自動打刻を腕に収めた最初の作品#
フィリップ・デュフォーのGrande & Petite Sonnerie No.1は、1992年にバーゼルで披露された、グランド・ソネリー、プティット・ソネリー、ミニッツ・リピーターを備える腕時計である。決まった時刻に自動で鳴る機構と、操作すると現在時刻を鳴らす機構を、直径41 mmの18金イエローゴールドのケースに収める。単なるモデル名ではなく、機械番号N°1を持つ個体として識別できる。1 2
デュフォー自身は、設計と最初の一個の製作におよそ2年半を要したと述べる。FHH(高級時計財団)も1992年の腕時計を、グランド・プティット・ソネリーとミニッツ・リピーターを組み合わせた最初の腕時計として位置づける。「世界初」はこの組み合わせと腕時計という範囲の主張であり、音を鳴らす時計全般や、すべてのリピーター腕時計の初例を意味しない。1 3
何をNo.1と呼んでいるか#
デュフォーには、同じGrande & Petite Sonnerieの名を持つ懐中時計No.1も存在する。FHHの年表では、自名を署名した懐中時計を1989年、腕時計を1992年と区別している。さらに、それより前にAudemars Piguet向けに製作した懐中時計の系列がある。本記事の対象は、1992年完成のイエローゴールド製腕時計である。3
| 項目 | 腕時計No.1の記録 |
|---|---|
| 製作者 | Philippe Dufour |
| 完成年 | 1992年 |
| 機械番号 | N°1 |
| 素材・直径 | 18金イエローゴールド、41 mm |
| ムーブメント | 自社製、手巻き、35石 |
| 文字盤 | 白エナメル |
| 機能 | 時・分・小秒、グランド/プティット・ソネリー、ミニッツ・リピーター |
| 操作 | 巻上げ竜頭、竜頭中央のリピーター押しボタン、ケース側面の切替スライド |
| 外装 | ヒンジ付き裏蓋、革ベルト、18金イエローゴールドの尾錠 |
数値と材質はPhillipsの2021年lot 14、操作と外装はChristie’sの同一個体の記録に基づく。ムーブメントの詳細な寸法、公的な精度試験値、防水性能は、これらの記録では確認できない。2 4
修復から腕時計の製作へ#
ジュウ渓谷の複雑懐中時計#
本人の回想によれば、1980年代に複雑懐中時計の修復を続ける中で、多くの機械の起源がジュウ渓谷にあることを知った。渓谷で作られた半完成の機械は、ジュネーヴや国外で仕上げられ、別の商標で販売されていた。こうした仕事を現代に再び作る発想が、ソネリーの製作につながったという。1
最初の段階では、古い工作機械を使い、19リーニュの懐中時計用ムーブメントを製作した。本人の説明では、金のケースを用意する資金がなく、機械を真鍮の輪に収めて買い手を探した。その後、Audemars Piguetが5個を注文した。FHHはこの5個の製作を1982–1988年に位置づける。1 3
自分の名を付けるための機構#
1989年頃に腕時計へ向かった理由として、本人はトゥールビヨンやクロノグラフがすでに登場していた市場を見たと述べる。既存のジャンルに一個を加えるより、まだ腕時計になっていない複雑機構を選ぶという判断だった。設計には、自ら学んだAutoCADを用いたと説明している。古い機械加工の技術と、新しい設計手段が併用された点を見落とせない。1
Phillipsの個体解説は、1989年から1992年にわたる開発を、およそ3年の仕事として記す。本人の「およそ2年半」とは概数の表現が異なるが、両者は1992年の完成・発表という到達点で一致する。月単位の着手日を推測して矛盾を解消する必要はない。1 2
三つの鳴り方と動力#
ソネリーとリピーターの違い#
ソネリーは、時計自身が時刻の経過を検出して鳴らす。グランド・ソネリーでは毎正時に時を、各四半時にも時と四半時を鳴らす。プティット・ソネリーは四半時ごとの時の繰返しを省く方式で、両者は側面のスライドで切り替える。もう一つのスライドは自動打刻と消音の選択を担う。2 4
これに対し、ミニッツ・リピーターは竜頭内のボタンを押した時点の時刻を鳴らす。時、経過した四半時、最後の四半時からの分を、二つのハンマーと二つのゴングで伝える。したがって「自動で15分ごとに鳴る」と「求めに応じ分まで知らせる」は、関連しながら別の機能である。4
たとえば3時30分なら、グランド・ソネリーでは3時と二つの四半時を、プティット・ソネリーでは四半時だけを知らせる。3時32分にリピーターを操作すれば、3時・二つの四半時・その後の2分を知らせる。この例は機能の説明であり、鳴る速さや周波数を実測した結果ではない。4
二つの輪列と一つの竜頭#
時計を進める輪列と、打刻する輪列は別々の主ぜんまいで動く。二つの香箱を一つの竜頭で巻き、回す方向に応じて、時計用と打刻用のどちらを巻くかが変わる。香箱とは主ぜんまいを収める容器であり、二系統を分けることは、針を進める仕事と音を鳴らす仕事に別々のエネルギーの蓄えを与えることを意味する。2 4
実物を観察したJX Suの解説では、上側が時刻用、下側が打刻用の香箱で、間にある巻上げ車からいずれかへ力を伝える。操作を少なく保つ一方、内部は二系統となる。複雑機構の追加と操作性の設計を、別の課題として解いた作品である。5
外装と機械の仕上げ#
白いエナメル文字盤にはローマ数字、ブレゲ型の針、小秒針を配する。ヒンジ付きの金属裏蓋を開くと、その下の透明なカバー越しにムーブメントが見える。複雑さを文字盤全体で示すのではなく、前面は懐中時計に通じる表示を保ち、側面の操作部と裏側に機構を配置している。4
35石の機械には、縞模様のコート・ド・ジュネーヴや、部品の縁を斜めに整え磨く面取りが見られる。これを語る際には、販売者の美辞と観察可能な特徴を分ける必要がある。Phillipsが仕上げを強く称賛する一方、JX SuはNo.1と後年の仕事を比較し、巻上げ車の歯の磨きなどには差があると指摘している。初作を、後年の全作品と同じ仕上げの標準で一括して説明することはできない。2 5
本作の音質については、オークション会社が明瞭さなどを評価する。しかし、ここで参照した資料には、音圧、周波数スペクトル、残響時間を同条件で測定した比較データはない。ケース材質から音の優劣を数値的に断定したり、個体の精度や耐久性を推定したりはしない。2 4
個体の来歴とモデル系列#
Phillipsの2021年の資料は、同じ個人コレクションから懐中時計と腕時計のNo.1、Duality、Simplicityが出品されたと記す。腕時計No.1はThe Geneva Watch Auction: XIVのlot 14として出品され、4,749,000スイスフランで落札された。同社は落札結果を手数料込みとする。本作の希少性を示す記録ではあるが、落札額を技術性能の測定値に置き換えることはできない。2 6
その後、Christie’sの2023年の出品記録でも同じ黄色金のNo.1が確認でき、同社は2021年のPhillips出品を来歴として記す。所有者の全氏名、取引の全経路、継続的な修復記録は公表資料から確定できず、2026年10月時点の所在も断定しない。4
系列全体の数量には資料差がある。FHHは腕時計を合計8個とし、Phillipsの2021年の個体カタログはエナメル文字盤を4個と記す一方、同社の同年8月の広報は5個としている。サファイア文字盤の後期作を含める範囲にも注意が必要で、No.1の機械番号・材質・完成年の同定と、系列の完全な製造台帳の再構成は区別する。2 3 6
年表#
| 年 | 確認できる出来事 |
|---|---|
| 1982–1988年 | Audemars Piguet向けに5個のグランド・プティット・ソネリー懐中時計を製作。FHHの年表による。 |
| 1989年 | 自名を署名した懐中時計No.1を発表。腕時計の開発へ向かう時期。 |
| 1992年 | 腕時計No.1が完成、バーゼルで披露。 |
| 1999年 | 透明なサファイア文字盤を持つ派生作が登場。No.1自体の改造を意味しない。 |
| 2021年11月 | 腕時計No.1がPhillipsジュネーヴlot 14で落札。手数料込みCHF 4,749,000。 |
| 2023年 | Christie’sのカタログに同一個体の再出品が記録される。 |
| 2026年10月 | 公開資料から修復履歴全体・現在の所有者と所在は未確認。 |
発展の前半は本人とFHH、1999年の派生は実物解説、流通履歴は各競売会社の個体記録を根拠とする。1–6
調査上の限界#
本人の制作回想と作品画像、FHHの年表、二つの競売会社の個体カタログ、独立した実物観察を照合した。工房の設計図全体、音響試験、分解整備記録、全個体の製造台帳は確認できていない。機構の説明は公開仕様の範囲にとどめ、未公表の寸法・材料処理・調整公差を補っていない。
作品写真は公式サイトと競売カタログで参照できるが、公開Gitリポジトリへの同梱を認める利用条件を確認できないため、写真の転載は見送り、参考文献から所在を案内する。
参考文献#
- Philippe Dufour, “Mes créations”, 「Historique de la Grande Sonnerie」、本人の制作回想、2026年10月22日閲覧。
2. Phillips, The Geneva Watch Auction: XIV, lot 14, Philippe Dufour Grande & Petite Sonnerie, 2021年11月、仕様・結果・個体解説、2026年10月22日閲覧。
3. Fondation de la Haute Horlogerie, “Philippe Dufour”, 伝記・年表・本人インタビュー、2026年10月22日閲覧。
4. Christie’s, “Grande & Petite Sonnerie No.1 – A Legend of Independent Watchmaking”, lot 6446775, 2023年、個体仕様・操作・2021年流通記録、2026年10月22日閲覧。
5. JX Su, “Up Close: Philippe Dufour Grande Sonnerie Wristwatch No.1”, SJX Watches, 2021年11月3日、実物観察・細部写真、2026年10月22日閲覧。
6. Phillips, “Full Set of Four Philippe Dufour Watches … The Geneva Watch Auction: XIV”, 2021年8月26日、3頁の広報資料、出品構成・価格条件・製作数の異同、2026年10月22日閲覧。