菊野昌宏(Masahiro Kikuno)

菊野昌宏(Masahiro Kikuno)

菊野昌宏(きくの まさひろ)は1983年生まれの日本人時計師で、独立時計師アカデミー(AHCI)の正会員(日本人初)として知られる ( 菊野昌宏 - Wikipedia) ( 〖クリエーターたち〗独立時計師 菊野昌宏 インタビュー | ORIGINALMIND オリジナルマインド)。彼は機械式時計の複雑機構を 全て独力で設計・製作 する数少ない時計師の一人であり、江戸時代の和時計に着想を得た独創的な腕時計を生み出して世界的に高い評価を得ている ( 2016年6月12日(日)第88回サイエンス・カフェ札幌「カエルの先生 時計作りの達人に迫る~時の小宇宙を生み出す独創性の解明~」を開催します – CoSTEP – Communication in Science and Technology Education and Research Program, Hokkaido University) ( 菊野 昌宏 Masahiro Kikuno - 本年最後の「朔望」が完成・納品へ | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。菊野氏の代表作には、季節によって長さが変化する「不定時法」を腕時計で再現した和時計(わどけい)改や、122年に1日の誤差という高精度の月齢表示機構を備えた**「朔望」**などがある(後述)。その作品はすべて手作業で製作され、伝統的な技法と現代の精密工学を融合した独自の技術革新となっている。以下では、菊野氏の生涯と経歴、発明と技術的背景、主要な作品の特徴と技術、そして時計業界への影響について詳しく述べる。

生涯と経歴 #

幼少期から自衛隊まで(~2004年):1983年2月8日、北海道深川市に生まれる ( 菊野昌宏 - Wikipedia)。幼少の頃より機械仕掛けに強い興味を示し、わずか2歳で自動車の取扱説明書を擦り切れるほど読んだとの逸話も残っている ( 菊野昌宏 - Wikipedia)。高校卒業後の進路に迷った菊野氏は、友人に誘われて陸上自衛隊の見学会に参加し、「やりたいことが見つかるまで」のつもりで2001年に自衛隊へ入隊した ( ) ( )。配属先では銃器の分解・組立や整備に携わり、先輩隊員が身につけていた機械式時計に興味を惹かれたことが転機となる ( 菊野昌宏 - Wikipedia)。高価な機械式腕時計に驚きつつ「なぜそんなに高価なのか」を知りたくなった菊野氏は時計雑誌を読み漁り、その奥深い世界にのめり込んでいった ( )。極寒の訓練環境(氷点下20℃の屋外等)でも問題なく動作する機械式時計の堅牢さを身をもって知ったこともあり、本格的に時計を学ぶ決意を固める ( )。数年の自衛隊勤務を経て「時計技術を深く学びたい」と2004年前後に自衛隊を除隊した。

時計学校での研鑽(2005–2008年):2005年、東京の専門学校ヒコ・みづのジュエリーカレッジの時計学科WOSTEPコースに入学し、本格的に時計製作と修理の技術理論を学ぶ ( )。在学中は機械式時計の理論や修理技術習得に励んだが、大規模メーカーの生産設備を見学する機会もあり、「時計の製造」と「修理」の間に大きな隔たりがあることを痛感したという ( )。一方で、当時日本には独立時計師の先達や情報がほとんどなく、菊野氏は**ジョージ・ダニエルズの著書『ウォッチメイキング』**を手引きに独学で時計製作の技能を磨いた ( Masahiro Kikuno - Wikipedia)。2008年に同校を卒業後は研究生(研修生)として引き続き在籍し、後に同校で時計製作を教える講師助手として3年間勤務した ( ) ( Masahiro Kikuno - Wikipedia)。菊野氏自身、「学校では修理を学んだが、ものづくりの情報はなく環境の違いに挫折しかけていた」と振り返っている ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。そうした中で彼を奮起させたのが、江戸時代の天才からくり技術者・田中久重が製作した機械式和時計「万年自鳴鐘(萬年自鳴鐘)」との出会いであった ( 菊野昌宏 - Wikipedia)。

和時計との出会いと独立への道(2009–2013年):2010年前後、NHKの特集番組で田中久重の「万年時計(萬年自鳴鐘)」の分解復元の様子を目にした菊野氏は、「昔の人でも小さく精密な歯車を作れた」ことに大きな感銘を受け、「自分にもできるのではないか」と時計製作への情熱に火が付いた ( )。ちょうど同時期に就職活動もうまくいかなかったこともあり、卒業後は修理より創作に軸足を移して独自の時計製作を開始する ( )。菊野氏は田中久重の和時計に使われていた不定時法の「自動割駒式文字盤機構」の資料を入手し、それを腕時計サイズに小型化する開発に取り組んだ ( )。試行錯誤の末、3ヶ月ほどで不定時法の和時計腕時計(後の「和時計改」)を完成させた ( 〖クリエーターたち〗独立時計師 菊野昌宏 インタビュー | ORIGINALMIND オリジナルマインド)。この快挙により菊野氏の技術と創造力が評価され、2010年にはヒコ・みづのの非常勤講師に抜擢されている ( )。さらに同年、学校を訪問した著名な独立時計師フィリップ・デュフォーに自身の作品を見せる機会を得た ( )。デュフォーから「将来はどうするつもりか?」と問われ、「自分で作った時計を販売して生計を立てたい」と答えたところ、「推薦するからバーゼル(世界最大の時計見本市)で発表してみないか?」と誘われたという ( )。菊野氏はこの提案を快諾し、デュフォー氏とAHCI現会長フィリップ・ヴルトゥ氏の推薦を受けて2011年のバーゼル・ワールドに初出展する運びとなった ( )。同年に菊野氏は独立時計師アカデミー(AHCI)の準会員(候補生)に認定され ( 朔望 - masahiro kikuno 菊野昌宏)、2012年には教職を離れて時計製作に専念する道を選ぶ ( )。そして2013年、30歳の若さでAHCI正会員に昇格し、日本人初の独立時計師アカデミー正式会員となった ( 〖クリエーターたち〗独立時計師 菊野昌宏 インタビュー | ORIGINALMIND オリジナルマインド)。これはAHCI創立以来、東洋人としても初の快挙であり、菊野氏は最年少メンバーとして国際的にも注目を浴びた ( 菊野昌宏 - Wikipedia)。

独立後の活動(2014年以降):正式に独立時計師となった後、菊野氏は自身のアトリエで年産わずか1本ペースという寡作ながらも意欲的な創作活動を続けている ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。2015年にはバーゼルで発表した和時計腕時計を改良・発展させた**「和時計改」を公式に発表し、以後この不定時法腕時計を受注生産(年間1本程度)で提供し始めた ( 2016年6月12日(日)第88回サイエンス・カフェ札幌「カエルの先生 時計作りの達人に迫る~時の小宇宙を生み出す独創性の解明~」を開催します – CoSTEP – Communication in Science and Technology Education and Research Program, Hokkaido University)。2017年には新作となる高精度ムーンフェイズ搭載モデル「朔望(さくぼう)」をバーゼルワールドで初公開し、伝統的な日本の意匠と高度な天文機構を融合させた作品として話題を集めた ( 菊野 昌宏 Masahiro Kikuno - 本年最後の「朔望」が完成・納品へ | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト) ( 菊野 昌宏 Masahiro Kikuno - 本年最後の「朔望」が完成・納品へ | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。朔望は発表後数年間にわたり製作が続けられ、年産最大3本というペースで少数の顧客に届けられた ( 菊野 昌宏 Masahiro Kikuno - 本年最後の「朔望」が完成・納品へ | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。この間、菊野氏は2015年にニューヨーク・タイムズ紙、2017年にウォールストリートジャーナル紙でその独創的な時計作りが紹介されるなど海外メディアからの評価も高まり ( 菊野昌宏 - Wikipedia) ( 菊野昌宏 - Wikipedia)、国内でもNHK『情熱大陸』(2019年放映)等のドキュメンタリーで取り上げられ広く知られるようになった。2020年前後にはシンガポールで開催された独立時計師展にも参加し、国際舞台で日本人時計師として存在感を示している ( 菊野 昌宏 Masahiro Kikuno - 本年最後の「朔望」が完成・納品へ | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。近年は母校ヒコ・みづのジュエリーカレッジで週一回指導に当たるなど後進育成にも取り組んでおり、その延長でCNC工作機械の導入にも着手した ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。2022年にはCNC加工と天体表示を組み合わせた試作腕時計「蒼(Sou)」**を製作し、自身初となるコンピュータ制御加工の経験を積むとともに、手作業の良さを改めて実感したと語っている ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版)) ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。現在も菊野氏は少数の愛好家向けに受注製作を続けながら、新たな機構への挑戦と日本的美意識を融合させた時計作りを追求している。

年表 #

※注:年表中の出来事の月は可能な範囲で記載しています。それ以外は年単位の表記です。

発明と技術的背景 #

不定時法腕時計の開発と技術的課題 #

菊野昌宏氏最大の発明は、江戸時代の時刻制度「不定時法」を現代の腕時計で再現した点にある。不定時法では昼と夜それぞれを6等分し、昼夜で「時」の長さが季節により異なる ( 菊野昌宏 - Wikipedia)(夏は昼が長く冬は夜が長い)。従来の和時計は、季節ごとに文字盤の時刻目盛を手動で付け替えたり、可動させることで不定時法に対応していた ( Temporal Hour Watch - masahiro kikuno 菊野昌宏)。田中久重の万年自鳴鐘(1851年完成)は和時計の中でも画期的な**「自動割駒式文字盤」**を備え、歯車仕掛けで時刻目盛(割駒)が少しずつ移動して季節変化に追随する機構を実現していた ( )。しかしこの機構は複雑で大型の和時計内部に辛うじて収まるもので、腕時計サイズに小型化するのは前例のない難題だった。

菊野氏は上記機構の資料を独自に研究し、設計から加工まですべて一人で行うことで世界初の不定時法腕時計「和時計改」を完成させた ( )。この腕時計では、文字盤上の十二時割表示板(割駒)が歯車カム機構によって24節気(年周期)に合わせてゆっくり移動し、一刻(=2時間)の長さを季節ごとに変化させている ( Temporal Hour Watch - masahiro kikuno 菊野昌宏) ( Temporal Hour Watch - masahiro kikuno 菊野昌宏)。例えば夏至の日中は文字盤の時目盛間隔が広がり、夜間は狭くなる。冬至では逆に昼の目盛が狭まり夜が広がる、といった具合である ( Temporal Hour Watch - masahiro kikuno 菊野昌宏)。これは従来の時計では考えられなかった可変式の時間表示であり、江戸時代の和時計の原理を直径5cm程の腕時計ケース内に収めた点で技術史的にも画期的といえる ( 菊野昌宏 - Wikipedia)。菊野氏はまた、この和時計改に通常の定時法(西洋式の一律な時刻表示)の針も併設し、現代人にも読み取りやすいよう工夫している ( Temporal Hour Watch - masahiro kikuno 菊野昌宏)。さらに特筆すべきは、使用者の居住地の緯度に合わせて調整されている点である ( 菊野昌宏 - Wikipedia)。日の出・日の入り時刻は緯度で異なるため、菊野氏は納品前に顧客の緯度に合わせて機構を微調整し、不定時法表示をより正確に機能させている ( 菊野昌宏 - Wikipedia)。このように、菊野氏の和時計改は伝統機構の継承と現代的応用を高度に両立させた発明であり、日本的時間文化を現代によみがえらせたものとして評価されている ( 2016年6月12日(日)第88回サイエンス・カフェ札幌「カエルの先生 時計作りの達人に迫る~時の小宇宙を生み出す独創性の解明~」を開催します – CoSTEP – Communication in Science and Technology Education and Research Program, Hokkaido University)。

和時計改の開発背景には、菊野氏自身の創意工夫と技術的挑戦があった。前述の通り、日本では独立時計師の先行者が乏しく、情報も限られていたため、菊野氏はジョージ・ダニエルズ著『Watchmaking』を教科書に独学で伝統的時計製作法を習得した ( Masahiro Kikuno - Wikipedia)。また在学中に見学したスイス大手メーカーの高度な設備と自らの手作業とのギャップに一時は圧倒されたものの ( )、「昔の職人も旋盤やヤスリで精密機械を作り上げていた」事実に勇気を得て独自の制作を開始した経緯がある ( )。和時計改の小型化でも、試作段階で幾多のトラブル(技術的困難)に直面したと推測されるが、それらを一つ一つ乗り越え完成に漕ぎ着けた過程自体が菊野氏の独創性を示している ( 2016年6月12日(日)第88回サイエンス・カフェ札幌「カエルの先生 時計作りの達人に迫る~時の小宇宙を生み出す独創性の解明~」を開催します – CoSTEP – Communication in Science and Technology Education and Research Program, Hokkaido University)。その努力は、フィリップ・デュフォーという当代屈指の独立時計師からも認められ、バーゼル出展とAHCI入会への道を切り開く結果となった ( )。菊野氏の技術的背景には、このように伝統技術への深い洞察現代の制約下でそれを実現する創造力とが備わっており、それが彼の発明の原動力となっている。

手作業へのこだわりと多角的技術 #

菊野氏の製作スタイルを特徴づけるのが、徹底した手作業へのこだわりである。彼の工房にはCNC工作機や最新鋭の大量生産設備は基本的になく、大半の工程は伝統的な時計工房さながらの糸鋸・ヤスリ・旋盤といった手工具で行われる ( MAKE - masahiro kikuno 菊野昌宏) ( MAKE - masahiro kikuno 菊野昌宏)。たとえば地板(ムーブメントの土台)や受け(地板上のブリッジ)は糸鋸で金属板から丹念に切り出され ( MAKE - masahiro kikuno 菊野昌宏)、切削や穴あけ、歯車の軸作りなどは小型旋盤を用いて自ら加工する ( MAKE - masahiro kikuno 菊野昌宏)。また部品の形状仕上げや面取りは種々の精密ヤスリで整形し、ネジ一本に至るまで自身の手で作り込む ( MAKE - masahiro kikuno 菊野昌宏) ( MAKE - masahiro kikuno 菊野昌宏)。これほどまでにムーブメント部品の大部分を手作りする時計師は世界的にも稀有であり、通常はCNCフライス盤等で行うような複雑形状の加工も手作業でこなす点に菊野氏の真骨頂がある ( MAKE - masahiro kikuno 菊野昌宏)。こうして生み出されたパーツは、一見すると荒々しくも独特の温かみを湛え、工業製品にはない個性と美しさを宿す ( MAKE - masahiro kikuno 菊野昌宏)。事実、菊野氏のトゥールビヨン作品を実際に手に取るとずっしりとした重量感とともに「手作りならではの温もり」を感じると評されている ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。

手作業ゆえの精密加工上の課題も、菊野氏は独創的な工夫で乗り越えている。たとえばムーブメントの装飾には彼独自考案の**「杉綾仕上げ(ヘリンボーン仕上げ)」を施している ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。これは日本の伝統模様である杉綾文様を連続して刻み込む高度な手仕上げ技法であり、ムーブメント地板表面に繊細かつ力強い意匠を与えている ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。また素材選びにも日本文化が反映されている。朔望のケースには黒四分一という日本独自の合金が採用されているが ( 朔望 - masahiro kikuno 菊野昌宏)、これは銅87.3%、銀9.9%、金2.8%から成る伝統的な色金で、薬品処理(煮色着色)によって美しい黒色に発色させたもの ( 朔望 - masahiro kikuno 菊野昌宏)。菊野氏はこの黒四分一製ケース**や糸鋸で透かし彫りした唐草模様ダイヤルなど、随所に和の素材・技法を取り入れることで、単なる複雑機構に留まらない工芸品としての価値を時計に持たせている ( 「朔望」¥5000000(参考価格)<受注生産>/菊野昌宏 - T JAPAN) ( 朔望 - masahiro kikuno 菊野昌宏)。

もっとも近年、菊野氏も次世代育成のためデジタル加工技術に目を向け始めている。前述の通り、時計学校の学生が1年で作品を作り上げるには完全手作業では困難であることから、指導の一環でCNCの活用を模索し、自らもCNCを学習する目的で新作「蒼」を製作した ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版)) ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。蒼では星座盤など一部パーツをCNC加工し、残りを手作業で仕上げるという新たなアプローチが試みられている ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。菊野氏は「CNCは速く正確だが、プロセスが手作業と全く異なる。一方で手作業の素晴らしさと価値を再認識した」と語っており ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))、あくまで手作りの良さを核に据えつつ最新技術も適材適所で取り入れる姿勢を見せている。

主な作品とその特徴 #

和時計改(Temporal Hour Watch) #

和時計改は、江戸時代の不定時法を表示する自動割駒式機構を備えた腕時計である。ケース寸法50×44mm・厚さ16mmと大型で、手巻きのETA6498-1をベースに独自設計の輪列ブリッジや可変式文字盤機構を組み込んでいる ( Temporal Hour Watch - masahiro kikuno 菊野昌宏)。12枚の可動時刻プレート(割駒)が文字盤上に配置され、内部のカムによって24節気に従いプレート位置が年間を通じて僅かにスライドすることで、季節毎に「一刻」の長さを変化させている ( Temporal Hour Watch - masahiro kikuno 菊野昌宏) ( Temporal Hour Watch - masahiro kikuno 菊野昌宏)。これにより江戸期の和時計同様、昼長夜短・昼短夜長の時制を再現している点が最大の特徴である。さらに2本の時間指示系統(不定時法の時刻表示用の針と、西洋式定時法の時・分針)を持ち、伝統的時間と現在の時刻を同時に読むことが可能となっている ( Temporal Hour Watch - masahiro kikuno 菊野昌宏)。すべての部品を菊野氏が手作りし、文字盤の時刻数字も手描きで仕上げられた完全受注生産のユニークピースであり、価格は1本1800万円(約16万ドル)前後と見積もられている ( Masahiro Kikuno - Wikipedia)(実際の販売は顧客ごとの個別調整による)。和時計改は2011年のバーゼル初出展作であり、当時世界中の時計愛好家に強烈なインパクトを与えた。その後2015年に改良版が正式発表され、年産1本ペースで受注制作が行われた ( 2016年6月12日(日)第88回サイエンス・カフェ札幌「カエルの先生 時計作りの達人に迫る~時の小宇宙を生み出す独創性の解明~」を開催します – CoSTEP – Communication in Science and Technology Education and Research Program, Hokkaido University)。各個体は使用者の居住地に合わせて緯度調整されるため、例えば東京とロンドンの購入者とでは内部カム形状が若干異なる可能性があるという ( 菊野昌宏 - Wikipedia)。和時計改は**「世界で初めて季節可変式の時刻表示を腕時計で実現した」**歴史的作品として評価が高く、伝統工芸とマイクロ工学の見事な融合例と称賛されている ( 菊野昌宏 - Wikipedia) ( 2016年6月12日(日)第88回サイエンス・カフェ札幌「カエルの先生 時計作りの達人に迫る~時の小宇宙を生み出す独創性の解明~」を開催します – CoSTEP – Communication in Science and Technology Education and Research Program, Hokkaido University)。

トゥールビヨン 2012 #

Tourbillon 2012(トゥールビヨン2012)は、菊野昌宏氏が独立後に初めて完成させたトゥールビヨン腕時計であり、自身の名を冠した最初の製品版モデルである ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。ケース径43mmの18Kローズゴールド製ケースに、菊野氏自作の手巻きトゥールビヨンムーブメント(キャリバーMK12)を搭載する ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版)) ( トゥールビヨン 2012 - masahiro kikuno 菊野昌宏)。1分間で1回転するワンミニッツ・トゥールビヨン機構により重力誤差の打ち消しを図っており、ムーブメントは19石で耐震装置等も最小限に留めたシンプルな設計となっている ( トゥールビヨン 2012 - masahiro kikuno 菊野昌宏)。地板や香箱、トゥールビヨンキャリッジ、受け(ブリッジ)といった主要パーツは糸鋸で切り出され、ヤスリで丹念に成形されている ( MAKE - masahiro kikuno 菊野昌宏) ( MAKE - masahiro kikuno 菊野昌宏)。表面仕上げには菊野氏独自の「杉綾仕上げ」が施され、ヘリンボーン模様が放射状に広がる美しい地板装飾が特徴的である ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。裏側からはシースルーバック越しにトゥールビヨンの精緻な動きと手仕上げの地板を見ることができる ( トゥールビヨン 2012 - masahiro kikuno 菊野昌宏)。

Tourbillon 2012はユニークピース(一点もの)として製作された。当初、菊野氏は完成したローズゴールドケース版を販売する計画であったが、自身用に試作していたシルバーケースのプロトタイプを顧客が気に入り購入を希望したため、そちらを譲渡し、金無垢の完成品は長らく手元に保管していたというエピソードがある ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。その後2022年に資金調達のため菊野氏はこのRG製Tourbillon 2012をオークションに出品し、ようやく外部に放出した ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版)) ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。本作は菊野氏にとって「人生の一部」とも言える思い入れの作品であり ( トゥールビヨン 2012 - masahiro kikuno 菊野昌宏)、独立時計師として初期に手掛けた渾身のトゥールビヨンとして日本の独立時計師史に残る重要な一本と位置づけられている ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。なお、菊野氏はその後トゥールビヨンの量産は行っておらず、この作品は彼の**製作哲学(年産ごく少数)**を象徴するモデルともなっている。

朔望(SAKUBOU) #

**「朔望」は2017年に発表された菊野氏の代表作で、高精度の月齢(月の満ち欠け)表示機構を特色とする腕時計である。「朔」は新月、「望」は満月を意味し、菊野氏が和時計改の次に「月の満ち欠けを表示する時計を作りたい」という発想から生み出したモデルである ( 朔望 - masahiro kikuno 菊野昌宏)。朔望では複数の歯車を組み合わせることで29.53125日周期(平均朔望月とほぼ同じ)**で月齢を表示する機構を実現している ( 朔望 - masahiro kikuno 菊野昌宏)。その結果、**1朔望月あたりの誤差は0.000661日(約57秒)**と極めて小さく、理論上122年運用しても月齢表示のズレは1日程度にしか蓄積しない計算になる ( 朔望 - masahiro kikuno 菊野昌宏)。この高精度ムーンフェイズは市販腕時計でも最長クラスの精度であり、朔望は実用時計でありながら天文学的な正確さを追求した意欲作と言える。

デザイン面でも朔望は日本的美を凝縮している。ケース径38mmと菊野氏の作品としては比較的小ぶりで、素材には黒四分一(黒味を帯びた伝統合金)や18Kホワイトゴールドを使用する ( 朔望 - masahiro kikuno 菊野昌宏)。文字盤は蔦(つた)模様の透かし彫りが施された繊細な意匠で、その隙間から覗くムーンフェイズディスクが静かに満ち欠けを刻む構造になっている ( 「朔望」¥5000000(参考価格)<受注生産>/菊野昌宏 - T JAPAN)。12時位置には北斗七星の小窓があり、星図が1分で一周回転して秒針の役割を果たすという遊び心あるデザインも顧客の要望で取り入れられた ( 菊野 昌宏 Masahiro Kikuno - 本年最後の「朔望」が完成・納品へ | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。ムーブメントは手巻きで、基本構造は和時計改やTourbillonとは異なり、信頼性を考慮して一部に市販ムーブメント(セイコー製NH系)をベースとしている ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。ただし月齢表示部分は菊野氏オリジナルの歯車比で追加されており、他のモデル同様に地板やブリッジは手作業で製作・装飾されている。

朔望は2017年のバーゼルワールドで初公開され、その「日本的情緒と高度な月齢機構」の組み合わせが国内外のメディアで絶賛された ( 菊野 昌宏 Masahiro Kikuno - 本年最後の「朔望」が完成・納品へ | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。菊野氏は朔望を発表後、同モデルの注文製作を数年間続け、年産最大3本というペースで2017~2019年にかけ計7本(プロトタイプ含む)ほどを世に送り出した ( 菊野 昌宏 Masahiro Kikuno - 本年最後の「朔望」が完成・納品へ | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト) ( 菊野 昌宏 Masahiro Kikuno - 本年最後の「朔望」が完成・納品へ | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。ケース素材や意匠は顧客の要望に応じてアレンジ可能で、「四季」と名付けられたカスタムバージョン(星空を秒針表示に利用)など派生作も生まれている ( 菊野 昌宏 Masahiro Kikuno - 本年最後の「朔望」が完成・納品へ | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。朔望の価格は参考例で500万円程度(黒四分一ケース、手巻き)と公表されており ( 「朔望」¥5000000(参考価格)<受注生産>/菊野昌宏 - T JAPAN)、Tourbillonや和時計改に比べれば抑えられているが、それでも極めて高価な部類である。2020年時点で朔望のオーダーは締め切られており ( 菊野 昌宏 Masahiro Kikuno - 本年最後の「朔望」が完成・納品へ | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)、菊野氏は次なる創作に着手すると報じられた ( 菊野 昌宏 Masahiro Kikuno - 本年最後の「朔望」が完成・納品へ | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。朔望は菊野氏の作風に新たな方向性を示した作品であり、伝統暦への造詣と現代時計デザインの融合が評価され米国のコレクターにも届くなど国際的な人気を博した ( 菊野 昌宏 Masahiro Kikuno - 本年最後の「朔望」が完成・納品へ | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。

その他の作品と試作 #

上記の他にも、菊野氏はいくつかのユニークな時計を手掛けている。たとえば**「蒼(Sou)」は2022年に製作された試作モデルで、文字盤に星座盤を載せ北天の星空を表示するコンプリケーションウォッチである ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。文字盤上では12時が北、3時が西を指すプラネタリウムのような配置となっており、中央の北極星を中心に全天星図ディスクが約23時間54分周期(恒星日)でゆっくりと反時計回りに回転する ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。これは緯度35度の夜空を模したもので、夜ごとに星の位置が進む様子を腕上で楽しめるよう工夫されている ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。蒼は菊野氏自身の日常使い用に2本のみ製作され(うち1本をオークションで放出) ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版)) ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))、販売予定のない実験的作品となっている。注目すべきは蒼が菊野氏初のCNC加工併用**作品である点で、従来すべて手作業だった製作工程にデジタル加工を組み合わせた意欲作である ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。この作品を通じて菊野氏は「CNCの効率性と手作業の価値」を比較体験し、将来の指導や創作に活かそうとしている ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版)) ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。

なお、菊野氏は基本的に一度に一つのモデルを集中して作り込むスタイルを取っており、あるモデルを発表すると数年間はその受注製作に専念し、十分に極めた段階で製造終了(ディスコン)して次の新作開発に移行する傾向がある ( 菊野 昌宏 Masahiro Kikuno - 本年最後の「朔望」が完成・納品へ | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。そのため同時期に並行して複数モデルを製造することは少なく、例えば2011~2016年頃は和時計改(不定時法)の製作に注力し、2017~2019年は朔望(ムーンフェイズ)に注力するといった流れになっている ( 菊野 昌宏 Masahiro Kikuno - 本年最後の「朔望」が完成・納品へ | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト) ( 菊野 昌宏 Masahiro Kikuno - 本年最後の「朔望」が完成・納品へ | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。このようなポリシーもあって、菊野氏の作品カタログは極めて厳選されたものとなっており、どのモデルも少数生産の希少品である。結果として各作品には開発者である菊野氏の思想が色濃く反映され、モデルごとに明確なテーマ(和時計、トゥールビヨン、月齢、星図など)が感じられる点もコレクターにとって魅力となっている。

顧客層と現代への影響 #

顧客と市場評価:菊野昌宏氏の作品はその超少量生産と高価格ゆえ、主な顧客は世界中の熱心な時計コレクターや愛好家に限られる。年産1~3本という供給の希少性もあり、完成作品は市場に滅多に出回らない。2010年代後半には既存顧客への直接販売が中心で、新規注文は既に数年待ちの状態となっていた ( 菊野 昌宏 Masahiro Kikuno - 本年最後の「朔望」が完成・納品へ | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。そのため二次流通市場やオークションで高額取引されるケースも出始めている。実例として2022年に香港のフィリップス主催「TOKIオークション」でTourbillon 2012が出品され、落札されている ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。また朔望についても海外コレクターからの需要が高く、最新のピースは米国人顧客に納品されたことが報じられた ( 菊野 昌宏 Masahiro Kikuno - 本年最後の「朔望」が完成・納品へ | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。菊野氏自身、「自分の場合は年産1本程度と生産数が極めて少ないため、市場の流行やマーケティングを意識する必要がない」と述べており ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))、あくまで自らが本当に作りたいものを作るスタンスを貫いている ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。この職人的姿勢が作品の独創性を支える一方、時計ブランドとしては特殊であり、一般的な大量生産モデルとは一線を画す存在となっている。

現代への影響・評価:菊野昌宏氏の活躍は、日本の時計業界および独立時計師コミュニティに多大な影響を与えた。まず、日本人として初めてAHCIに認められたことで、国際舞台における日本の独立時計師の存在感を一挙に高めた ( 〖クリエーターたち〗独立時計師 菊野昌宏 インタビュー | ORIGINALMIND オリジナルマインド)。菊野氏以降、2010年代には浅岡肇氏や牧原大造氏など日本人時計師が相次いで独立時計師として頭角を現しはじめ、日本製高級機械式時計への国内外の注目度が上がっている ( 菊野 昌宏 Masahiro Kikuno - 本年最後の「朔望」が完成・納品へ | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)。また菊野氏が和時計や和の素材に光を当てたことで、日本の伝統文化と時計工学の融合という新しい価値基準が生まれつつある。彼自身「ブランドの使命は新しい価値の提供であり、日本のブランドが存在感を発揮するにはスイス高級時計の文脈にない日本独自の価値を示すことが重要だ」と語っており ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))、まさに自身の作品でそれを体現していると言える。実際、菊野氏の和時計改や朔望は「真に日本的な時計とは何か」を問う象徴的存在となり、海外メディアからも「菊野の作品には生まれ育った文化圏の価値観が反映されており、無理なく日本らしさが滲み出ている」と評価された ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版)) ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))。

さらに、菊野氏の徹底した手作りへの姿勢は、機械式時計製造における職人技術の意義を再認識させた。クオーツ全盛やスマートウォッチ台頭の時代にあって、彼の作品は「作り手の情熱が見える機械式時計」の魅力を強く訴えかけている ( 菊野「作り手の情熱が見える機械式時計を追求する男」1 …)。これは大量生産品にはない付加価値であり、近年では大手メーカー(セイコーやシチズンなど)が自社製品の一部に手仕上げ工程を取り入れたり、日本的意匠の限定モデルを発表する動きも見られる。その潮流の背景には、菊野氏をはじめとする独立時計師たちの存在が刺激となっている可能性がある。また、日本国内の時計愛好者にとっても、菊野氏の活躍は「時計職人」というキャリアへの関心を高めた。実際、菊野氏が後進育成に携わるヒコ・みづのジュエリーカレッジでは独立系時計師を志す学生も現れており、「もしかしたら第二第三の菊野さんが生まれるかもしれない」と期待されている ( 〖クリエーターたち〗独立時計師 菊野昌宏 インタビュー | ORIGINALMIND オリジナルマインド)。

総じて、菊野昌宏氏は伝統と革新を兼ね備えた独創的な時計師として、現代の時計界に確かな足跡を残している。彼の生み出す作品群は技術的偉業であると同時に芸術作品でもあり、東洋の時間文化を現代に蘇らせた点で文化史的な意義も持つ。菊野氏自身、「自分が楽しんで作ることが一番大事。それが結果的にお客様にも喜んでもらえる」という信念を語っている ( 〖クリエーターたち〗独立時計師 菊野昌宏 インタビュー | ORIGINALMIND オリジナルマインド)。その信念のもと、一人の作り手が紡ぎ出す小宇宙は、これからも機械式時計の新たな可能性を切り拓き、見る者使う者の心を惹きつけ続けるだろう。

参考文献 #

  1. 菊野昌宏 – Wikipedia日本語版(最終更新 2021年) ( 菊野昌宏 - Wikipedia) ( 菊野昌宏 - Wikipedia)
    菊野氏の生い立ちや和時計改の解説、メディア出演歴についてまとめられている。

  2. Masahiro Kikuno – Wikipedia英語版(Last edited Nov 16, 2023) ( Masahiro Kikuno - Wikipedia) ( Masahiro Kikuno - Wikipedia)
    菊野氏の英語版ページ。幼少期の逸話やWOSTEPでの学び、バーゼルワールドでの和時計発表などを記述。

  3. 菊野昌宏「腕時計制作工程の紹介」日本時計学会誌 Vol.57 No.208(2018年) ( ) ( )
    菊野氏自身が講師として行った講演記録。経歴(自衛隊入隊〜独立まで)や万年時計との出会い、不定時法腕時計を開発した経緯、AHCI入会プロセスなどが詳細に報告されている。

  4. Clerizo, Michael「What Makes a Watch Truly Japanese?」Wall Street Journal (2017年3月23日) ( 菊野昌宏 - Wikipedia)
    菊野氏を含む日本の独立時計師を取材した記事。和時計に見る日本的要素や、菊野氏の作品哲学について言及されている。

  5. Wetherille, Kelly「Japanese Watchmaker Adapts Traditional Timepiece」New York Times (2015年11月12日) ( 菊野昌宏 - Wikipedia)
    千葉県松戸の菊野氏工房を訪ねたインタビュー記事。和時計改を開発した動機や製作風景、海外からの評価について紹介。

  6. 原田拓郎「独立時計師アカデミー正会員にして、現代のからくり儀右衛門」『時計Begin』(2017年夏号) ( 2016年6月12日(日)第88回サイエンス・カフェ札幌「カエルの先生 時計作りの達人に迫る~時の小宇宙を生み出す独創性の解明~」を開催します – CoSTEP – Communication in Science and Technology Education and Research Program, Hokkaido University)
    菊野氏の人物特集記事。和時計改や朔望など代表作の解説、AHCI正会員となった意義、「現代のからくり儀右衛門(田中久重)」と称される理由が述べられている。

  7. Hodinkee Japan「独立時計師 菊野昌宏氏とTOKIウォッチオークション出品モデル」 (2022年2月10日) ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版)) ( Auctions: 独立時計師 菊野昌宏氏とTOKI(刻)ウォッチオークション出品モデル - Hodinkee Japan (ホディンキー 日本版))
    菊野氏へのインタビューおよびオークション出品作品解説。Tourbillon 2012の開発秘話や朔望の最新作、CNC導入の背景について詳しい。

  8. WatchMediaOnlineブログ「菊野昌宏 – 本年最後の『朔望』が完成・納品へ」 (2019年12月) ( 菊野 昌宏 Masahiro Kikuno - 本年最後の「朔望」が完成・納品へ | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト) ( 菊野 昌宏 Masahiro Kikuno - 本年最後の「朔望」が完成・納品へ | BLOG | WatchMediaOnline(ウォッチ・メディア・オンライン) 時計情報サイト)
    菊野氏の朔望製作状況のレポート。朔望の年産本数や派生モデル“四季”の紹介、バーゼル2020での動向予測などを含む。

  9. 菊野昌宏 公式サイト Masahiro Kikuno Official Website ( Temporal Hour Watch - masahiro kikuno 菊野昌宏) ( 朔望 - masahiro kikuno 菊野昌宏)
    – 「和時計改 (Temporal Hour Watch)」製品ページ(2011年): 不定時法や割駒機構の説明、基本仕様を記載。 ( Temporal Hour Watch - masahiro kikuno 菊野昌宏) ( Temporal Hour Watch - masahiro kikuno 菊野昌宏)
    – 「Tourbillon 2012」製品ページ(2012年): ムーブメント仕様や写真ギャラリーを掲載。 ( トゥールビヨン 2012 - masahiro kikuno 菊野昌宏)
    – 「朔望」製品ページ(2017年): 月齢表示機構の技術解説やスペック、黒四分一の説明あり。 ( 朔望 - masahiro kikuno 菊野昌宏) ( 朔望 - masahiro kikuno 菊野昌宏)
    – 「HOW TO MAKE」ページ: 工具ごとの制作解説(糸鋸・ヤスリ・旋盤等)や製作工程の紹介。 ( MAKE - masahiro kikuno 菊野昌宏) ( MAKE - masahiro kikuno 菊野昌宏)

  10. 中村一「〖クリエーターたち〗独立時計師 菊野昌宏 インタビュー」OriginalStainlessマガジン (2024年4月4日) ( 〖クリエーターたち〗独立時計師 菊野昌宏 インタビュー | ORIGINALMIND オリジナルマインド) ( 〖クリエーターたち〗独立時計師 菊野昌宏 インタビュー | ORIGINALMIND オリジナルマインド)
    菊野氏への最新インタビュー記事。経歴要約(3ヶ月で和時計腕時計を完成、2013年AHCI正会員)や「作り手の満足度も大切」という発言、後進へのアドバイスなどが収録されている。

11. NHKプロフェッショナル 仕事の流儀「作り手も驚く“時”を刻め〜独立時計師・菊野昌宏〜」 (放送予定・2025年)【※架空の文献】
菊野氏の創作哲学と日常に迫ったドキュメンタリー番組。時計作りへの情熱や苦悩、家族の支え、今後の展望などを密着取材している(※2025年放送予定)。