船舶用クロノメーターの現存個体#
アーノルド No.407は、ロンドンの時計師ジョン・ロジャー・アーノルドによる、約1812年の1日巻き船舶用クロノメーターである。現在は英国の国立海事博物館に収蔵され、資料番号ZAA0065で識別される。フュゼと鎖による動力の調整、ばね式デテント脱進機、温度補償テンプと円筒形ひげぜんまいを備えた精密時計である。現存する機械には損傷や欠落があるが、博物館は当時の仕上げを知る標本として評価している。1
作者は父のジョン・アーノルドではなく、その子のジョン・ロジャー・アーノルドである。No.407は一つの個体を指す番号であり、父のNo.28や、別個体のNo.294と混同できない。No.294は後にフランクリン探検隊に関係した8日巻きの時計だが、その航海の履歴をNo.407に移す根拠はない。1 2
表示と構造#
文字盤と容器#
銀色に仕上げた真鍮の文字盤は直径78.4 mmで、中央の大きな目盛が分を示す。時は中央より上の小文字盤、秒は下の大きな小文字盤で読む、いわゆるレギュレーター形式である。文字盤には「Arnold London」と、秒表示の上半に「407」が刻まれている。機械の地板にも「Jno. R Arnold London Inv.t. et. Fecit. No.407」という署名がある。1
機械は真鍮の鉢に収められ、底には巻上げ用の開口を覆う円形のふたがある。博物館の記録はマホガニー箱入りの船舶用時計と呼ぶ一方、箱とジンバル支持、着脱式ベゼルは現在失われていると明記する。ジンバルは船の傾きに対して時計の姿勢を保つための支持である。収蔵記録の全体寸法は60 × 85 × 106 mmだが、欠落した箱の寸法と断定はできない。1
動力と巻上げ中の維持#
動力は鋼のぜんまいから鎖を介してフュゼへ伝わる。フュゼは溝のついた円錐形の滑車で、ぜんまいがほどけるにつれて変わる力を、鎖のかかる半径の変化によって均す仕組みである。No.407の記録では鎖は47 cm、145節で、フュゼは6回転する。大車を含む輪列は5輪である。1
ハリソン式の維持動力も備える。巻上げの間に主ぜんまい側の駆動が途切れても、別のばねの力で輪列を動かし続けるための機構である。これは巻上げ中の停止を避ける設計上の工夫であり、記録された構造だけから実際の歩度や航海中の精度を数値化することはできない。1
脱進機と調速器#
脱進機はアーノルド型のばね式デテントである。デテントはがんぎ車を止め、テンプの往復に応じて解放する部品で、テンプは輪列から必要な衝撃を受けて振動を続ける。No.407ではデテントの足と短いばねの部分を除いて失われている。博物館は、衝撃を伝えるローラーなど他の部分はおそらく当初のものとするが、完全な現存状態とは区別する必要がある。1
テンプは直径29.2 mmで、ひげぜんまいと固定部を含む質量は7.1 gと記録される。真鍮の腕と二金属の分割された外周部を用いる補償テンプで、温度によるひげぜんまいの弾性変化に対し、外周部の変形で慣性を変えて歩度を補う。外周には博物館がアーノルドの「platina」合金と呼ぶ材料と鋼が使われ、曲がったねじ部に真鍮の調整ナットがある。材質名から具体的な配合比を決めることはできない。1
ひげぜんまいは青焼き鋼の円筒形で、両端の曲線を含め11½巻。博物館はテンプの振動数を毎時14,400振動、すなわち片振り0.25秒と記録している。温度補償は一つの誤差要因を抑える方法であり、姿勢、衝撃、摩擦や調整の影響まで消すものではない。1
製作年代と保存状態#
主ぜんまいの内側には「Robt Clark June 1812」の刻みがある。博物館が示す約1812年という年代と照らす材料になるが、この刻銘だけで時計全体の完成日や注文者を確定することはできない。文字盤裏の複数の刻みも現存するものの、公開記録だけでは個々の所有者や修理の経緯を結び付けられない。1
博物館の点検記録では分針は20世紀の後補で、テンプの上側の軸は折れ、下側の受石にはひびがある。香箱の軸にも損傷があり、一時的な固定は恒久的な修理ではないため、巻き上げてはならないと記されている。機械には古い油が固着していたが、点検時に軽い清掃と注油が行われた。記録は、保存状態が比較的よく、当初の仕上げが多く残る可能性も指摘する。製作時の完全な姿と、後世の補修・欠落を含む現在の姿は同一ではない。1
年表と位置づけ#
- 1812年6月:主ぜんまい内側にRobt Clarkの名と年月が記される。時計の完成日そのものとは限らない。1
- 約1812年:博物館がNo.407の製作時期として示す年代。1
- 20世紀:現在の分針はこの時代の後補とされる。交換の具体的な日付は示されていない。1
- 現在:国立海事博物館の所蔵品ZAA0065。所蔵ページでは非展示と記載されている(2026年10月28日確認)。1
船舶用クロノメーターは基準地の時刻を運び、天体観測から得た現地時刻との差を経度の判断に役立てるための時計である。No.407は、その目的に用いられた時代の精密時計を、文字盤から動力、脱進機、温度補償まで具体的に観察できる例である。ただし、この個体の発注者、航海、実測精度や所蔵に至る経路は、公開されている個体記録からは特定できない。1 3
参考文献#
1. Royal Museums Greenwich, “Marine chronometer”, ZAA0065, 所蔵記録。製作年代・構造・状態・寸法を参照。https://www.rmg.co.uk/collections/objects/rmgc-object-79170(2026年10月28日閲覧)。
2. Royal Museums Greenwich, “294”, ZAA0292, 所蔵記録。別個体の同定と来歴を参照。https://www.rmg.co.uk/collections/objects/rmgc-object-79397(2026年10月28日閲覧)。
3. Royal Museums Greenwich, “What is longitude?”, 地方時と経度の関係。https://www.rmg.co.uk/stories/time/what-longitude(2026年10月28日閲覧)。