サミュエル・ワトソン

サミュエル・ワトソン

サミュエル・ワトソン(Samuel Watson)は、17世紀後半から18世紀初頭のイングランドで活動した時計師である。コヴェントリーからロンドンへ移り、王室の天文時計、卓上の時打ち時計、医師のための脈拍測定時計を製作した。天体の運動を機械で示す仕事と、患者の脈を一定時間に数える仕事は、どちらも観測を再現できる時間の目盛へ置き換える試みだった。1 2

生没年をめぐる問題#

ワトソンの生没年には無視できない異説がある。ロンドン科学博物館の作品記録と1971年のD. D. Gibbsの論文は、コヴェントリーで1635年頃に生まれ、1710年頃に亡くなったという従来の人物像に基づく。一方、Keith Batesは2020年、教区記録と会社記録を調べた結果として、1650/51年2月15日のキングズベリーでの洗礼と、1722/23年2月4日の埋葬を提示した。1 2 3

後者では父母をSamuelとSibbellとし、1672年4月8日のElizabeth Milburnとの結婚、1690年9月29日のClockmakers’ Companyへの入会も示している。17世紀イングランドの年は3月25日に始まる慣習があり、1–3月の1650/51という二重年表記は暦年の扱いを区別するものとなる。これを単純に1650年または1651年と片方だけに直すと、記録の意味が失われる。3

ただし、Batesが紹介する教区簿の原画像をここでは直接照合できていない。従来説を誤りとして消し去るのではなく、具体的な記録を伴う再同定説として扱う。とくに1712年の海上時計提案は、1710年頃没という古い概算と整合しないため、生涯を考えるうえで重要な論点である。2 3

コヴェントリーとロンドン#

1686年にコヴェントリーのシェリフとなったことは、複数の研究に現れる。Batesの調査では1680年に教会委員を務め、1682年以降には子供たちの洗礼記録も続く。時計師としての活動に加え、地域の行政・教区社会に基盤を持つ人物だったと考えられる。徒弟修業の師匠は確定できず、Bates自身も1664–1671年頃の修業を推定としているため、具体的な工房名は挙げられない。2 3

ロンドンではロング・エーカーで働き、1692年の水道料金・地域記録が残る。Clockmakers’ Companyへの入会年は従来研究の1692年とBatesの1690年が一致しないが、1690年代初めにロンドンで事業を営んだことは共通している。娘と時計師William Threlkeldの婚姻関係もBatesは報告しており、工房の技能と家族関係が重なる都市の時計業界に属したことがうかがえる。2 3

天文時計の世界#

王室への複雑時計#

ワトソンはチャールズ2世のために天文時計を製作し、「Mathematician-in-Ordinary」という肩書で知られた。1683–1690年に制作された大作は、時刻だけでなく暦、太陽と月の位置、月相、惑星の運動を扱う。Batesは、1682年の別の王室時計と、この7年がかりの作品を区別している。チャールズ2世は完成前に死去し、時計の来歴は次の治世にまたがった。1 2 3

当時の旅行記にも、大小の文字盤を持ち、プトレマイオスとコペルニクスの二つの宇宙体系を示すワトソンの時計が記述される。University of SaskatchewanのDigital Arkが掲載する記録では、文字盤の「Samuel Watson, now in London」と「Coventriae fecit」という署名が読み取られており、コヴェントリーでの製作とロンドンでの活動をつなぐ物証となる。ただし見た目の壮観さと、天体位置の長期的な予測精度は同じ評価軸ではない。4

科学博物館の台座型天文時計#

科学博物館所蔵の1970-25は、1695年頃のぜんまい駆動・振子時計である。黒色仕上げの木製ケースに、日付、黄道上の太陽位置、月相、月の黄緯、日出、月出・月没、ロンドン橋の満潮時刻を示す。博物館は太陽を中心に固定したコペルニクス式表示を備える、英国最初期の天文時計として評価している。「最初」という表現は同館の評価であり、世界の天文時計全体についての優先権ではない。1

月相と黄緯は異なる情報である。月相は太陽との位置関係による照明の見え方で、黄緯は黄道面に対して月がどれほど南北へ離れるかを示す。新月や満月だけで毎回食が起こらないことを理解するには、後者も必要になる。複数の文字盤は単なる装飾の増加ではなく、異なる周期を同じ機械へ組み込む試みだった。1

なお、同館展示解説はこの時計についてニュートンのために作ったとの伝承を紹介するが、確定した発注記録としては扱っていない。ワトソンとニュートンの関係を述べる際は、個々の作品の伝承と、実際の注文証拠を分ける必要がある。5

脈拍時計と医師ジョン・フロイヤー#

リッチフィールドの医師Sir John Floyerは、患者の脈を1分間で何回打つか数えるため、ワトソンに携帯できる時計を求めた。1707年刊『The Physician’s Pulse Watch』の広告は、フロイヤーの指示による時計をロング・エーカーのワトソンが製作・販売すると明記している。Gibbsの研究は、この広告と現存品を結び付けて製作者を同定した。2

1695年頃とされる銀製二重ケースの現存品には、秒文字盤と、停止操作のためのレバーがある。基本機械はヴァージ脱進機で、四番車から秒針を取り出す。重要なのは、停止ボタンが独立した計測針だけでなく機械全体を止める点である。後世のクロノグラフのように、通常時刻を動かしたまま別系統だけ止め、針を帰零する構成ではない。2

フロイヤー自身は砂時計と時計の進み方を比較し、測定の不均一さも認識していた。したがって、この時計の歴史的価値は、当初から現代的な精度を完成させたことより、臨床の感覚的な脈診へ、共有可能な時間単位を持ち込んだことにある。発案者である医師と、機械として実現した時計師の貢献を分けて見る必要がある。2

ワトソンが「世界初のストップウォッチ」を発明したという言い方は、何を停止し、どの精度で読み、どの先行例と比較するかを省いている。ここでは秒針と全機械停止を備える初期の医療用計測時計と位置付ける。同様に、五分リピーターの発明者とする通説もあるが、優先権の一次資料を確定できないため、1710年の発明と断定することは避ける。

日常用時計と海上時計の提案#

ワトソンは特殊な天文時計だけを作ったわけではない。1700年頃の黒檀ケース卓上時計には、時打ち用の一つの鐘と、引き紐操作で15分単位を知らせる二つの鐘がある。Sotheby’sの実物記録では、フュジー、ヴァージ脱進機、六本の支柱、文字盤と裏板の署名、裏板のチューリップや葉文様が記載される。装飾と機械が同時に評価される、当時のロンドン時計の文化に属する作品である。6

Batesが紹介するClockmakers’ Companyの1712年11月3日の議事録には、海上で時刻を知る装置などを条件付きで会社へ売り渡すというワトソンの提案がある。会社は関与を見送った。これは少なくとも提案が存在した証拠であって、実用海上時計が完成していた証明でも、ジョン・ハリソンの仕事を先取りして解決していた証明でもない。図面、実物、海上試験記録を欠く状況で、後の成功をさかのぼって帰属させることはできない。3

年表#

年出来事と史料の精度
1635年頃従来研究で用いられた概算の出生年
1650/51-02-15Batesがワトソンに結び付ける洗礼記録。従来説と不一致
1672Elizabeth Milburnとの結婚をBatesが報告
1682王室のための天文時計と王室数学者の肩書をBatesが記載
1683–1690チャールズ2世のための複雑天文時計を制作
1686コヴェントリーのシェリフ
1690–1692ロンドン移転と会社加入。加入年には資料差がある
1695年頃科学博物館の天文時計と、現存脈拍時計の推定年代
1707フロイヤーの著書にワトソン製脈拍時計の販売広告
1712海上の時刻を知る器具をClockmakers’ Companyへ提案
1722/23-02-04Batesが報告する埋葬記録
1942–1971H. Alan Lloydらによる作品研究、Gibbsによる脈拍時計研究
2020Batesが教区記録等に基づく生涯の再同定を公表

出典:1–3。2026年時点でも生没年と一部来歴には未解決の差があり、作品の確実な機能と伝記上の推定は区別して読む必要がある。

参考文献#

  1. Science Museum Group, “Astronomical clock by Samuel Watson”, object 1970-25。収蔵記録。閲覧2026-10-22。
  2. D. D. Gibbs, “The Physician’s Pulse Watch”, Medical History 15(2), 1971-04, pp.187–190, DOI:10.1017/S0025727300016409。論文。本文・挿図を確認。閲覧2026-10-22。
  3. Keith Bates, “Samuel Watson a Royal Clockmaker”, Pendulum Publications, 2020-08-26。調査報告。教区簿原本は未照合。閲覧2026-10-22。
  4. Zacharias Conrad von Uffenbach, London in 1710, 1710-10-25のケンジントン訪問。University of Saskatchewan, The Digital Arkの旅行記転記。閲覧2026-10-22。
  5. Science Museum, Mathematics: The Winton Gallery, Large Print Book, case 47。展示解説。閲覧2026-10-22。
  6. Sotheby’s, Arts of Europe, 2015, lot 90, “Samuel Watson. An ebony quarter repeating table clock, London, circa 1700”。実物記録。閲覧2026-10-22。