届かなかった天文時計#
デント No.587は、19世紀のロンドンで製作された重錘駆動の天文調整時計である。ロシアのプルコヴォ天文台向けに構想され、英国王室天文官ジョージ・ビドル・エアリーが考案した、ばね式ルモントワールを組み合わせたデッドビート脱進機を備える。ロイヤル・ミュージアムズ・グリニッジの収蔵番号はZAA0605で、製作時期は1842年頃とされる。現在は非展示である。1
天文台の時計は、天体の通過を観測した時刻を記録し、異なる観測を比較する基準となる。No.587の特徴は、歯車列の抵抗が変化しても振子に与える力をなるべく一定に保とうとする仕組みと、温度による振子の長さの変化を抑える仕組みを、一台に組み合わせたところにある。予定された納入先、製作された個体、実際の使用先は区別して考えなければならない。1
プルコヴォへの計画と展示#
収蔵館によれば、エドワード・ジョン・デントはプルコヴォ天文台の天文学者フリードリヒ・ゲオルク・ヴィルヘルム・シュトルーヴェに、時計などを蒸気船ジュピター号で1842年10月2日に発送する予定だと知らせた。しかしNo.587には巻上げ中の動力維持装置に問題があり、その便には含めなかった。館は、この時計はプルコヴォに送られず、1977年の競売までデントの事業所に残ったとみている。これは所蔵館による来歴の解釈であり、現地での使用実績を示す記録ではない。1
エアリーは1842年11月、王立天文学会で、デントがプルコヴォ天文台のために作る時計に適用する脱進機の原理を説明した。発表記録の221ページでエアリーは、ロシアの厳しい気候で通常のデッドビート脱進機を備えた時計が不調になることと、従来のルモントワールが振子の周期に及ぼす影響を問題にした。2 館は1851年のロンドン万国博覧会のデント出品目録31番にある、エアリー考案のルモントワール・デッドビート脱進機を備えた天文時計をNo.587と結び付け、当時の図版にもこの時計が描かれているとしている。目録の記述と現存個体の同定には、館の説明を介している。1
時を刻む仕組み#
重錘から脱進機へ#
本体の四輪の輪列は長方形の真鍮製プレートに収まり、円筒形の真鍮ケースに入った重錘で駆動される。重錘の力を受ける巻胴には16巻き分の溝があり、大きな歯車、ハリソン式の巻上げ中の動力維持装置、巻止め機構が取り付けられている。1
重錘時計は、重錘を巻き上げるときに通常の駆動力が一時的に輪列から失われる。動力維持装置はその間も時計を動かし続けるための補助機構である。これは後述するルモントワールとは役割が異なる。No.587の発送を妨げたと館が記す問題も、巻上げ中の動力維持装置に関するものであり、二つの装置を混同できない。1
同軸の二つの歯車とばね#
脱進機は歯車列の進みを振子の往復に合わせて制御し、振子に失われたエネルギーを補う。デッドビート脱進機では、歯が爪の静止面に止まる間、歯車が逆戻りしない。ルモントワールは主動力と脱進機の間に置く小さな蓄力装置で、主輪列から繰り返し補充される力を利用する。輪列の摩擦や潤滑状態が変わっても、その変動を直接振子へ伝えにくくすることが目的である。1 3
No.587では、脱進機の位置に同軸の二つの歯車があり、両者を螺旋状のルモントワールばねが結ぶ。内側の歯車は軸に固定され、一組のロック用の爪と組み合わされる。外側のがんぎ車は軸の周りを宝石軸受で自由に回り、別の一組のデッドビート爪と働く。二組の爪は同じ軸にあり、それぞれ手ねじで微調整できる。調整中に歯車へ直接触れず固定するための二つの止め具もある。1
ばねが主輪列と振子側の間に介在することが設計上の要点である。ただし、これは摩擦や温度の影響が完全に消えるという意味ではない。19世紀の時計技術書は、エアリー式などのばねを使ったルモントワールには摩擦の課題があり、費用に見合う利益が得られなかったという当時の批判を紹介している。これは構造一般に対する著者の評価であり、No.587個体の測定結果ではない。3
水銀補償振子#
振子時計では温度変化による振子の有効長の変化が歩度に影響する。No.587の水銀補償振子は、振子棒と容器内の水銀が温度によって異なるように変化することを利用し、重心の高さの変化を抑えようとする。館の記録では、振子棒の滑り重りと背後の目盛で調整し、別の水銀温度計が背板に取り付けられている。1
収蔵館は、エアリーの提案による脱進機の採用を、極端な温度で時計を動かす際の問題への対応と説明する。ただし、脱進機と振子の温度補償は異なる仕組みである。現地での実測精度や所定の温度範囲は分かっていない。1
外観と現存状態#
全体寸法は高さ2,000 × 幅465 × 奥行355 mm。彫刻を施したマホガニーの背高ケースには正面と側面にガラスがあり、振子が見える。直径12インチの銀色文字盤にはデントの署名と番号587、周囲には脱進機をエアリーの発明とする銘がある。24時間の補助文字盤に番号が記される。機械は金めっきされた真鍮の装飾的な支持金具に固定されている。1
収蔵記録はケース、ムーブメント、振子、重錘、巻鍵、ケース鍵、滑車、温度計、振子指針を別の構成品として列挙する。各部品の交換や修理の履歴は明らかでなく、製作時の完全な状態は分かっていない。1
年表#
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 1842年頃 | デントの天文時計No.587が製作される。プルコヴォ向けに予定された。1 |
| 1842年10月 | 発送予定便から、動力維持装置の問題でNo.587が外される。1 |
| 1842年11月 | エアリーがプルコヴォ向けの脱進機の原理を王立天文学会で説明する。2 |
| 1851年 | 館は万国博覧会のデント出品31番をNo.587と同定する。1 |
| 1977年 | 収蔵館の来歴説明によれば競売に出る。1 |
| 2026年10月 | 国立海事博物館の収蔵品として記録され、非展示。1 |
参考文献#
1. Royal Museums Greenwich, “An astronomical longcase regulator by Dent of London, number 587”, ZAA0605, https://www.rmg.co.uk/collections/objects/rmgc-object-79710 (2026年10月29日閲覧)。
2. Royal Astronomical Society, Monthly Notices of the Royal Astronomical Society, vol. 5, no. 25, 1842, pp. 221–222, https://academic.oup.com/mnras/article/5/25/221/1103728 (2026年10月29日閲覧。公開プレビュー p. 221 のみ実読)。
3. E. B. Denison, Clock and Watch Work, 1855, “Train Remontoires”, pp. 71–72 の公開テキスト https://huggingface.co/datasets/amazingvince/survivor-library-text/blob/main/Clockmaking/clock_and_watch_work_1855.md (2026年10月29日閲覧。OCRテキスト)。