大野真(おおの しん、Shin Ohno、1998年生まれ)は、日本の時計師である。セイコーエプソンで時計の設計に携わりながら、長野の冬の風景を音と動きで表す時計「冬景色」を自宅で製作した。この作品は、2026年のF.P.ジュルヌ「ヤング・タレント・コンペティション」を受賞した。打鐘機構とトゥールビヨンを組み合わせた時計で、懐中時計としても置き時計としても使える。1 2
設計から部品製作へ#
愛知県に生まれ、2020年に豊田工業高等専門学校の機械工学科を卒業してセイコーエプソンへ入社した。スプリングドライブの設計開発やマイクロアーティスト工房での設計開発、量産工程の支援を経験した。2026年3月に起業し、5月に退職して独立。専門誌『クロノス日本版』は同年10月、長野県で時計製作と修理に従事していると紹介している。2
大野自身の説明によると、会社では主にコンピューターを使った設計を担当し、機械式時計の理論と設計の基礎を身に付けた。一方、部品を実際に製造する技術は、長野県の技術講習、時計学校の教員への質問、動画などを通じて学んだ。子どもの頃にテレビで知った菊野昌宏、2020年の同コンペティション受賞者である関法史、長野の講習で指導した小松郁生を、自分に影響を与えた時計師として挙げている。1
初めて製作した懐中時計は、時・分・小秒針を持つ手巻き時計だった。大野は、設計上の欠点と部品の精度不足のため完成から約1か月で停止したと振り返る。2025年にコンペティションへ応募した際も受賞には至らず、翌年に再挑戦した。1
「冬景色」の構想と製作#
「冬景色」は、長野の山に囲まれた風景や雪解け水を着想源とする。大野は、打鐘の音を流れる水の音に、回転するトゥールビヨンを絶えず流れる水に重ねた。文字盤と受のつや消し仕上げには雪の柔らかな光、歯車と地板の筋目には水の流れを表現している。時計の機能だけでなく、部品の表面と音も風景を表す材料として用いた。1 2
製作には約11か月を費やした。本人によれば、最初の2か月を打鐘機構の調査、次の4か月を設計、さらに4か月を部品製造、最後の1か月を打鐘の安定化と音の調整に充てた。当初は期限を考えてプティット・ソヌリだけを搭載する案だったが、構想を広げて複数の機構を組み合わせた。勤務と並行し、出勤前と帰宅後、週末を製作に充てたという。1
本人は韓国の時計誌とのインタビューで、中央の軸に重なる10個以上の部品の微小な誤差が累積し、最初は作動しなかったと説明する。製造工程を見直して調整し、ゴングも固定方法や時計を置く・手に持つ姿勢によって音が変わるため、試行錯誤を重ねた。6
既製のムーブメントを土台とせずに製作し、総部品数は395個。ルビー68個、ボールベアリング11個、風防、3個の主ぜんまい、ひげぜんまいを除く部品は自宅の工具や機械で作られた。縦59mm、横41mm、厚さ14mm、重さ122gで、パワーリザーブは約50時間と紹介されている。2 3
音と動きの仕組み#
ソヌリは時刻の節目に自動的に音を鳴らす機構である。グラン・ソヌリは15分ごとに時と四半時を打ち、プティット・ソヌリでは毎時の時打ちは残しつつ、四半時ごとの時打ちを省く。「冬景色」はこの両方に加え、りゅうずを押して現在の時と四半時を音で知らせるクォーターリピーターを備える。音を出すゴングにはピアノ線が使われている。3 4
時を刻む部分と打鐘部分は分離できる構成で、調整しやすくしている。打鐘用の動力が不足すると打鐘機構を自動的に停止させ、機構の詰まりを防ぐ仕組みもある。独立時計専門誌SJXは、設計と製作の双方を大野が自宅で手掛けた点を紹介し、勤務先の既存の打鐘時計とは別の作品であると区別している。3
トゥールビヨンは、脱進機とテンプ・ひげぜんまいからなる調速機を回転する枠に収め、姿勢による重力の影響を平均化することを狙う機構である。「冬景色」では、その回転が視覚的な動きとして水の流れを表す。複雑な機構を設けるだけでなく、音、回転、仕上げを一つの風景に結び付けた点にこの作品の構想がある。1
受賞とその後#
ヤング・タレント・コンペティションは、若い時計師が独立へ進むことを支援するため、F.P.ジュルヌがザ アワーグラスの協力を得て開催している。2026年の審査では独創性、技術、仕上げや職人技が重視され、大野は同年4月14日にジュネーブで受賞した。賞には時計工具の購入や時計製作のための助成金が含まれる。1
2026年10月には東京で開かれたTokyo Watch Weekでも「冬景色」が展示された。企業で設計を学び、個人の工房で製造と調整を重ねて生まれた作品は、独立時計製作に至る一つの経路を示している。5
年表#
- 1998年:愛知県に生まれる。2
- 2020年:豊田工業高等専門学校を卒業し、セイコーエプソンに入社。1 2
- 2026年3月:起業。2
- 2026年4月:「冬景色」でヤング・タレント・コンペティションを受賞。1
- 2026年5月:セイコーエプソンを退職し、独立。2
- 2026年10月:Tokyo Watch Weekで作品を展示。5
参考文献#
1. F.P.Journe, “Young Talent Competition: Awarding to the winner”, 2026年、特に2〜3頁の作品説明と7〜8頁の本人インタビュー。PDF(2026年10月28日閲覧)。
2. 『クロノス日本版』「F.P.ジュルヌ×Chronos『ヤング・タレント・コンペティション』」、2026年10月5日。記事(2026年10月28日閲覧)。
3. Andrew Cavanaugh, “Home-Made Grande Sonnerie Wins 2026 F.P. Journe Young Talent Competition”, SJX Watches, 2026年4月27日。記事(2026年10月28日閲覧)。
4. Matthew De Jesus, “Shin Ohno’s Fuyu-Geshiki Is a Portrait of Obsession in 395 Parts”, Revolution Watch, 2026年5月14日。記事(2026年10月28日閲覧)。
5. HODINKEE Japan「Tokyo Watch Week 2026:時計を愛する人々が東京に集結、その様子を写真で振り返る」、2026年10月21日。記事(2026年10月28日閲覧)。
6. GMT Korea「워치메이커 신 오노」(時計師大野真へのインタビュー)、2026年5月30日。記事(2026年10月28日閲覧)。