デント No.2016 ― 金星観測からBBCの時報へ

デント No.2016 ― 金星観測からBBCの時報へ

観測時計が放送時報になるまで#

デント No.2016は、1874年の金星の日面通過を観測する英国の遠征のために製作された天文調整時計である。後に電気接点を加え、1924年に英国放送会社(BBC)のグリニッジ時報を送る時計となった。現在はロイヤル・ミュージアムズ・グリニッジの収蔵品ZAA1293として記録されている。ひとつの時計が天体観測の記録から公共の時刻配信へと役割を変えた例である。1

この時計を作ったのは、1853年に没したエドワード・ジョン・デント本人ではなく、その名を冠する事業である。所蔵館は製作者をEdward John Dent & Co.、製作年を1874年と記す。No.2016は個体番号であり、別の時計No.2012やNo.1916と区別する必要がある。1 2

金星を追う時計#

金星が太陽面を横切る時刻を各地で測り、地球上の異なる地点から見た差を比較することは、太陽までの距離を求めるための観測計画に役立った。英国政府の遠征用に天文台がデントへ注文した12台の時計には、1914〜1916と2009〜2017の番号があった。観測所史の研究によれば、後者の9台は当初木製の振子棒を持ち、恒星時に合わせられていた。恒星時は恒星の見かけの運動を基準とする時刻で、平均太陽時とは一日の長さが異なる。2

No.2016は1874年にニュージーランドへ、1882年の次の金星通過ではバルバドスへ送られた。1882年の政府報告には、J. H. トムソンが口径6インチのシムズ製赤道儀で観測し、No.2016の時計時を記録したとある。通過の始まりは雲と像の不鮮明さに妨げられた。時計の表示は観測を記録する基準であり、観測条件の不確かさを消すものではない。2 3 4

振子と電気接点#

所蔵館が記録する現存品は8日巻きの壁掛け式天文調整時計で、全体寸法は高さ1450、幅435、奥行215ミリメートルである。部品には重錘、滑車、振子、ムーブメント、文字盤と針が含まれる。重錘を動力源とし、振子の往復を時計の進みの基準にする。現存品に使われた材料として金属、木、ガラスなどが記録されている。1

温度が変わると振子の有効長が変化し、歩度に影響する。現在の時計には亜鉛管を使った温度補償振子があり、材料の異なる膨張を利用して有効長の変化を抑える。観測所史は当初の木製棒と区別し、1890年の記録にはこの時計が亜鉛・鋼の補償振子を備えていたと記す。交換の正確な日付はここからは分からない。1 2

時計の振動を遠方へ伝えるには、機械の動きを電気回路の開閉に変える。No.2016は経度測定用に1891年に改造され、接点ばねを備えた。1892年にはアイルランドのウォータービルで電信を使う経度測定に用いられた。接点を通じて離れた地点の観測時刻を比較できるようにする用途である。2

所蔵館は、現存する時報回路の3組の接点について、秒表示部の二つの穴と、ローラーが動かす振子の中ほどに見えると説明している。これらが15分ごとに回路を閉じる仕組みである。後年の電気装置を製作当初の構成と同一視することはできない。1

六つの音を送る#

1921〜22年には平均時回路の予備制御時計として接点と補正装置が備えられ、1923〜24年にはBBC向け時報の制御スイッチが追加された。時計の電気信号は電話線で放送側へ送られ、音に変換された。1924年2月5日午後9時30分に、この時計を使った6点の時報が放送された。1 2 4

時計が直接音を鳴らすのではなく、観測所の時計、電気回路、電話線、放送設備が一つの連鎖を構成した。もう一台のNo.2012も1924年に送信用へ改造され、1925年の天文台報告では両時計を利用できると説明されている。観測所史によれば、No.2012が主送信機となりNo.2016が予備となった正確な切替日は不明だが、1939年にはNo.2016は予備と記されていた。2

高精度の基準時計と信号送信用時計の役割も異なる。所蔵館はNo.2016が1929年からショート自由振子時計No.16によって補正されたと説明する。観測所史は1927年にNo.16が平均太陽時の標準となり、二台のデント時計を制御する配線があったと記している。前者は個体の補正開始、後者は標準時計と配線の説明であり、同じ日付を指すとは限らない。1 2

戦時に備えた補助時刻業務のため、No.2016はアビンジャーへ移された。1948年と1954年の記録ではグリニッジのラグビー室にあり、ショートNo.67の制御下でBBC信号を送っていた。所蔵館は1949年に水晶時計へ交代したと概括しているが、観測所史に引用された1954年の記録との関係は明確でない。時計の存在、制御、主・予備の運用を分けて読む必要がある。1 2

年表#

時期できごと
1874年金星通過観測用に製作され、ニュージーランドへ送られる。1 4
1882年バルバドスでの金星通過観測に使用される。2 3
1891〜1892年経度測定用に改造され、ウォータービルで使用される。2
1923〜1924年BBC時報用スイッチを備え、1924年2月5日に時報を送る。1 2
1939年従来の予備送信時計を、補助時刻業務のためアビンジャーに設置する。2
1948・1954年グリニッジでショートNo.67の制御下にあったと記録される。2
2026年国立海事博物館の収蔵品として記録されている。1

参考文献#

1. Royal Museums Greenwich, “An eight-day wall-mounted astronomical regulator by Dent, number 2016”, ZAA1293, https://www.rmg.co.uk/collections/objects/rmgc-object-264687 (2026年10月30日閲覧)。

2. Graham Dolan, “Astronomical Regulators: Dent 1914, 1915, 1916, 2009–2017”, https://www.royalobservatorygreenwich.org/articles.php?article=1332 (2026年10月30日閲覧。観測所記録を参照した研究、作成途上)。

3. Transit of Venus, 1882: Report of the Committee, p. 32, https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/70/University_of_Michigan_%28IA_ajn4500.0001.001.umich.edu%29.pdf (2026年10月30日閲覧)。

4. Royal Museums Greenwich, “BBC pips and the Royal Observatory Greenwich time service”, https://www.rmg.co.uk/stories/time/bbc-pips-royal-observatory-greenwich-time-service (2026年10月30日閲覧。公開アーカイブ https://tnaqa.mirrorweb.com/ukgwa/20260803050754mp_/https%3A/www.rmg.co.uk/stories/time/bbc-pips-royal-observatory-greenwich-time-service も照合)。