アーノルド No.1/36 ― 携帯精密時計を試験で示した懐中クロノメーター

アーノルド No.1/36 ― 携帯精密時計を試験で示した懐中クロノメーター

アーノルド No.1/36#

アーノルド No.1/36(Arnold No.36)は、ロンドンの時計師ジョン・アーノルドが製作した、1778年の検定印を持つ金ケース入りの懐中精密時計である。軸付きデテント脱進機、円筒形ひげぜんまい、double-T形の温度補償テンプを組み合わせ、1779–1780年頃にグリニッジで長期間評価された。現在はRoyal Museums Greenwichの国立海洋博物館に、資料番号ZBA1227として収蔵されている。1 2 3

この時計の意義は、単に一つの小さな誤差数値を記録したことではない。水平に置かれる船用の箱時計より姿勢が変わりやすい携帯時計を、多姿勢と実際の携帯の条件で評価した点にある。試験に由来する「13か月で約2分33秒」という数字は、初月の平均歩度による補正を加えた後の値であり、13か月間の無補正の時刻のずれをそのまま表すものではない。3

一個の作品としての同定#

番号、年代、製作者#

項目確認できる内容
作品名・製作者番号Arnold No.1/36、通称No.36。現行収蔵品ページの標題は「36」
製作者父ジョン・アーノルド。所蔵館の説明文と試験に関する歴史研究による
ケース22カラット金、ロンドンの1778年検定印
所在・資料番号National Maritime Museum、Royal Museums Greenwich、ZBA1227
外形寸法所蔵館の全体測定値90 × 70 × 30 mm。ケース径やムーブメント径としての数値ではない
調速・脱進円筒形ひげぜんまい、double-T補償テンプ、軸付きデテント
表示中央に時・分、下部に小秒針。現存文字盤の写真による

外装と寸法は所蔵館記録、機構と文字盤は専門研究・実物写真に基づく。1 2 3

二つの数字の意味について、実物を比較したJohn Hawkinsは、1をこの初期double-T形テンプを持つ時計の最初の個体、36をアーノルドの携帯時計の通し番号と解釈している。これは研究者の番号体系の解釈である。アーノルドには複数の番号系列があるため、「36」を生涯の時計製作総数や、単一モデルの販売数へ読み替えることはできない。2 3

1778年はケースに残る検定年であり、ムーブメントの全ての部品がその年の特定の日に完成したことを示すものではない。所蔵館の作者メタデータ欄には息子John Roger Arnoldの名がある一方、説明文は父John Arnoldとする。試験時の父の活動、専門研究、実物の署名との対応から、本稿は父の作品として扱う。この欄の不一致だけから、息子による独立製作や後年の改作を導くことはできない。1 2

混同しやすい別作品#

No.28はClockmakers’ Museum所蔵の別の懐中時計で、ケースの検定は1776–1777年、現存するS形補償テンプは後から加えられたものとされる。No.1/36のdouble-T形とは形も履歴も違う。両者は初期の携帯精密時計を比較する材料になるが、No.28の後年部品からNo.1/36の当初仕様を決めることはできない。4

Royal Societyの所蔵時計に付された「36」は、さらに別のコレクション番号である。同会の資料は1771年製の箱時計を記録し、No.3の製作者銘やクックの第2回航海との関係を示す。金ケース入りNo.1/36を、1772年に出航したクックの船に積まれたその時計とすることはできない。5

製作の課題と外観#

水平な箱時計から、姿勢の変わる携帯時計へ#

海上で経度を求める時計は、出航前に得た基準地点の時刻を船上へ運ぶ。航海者が現地の太陽や星から求める時刻と比較するため、船が動いても時計の歩度が安定している必要があった。ハリソンやケンドールが海上時計の有効性を示した後、アーノルドは機構を簡潔にし、供給できる精密時計へ発展させようとした。3 5

ただし、初期の箱時計の試験は順調な成功だけではなかった。Royal Societyの解説はクック航海でアーノルド時計の成績が良くなかったとし、Gouldは温度補償や動力維持機構の問題を論じている。No.1/36は、その初期段階と区別して評価されるべき作品である。3 5

携帯時計には独自の難しさがある。テンプ軸が水平か垂直かで支点への荷重が変わり、持ち歩けば衝撃や急なねじれも加わる。衣服の内外で温度も変わる。GouldがNo.36を重視したのは、箱時計の水平姿勢での成績を小型時計へ単に移したのでなく、そうした条件で歩度の安定を示したためである。3

No.1/36を注文した顧客について、Gouldは脚注で、当初はジャマイカのWilliam Smithが注文し、完成後の試験方法をめぐって引き渡しに至らず、最終的にGovernor Johnstoneが120ギニーで購入したと述べる。この注文・購入の話は後世の史家による伝承記録であり、売買契約や受領書によって全経過が確定した来歴とは区別する。3

文字盤と仕上げ#

Hawkinsが掲載する所蔵館写真では、白い文字盤にローマ数字の時目盛、外周にアラビア数字の分表示と細かな線の目盛があり、中央の二本の針と、6時側の小秒針を分けている。12時の下には製作者名・London・No.36が置かれる。大きな小秒針と分の細かな区分は、時刻を読むだけでなく、基準時計との差を測る使い方にも適している。ただし読み取りのしやすさと、実際の試験の読み取り誤差は別問題である。2

ムーブメント写真には広い上地板と、透かし彫りの装飾を持つテンプコック、署名と番号が見える。精密測定の時計でも、実用性と装飾は両立していた。写真の金色だけから地板の材質・鍍金工程を分析することや、見えない部品の加工公差を推定することはできない。22カラットという確認値はケースについてのものである。1 2

機構を分けて理解する#

軸付きデテント――振動子への介入を短くする#

No.1/36の脱進機は軸付きデテントである。デテントはガンギ車の回転を止める部品で、テンプの適切な位置で解放されると、ガンギ車が進んでテンプへ動力を渡す。テンプの振動をできるだけ自由にし、輪列から力を受ける時間を短くする構成である。3

Gouldの図30は、アーノルドが初期の方式を更新した軸付きデテントと通過ばねを描く。通過ばねはテンプの逆向きの通過で逃げ、不要な解放を防ぐ。デテントが軸で動く方式と、薄いばね部分を曲げて動くばねデテントは別の構造である。No.36の試験を、1782年以降のばねデテントの試験であったと説明するのは適切でない。3

自由な振動という利点には、衝撃で振幅が不足すると解放できず、停止しやすいというデテント方式の制約も伴う。Gouldの技術論は、急なねじれで振動が小さくなり、次の動力を受け取れなくなる場合を説明する。これは機構一般の作動上の限界であり、No.1/36について測定された耐衝撃値ではない。高い歩度安定性は、あらゆる扱い方で止まらないことを意味しない。3

double-T補償テンプ――熱で重りの半径を変える#

Paul Ditisheimの技術史は、No.36の補償テンプを図7に示し、1782年からの別の形を図8に分けている。図7では、鋼の枠の内側に鋼と真鍮を組み合わせた二金属部分を配置し、その変形で左右の補償重りを動かす。図の注記では二金属部分の鋼を外側とし、全体は二つのTを組み合わせたような配置になる。後の図8は、半円状の二金属リムを用いた構成で、同じ作品の同じ部品の図ではない。6

ひげぜんまいの温度による変化と、テンプの熱膨張は周期に影響する。補償テンプでは重りの位置を変え、振動の慣性を変えることで、その影響を相殺しようとする。重りが軸から遠ざかれば回転の慣性は増し、近づけば減る。温度補償は、ひげぜんまいを伸縮しない物質に変える操作ではなく、時計を構成する別の部分の変化を組み合わせる設計である。3 6

この方式には、二金属部分の厚さ、固定、重りの位置、左右の釣合いと、実際の温度での調整が必要になる。原図で構造は確認できても、No.1/36の金属組成、接合の全工程、各部の公差、温度係数を数値として確定することはできない。長期試験の成績を、個々の材料特性の直接測定へ読み替えてはいけない。6

円筒形ひげぜんまいと動力の扱い#

円筒形ひげぜんまいは高さ方向に巻きが並び、テンプに復元力を与える。温度補償をテンプ側へ移すことと、ばねができるだけ同心に展開するよう形を整えることは、関係するが別の設計課題である。ばねの端を固定するため、単に均一な円筒に巻くだけで、振幅による周期差がなくなるわけではない。3 6

アーノルドの1782年特許No.1328について、Ditisheimは円筒ばねの末端を中心へ曲げる説明を紹介し、Gouldも端末形状と等時性の関係を述べる。しかしNo.1/36はその特許より前に試験されている。1782年の説明を、そのまま1778年の当初部品の寸法や全形状として割り当てることはできない。原特許仕様書・図面は公開資料を探索しても本稿では取得できず、特許内容は実読した専門研究の紹介に基づく。未取得は特許が存在しなかった証拠ではない。3 6

公開資料からは、No.1/36の主ぜんまい、動力伝達、巻上げ中の動力維持の全構造や歯数までは同定できない。振動数、連続運転時間、ひげぜんまいの材質と巻数も確定していない。後続のアーノルド時計に見られるフュゼや動力維持機構、別の個体の測定値だけでは、No.1/36自身の仕様は決まらない。

グリニッジ試験は何を測ったのか#

公式の13か月と、その後の継続#

GouldはNo.36が1779年3月にグリニッジへ送られ、公式には13か月試験され、携帯して評価されたと記す。さらに1791年の『Certificates and Circumstances』への再録時には、非公式の5か月の継続記録が加えられたという。付録でも公式13か月、非公式を含む18か月を区別している。3

一方、1994年の博物館取得を伝える報道には、1779年2月1日から1780年7月6日という試験の広い期間が載る。この期間を丸ごと「13か月」と呼ぶことは暦の長さと一致しない。公式試験、姿勢試験、延長された記録の範囲を分ける必要があり、本稿は試験の主要な時期を1779–1780年頃、公式の評価期間を13か月とする。開始日・終了日それぞれが原記録のどの段階に対応するかは確定していない。3 7

六姿勢の歩度#

Gouldの1923年原本p.111には次の値が載る。正を進み、負を遅れとした。XIIなどは時計を垂直にした際に上に来る文字盤の目盛を示す。3

姿勢日歩度(秒/日)
垂直、XIIが上+0.35
垂直、IIIが上−0.35
垂直、VIが上−3.85
垂直、IXが上−0.29
水平、文字盤が上−1.72
水平、文字盤が下−2.83

この表は、あらゆる姿勢で同じ速度だったことを示さない。最も進む姿勢と最も遅れる姿勢の差は4.20秒/日である。これは表の最大値から最小値を引いた計算で、毎日の歩度の変動や長期の補正後誤差とは違う量である。

Ditisheimの公開転写にはXIIが0.36秒、VIが0.85秒という値があり、Gouldの原本画像と一致しない。本稿の表はGouldに帰属させ、その画像の0.35秒・3.85秒に従う。1780年の原試験表を直接校訂した数値ではない。3 6

約2分33秒と、3秒の意味#

Gouldの記述では、最初の月から求めた平均歩度を適用した後、13か月の誤差は2分33.2秒だった。また、連続する二日の間での日歩度の変化は3秒を超えなかったとされる。3

この二つの値は、測っているものが違う。平均歩度は、時計が毎日どの程度進む・遅れるかという基準である。その既知の進み・遅れを累積時刻差から差し引いた残りが、補正後の誤差になる。これに対して隣接する二日の歩度差は、日々の動き方がどれだけ変化したかを示す。「毎日の無補正誤差が3秒以下」「13か月の全期間で、どの瞬間も真の時刻から2分33.2秒以内」と置き換えることはできない。

航海では、既知の一定した進み・遅れは計算で補正できるが、歩度が不規則に変わると将来の時刻を予測しにくい。そのため、この試験では絶対的な時刻差だけでなく、歩度の安定が評価の中心になる。Gouldは、当時の匿名批判者が初月の平均歩度を基準にする評価方法を問題にし、アーノルドが反論したことも記す。成績の評価と、その評価方法の妥当性は分けて読む必要がある。3

Gouldが後世の比較表で用いたNo.36の期間は、姿勢試験が終わった第2月から始まる。彼は温度計の記録が残っていないようだとも述べる。この資料から温度補償係数を再計算したり、他の時計と完全に同一条件の試験であったと断定したりすることはできない。3

「クロノメーター」と出版#

1780年、アーノルドはグリニッジの試験を知らせる冊子を刊行し、題名に Pocket Chronometer の語を使った。Wellcome Collectionには同年の異なる題名の書誌があり、一つは13か月の試験と新しい構造、ひげぜんまい、熱と冷たさの補償を題名に含める。題名だけでも、時計の特徴と実測による評価を組み合わせて訴えた出版だったことが分かる。8 9

所蔵館はNo.1/36とこの出版を、精密時計を指す近代的な意味での「chronometer」の使用に結びつけている。もっとも、語そのものの創造をアーノルド一人へ帰することは慎重であるべきだ。Hawkinsが紹介するAlexander Dalrympleの1779年の文章は、海上の時間を測る機械をその名で呼び、Joseph Banksも命名に賛同したとする。この引用は、時計師、航海・地図の専門家、利用者を含む関係の中で呼称が使われたことを示す。2 10

したがって、この時計を「クロノメーターという呼称の普及に結びついた重要な作品」とすることと、「人類初の時計」「世界初の温度補償」「その言葉の最初の考案」を全て同じ意味で述べることはできない。歴史的な呼称は、現在の試験認証をこの18世紀の個体が受けたという意味でもない。

保存、来歴、歴史的位置#

私有の時計から博物館の史料へ#

18世紀の購入に関するGouldの話の後、所有者の全系譜は公開記録だけではつながらない。1994年7月の『Argonauta』は、同年2月のSociety for Nautical Researchの会報を出典に、National Maritime MuseumがNo.36を取得し、王立天文台でハリソンの時計とともに展示していたと報じた。同報道は元の22金ケースと保存状態の良さを強調する。これは取得直後の状況を伝える資料で、全ての修復作業や部品交換がなかったことを証明する保存処置台帳ではない。3 7

Hawkinsの2014年論文も、No.1/36を良く保存された初期のdouble-T形の比較資料として扱い、ムーブメント写真では「seemingly untouched」と表現する。原部品が良く残るという研究上の評価と、何世紀もの間に一度も修理・調整されなかったという断定は分ける必要がある。2

2026年10月の現行収蔵品記録はZBA1227を「Not on display」とする。1994年の展示報道から、現在も同じ場所に常設展示されていると判断することはできない。同館は木箱ZBA1227.1、巻上げ鍵とされるZBA1227.2、袋ZBA1227.3を関連部品として登録しているが、木箱・鍵の製作者や製作年は不明とする。付属品があることを、全てが1778年当初の納品組である証拠にはしない。1 11 12 13

技術史での位置#

No.1/36は、温度をテンプの慣性で補償し、輪列と振動子の接触を短くし、姿勢の異なる使用条件を試験するという課題が一個の作品へまとまった例である。各課題は別々であり、一つの発明が全誤差を取り去った時計として理解するより、設計と調整と試験の組合せとして見る方が、その達成と限界を捉えられる。2 3 6

この一個の成績は、全てのアーノルド時計の性能や、後続モデルの供給数を保証しない。それでも実物、姿勢別の成績、出版、評価方法をめぐる論争が対応して残ることにより、携帯精密時計が何を目標とし、どのように良し悪しを説明されたかを具体的に検討できる作品である。

年表#

年月出来事根拠・留意点
1771–1775年アーノルドの初期箱時計製作とクック航海の試験No.1/36とは別の作品。3 5
1776–1777年No.28のケース検定現存S形テンプは後年追加。No.36の先行比較例。4
1778年No.1/36の金ケース検定ムーブメント全工程の完成月日とは区別。1
1779年グリニッジでの試験開始期Gouldは3月送付、1994年報道は2月1日からの広い範囲。原表の日程区分は未確定。3 7
1779–1780年頃公式の13か月試験、多姿勢と携帯で評価非公式の5か月継続と区別。3
1779年Dalrympleが海上時計をchronometerと呼ぶ文章を刊行Hawkinsが原文の一節を紹介。2
1780年アーノルドが試験を知らせる冊子を刊行Pocket Chronometer の語が題名にある。8 9
1781–1782年匿名批判とアーノルドの応答Gouldが平均歩度を用いた評価への論争を記す。3
1782年No.1328特許後続の脱進・テンプ・ばね端末についての研究上の記述。No.36の当初部品と同一視しない。3 6
1791年試験記録が『Certificates and Circumstances』に再録非公式の延長を含む。原冊子本文は未照合。3 14
1923年Gouldの専門書刊行六姿勢値、試験の補正方法、公式/非公式期間を記録。3
1994年2月・7月SNR会報と『Argonauta』が博物館取得と展示を報道取得契約の正確な日ではなく報道の時期。7
2014年11月HawkinsがNo.1/36の写真・番号を比較研究に使用他個体の更新履歴をNo.36へ移さない。2
2026年10月国立海洋博物館収蔵、オンライン記録を公開調査時点の表示は非展示。1

史料から分かる範囲#

1780年の冊子、1791年の再録の全試験表、原特許仕様書、所有者の完全な系列、修復・保存処置の台帳は直接確認できていない。試験の数値はGouldの原本に帰属させ、Dalrympleの文章はHawkinsが紹介する一次史料の一節として扱った。温度表の不足、転写値の相違、作者メタデータの不一致を踏まえ、試験の再計算、現代規格による精度認証、全部品の当初性を断定しない。

本作品に打刻やリピーターがあることは、実読した資料では確認できない。別のアーノルド時計にある音響機構から、この個体の機能を導くことはできない。製作点数や販売モデルの変遷は個別作品の来歴とは別の問題であり、番号一つから系列の全体像は決まらない。

参考文献#

閲覧・取得確認日:2026年10月13日。未読の原資料と実読した研究・目録は区別した。実物写真は構造・表示の確認に用い、転載していない。

  1. Royal Museums Greenwich, “36”, ZBA1227、1778。現行収蔵品記録の本文・寸法・材質・展示状態を確認。説明文と作者欄に父子不一致がある。
  2. John Hawkins, “A ‘Poket Time Keeper’, John Arnold, Joseph Banks and Constantine John Phipps”, Australiana, vol.36, no.4, 2014年11月、pp.18–30。出版社の号紹介・無料PDF。特にp.18図2、p.20図6、p.27のNo.1/36・番号・Dalrymple引用を実読。主題であるNo.9/61の帰属仮説と、No.1/36の比較記録を区別。
  3. Rupert T. Gould, The Marine Chronometer: Its History and Development, J. D. Potter, 1923。pp.105–112、図30、p.138の脱進機の制約、pp.168–169の温度とばね、付録p.260を実読。六姿勢・補正値はpp.110–111の原本画像に従う。
  4. Science Museum Group, “Pivoted-detent escapement watch by John Arnold”, No.28、L2015-3332/Clockmakers’ Museum No.419。ケース検定年・S形テンプの後年追加に関する所蔵館本文を確認。
  5. Royal Society, “Marine chronometers by John Arnold”, 1771年製とされる箱時計。所蔵番号36・37、製作者番号、クック航海と試験に関する所蔵機関の解説を確認。
  6. Paul Ditisheim, “De la production des chronomètres de marine au XVIIIe siècle — John Arnold”, Journal suisse d’horlogerie記事の公開アーカイブ、原刊行年未確定。仏語本文、六姿勢表、図7・8、円筒ばね端末の説明を実読。表の一部はGould画像と異なり、他にも年代誤記があるため独立の数値確定資料とはしない。
  7. Canadian Nautical Research Society, Argonauta, vol.XI, no.3, 1994年7月、p.43 “National Maritime Museum”。SNR会報1994年2月号を出典とする取得・展示報道。本文と頁画像を確認。
  8. Wellcome Collection, An account kept during thirteen months in the Royal Observatory at Greenwich…, John Arnold、1780。関連主題目録で題名・年を確認。冊子本文は未取得。
  9. Wellcome Collection, An account of the going, during Thirteen Months…, John Arnold、1780。関連主題目録で題名・年を確認。異なる版・状態の全頁比較は未実施。
  10. Royal Museums Greenwich, “John Arnold’s pocket chronometer no.1/36”, 図版D8566の所蔵館解説。1780年出版と近代的な呼称の位置付けを確認。
  11. Royal Museums Greenwich, “Wooden box for chronometer”, ZBA1227.1。関連付け、展示用木箱、製作者・製作年不明の記録を確認。
  12. Royal Museums Greenwich, “Chronometer winding key?”, ZBA1227.2。名称の疑問符、関連付けと製作年不明の記録を確認。
  13. Royal Museums Greenwich, “Pouch”, ZBA1227.3。関連部品の記録を確認。
  14. Wellcome Collection, Certificates and circumstances relative to the going of Mr. Arnold’s chronometers, London: George Bigg, 1791。書誌本文とECCOへの提供案内を確認。冊子の原試験表は未読。