アーノルド No.326/627#
アーノルド No.326/627は、ロンドンのJohn Arnold & Son工房が製作した懐中クロノメーターの機械を、小さなジンバル付き箱時計へ転用した個別作品である。Royal Museums Greenwich(RMG)の国立海洋博物館に、資料番号ZAA0067として収蔵される。所蔵館は機械を1788年頃、箱時計への改装を1810年頃と位置づけている。1
この時計は、精密機構の発達と、それを船上で使うための工夫を一つの現物で読める点に特徴がある。ばねデテント脱進機、温度補償テンプ、端末曲線を持つ円筒形ひげぜんまい、フュゼと巻上げ中の動力維持機構を組み合わせる。1821年には天文学者ジョージ・フィッシャーの私有時計として、ウィリアム・エドワード・パリーの第2次北西航路探検に参加した。航海の原報告は、搭載船をFuryと明記している。1 2
一個の作品としての同定#
二つの製作段階と番号#
文字盤には Arnold / 326、ムーブメントには John Arnold & Son / London と No.326/627 Inv.t. et. Fec.t. の署名がある。テンプ受けとポテンスの足の裏にも627が記される。326と627を、二台の時計の番号や二つの製作年と読んではならない。現存品はこれらの標識を併せ持つ一個の作品である。1
工房名にSonが含まれるため、作品はジョン・アーノルド個人だけでなく、息子ジョン・ロジャーを含む工房の製作物として扱う必要がある。箱への改装についてRMGは、ジョン・ロジャーの工房が1810年頃に行った可能性を示すが、確定した発注書や作業日を提示しているわけではない。1
懐中時計としての過去は、地板に残るケース接合部の痕跡、元のケースの曲面に合うフュゼ軸筒の形などに現れる。原ケースの材質は所蔵館が銀または金の可能性を挙げるにとどまり、どちらであったかは確定できない。製作当初から現在の木箱に入った船用時計だったという説明は、この構造と合わない。1
現存状態の主要仕様#
| 項目 | ZAA0067の記録に基づく内容 |
|---|---|
| 形式 | 1日巻きの小型マリン・クロノメーター。懐中時計機械を転用 |
| 文字盤 | 白エナメル、直径42.5 mm、ローマ数字の時表示、4時側の小秒表示 |
| 上側地板・下側地板の径 | 40.0 mm・43.0 mm |
| 地板間隔 | 6.8 mm |
| 動力 | 主ぜんまい、鎖引きフュゼ、ハリソン式動力維持機構 |
| 脱進機 | アーノルド型ばねデテント |
| テンプ | OZ型、直径20.1 mm。ひげ・取付け部を含む記載質量0.75 g |
| ひげぜんまい | 青焼き鋼、円筒形、両端末付き、端末を含め8巻 |
| 現在の所蔵 | 国立海洋博物館、Rev. George Fisher Collection |
数値は所蔵館の現物調査記録による。部品交換や改装の痕跡があるため、すべてを1788年の完成時仕様として扱うことはできない。箱の寸法は、詳細記述では高さ95 × 幅93 × 奥行92 mm、目録末尾の全体寸法欄では93 × 93 × 93 mmとなる。測定部位が統一されているか不明なので、一辺が正確に93 mmの立方体と断定しない。1
小型機械を航海時計へ転用する設計#
木箱、ジンバルと巻上げ#
現存するマホガニー箱は三段構成で、隅に蟻組みの接合が見える。黒檀の縁飾りや、錠前の鍵穴を囲む舟形の黒檀部材を持つ。内側では金属の環と時計を収めるボウルがジンバルを構成し、船が傾いても時計本体を水平に近く保てる。環を止める留め具、ボウル底の巻上げ孔のシャッター、3本のピンによるバヨネット式の文字盤側ベゼルも記録される。1
ジンバルは姿勢の変化を減らすが、衝撃や急な回転、温度変化をすべて消す装置ではない。実際の北極航海では、箱そのものを布製の吊床に入れ、船体が氷から受ける衝撃を和らげる工夫も行われた。時計内部の調速機、箱の支持、船内での保管を、異なる対策として見る必要がある。2
動力をならすフュゼ#
主ぜんまいは巻かれた量に応じて出力トルクが変わる。フュゼは、円錐状の部材に鎖を巻き、力を受ける有効半径を変えることで、輪列へ渡すトルクの変化を小さくする。主ぜんまいが弱くなる側で半径を大きくすれば、同じ鎖の張力でも大きな回転力を与えられる。これはエネルギーを増やす装置ではなく、利用する力の割合を変える装置である。3
No.326/627には、巻上げ操作中も輪列へ動力を渡すハリソン式の動力維持機構が組み込まれている。鎖引きの時計は通常の駆動を一時的に巻上げ操作へ切り替えるため、その間の停止を防ぐ仕組みが必要になる。所蔵館は、この個体の動力維持用ばねの位置変更と、元の穴をふさいだ跡も記録している。1 3
輪列と振動数の関係#
現存輪列の歯数は、中心車64、三番車60、四番車60、ガンギ車15、対応する下流のカナが8、8、6である。中心車を1時間に1回転とする通常の構成で読むと、ガンギ車の回転数は次のようになる。1
\[ n_e=\frac{64}{8}\frac{60}{8}\frac{60}{6}=600\quad\mathrm{rev/h} \]n_eはガンギ車の毎時回転数である。1回転に15歯、デテントがテンプの一往復ごとに1歯を解放して給力すると、毎時9,000往復、毎秒2.5往復となる。一方向の動きを一振動と数えると毎時18,000振動であり、RMGの振動数欄に掲げる18,000 vbs/hrと整合する。これは現存歯数と通常の作動を組み合わせた検算で、実機を測定した新しい歩度試験ではない。1 3
脱進機と調速機#
ばねデテントの給力と通過#
No.326/627のデテントは、固定された足と薄いばね部分を持つアーノルド型である。ガンギ車を止める石、テンプ側の給力石、解放石の役割が分かれる。テンプが所定の向きへ振れると解放石が通過ばねを介してデテントを動かし、ガンギ車が進んで給力石へ直接力を与える。デテントは自身のばねで戻り、次の歯を止める。逆向きでは通過ばねがたわみ、通常は停止を解かずにテンプを通す。1 3
この一往復に一度の給力は、テンプを振動の大部分で輪列から離しておける利点を持つ。ただし解放に必要な仕事や、衝撃で意図せず解放される危険は残る。「自由脱進機」という名称は、テンプへ外力がまったく加わらないことを意味しない。3
現物記録は、デテントの仕上げ、通過ばねの接触する先端の研磨、停止石と給力・解放石の配置に加え、ガンギ車の湾曲した給力面に残る摩耗も記載する。Gouldの技術史は、アーノルド型の湾曲歯を、給力中の有効半径をそろえる工夫として説明する。一方、摩耗の位置からこの個体の全期間の振幅や効率を数値化することはできない。1 3
OZ型テンプと温度補償#
OZ型のテンプは、鋼の中央構造と、その上に取り付けられた独立した二つの二金属部分を持つ。湾曲したねじに沿って補償重りを動かせる構成と、平均歩度を調整するねじは、温度に対する補償量の調整と、一つの温度で時を合わせる調整を分ける工夫である。1 3
理想的なねじり振動としてテンプを考えると、周期Pは慣性モーメントIとひげぜんまいのねじり剛性κにより、次の関係になる。
Pの単位は秒、Iはkg・m²、κはN・m/rad。右式は小さな変化の一次近似である。摩擦、脱進機の給力、非線形のばね作用を省いた説明用モデルであり、No.326/627の実測精度を算出する式ではない。温度上昇で金属ばねの剛性が低下して周期が長くなる作用に対し、二金属部分を曲げて重りの半径を縮め、慣性を減らす方向へ働かせる。重りの慣性への寄与は質量mと半径rに対してmr²である。3
ただし、この個体の外側金属は、所蔵館がアーノルドの“Platina”と呼び、内側は青焼き鋼と記す。名称だけから外側を純白金と同定したり、一般的な真鍮・鋼の補償テンプの材料値をそのまま当てはめたりできない。合金組成や熱膨張係数の分析値は示されていない。1
円筒形ひげぜんまいと端末#
青焼き鋼のひげぜんまいは円筒形で、両端に端末曲線がある。平面ひげとは異なり高さを必要とするが、端の形を工夫して伸縮時の中心の偏りを減らす課題を扱える。フランス語で技術史を論じた時計師Paul Ditisheimは、アーノルドの円筒ひげの端を中心側へ戻す工夫と、ブレゲの平ひげ端末を比較している。形状が異なっても、ばねの展開と振動の規則性を改善するという課題に共通点がある。1 4
No.326/627では、上端の取付け部や地板に調整の痕跡もある。しかし小穴や印のすべてについて機能が確定しているわけではない。振幅制限装置や等時性調整との関係を示唆する所蔵館の仮説は、完成した装置が現存するという証明とは区別する。1
1821–1823年の北極航海での使用#
フィッシャーの私有時計と日々の管理#
1825年刊のパリー第2航海付録は、Furyへ搭載した13台のうち、アーノルドNo.326、No.14、No.1897がフィッシャーの私有物だったと記す。政府支給品、船長の時計、メーカーが試験のために提供した時計は別に区分される。No.326を政府購入品や、メーカーからの無償試験機とみなすことはできない。2
搭載は1821年4月27日、デプトフォードで行われた。夏には、No.2109とNo.14を除く時計を、緑色のベーズで内張りした帆布の吊床に入れ、後部船室の梁からつり下げた。冬営に入ると暖炉の両側の本棚へ移し、温度を併せて記録した。毎日正午の巻上げと比較は、夏にはフィッシャーとフーパー、冬にはフィッシャーが船を離れることが多いためパリーとフーパーが担った。フィッシャーが観測時にポケットで常用したと明記されるのはNo.14であり、No.326とは区別される。2
精度を一定値で語れない理由#
航海では一台の時計を比較基準とし、毎日ほかの時計との差を記録して、急な歩度変化を見つけた。月距観測や冬営地点での天文観測から基準時との差を求め、複数時計の歩度を補正し、その期間の経度計算へ採用する時計を選んだ。良い時計とは、単に進み遅れが小さい時計だけでなく、変化が追跡でき、補正して使用できる時計でもあった。2
No.326は1821年7月までの経度算出に採用され、同年7–10月にも採用組へ入っている。ただし歩度は一定ではなく、付録は次の値を期間ごとの補正に使った。正の符号は1日当たりの進みを表す。2
| 1821年の区間 | 計算に用いた進みの歩度(秒/日) |
|---|---|
| 4月27日から5月18日 | +4.0 |
| 5月18日を区切りに6月29日まで | +2.1 |
| 6月29日を区切りに7月6日まで | +3.7 |
| 7月6日を区切りに7月18日まで | +4.6 |
| 7月18日から8月10日 | +7.0 |
| 8月11日から9月9日 | +10.0 |
| 9月10日から10月10日 | +11.85 |
これは現代の製品仕様にいう保証精度でも、補正後の経度の誤差でもない。航海記録を整理するために与えた歩度である。1822年の航海期には、No.326は経度算出に使わない時計の表に置かれ、その時刻と変化を記録し続けている。時計が動いていたこと、記録対象だったこと、経度算出に採用されたことは、別々に確かめる必要がある。2
フィッシャーの研究は、時計の船上と陸上での歩度差や、磁気が機械へ与える影響をめぐる論争とも関わった。Akkermansの研究は、そのような論争が時計の信頼性と利用方法に及ぼした影響を検討する。ただしNo.326のこの歩度変化を、磁気だけの作用として確定した実験結果と扱うことはできない。5
加工、改造と保存の痕跡#
仕上げと機能#
文字盤側は白エナメル、金色の時・分針と青い秒針、機械側は鍍金した真鍮地板、青焼きの鋼部品、透かし彫りと彫刻を持つテンプ受けを組み合わせる。所蔵館写真を載せたAkkermansの図には、調速機を収めるための開口、彫刻された署名、木箱に支持される金属ボウルが見える。美術的な仕上げと、精密部品を配置するための構造が並存する。1 5
当時のアーノルド工房の分業について、GouldとDitisheimは、地板、輪列、文字盤などを職人へ分担し、ひげの取付けや最終調整を重要な技能として扱う製作方式を論じている。ただし、それは工房一般の分析で、No.326の各歯車や彫刻を加工した職人の氏名を特定するものではない。個別作品の加工公差、鍍金薬品、熱処理条件も公開記録からは確定できない。3 4
後年の手入れを残す現物#
香箱裏には Arnold & Dent / 326 の薄い刻銘があり、テンプ受けの足の下の盛り上がりは、後にテンプ真を交換または修整した可能性を示す。主ぜんまいは元のものかもしれないが、掛け部を変更している。地板の軸穴は製作段階で埋め直し、位置を変更したものとして記録される。これらの観察は、完成時から一度も調整・変更されなかった機械という理解を避ける材料となる。1
ボウル内の重りの背後には、1836年7月22日と読める紙片があり、薄れた1825を含む記載に重ね書きされている。しかし紙片の年月日を、そのまま特定の修理が完了した日とする証拠はない。箱のフィッシャー名の記載、機械の工房刻銘、紙片の日付は、それぞれ帰属や履歴を考える手がかりである。1
所蔵館の検査時には固化した古い油が残り、ごく軽い清掃と再注油が行われた。文字盤にはひび、箱には黒檀縁飾りと上蓋下の薄いガラスの欠失がある。保存状態の記述は検査時点のものなので、2026年の稼働精度や、現在も毎日運転されていることを保証する情報ではない。1
年表#
| 時期 | この作品または理解に必要な出来事 |
|---|---|
| 18世紀後半 | アーノルドらが、デテント、温度補償、ひげ端末を組み合わせた携帯精密時計と製作分業を発達させる。3 4 |
| 1788年頃 | RMGがNo.326/627の懐中時計機械を位置づける年代。完成月日・原注文主は不明。1 |
| 1810年頃 | 金属ケースから小型マホガニー箱とジンバルへ転用したとされる。ジョン・ロジャーの工房によるという帰属は推定。1 |
| 1821年4月27日 | フィッシャー私有のNo.326を、ほかの時計とともにデプトフォードでFuryへ搭載。2 |
| 1821年5–7月 | 相互比較から歩度の変化を追い、経度計算の補正値を区間別に設定。2 |
| 1821年7–10月 | 引き続き経度計算に採用。+7.0から+11.85秒/日の区間別歩度を用いる。2 |
| 1821年冬営 | 時計を吊床から船室の棚へ移し、日々の比較・巻上げを続ける。2 |
| 1822年航海期 | No.326を経度算出に使わない組の表へ置き、指示と歩度を追跡。2 |
| 1823年 | パリー第2航海の終年。2 |
| 1825年 | 第2航海の科学付録が刊行され、搭載、所有、管理と補正の記録を公表。2 |
| 1836年7月22日 | 現物の紙片にこの日付がある。作業内容や修理日を確定する記載ではない。1 |
| 年代未特定 | テンプ真の手入れ、動力維持ばねの移動、清掃・再注油などの痕跡・検査記録が残る。1 |
| 2020年 | Akkermansの博士論文が機械と箱の所蔵館写真を用い、探検航海の時計と信頼性を論じる。5 |
| 2026年10月 | RMG公開目録でZAA0067、George Fisher Collectionとして確認でき、展示場所欄はPolar Worlds Galleryを示す。1 |
技術史上の位置と資料の限界#
No.326/627は、特定の脱進機の発明第1号としてではなく、携帯時計を船内の精密測定へ転用した実物として重要である。動力の変化はフュゼ、巻上げ時の連続性は動力維持機構、温度は補償テンプ、ばねの展開は端末曲線、輪列との接触はデテント、姿勢と衝撃は箱と船内支持が受け持つ。その組合せだけで航海中の誤差が消えるわけではなく、実測と補正が必要だった。1 2 3
資料の性格も異なる。RMGの記録は現存品の観察を詳しく示す一方、パリーの付録は1821–1823年の運用を記す当事者資料である。現在の材料・部品配置を航海当時へそのままさかのぼらせたり、原航海記録のNo.326の歩度を全アーノルド時計の性能へ一般化したりできない。1 2
原ケースの材質、当初の発注者と価格、改装の正確な日、フィッシャーから博物館へ至る全所有経路、各修理の年月日、Platinaの分析組成、現在の定量的な精度試験は、ここで参照する資料では確定できない。こうした空白を残しながらも、現物の機構と航海の原記録を組み合わせることで、時計が作られ、使われ、調整されてきた過程を具体的に理解できる。
参考文献#
- Royal Museums Greenwich, “326”, ZAA0067, John Arnold & Son, c.1788/1810。Box/Mounting、Movement、Escapement、Alterations/condition、Commentary、TRAIN COUNTと物品情報を確認。検査報告の作成年は公開頁に明記されない。閲覧2026年10月13日。
- William Edward Parry, Appendix to Captain Parry’s Journal of a Second Voyage for the Discovery of a North-West Passage…, John Murray, 1825, “Account of the Chronometers”, pp.3–16、関連表。本文実読、特にpp.3,10,12を画像でも照合。閲覧2026年10月13日。
- Rupert T. Gould, The Marine Chronometer: Its History and Development, J. D. Potter, 1923, pp.44,105,110–112,177–178,237–238。フュゼ、動力維持、温度補償と周期の式を本文確認。p.112を原頁画像でも確認。No.326を直接調査した報告とは区別。閲覧2026年10月13日。
- Paul Ditisheim, “De la production des chronomètres de marine au XVIIIème siècle”, Journal suisse d’horlogerie掲載文の公開転載。元掲載年は未確定。分業、ばねデテント、補償テンプ、円筒ひげ端末の仏語本文を確認。閲覧2026年10月13日。
- Emily Jane Akkermans, Chronometers and Chronometry on British Voyages of Exploration, 1819–1836, University of Edinburgh, PhD thesis, 2020(公開ファイル2021), pp.56–59、Fig.3.1–3.2、船内支持を論じるpp.156–159。No.326の図注の船名は原航海記録と相違するため、搭載船の記述は文献2に従う。図版は転載しない。閲覧2026年10月13日。