望遠鏡から眼を離さず、時計を読む#
ブレゲの接眼計時器No.3165は、望遠鏡の接眼部へ時計機構を組み合わせ、天体の通過と小数秒の表示を同じ視野で読み取るための器具である。通常の時計の文字盤を小さくしただけではなく、視野内を通る回転表示と十字線を利用する。デイヴィッド・ライオネル・サロモンズの1921年の記録では、1820年11月14日にMr. Smithへ2,580フランで販売された個体として紹介される。1
天体の位置を測る観測では、「どの星が、基準の糸を、時計の何時何分何秒に横切ったか」が必要になる。目を望遠鏡から外して時計を見れば、その間に星は動く。一方、時計の音を耳で数えながら星を見る方法では、視覚と聴覚の出来事を対応させなければならない。接眼計時器は、時計の表示を観測する場所そのものへ持ち込むことで、この読取り操作を変えようとした。1 2
No.3165は一つの製作番号を持つ作品であり、「接眼計時器」という器種の全仕様を代表する型番ではない。サロモンズの個体記述、工房の商品案内、同時代の技術解説には共通する目的が見えるが、時計側の表示や視野内の指針について異なる書き方がある。個体と器種を分けて読むことが、仕組みを理解する出発点となる。1 3
No.3165を特定する記録#
製作番号と証明書番号#
サロモンズはこの器具を、クロック類を扱う章の「No.6」として掲載し、製作番号を3165、証明書番号を2468と記す。「No.6」は書籍内の整理番号であり、2468は証明書の番号である。三つの数字は別のものを指している。1
販売先はMr. Smithとだけ記され、1820年11月14日は販売日である。これをそのまま設計開始日や完成日とみなすことはできない。また、姓が似る別の天文学者へ、記録にない名や経歴を補うこともできない。顧客の人物像や使用した天文台を確定するには、この紹介以外の記録が必要になる。1
| 項目 | No.3165についてサロモンズが記録した内容 |
|---|---|
| 用途 | 望遠鏡などへ取り付け、恒星などの通過時刻を測る接眼器具 |
| 販売 | 1820年11月14日、Mr. Smith、2,580フラン |
| 材料 | 真鍮 |
| 脱進機と調速機 | レバー脱進機、補償テンプ |
| 軸受 | ルビー穴石 |
| 動力 | 二つの香箱 |
| 操作 | 機構を始動・停止するレバー |
| 視野内表示 | 六本のスポークを持ち、各先端に円板を備える回転輪と十字線 |
| 時計側の表示 | 時、分、整数秒 |
| 読取り | 10分の1秒を読み、さらに細かな部分は推定するという説明 |
いずれも1921年の記述に基づく仕様である。二香箱があることだけから、二つの独立した時刻を刻む、片方が報時専用である、あるいは特定の連結方式でトルクを平滑化する、といった内部構成までは決まらない。1
時計胴と光筒の配置#
同書の図版222頁には、No.3165の正面と斜めからの写真が載る。正面の円形部分にローマ数字の文字盤があり、その上に光を通す開口が置かれる。斜視写真では、長い光筒の下側へ円筒状の時計胴が張り出し、その端に文字盤が置かれていることが分かる。光学部と時計部を一体の器具としてまとめた配置である。1
ただし、この写真は分解図ではない。レバーから停止部までの連結、歯車の歯数、香箱の結合、光学素子の種類や間隔は、外観写真だけから読み取れない。図版には原寸という注記があるが、拡大縮小できるデジタル画像上の長さを実物寸法として扱うこともできない。1
小数秒を、動く位置へ置き換える#
円板が十字線を横切る#
No.3165の個体説明によれば、回転輪には六本のスポークがあり、その各先端に小さな円板が付く。接眼部には十字線があり、円板がそこを通り過ぎる様子から10分の1秒を読み、より細かな時間は見積もる。時計側が時・分・整数秒を受け持ち、視野内の運動が秒より細かな部分を読み取る助けとなる。1
ここで測定者が見るのは、時間そのものではなく、時計機構が時間に対応させて動かす位置である。時間差を見やすい移動量へ置き換え、その移動と天体が基準線を通る出来事を同時に見る。このため、光学系は星像を拡大するだけでなく、時間表示を読み取るための空間も作る。1 3
六つの円板という情報だけでは、回転輪一周の周期や輪列比を独立に算出できない。回転速度、どの円板のどの位置を基準とするか、時計側の秒との位相関係まで分からなければ、構造を再現する設計図にはならない。個体の記述が示す読取り法と、未記載の設計値は分けておく必要がある。1
二針による器種の説明#
工房の商品案内をサロモンズが再録したフランス語の第26項は、レティクル、すなわち基準の糸を備える望遠鏡へ取り付ける「新しい天文用接眼計数器」を説明する。二本の指針が視野を通り、眼を天体から離さずに秒と10分の1秒、さらに推定による100分の1秒を見られるという。案内は、使い方を説明する別の図版も作られたと記している。1
この器種をさらに具体的に説明するのが、1819年の『化学・物理学年報』に掲載されたブレゲ父子の計時器の図版である。図では、時計箱Aが望遠鏡Bの接眼管に付き、外側の小文字盤Cが10分を表示して10秒ごとの区分を持つ。別の二本の針は、ほぼレティクルの面で視野内を動く。短い針は60度の弧を十分割した目盛で秒の整数部分を示し、長い針の先端の円板は、より大きい円の60度の弧を1秒で進む。2
長針が動く弧も十区分とみなせば、一つの区分が0.1秒に対応する。図では奇数番の区分に対応する位置へ糸を配し、円板が糸に重なるか、糸の間にあるかによって0.1、0.2、0.3秒……を判断する。望遠鏡で拡大して見える間隔をさらに推定すれば、百分の一秒の単位で表現できるという説明である。図版の第4図は10分の1秒の位置を、第5図はさらに細かな位置を示す。2
1844年の産業博覧会を扱うボキヨンの1845年刊行書も、10分の文字盤、視野内の二針、60度の弧、長針先端の円板という構成を説明する。これは1819年図版とよく似た器種の記述であり、No.3165の六つの円板と時・分・秒表示をそのまま解説したものとは断定できない。3
観測の直前と、星が糸を横切る瞬間#
1819年図版の凡例には、使い方も記されている。観測の数秒前に、観測者は小レンズgを通して外側文字盤の分と秒の十位を確認する。次に接眼部Oへ眼を上げ、視野内の短針から秒の一位を読む。星が基準糸へ近付いたら、そこからは星を見続け、円板が基準位置へ来るのを横方向の感覚で捉えて秒を数える。2
星が糸で二分されたり糸へ接したりする瞬間に、円板がどの糸上、あるいはどの糸間にあったかを覚える。凡例は、円板を直接追って星から眼を離さないようにすることを強調する。したがって「観測の最初から最後まで文字盤を見る必要がない」のではなく、肝心の通過時に星から視線を外さず、小数秒を視覚的に捉える工夫である。2
この観測には習熟が必要だった。視野へ表示を入れても、人が天体と指標の関係を判断する段階は残る。停止・始動用の操作部も図示されているが、星が糸を横切ったことを自動検出して記録する装置とは異なる。2
表示の細かさと、観測の確かさ#
10分の1秒を表示し、その間を100分の1秒まで推定できることと、天体の通過時刻が100分の1秒の誤差で測れることは同じではない。前者は表示と読取りの細かさを述べる。後者を示すには、時計の進み遅れ、表示の動き方、天体と基準線の見え方、観測者の判断を含む比較試験が要る。1 2
始動・停止の操作についても同じである。サロモンズはNo.3165をストップウォッチとしても説明するが、機構を止められるという記述だけでは、現代のクロノグラフのようなゼロ復帰や、時計の歩度を保ったまま計時だけを独立して停止する機構まで意味しない。停止前後の記録をどう結び付けるかは、器具の操作説明と観測手順の問題になる。1
1819年の記事は、この問題の大きさを角度へ換算して説明する。恒星の一回転を24時間とする時計では、1時間が15度、時間の1秒が角度の15秒に当たる。この条件で通過時刻に0.1秒の誤りがあれば、赤経では1.5秒角の誤りとなる。時間の秒と角度の秒は異なる量であり、この換算はNo.3165を試験した性能値ではない。2
記事の筆者は、熟練者でも単一の通過観測を0.1秒まで確かに行うのは難しいと評価し、ブレゲ父子の狙いを秒の十分割を助けることと説明した。一方で、経度局が任命した委員の試験が終わったら、機構を詳しく紹介すると予告している。図版の凡例が細かな読取りを高く評価することと、委員会の試験成績が掲載済みであることは別である。2
記事は、歯車で駆動する秒針へ均一な運動を与えたとも述べるが、その仕掛けを説明してはいない。この一文だけから、歯車の一歯ごとの動きをどの部品でならしたのかを特定することはできない。No.3165についても、ここで挙げた資料には、観測の比較条件や誤差分布を示す個体別の試験成績はない。1 2
作品と器種の来歴#
ルーヴル美術館の2009年ブレゲ展サイトは、接眼天文器具を1819年の項目へ置く。ただし、これは発明・改良の年表であり、No.3165の製作日を示す個別台帳ではない。翌1820年の二重秒針を持つ観測用クロノメーターも別項目に置かれており、名前の似た観測時計を同じ構造として扱うべきではない。4
経度局の公式転記で議事録をたどると、器種の形成は1819年だけの出来事ではない。1818年4月1日には、ブレゲの秒を十分割する発明を子午儀へ応用する可能性が議論されていた。1819年1月20日には新しい望遠鏡器具を提示し、長短所を論じ、試験に判断を委ねるとしている。2月3日には、秒を十等分する機構へ改良を加えたとの記録がある。これらは開発の過程を示すが、いずれも製作番号3165を記してはいない。5
20世紀にも、同じ器種が保存・展示の対象になった。1949年のフランス国立工芸院の時計展目録には、出品番号360としてブレゲの接眼時計が載り、星と時計表示を接眼部で同時に見て通過時刻を求める器具と説明される。出品元はパリ天文台である。ただし製作番号がないため、これをNo.3165の後年の所在へ結び付けることはできない。6
No.3165について具体的に追えるのは、サロモンズが紹介した1820年の売買記録と、1921年に刊行した個体の仕様・写真である。その後の移動、修復、交換部品、現在の収蔵先を確定する記録は、ここで用いた資料にはない。別の接眼時計が博物館や天文台に記録されていても、番号や来歴の連続が確認できなければ、この個体と結び付けられない。1
接眼計時器の特徴は、時計が刻んだ時を観測者へどう渡すか、という段階を機械と光学の設計へ取り込んだことにある。No.3165は、天体を見る器具と時刻を保つ器具の間に、読取りを助ける装置を組み込んだ具体的な作品である。時計の精度だけで観測全体の精度が決まるわけではないことも、その構成から理解できる。1 3
年表#
| 年月 | 記録と、その範囲 |
|---|---|
| 1818年4月1日 | 経度局で秒の十分割と子午儀への適用可能性を議論。5 |
| 1819年1月20日 | ブレゲが新器具を提示し、長短所を議論。試験によって判断する方針。5 |
| 1819年2月3日 | 十分割する機構を改良したとの議事録。5 |
| 1819年 | 『化学・物理学年報』が器具の目的と図版を掲載。委員による試験は終了前と記す。2 |
| 1819年 | ルーヴルの発明年表が接眼天文器具を置く年。No.3165固有の製作年ではない。4 |
| 1820年11月14日 | サロモンズが紹介した証明書の記録では、No.3165をMr. Smithへ2,580フランで販売。1 |
| 1845年 | ボキヨンが1844年博覧会を扱う技術書で器種の構成を説明。3 |
| 1921年 | サロモンズがNo.3165の仕様と写真を刊行。1 |
| 1949年 | 国立工芸院の時計展目録に、パリ天文台からの接眼時計を掲載。No.3165との同定はできない。6 |
| 2009年 | ルーヴルのブレゲ展サイトが接眼天文器具を発明史の一項として掲載。4 |
参考文献#
- David Lionel Salomons, Breguet (1747–1823), 1921. 公開原本。序文、61頁(No.6、証明書2468、個体3165)、73頁(証明書について)、92頁第26項(工房案内再録)、図版222頁(個体写真)。閲覧2026年10月16日。証明書は著者による紹介であり、原台帳を直接閲覧したものではない。
2. 著者署名なし, “Sur le nouveau Compteur que MM. Bréguet ont imaginé pour faciliter l’évaluation des fractions de seconde de temps dans les observations astronomiques”, Annales de chimie et de physique, tome X, 1819, 431–432頁および巻末器具図版・凡例。原巻、実読した図版。本文の試験終了前の記載と、図版凡例の近似読取りの説明を区別する。閲覧2026年10月16日。
3. Nicolas Boquillon, Études techniques sur l’exposition des produits de l’industrie française en 1844, 1845. Cnum原書、275頁。No.3165を明示しない器種の記述。閲覧2026年10月16日。
4. Musée du Louvre, “Breguet’s main inventions and innovations since 1775”, 2009年展示サイト。年表本文、1819・1820年項。閲覧2026年10月16日。
5. Bureau des longitudes, 議事録の公式転記(Jean-Marie Feurtet)。1818年4月1日、1819年1月20日、1819年2月3日。各Descriptionのブレゲ器具の段落。原稿識別子O1811_1820_387、431、433。閲覧2026年10月16日。
6. Conservatoire national des arts et métiers, Chefs-d’œuvre de l’horlogerie, 1949年展覧会目録、51頁、No.360。Cnum原書。当時の出品元はパリ天文台。製作番号は記載されていない。閲覧2026年10月16日。