↩︎ ↩︎
Ahead Of Its Time: Louis Moinet’s “Compteur de Tierces” From 1816 Is Now Earliest Known Chronograph - Revolution Watch ↩︎
Ahead Of Its Time: Louis Moinet’s “Compteur de Tierces” From 1816 Is Now Earliest Known Chronograph - Revolution Watch ↩︎
Ahead Of Its Time: Louis Moinet’s “Compteur de Tierces” From 1816 Is Now Earliest Known Chronograph - Revolution Watch ↩︎
Ahead Of Its Time: Louis Moinet’s “Compteur de Tierces” From 1816 Is Now Earliest Known Chronograph - Revolution Watch ↩︎
HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier ↩︎
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Ahead Of Its Time: Louis Moinet’s “Compteur de Tierces” From 1816 Is Now Earliest Known Chronograph - Revolution Watch ↩︎ ↩︎ ↩︎
Ahead Of Its Time: Louis Moinet’s “Compteur de Tierces” From 1816 Is Now Earliest Known Chronograph - Revolution Watch ↩︎
Ahead Of Its Time: Louis Moinet’s “Compteur de Tierces” From 1816 Is Now Earliest Known Chronograph - Revolution Watch ↩︎
Ahead Of Its Time: Louis Moinet’s “Compteur de Tierces” From 1816 Is Now Earliest Known Chronograph - Revolution Watch ↩︎ ↩︎
Ahead Of Its Time: Louis Moinet’s “Compteur de Tierces” From 1816 Is Now Earliest Known Chronograph - Revolution Watch ↩︎
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HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier ↩︎ ↩︎
HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier ↩︎
HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier ↩︎
HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier ↩︎ ↩︎ ↩︎
HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier ↩︎ ↩︎ ↩︎
HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier ↩︎
Ahead Of Its Time: Louis Moinet’s “Compteur de Tierces” From 1816 Is Now Earliest Known Chronograph - Revolution Watch ↩︎
Ahead Of Its Time: Louis Moinet’s “Compteur de Tierces” From 1816 Is Now Earliest Known Chronograph - Revolution Watch ↩︎
HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier ↩︎
HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier ↩︎
HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier ↩︎ ↩︎
HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier ↩︎
HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier ↩︎
HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier ↩︎
Ahead Of Its Time: Louis Moinet’s “Compteur de Tierces” From 1816 Is Now Earliest Known Chronograph - Revolution Watch ↩︎
Ahead Of Its Time: Louis Moinet’s “Compteur de Tierces” From 1816 Is Now Earliest Known Chronograph - Revolution Watch ↩︎ ↩︎
Louis Moinet (history and watch collections) - Your Watch Hub ↩︎ ↩︎ ↩︎
Louis Moinet (history and watch collections) - Your Watch Hub ↩︎ ↩︎
HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier ↩︎
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HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier ↩︎
HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier ↩︎
The Life of Louis Moinet | The inventor of the Chronograph ↩︎ ↩︎
The Life of Louis Moinet | The inventor of the Chronograph ↩︎ ↩︎
The Life of Louis Moinet | The inventor of the Chronograph ↩︎
Louis Moinet (history and watch collections) - Your Watch Hub ↩︎
The Life of Louis Moinet | The inventor of the Chronograph ↩︎ ↩︎
The Life of Louis Moinet | The inventor of the Chronograph ↩︎
HISTOIRE : Un résumé de l’affaire Louis Moinet et de son chronographe pionnier ↩︎
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