ブレゲ クラシック ラ・ミュージカル 7800

ブレゲ クラシック ラ・ミュージカル 7800

腕時計の中の小さな楽器#

ブレゲのClassique La Musicale 7800は、時刻を表示するとともに、決められた旋律を機械式オルゴールで演奏する腕時計の系列である。初期資料では Réveil Musical、日本語では「クラシック ミュージカル」などとも呼ばれる。設定時刻に鳴る音楽アラームと、押しボタンによる随時演奏を備え、演奏中には文字盤中央が回転する。12

時刻を時・四半時・分の打数へ置き換えるミニッツリピーターとは、音の役割が異なる。7800が奏でるのは、作曲された音楽の一節である。音をつくる櫛歯、演奏速度を保つ調速機、音を外へ伝える膜、曲の終わりに文字盤を元の位置へ戻す制御を、一つの腕時計へまとめた点に特徴がある。13

系列と二つの旋律#

初期の7800には、ロッシーニの《泥棒かささぎ》、イタリア語で La gazza ladra の旋律が選ばれた。2011年12月刊行のブレゲ公式誌はこれを最初の曲とし、イエローゴールドとホワイトゴールドの展開を説明する。2013年にはローズゴールドの7800BR/AA/9YV 02が登場し、バッハの管弦楽組曲第2番ロ短調の終曲《バディヌリ》を演奏した。24

資料で確認できる型番ケース旋律と位置づけ
7800BA/11/9YV18Kイエローゴールド初期のロッシーニ版に属する
7800BB/11/9YV18Kホワイトゴールド《泥棒かささぎ》。2015年の実機レビューでも裏蓋の作曲者名・曲名を確認できる
7800BR/AA/9YV 0218Kローズゴールド2013年発表の《バディヌリ》版

同じ7800という番号だけで曲を決めつけたり、一個体が二曲を切り替えて演奏すると考えたりしてはいけない。確認した各版では、所定のピン配置に対応する一つの旋律を再生する。245

発表年の記述には注意がいる。現行の公式歴史解説は本文で磁気調速機の導入を2010年とする一方、その年表見出しは2011年になっている。2011年の公式誌には、すでに音響膜と磁気調速機を組み合わせた構造が詳しく記される。7800の成立は2010〜2011年の展開として捉え、2013年の曲・意匠の変更と分けるのが適切である。26

時刻の動力と音楽の動力#

自動巻きが担う範囲#

7800は自動巻き時計だが、音楽まで腕の運動で自動的に巻き上がるという意味ではない。公式説明書は、上側のリューズIを時刻用ムーブメントの巻上げと時刻合わせ、下側のリューズIIを音楽・アラーム側の手巻きと設定に割り当てる。時刻側の公称持続時間は約55時間で、音楽側の残量は文字盤3時位置の窓で読む。1

2011年の公式誌によれば、香箱は時刻用に一つ、音楽用に二つの計三つである。時計を動かす力と、櫛歯を次々に弾く力を分け、音楽側には長い演奏を支えるエネルギーを用意した。55時間という時計の持続時間を、そのまま連続演奏時間と読むことはできない。2

表示と演奏の制御#

時・分針のほか、中央にはアラーム時刻を指す細長い針があり、反対側にト音記号をあしらう。説明書の図ではこの針をHRと呼ぶ。9時と10時の間にある窓SRはアラームのオン・オフ、3時のRRは音楽側の残量を示す。中央の装飾付き針を通常の秒針と取り違えると、表示の意味が変わってしまう。15

10時側のボタンは随時演奏、8時側のボタンはアラームのオン・オフに用いる。随時演奏はアラーム設定がオフでも使える。説明書では、一度の操作で旋律を一回、アラームでは残量に応じて最大四回演奏する。途中でアラームを解除しても、鳴っている一巡の途中で直ちに止めず、曲の終わりまで進む。15

この終わり方は見た目にも関わる。演奏と連動した文字盤が途中の角度で残らないよう、所定位置へ戻して停止するからである。さらに、一巡を完了するだけの動力がないときは演奏を開始させない。残量窓と始動制限は、音楽を途中で途切れさせないための一組の仕組みである。12

ピン付き円盤が音符を読む#

通常のオルゴールでは、円筒の突起が櫛歯を持ち上げ、解放して振動させる。7800では円筒を薄い円盤へ置き換え、その下側のピンが15枚の金属の歯へ順に働く。円盤のピンの位置は、どの音をどの順序・間隔で鳴らすかという機械的な記録になる。櫛歯は弾かれて自由振動し、音を生む。34

円盤は文字盤中央と結び付けられ、旋律の一巡で中央部も一回転する。固定された外周のローマ数字に対して、ギヨシェ模様が回転し、光の反射が変わる。2013年の紹介資料は、一巡の演奏を約20〜25秒と説明する。これは音楽一回分の目安であり、時計の秒表示や日差の規格ではない。4

時計向け音楽モジュールの関連特許EP2038708には、ピン付き円盤による省スペース化と、複数円盤を交替させる案も記されている。ただし、特許に記載された変形例すべてが7800へ実装されたわけではない。実際の7800の曲と操作は、その型番の資料・説明書で確認する必要がある。7

時刻用の香箱と輪列から時分針へ、別の音楽用香箱から円盤・櫛歯・音響膜へつながる機能図。音楽側には磁気調速機が接続する

図1:7800の役割を整理した独自機能図。作者:本サイト編集部。出典原理:ブレゲ7800説明書、磁気調速機の公式説明。寸法・部品配置・歯車の噛合いを再現する設計図ではない。既存図版の転載・加工なし。

テンポを守る磁気調速機#

回転の速さを制動する#

音楽のテンポは、時刻を刻むテンプの振動数とは別に制御する。音楽用ゼンマイの力は解けるにつれて変わり、同時に弾く歯の数や抵抗も一定ではない。円盤をただ香箱へつなぐだけでは、音符の間隔が不均一になり得る。このため、音楽の輪列に回転速度を制御する機構を置く。26

ブレゲの説明する調速機では、回転部に銀製の重りを設け、その外側に固定磁石を配置する。回転が速まると遠心力で重りが外へ移り、磁場との作用が強い領域へ入る。導電体の中に生じる渦電流、すなわちフーコー電流によって回転を妨げる力が増す。遅くなるとばねが重りを内側へ戻し、制動が弱くなる。この変化が、速度の変動を抑える。68

磁石が音楽を動かすエネルギー源になるのではない。駆動はゼンマイが担い、磁気制動は余分な機械エネルギーを熱へ変えて回転を抑える。EP2487547の説明は、この損失を渦電流とジュール発熱として扱う。壁へ擦り付ける接触制動を避けるので、従来の摩擦式調速機から出る雑音と、その接触部の摩耗を減らせる。ただし、歯車や軸受まで接触や摩耗がなくなるという意味ではない。8

磁場を時刻系から遠ざける#

磁石を機械式時計へ入れるには、時刻系への影響も考えなければならない。公式解説は、調速機を鉄製の囲いで覆い、テンプ・脱進機から距離を取り、シリコン製のひげぜんまいと脱進機部品を用いたと説明する。6 音楽を制御する磁気調速機と、別モデルで発展したテンプの磁気ピボットは、役割の異なる技術である。

メーカーはこの調速機を機械式腕時計での初採用として位置付ける。一方、円盤オルゴールそのものや機械的な遠心調速の歴史まで7800から始まるわけではない。ここでの新しさは、小型の音楽機構の中へ磁気制動と制御を組み込み、旋律に混じる調速音を抑える設計にある。68

音を外へ伝える金属ガラス#

小さな櫛歯が鳴っても、厚いケースの中で音が失われては腕時計の音楽にならない。7800はムーブメントの下へ金属ガラスの膜を置き、振動を空気へ伝える役割を与えた。金属ガラスは原子が通常の結晶のように周期的に並ばない金属材料であり、液体のままケース内に入っているわけではない。ブレゲの資料ではLiquidmetalとも呼ばれる。39

関連する音響膜特許US8369188は、材料だけでなく、膜の形状、周囲を保持する条件、膜が自由に振動できる空間を合わせて設計する。7800の公式誌も、膜の共振が旋律の音域に入るよう形状を研究したと説明する。材料名だけを挙げれば自動的に大音量が得られる、という設計ではない。23

膜と金の裏蓋の間の空間、外へ通じる開口も音の放射に使う。2013年の説明は、この空間をヘルムホルツ共鳴器として扱う。一方、膜はムーブメント側を隔て、開口のある音響空間と、防水を必要とする内部を分ける。公称防水性能は3barで、説明書には両リューズが通常位置にあるという条件が付く。14

音量の感じ方は、時計を腕に載せるか、支持面へ置くかによっても変わる。専用箱には、楽器の響板にも使うアルプスのスプルースが用いられ、時計からの音を響かせる。4 音響膜、ケース内の空間、外部の支持体までが、聴こえる音に関わるのである。

意匠と仕様を読む#

ケース側面には、ブレゲの典型的な縦溝装飾に代わって楽譜を刻む。文字盤のギヨシェ、ト音記号付きアラーム針、回転する中央部を合わせ、音楽機構を外観でも表す。金属ガラス膜にもギヨシェを施すが、これは通常の裏蓋越しには見えない。内部の機能部材にも装飾を及ぼした例である。25

項目確認した仕様と対象
完成ムーブメント現行公式ページではcal.0900、自動巻き、633部品
振動数4Hz。テンプの毎秒4往復、毎時28,800振動に相当する
寸法ムーブメント幅39mm、厚さ8.7mm。7800BRの現行公式値はケース径48.1mm、厚さ16.7mm
時刻側の持続時間現行公式値および説明書で約55時間
調速系シリコン製の平ひげぜんまい。音楽側に別の磁気調速機
7800BRの外装18Kローズゴールド、プラチナ仕上げの手彫りギヨシェ文字盤、スチール針、アリゲーターストラップ、金製フォールディングクラスプ

上表は主に2026年11月4日に確認した7800BRの公式仕様である。9 2011年の公式誌が記すcal.777は、時刻用のベースムーブメントである。同誌のベース単体60時間という数値と、完成機0900の55時間を混ぜない。石数や厚さにも媒体間の差があるため、系列全体を一つの販売記事の数値で代表させるのは避けるべきである。25

個体の来歴と後年の記録#

7800は特定の一点物ではなく、複数の素材と曲で展開されたモデルである。個別の時計を追う資料として、Bonhamsの2022年10月13日パリ売立、lot110にはローズゴールドの7800BR/AA/9YV02が掲載された。ケース番号5126BC、ムーブメント番号0011380、中央アラーム針、回転文字盤、説明書と原産地・保証証明書を伴う個体として記録される。10

同目録は購入日欄を2014年5月21日とする一方、付属品欄には2014年4月10日付の購入領収書と記す。この差からどちらかを製造日と断定することはできない。これは公開された一個体の販売資料であり、シリーズの初出日や全所有者の履歴を示すものでもない。10

2015年のWatch Collecting Lifestyleによるホワイトゴールド個体の実機レビューは、二つのリューズと二つのボタン、秒表示を持たない文字盤、ロッシーニの名と曲名を刻む裏蓋を写真付きで紹介した。メーカーの技術説明とは異なる、外から観察できる構成の確認材料になる。ただし、同記事の音の賛辞は測定された音圧や精度試験とは区別する。5

展開の年表#

時期確認できる出来事
2006年7月関連する円盤式音楽モジュールのEP2038708が優先日を持つ。複数円盤の変形例も含む技術文献で、7800の発売日ではない。7
2010年3月金属ガラス音響膜の特許ファミリーが優先日を持つ。US8369188は2013年2月に登録公報が公開された。3
2010〜2011年初期のロッシーニ版が登場。現行公式歴史解説は2010年を記し、2011年刊行の公式誌は磁気調速・三香箱・膜の構成を説明する。26
2011年2月調速機特許EP2487547の優先日・出願日。A1公報は2012年8月、B1公報は2017年8月公開。8
2013年ローズゴールドの《バディヌリ》版7800BRが発表される。4
2015年6月ホワイトゴールドのロッシーニ版の実機レビューが公開される。5
2022年10月Bonhamsパリ売立に7800BRの個体が掲載される。10
2026年11月公式サイトに7800の製品ページと仕様を確認できる。掲載だけから生産量・在庫・製造継続期間までは判断できない。9

技術的位置と確認の範囲#

7800は、時計に音を付け加えるだけでなく、音符を読む円盤、テンポを保つ磁気制動、音を放射する金属ガラス膜を、それぞれの役割に合わせて設計した作品である。回転する文字盤は、旋律の進行と停止位置を目に見える動作へ変えた。小型化、音響、調速、操作の連係を一緒に見ることで、この時計の構想が理解できる。

公表資料からは、各個体の実測歩度、同一条件の音圧比較、全製造数、全個体の修復履歴は確定できない。また特許の発明者欄や広い実施例を、そのまま7800全体の単独設計者や市販品の正確な部品表とは扱えない。ここでの仕様と機構説明は、対象となる版と資料の時点を合わせて読む必要がある。

参考文献#

[1] Montres Breguet, 7800: Mode d’emploi / Instructions for use、発行年表示なし、仏語・英語本文および操作図。https://www.breguet.com/sites/default/files/publications/55a4dca3-de88-e811-a970-000d3ab38db4.pdf (2026年11月4日閲覧)

[2] Montres Breguet, “Réveil Musical”, Quai de l’Horloge 創刊号、2011年12月印刷、pp.85–97。メーカー刊行誌、公開保管PDF。https://dutchwatchdude.com/gallery/BREguet.pdf (2026年11月4日閲覧)

[3] Montres Breguet SA, Nakis Karapatis, Jérôme Favre, Lucien Germond, “Striking watch with an acoustic membrane”, US8369188B2、2010年3月16日優先、2013年2月5日登録公報、説明・図1・請求項。https://patents.google.com/patent/US8369188B2/en (2026年11月4日閲覧)

[4] La Cote des Montres, “Breguet Classique La Musicale 7800BR”, 2013年8月3日、メーカー発表調の紹介・仕様表。https://lacotedesmontres.com/La-montre-Breguet-Classique-La-Musicale-7800BR-Cette-Classique-La-Musicale-joue-Badinerie-une-melodie-composee-par-Jean-Sebastien-Bach-No_9878.htm (2026年11月4日閲覧)

[5] Watch Collecting Lifestyle, “Insider: Breguet Classique ‘La Musicale’ ref. 7800. A Fascinating Musical Playing Timepiece”, 2015年6月23日、7800BB/11/9YVの実機紹介。https://www.watchcollectinglifestyle.com/home/insider-breguet-classique-la-musicale-ref-7800-a-fascinating-musical-playing-timepiece (2026年11月4日閲覧)

[6] Montres Breguet, “Introduction of the magnetic strike governor”、現行歴史解説、見出し2011年・本文2010年。https://www.breguet.com/en/breguet-house/1999-present/introduction-magnetic-strike-governor (2026年11月4日閲覧)

[7] Philippe Subilia, Nicolas Court, “Musical module of a movement of a watch”, EP2038708B1、2006年7月10日優先、2011年3月2日登録公報、仏語説明・英訳・請求項。https://patents.google.com/patent/EP2038708B1/en (2026年11月4日閲覧)

[8] Montres Breguet SA, “Regulator of a clockwork wheel or an alarm wheel”, EP2487547B1、2011年2月11日優先・出願、2017年8月9日登録公報、渦電流・遠心重り・弾性復帰機構の説明。https://patents.google.com/patent/EP2487547B1/en (2026年11月4日閲覧)

[9] Montres Breguet, “Classique La Musicale 7800, 7800BR/AA/9YV 02”、製品説明とcal.0900の仕様。https://www.breguet.com/en/watches/classique/classique-la-musicale-7800/7800braa9yv02 (2026年11月4日閲覧)

[10] Bonhams, Montres et Chronographes de Prestige, Paris, 2022年10月13日、lot110、p.81(PDF p.83)。https://images1.bonhams.com/original?src=Images%2Flive%2F2022-10%2F06%2FS-27819-0-1.pdf (2026年11月4日閲覧)