ブレゲ No.1135は、アブラアン=ルイ・ブレゲの工房が1802年から1806年にかけて製作した、直径42mmの金製懐中時計である。スペインのインファンタード公爵が注文し、15分単位の時刻を音で知らせるクォーター・リピーターと、二枚のガンギ車を使う初期のナチュラル脱進機を備える。ブレゲが新しい脱進機を小さな携帯時計へ実装する過程を、工房記録と現存する機械の両側からたどれる作品である。1 2
No.1135は個体の製作番号であり、同名の量産モデル系列を示さない。ケースには別の番号1945があり、両者を区別する必要がある。2014年にブレゲ側が買い戻して歴史コレクションに加えたことが、取得者の公式発表で確認できる。1 2
四年をかけた一個の時計#
公爵の注文と工房の試行#
注文主は第13代インファンタード公爵ペドロ・アルカンタラ・デ・トレド・イ・サルム・サルム(1768–1841)である。クリスティーズが紹介する記録では、注文は1802年3月。時計が発送されるのは1806年1月であり、製作はほぼ四年に及んだ。これはケースや文字盤を長期間かけて飾り続けたというだけの話ではなく、新しい脱進機の製作と改良を伴う期間だった。1
脱進機の製作を担ったシャルル・ベルノーダ(Charles Bernaudat)は、1803年3月に最初の仕事を納め、1804年4月、1805年9月と12月にも変更を加えたとされる。競売解説は、脱進機関係の支払総額を約1,900フランとし、そのうち約300フランを仕上げ・総合調整に当たるルパサージュの費用とみている。工房記録の解釈を含む概数であり、脱進機の部品代だけを示す金額ではない。1
販売価格は4,200フランと記録される。1806年1月の細かな日付には資料内でも違いがあり、競売見出しは13日を販売日とする一方、来歴欄は12日の発送、本文と公式プレス資料は16日の納品を記す。発送・販売・納品という行為の違いはあるが、原記録を直接照合しないまま、すべてを一つの確定した日付に統合することはできない。1 3
何を解決しようとしたのか#
脱進機には、輪列の回転を一定の刻みに区切る役割と、振動するテンプへ少しずつエネルギーを戻す役割がある。この補給を加衝という。一般的なレバー脱進機はレバーを介してテンプへ力を伝え、往復それぞれで加衝する。一方、デテント脱進機はガンギ車からテンプへ直接加衝するが、その加衝は一往復に一回である。4
ブレゲが狙ったのは、直接加衝による滑りの小ささと、往復の両方向で加衝する性質を組み合わせることだった。携帯時の動きで止まりやすいというポケット・クロノメーターの課題を、直接加衝の利点を残しながら緩和しようとした、と競売解説は説明する。この設計の発端と、No.1135に実際に組み込まれた構成を区別すると、作品の実験的な意味が見えてくる。1 4
二枚のガンギ車と取り外せる機構#
往復で力を渡す仕組み#
No.1135では、輪列の四番車が真鍮製のガンギ車を駆動し、これに連結された歯車を介して鋼製の第二のガンギ車を動かす。二枚の間には、軸を中心に揺れる停止部材であるデテントが置かれ、車の縁より上へ突き出したピンを使って、それぞれの車を交互に停止させる。テンプへの加衝を二枚で分担することで、往復両方向の直接加衝を行う。1
ここで、二枚はそれぞれ独立した輪列に駆動されているわけではない。歯車でつながっているため一緒に動き、回転方向が逆になる。デレク・プラットは、この系統の一般的な難点として、動かし始める部品の慣性が大きいことと、かみ合う歯の隙間によって従動側の位置がわずかに揺らぐことを挙げる。隙間をなくせばよいという単純な問題ではなく、歯車を無理なく回すための余裕と、加衝位置の再現性を両立する必要がある。4
「自然な加衝」は、時計全体に油を使わないという意味ではない。狙いは、加衝面で大きく滑る接触を避け、その面を油に依存させないことにある。また、一般的なナチュラル脱進機の図がすべてNo.1135の初期構造をそのまま描いているわけでもない。競売解説自体が、チェンバレンやダニエルズの既知の図とは細部が一致しない点を注意している。1 4

図1:No.1135の脱進機ユニットの裏側。撮影:Kjorford。出典:Wikimedia Commons。画像のライセンス:CC BY-SA 3.0。変更:縮小・JPEG再圧縮のみ。縮小画像も同ライセンスで配布。
脱進機とテンプを一体で外す#
ムーブメントは金めっきした真鍮製で、中心車まで宝石軸受を備える。特徴的なのは、二枚のガンギ車、デテント、テンプを、取り外せる別の台板にまとめた構成である。脱進機だけでなく、その相手となる振動系も一緒に扱える。1
この台板は、複雑な部分を独立して組み立てやすくし、輪列とガンギ車とのかみ合い深さを調整する手段にもなる。同種の交換可能な構成は、その後ブレゲの二香箱式マリンクロノメーターにも用いられた。ただし、No.1135自身が海軍用時計だったことや、当時すでに互換部品による量産が成立していたことを意味しない。1
テンプは三本腕のバイメタル補償テンプで、金とプラチナのねじを持つ。温度変化による歩度のずれを抑えるための構成であり、青焼き鋼製のブレゲひげぜんまいと組み合わされる。テンプ軸にはパラシュート式の耐震機構がある。これらの仕様は実物記載で確認できるが、現在の一日当たりの誤差や、長期試験の成績はそこから求められない。1
| 項目 | No.1135で確認できる構成 |
|---|---|
| 表示 | 時・分、8時と9時の間の小秒針 |
| 脱進機 | 連結された二枚のガンギ車、揺動するデテント |
| 調速部 | 三本腕バイメタル補償テンプ、ブレゲひげぜんまい |
| 脱進機台板 | ガンギ車二枚・デテント・テンプを保持し、取り外し可能 |
| 打刻 | 一つのハンマーとゴングによるクォーター・リピーター |
| ケース | 20金、ケース番号1945、直径42mm |
仕様は2014年の競売記載に基づく。振動数、持続時間、実測歩度は同資料に示されず、後続作品の数値を転用できない。1
音、金の装飾、読み取り方#
一つのハンマーで知らせる時刻#
クォーター・リピーターは、操作した時点の時刻を時と15分単位で知らせる機構である。No.1135の競売記載ではハンマー一つがゴングを打ち、ケース側面に引いてひねる押し部材がある。分単位まで打つミニッツ・リピーターとは区別される。1
ゴングを打つ機構があるという記載だけから、音色、音量、減衰時間を再現することはできない。これらはゴングの形や固定、ケースとの関係、実際の調整にも左右される。No.1135について周波数や音圧の測定値は今回確認できていない。
元の蓋と現存する姿#
ケースを製作したのはピエール=バンジャマン・タヴェルニエで、1802年製と記録される。現存状態は文字盤が見える姿だが、もとは前蓋を持つサヴォネット、すなわちハンター型だった。競売解説は、前蓋の中央が後に水晶へ置き換えられ、蓋を開けずに時刻を読めるようになったとする。改造を1830年代ごろとする推定は、確定した修理日とは区別する必要がある。1
裏蓋には同心円状のギヨシェ装飾があり、中央に公爵を示す頭文字「I」が刻まれる。一般的な麦粒模様とは異なり、工具が表面に出入りするように刻んだ環状の模様である。金製の内蓋にも同系統の装飾があり、二本の半頭ねじで固定される。1
文字盤も金製ギヨシェで、時刻を読む部分はローマ数字を置く滑らかな環に分けられている。青焼きのブレゲ針、小さく偏心した秒表示、12時の左右にある隠し署名が細部を構成する。提げ環につながるペンダントは文字盤の3時側にあり、もとのハンター型に対応した向きになっている。1
内蓋の銘は、ブレゲによる「第二の自由脱進機」と共和暦10年の発明を掲げる。ここでいう10年は1801年9月から1802年9月に当たり、1806年の納品年と同じではない。「第二」という語も、この時計がナチュラル脱進機の二作目だという意味に直結させるべきではない。競売解説は、ブレゲがそれ以前に用いた自由脱進機としてレバー式を挙げている。1
所有と再発見の履歴#
公爵がいつ時計を手放したのかは分かっていない。1837年12月には、パリのリシュリュー通りに住むマダム・ド・モントノワールが清掃と修理のためブレゲへ持ち込んだことが記録される。その人物と公爵との関係や、所有権移動の詳しい経緯は、この持ち込みだけでは確定できない。1
その後の長い空白を経て、1944年8月29日受領の印を持つ書簡が、英国のロード・ハリスに宛てられた資料として伝わる。2014年の出品には、この書簡の写し、工房作業簿の抜粋、ブレゲのノートの図と記載の写し、1984年8月13日付のブレゲ証明書No.3824が付属していた。これらは作品と研究資料を結び付けるが、出品時の資料一覧を確認することと、全原本を実見することは異なる。1
2014年11月10日、ジュネーヴのクリスティーズ競売に出品され、ブレゲ側が取得した。クリスティーズの公式競売結果は、ロット393、購入者「The Breguet Museum」、手数料込み60万5,000スイスフランと明記する。一方、取得者側の発表額は50万スイスフランで、そちらは手数料の内外を明記していない。両者の金額の範囲を区別して読む必要がある。2026年11月の調査で確認できる所在情報は、歴史コレクションへの収蔵発表までであり、現在どの館で常設展示されているかまでは確認できない。1 2 5
技術史上の位置と分かっていないこと#
No.1135は、ブレゲがナチュラル脱進機を実作した最初の時計として、競売調査と取得者側の発表で位置付けられている。しかしこの評価は、仕上がった量産標準の成立を意味しない。複数年にわたる変更、高額な製作費、機構を外して扱うための台板に、実験から実用品へ移る際の難しさが表れている。1 2
後世のダニエルズは二枚のガンギ車を別々の輪列で駆動する構成へ進み、プラットも独立二重ガンギ車の研究と製作を行った。No.1135と現代の二重ガンギ車式を結ぶのは、加衝面の油への依存を減らすという問いであり、駆動輪列や停止機構が同一だということではない。4
本作のナチュラル脱進機をトゥールビヨンと混同することも避けたい。後年のブレゲには両者を組み合わせた時計があるが、No.1135の別台板は、脱進機とテンプを一緒に外すための構成であり、回転キャリッジではない。1
未解明の点には、納品日の原記録との厳密な照合、前蓋改造の時期、1837年から20世紀に至る所有の連続性、近年の保存修復内容、現在の実測性能がある。作品の重要さは、それらを推測で埋めることで増すのではなく、現存機構と記録のどこまでが対応するかを保つことで理解できる。
年表#
| 年月 | 出来事と確認範囲 |
|---|---|
| 1802年3月 | インファンタード公爵の注文を受ける。日単位の確定は留保 |
| 1802年 | タヴェルニエ製の金ケース番号1945を製作 |
| 1803年3月 | ベルノーダが最初の脱進機製作を納める |
| 1804年4月 | 脱進機を変更。変更内容の細部は推定を含む |
| 1805年9月・12月 | 脱進機に追加変更 |
| 1806年1月 | 公爵へ発送・販売・納品。資料に12日・13日・16日の記載が併存 |
| 1837年12月 | マダム・ド・モントノワールが清掃・修理へ持ち込む |
| 1944年8月 | ロード・ハリス宛書簡。受領印は29日 |
| 1983年2月 | 4日の公開出現後、2014年の出品者が取得したと競売資料に記載 |
| 1984年8月 | 13日付のブレゲ証明書No.3824 |
| 2010年3月 | 『Antiquarian Horology』にキース・オーフォードによる本作の研究が掲載(公式目録で確認) |
| 2014年11月 | 10日のジュネーヴ競売でブレゲ側が取得。12日に公式発表 |
| 2026年11月 | 公開記録を照合。現在の常設展示館と近年の修復履歴は未確認 |
年表の製作・来歴は主に1、2014年の取得は2 5、納品日の比較は3、2010年の掲載は6による。
参考文献#
- Christie’s, “Breguet No. 1135”, Important Watches, Geneva, 10 November 2014, lot 393。実物仕様、工房記録の紹介、来歴、Lot Essay。閲覧:2026年11月7日。
2. Swatch Group / Breguet, “Christie’s auctions: Breguet enriches its historical collection”, 12 November 2014。取得者側の公式発表。閲覧:2026年11月7日。
3. Christie’s, Important Watches, Geneva, 10 November 2014 — press release, 2014, pp.4–5。競売カタログと同系統の資料であり、独立した研究とは数えない。閲覧:2026年11月7日。
4. Derek Pratt, “In Breguet’s Footsteps…”, Horological Journal, March 2009, pp.106–109(末尾にPostscript)。特にpp.106–107の原理・限界、p.108の独立二重ガンギ車。No.1135の個体調査とは区別。閲覧:2026年11月7日。
5. Christie’s, Important Watches — Geneva, 10 November 2014, Sale #1404, results, 2014, p.1, lot 393。手数料込みの明記、購入者、価格を原表で確認。閲覧:2026年11月7日。
6. Antiquarian Horological Society, List of articles published in Antiquarian Horology:Keith Orford, “A watch with Breguet’s échappement naturel”, vol.32, no.1, March 2010, p.52開始。今回は公式目録を確認し、論文原版と工房手稿原本は未読。閲覧:2026年11月7日。