リヴァプールの時計師とその名#
ロバート・ロスケル(Robert Roskell、1790年頃から1847年まで活動)は、英国リヴァプールで懐中時計を製作・販売した時計師である。ラック・レバー脱進機を備える時計や打刻機構付きの時計が残り、航海用クロノメーターにもその名が見られる。生年や初期の経歴には不確かな点がある。1
当時のリヴァプールは時計製作と商業の拠点で、完成時計には脱進機やケースなど別の専門家の仕事が組み合わされた。文字盤や機械の署名だけで、その時計の全部品を署名者が作ったと決めることはできない。同じ名の息子や後継会社もあるため、署名と個人の活動時期を分けて読む必要がある。1 2
時計製作と事業#
メトロポリタン美術館は、ロスケルの初期の生涯には食い違う記録があり、生年も確定しないと説明する。同館が参照する後継会社は1790年創業を称した。一方、現存時計を調べた時計史研究者マイケル・エディディンは、約1798年に製造を始めたと記している。創業の主張と時計の製造開始についての研究上の記述は、同じ精度の事実として扱えない。1 2
後年の提携関係について、同美術館は時計史家ジョン・カルムの調査を紹介する。ニコラス・ロスケルとの提携は1832年に、息子ロバート・ロスケル・ジュニアとの「Robert Roskell and Son」は1842年に、ジョン・ロスケル・ジュニアとの提携は1847年に解消した。1847年以降、父ロバートはその記録から姿を消すが、ウィリアムとリチャードの提携による会社は1877年まで続いた。同館は1897年には有限会社となったと記す。これらを父一人の活動期間と同一視することはできない。1
息子ロバート・ジュニアは1843年にロンドンのジョン・サミュエル・ハントと組み、後の宝飾・銀器商ハント・アンド・ロスケルに加わった。同社はヴィクトリア女王に仕え、時計も扱った。これは息子と後継事業の経歴であり、父ロバートが女王の時計師だったことを示す資料ではない。1
ラック・レバーと製作の分業#
機械式時計の脱進機は、ぜんまいから歯車に伝わる力を小刻みに解放し、てんぷの振動を維持する。ラック・レバーでは、歯のある小さなラックと歯車を介して、がんぎ車を止める側の動きとてんぷの往復運動を結ぶ。リヴァプールのピーター・リザーランドは1791年と1792年にこの方式の特許を得た。ロスケルはラック・レバーを使ったが、その原理の発明者ではない。1 2
エディディンは、ケース年代が1798年頃から1808年頃までのロスケル銘のラック・レバー時計について、特徴的なてんぷ受けと番号がリザーランドの系列に入ると指摘する。その標本に基づき、特許期間中のリザーランドが製造を許諾したのではなく、ロスケルに時計を供給した可能性を論じる。番号と現存品からの推論であり、個々の時計の部品供給をすべて確定するものではない。2
ロスケル銘の時計にはラック・レバーのほか離脱式レバーもある。後者は、振動の大部分でてんぷがレバーから離れる方式である。英国の時計には、ぜんまいの力の変化をならす鎖引きフュージーと、上下二枚の地板で輪列を支える構造が引き続き用いられた。1 3
現存する懐中時計#

19世紀初頭のロスケル銘の懐中時計。ケースはトマス・ヒルズビーの可能性がある。撮影:Richard Lee。メトロポリタン美術館蔵。出典:Wikimedia Commons。CC0 1.0。加工なし。
メトロポリタン美術館所蔵の別の金時計No.29664は、ケースのチェスター検定刻印から1820–21年のものと分かる。金文字盤に秒の小文字盤を設け、機械には鎖引きフュージー、ラック・レバー、ダイヤモンドの受石を備える。てんぷ受けには「PATENT」、地板にはロスケルの名とリヴァプール、番号が刻まれる。ケースの刻印はトマスとジョン・ヒルズビーの仕事を示し、時計師の署名とケース製作者を区別できる例である。1
ロンドンのサイエンス・ミュージアムにある1814年のNo.22994は、レバー脱進機に加えて、ベロラス式の反復打刻と目覚ましを備える。打刻機構は、利用者が操作すると時計が時刻を音で知らせる仕組みである。別のNo.10030には「Roskell’s Patent Repeater」の銘と1832年のケース刻印があり、競売記録は機構をジョゼフ・ベロラスの1808年特許に結び付ける。メトロポリタン美術館はロスケルが1832年に反復機構の特許を得たと記すが、その一次特許明細書は確認できていない。刻印、ケースの年、特許の帰属を同一視せずに読む必要がある。1 4 5
航海用時計と後世の使用#
ロスケルの名を持つ箱入りクロノメーターNo.874/50318は、オーストラリアのパワーハウス博物館に残る。同館は製作を1839年頃、使用場所をシドニー天文台と記録している。天文台での使用は時計の来歴を示すが、それだけでは父ロバートが同天文台に直接納入したとは言えない。6
グリニッジの国立海事博物館には、ロスケル銘のNo.216/33501もある。博物館によれば、1969年には客船クイーン・エリザベス2の予備時計として使われた。現在の箱は別の時計と組み合わされたもので、脱進機も修復時に大部分が作り直されている。現存する姿は19世紀の製作と後年の使用・修復の双方を伝える。7
年表#
- 1790年頃:後継会社が創業年として掲げた年。1
- 1798年頃:エディディンの研究が時計製造の開始時期とする。2
- 1814年:打刻と目覚ましを備えるNo.22994の製作年として博物館に記録される。4
- 1820–21年:No.29664のケースにチェスターの検定刻印。1
- 1832年:ニコラスとの提携を解消。同年のケース刻印を持つ反復時計No.10030が残る。1 5
- 1839年頃:シドニー天文台で使われた箱入りクロノメーターの製作時期。6
- 1842–47年:息子ロバート、続いてジョン・ジュニアとの提携を解消。1
- 1877年:ウィリアムとリチャードの提携による会社がこの年まで続いた。1
参考文献#
1. Metropolitan Museum of Art, Pocket watch, Robert Roskell, 1820–21, 作品解説・注記(2026年11月4日閲覧)。
2. Michael Edidin, Peter Litherland’s patent watches and their successors, Antiquarian Horology, 2023年6月、pp. 223–230、特にpp. 227–229(2026年11月4日閲覧)。
3. Fitzwilliam Museum, Watch: PW.30-1923, 機械の所蔵記録(2026年11月4日閲覧)。
4. Science Museum Group, Gold watch by Robert Roskell, 所蔵記録(2026年11月4日閲覧)。
5. Sotheby’s, Robert Roskell, Liverpool, No.10030, 2016年競売記述(2026年11月4日閲覧)。
6. Powerhouse Collection, Chronometer made by Robert Roskell, H9921の所蔵記録(2026年11月4日閲覧)。
7. Royal Museums Greenwich, 216/33501 and 956, 所蔵品の来歴・修復記録(2026年11月4日閲覧)。