トーマス・アーンショウ:航海用クロノメーターの実用化と発明の帰属

トーマス・アーンショウ:航海用クロノメーターの実用化と発明の帰属

トーマス・アーンショウ#

人物と時代#

トーマス・アーンショウ(Thomas Earnshaw、1749–1829)はイングランドの時計師である。航海用クロノメーターの構造を簡素化した人物として知られる。Royal Museums Greenwich(RMG)は、ばね式デテント脱進機と彼の温度補償テンプを、クロノメーターが実用的な航海計器へ発展するうえで重要な成果と評価している。1

生年月日は1888年の『Dictionary of National Biography』(DNB)が1749年2月4日、出生地をAshton-under-Lyne、死亡を1829年3月1日のロンドンChenies Streetとする。14歳で時計師に徒弟入りし、後に119 High Holbornで商売を営んだという。ただし、今回、出生・徒弟契約・死亡の原記録までは確認できていない。同時代の本人と、後世に彼の名前を使用するブランドとの事業上の連続性も本稿では認定しない。2

海上で必要だったのは、陸上の時計が示す時刻を船上へ持ち運ぶことである。経度の基準地点の時刻と現地時刻を比較する方法は、持ち運んだ時計の歩度が安定していて初めて有効になる。実際の探検では時計だけに頼らず、月の観測と陸上の天文観測で時計の進み・遅れを確かめていた。技術史家Kenneth MorganのInvestigator航海研究は、機械、観測者、天文表、保守の組合せとして経度測定を捉える。3

生涯を追うための確認済みの経歴#

修業、困窮、時計の改良#

Science Museum Groupの人物記録は、1774年にFleetの債務者監獄へ収容され、1780年に航海用時計の改良を始めたとする。同記録は1782年のArnold、1783年のEarnshawの特許を挙げるが、前者を後者の設計の変形とする表現は、発明の帰属問題をすでに含んでいる。これは館の説明として参照し、原特許を比較した独立の結論とは区別する。4

初期の確かな作品関係として、RMGの天文クロノメーターZBA1219がある。1783年とされるこの時計はGeorge Margettsの複雑な天文表示の設計に対して、Earnshawがばね式デテントを組み込んだものと記録される。ロンドンの緯度に対応する星空表示が動く。特許費用を負担したThomas Wrightへの支払を示す刻印・番号についても説明があり、発明者、資金提供者、表示の設計者を分けて考える実物資料になる。5

天文台と航海への供給#

1790–1795年に製作されたArmagh ObservatoryのEarnshaw No.1は、8日巻きの恒星時調整時計である。GreenwichでMaskelyneによる試験を受け、密閉性の高いケースと鋼・真鍮の9本棒グリッドアイアン振子を備えた。1820年代にはChristopher Sharpによって水銀振子へ改造された。No.2は鋼・亜鉛の5本棒補償振子を持つ、より簡素な時計だった。現在の姿をそのまま製作時の状態と見なしてはいけない。6

Powerhouseが所蔵する1791年製の天文調整時計は、Vancouverの1791–1795年の航海、その後Flindersの1801–1803年の調査に用いられたと記録される。船上のクロノメーターを、上陸時の仮設天文台で照合するための時計であった。1874年のハワイでの金星日面通過観測にも使われた。所蔵記録は現存振子を1932年以後の複製としており、後世の修復を含む作品史の重要性を示す。7

技術革新とその意味#

ばね式デテント脱進機#

2018年の機械工学研究は、Earnshaw式脱進機を構造と運動の両面からモデル化している。ガンギ車はデテント上の石で停止する。テンプの解放用部品が通過ばねを押してデテントを退かせると、解放された歯がテンプに衝撃を与える。その後デテントが戻り次の歯を止める。逆方向の振れでは通過ばねだけがたわみ、再びガンギ車を解放しない。したがって一往復に一度の衝撃となる。8

板ばねのデテントは、枢軸で支持する方式に必要なその部分の注油を避けられる。テンプが脱進機からほぼ自由になる時間を長くし、油の状態変化による歩度への干渉を減らす設計である。「時計全体が無注油」という意味ではない。同研究のCADモデルは史的実物の測定値一式ではなく、モデルとして設定した寸法を含むため、そこからEarnshaw製品全般の寸法・精度を断定できない。8

温度補償テンプと材料・加工#

RMGはEarnshaw自身の温度補償テンプを1782年の成果に数える。ただし、彼だけが温度補償という考え方を発明したとする意味ではない。脱進機の簡素化と調速器の温度対策を組み合わせた点が重要である。1

フランス語の時計専門誌の再録は、彼の二金属テンプについて、鋼の円盤の環状溝へ真鍮を溶かし込み、旋盤加工後に環を切断して自由端を作る工程を説明する。これは鋼と真鍮の結合方法、同心性、熱処理を含む製作技術の論点である。ただし今回、著者の参照した原記録と現物の金属学的分析を照合できていないため、個々の作品がすべてこの工程で製作されたとは断定しない。9

調速器を理解するための簡略モデル#

以下は調査者による一般力学の説明であり、Earnshaw本人の式や現物を測定したモデルではない。テンプを一つの回転自由度、ひげぜんまいを線形ねじりばねとするなら、

$$I\ddot{\theta}+c\dot{\theta}+\kappa\theta=\tau_e(t)$$

と表せる。$I$は慣性モーメント(kg m²)、$\theta$は平衡位置からの角変位(rad)、$c$は粘性減衰係数(N m s/rad)、$\kappa$はねじり剛性(N m/rad)、$\tau_e$は脱進機からのトルク(N m)である。減衰と衝撃を無視した固有周期は$T_0=2\pi\sqrt{I/\kappa}$となる。小さな変化の一次近似では、$\Delta T_0/T_0\simeq\tfrac12(\Delta I/I-\Delta\kappa/\kappa)$。温度が両者に与える変化を相殺できれば周期変化を抑えられる、という補償の目的が見える。

ただし、この式はひげぜんまいの非線形性、端末曲線、姿勢差、実際の接触・乾性摩擦を省略する。現物ごとの材料定数、慣性、温度曲線が未確認なので、数値精度や残留補償誤差を歴史的な測定結果として補うことはしない。音響工学も、本人の打鐘機構の資料が未確認のため追加しない。

作品、使用者、来歴#

作品確認できる特徴と履歴根拠
Margettsの天文クロノメーター、ZBA12191783年。天文表示設計と脱進機製作の協業が見える初期作品5
Armagh No.1 / No.2天文観測の時刻標準。振子・ケース・後世の改造を区別できる6
1791年の天文調整時計、94/15/1Vancouver、Flindersの測量と1874年の観測に使用7
E520、H39401801年製、InvestigatorのFlindersによる調査で使用。箱・ジンバル付き10

E520は航海後に1805年12月、AkenによってGreenwichへ戻されたとPowerhouseが記録する。その後1937年に同館が取得するまでの来歴には空白がある。1976年の同定では、主番号520だけでなく、別番号2865と他のEarnshaw作品の番号関係が調べられた。博物館の来歴研究も、番号の読取りや修復による誤同定の可能性を検討した結果である。10

E520を「航海中に唯一良好だった時計」と単純化するのも適切ではない。Morganの研究では、E543も航海の一定期間は規則的に動き、Torres Straitへ向かう区間ではE520より正確だったとされる。その後の比較ではE520が良好だった。性能評価は航海区間、整備状態、歩度の測定条件とともに読む必要がある。3

Armagh、Greenwich、探検航海の使用者は確認できるが、最終使用者がそのまま直接の注文主だったとは限らない。工房の注文帳を確認していないため、顧客総一覧、製作総数、販売価格の系列、部品供給者の全貌は未確定である。

帰属論争、報酬、評価#

1804年3月、Board of LongitudeはEarnshawとJohn Roger Arnoldそれぞれに脱進機の拡大模型を求めた。RMGに残るEarnshawの模型ZAA0123は、発明を第三者が理解・評価するための装置でもあった。同館は優先権争いがなお論争的だと説明している。11

公的な評価を示す1805年の報酬について、RMGは3,000ポンドと記す。一方Smithsonianの作品説明には2,500ポンドとある。支払額、過去の支給を含む累計、決定と支払の時点の違いが考えられるが、今回支払台帳を確認していないため、差の理由を確定しない。1 12

模型の費用にもRMG記録内で相違がある。本文は53ポンド10シリング、後世の箱ラベルは52ポンド10シリングとする。本稿では双方を併記し、原請求書未確認とする。11

Earnshawの優越を無条件に述べる伝記には反証もある。1809年5月26日のMaskelyneからJoseph Banksへの書簡の翻刻では、請願委員会へ提出した比較においてArnoldの時計の成績が良く、Blighの9地点の報告では8地点でArnold No.160がEarnshawの2台より良かった、とMaskelyneが述べている。これは当時の当事者の報告であり、全製品の優劣を決定する統計ではないが、「常にEarnshawが勝った」という物語とは両立しない。13

1806年には両者の時計の説明が公刊され、1808年にはEarnshawが『Longitude: An Appeal to the Public』で自身の請求を公にした。本人の著作は貢献を知る一次資料になる一方、報酬を求める当事者の立場から書かれた史料でもある。今回書誌とスキャンの所在は確認できたが、原著全文は未読であり、そこにあるという証言を直接引用しない。1 14

年表#

時期出来事根拠・精度
1749年2月4日Ashton-under-Lyne生まれとされるDNB、出生原記録未確認 2
14歳頃時計師へ徒弟入りDNB、師匠名と契約未確認 2
1774年Fleet債務者監獄へ収容館の人物記録 4
1780–1783年航海時計の改良、脱進機の帰属・特許問題原特許比較は未完 4
1783年Margettsの天文クロノメーター現物所蔵記録 5
1790–1795年Armagh No.1製作製作年は幅をもつ 6
1791年航海用の天文調整時計製作所蔵記録 7
1801–1803年E520などがFlindersの調査に使用館の資料・航海研究 10 3
1804年3月拡大脱進機模型の製作を求められるRMG 11
1805年Board of Longitudeの報酬金額の記載に差 1 12
1805年12月E520がGreenwichへ戻るPowerhouse 10
1806年時計の説明公刊RMG・SMG 1 4
1808年『Appeal』刊行書誌確認、本文未読 14
1809年5月26日Maskelyneが比較成績と請願委員会についてBanksへ報告一次書簡翻刻 13
1820年代Armagh No.1の振子改造所蔵機関 6
1829年3月1日ロンドンで死去とされるDNB 2
1874年1791年製調整時計がハワイの観測に使用所蔵記録 7
1937年・1976年E520の取得、その後の歴史的同定Powerhouse 10
2017–2018年航海運用の史料研究、脱進機のCAD研究研究刊行 3 8
2024年時点Armagh No.2は同館の歴史的調整時計中、唯一稼働するものと記載最新記述の基準年を維持 6
2026年10月6日本調査の確認日現物稼働・展示状況の現地確認は行っていない

調査上の限界と次の課題#

本稿は、現物所蔵記録、一次書簡の翻刻、学術研究を比較したレビュー用初稿である。生涯の全体をドキュメンタリーの制作資料として復元するには、次の調査が残る。

  • 『Appeal』全文、1806年の図入り説明、1783年のWright名義特許の図面・請求内容、Arnold特許との比較。
  • 出生・徒弟・婚姻・家族・債務者監獄・工房の原記録と、弟子・部品職人・顧客の関係。
  • 全作品の製造番号と修復履歴を用いた製作数・年代・工程の検証。
  • 温度補償の実測曲線、材料組成、加工公差、ひげぜんまいの経年変化の研究。

未読一次資料の穴を後世の物語で埋めず、異なる試験条件と史料の立場を分けることが、この人物の功績を正確に理解するために必要である。

参考文献#

すべてのWeb資料の確認日:2026年10月6日。所蔵資料に付随する説明は、現物そのものの一次性と、後世の解説の二次性を区別して利用した。

  1. Royal Museums Greenwich, Thomas Earnshaw, 1749–1829, BHC2674、肖像は1808年頃。解説本文確認。所蔵記録。
  2. Charles William Sutton, “Earnshaw, Thomas,” Dictionary of National Biography, vol.16, 1888。転写本文確認、原記録ではない。本文。
  3. Kenneth Morgan, “Finding longitude: The Investigator expedition, 1801–1803,” The International Journal of Maritime History, 29(4), 2017, pp.771–787, DOI:10.1177/0843871417725688。特にpp.776, 781–784の本文確認。著者公開本文。
  4. Science Museum Group, Thomas Earnshaw 1749–1829, cp26235。人物記録本文確認。記録。
  5. Royal Museums Greenwich, 342, ZBA1219、1783年。現物の解説本文確認。所蔵記録。
  6. Armagh Observatory and Planetarium, Regulators、No.1・No.2節。本文確認、稼働状況の基準は2024年。解説。
  7. Powerhouse Collection, Long case clock by Thomas Earnshaw, 94/15/1、1791年。来歴・振子の説明本文確認。所蔵記録。
  8. Ivana Cvetković, Miša Stojićević, Branislav Popkonstantinović, “Modeling, Motion Study, and Computer Simulation of Thomas Earnshaw’s Chronometer Detent Escapement Mechanism,” Modeling and Computer Simulation, 2018-11-05, DOI:10.5772/intechopen.79939。§§1–4本文確認。研究本文。
  9. Journal suisse d’horlogerie et de bijouterieのオンライン再録, “Thomas Earnshaw (1749–1829),” “La contribution des savants et horlogers suisses aux progrès de la chronométrie”シリーズ、サイト表示1957年。著者・原号未確認、刊行年に誤記を含む可能性。フランス語本文。
  10. Powerhouse Collection / Thomas Tooth, Matthew Flinders marine chronometer, H3940。1981年のモノグラフからの解説を含む。本文確認。所蔵記録。
  11. Royal Museums Greenwich, Model of Earnshaw’s escapement, ZAA0123、1804年。本文・箱ラベルの転記確認。所蔵記録。
  12. National Museum of American History, Thomas Earnshaw Box Chronometer, 1984.0416.013、約1798年。Web検索サービスの索引にある説明文を確認したが、直接ページ取得は失敗。賞金額の相違を示す未確定の照合資料としてのみ使用。所蔵記録。
  13. Nevil Maskelyne to Joseph Banks, 1809-05-26, letter 1908, in Neil Chambers ed., Scientific Correspondence of Sir Joseph Banks, 1765–1820, vol.6, Pickering & Chatto, 2007(Routledge 2016再刊)。公開PDFで書簡翻刻本文確認。公開プレビュー。
  14. Thomas Earnshaw, Longitude: An Appeal to the Public, 1808。RMG PBD6067は画像スキャンの所在のみ確認、画像取得失敗で本文未読。DNBとRMG肖像解説で刊行年を照合。所蔵・スキャン所在。