ハミルトン・モデル21は、第二次世界大戦期に米国ペンシルベニア州ランカスターのハミルトン・ウォッチ・カンパニーが製造した船舶用クロノメーターである。基準地の時刻を海上へ運び、天体観測で求めた現地時刻と比較して経度を求めるための精密時計だった。ここで扱うのは単一の時計ではなく、一連の機械とその収蔵個体である。1 2
航海と戦時の供給#
地球は24時間で360度自転するので、経度15度に相当する時刻差は1時間である。航海者は、たとえばグリニッジの時刻を保持した時計と天体観測から得た現地時刻を比べて経度を計算する。時計が正しい時刻からどのくらい進み遅れ、1日あたりどの程度変化するかを把握することが重要だった。2
戦前の米国では、完成したクロノメーターや部品を欧州から調達する割合が大きく、少量を職人的に仕上げていた。米海軍天文台は1939年、国内時計メーカーに量産への協力を求めた。スミソニアン国立アメリカ歴史博物館によると、ハミルトンとエルジンが応じ、ハミルトンは1942年2月27日に試作2台を海軍へ納入した。両台は試験に合格したと同館は記す。専門誌の回顧記事も、試作品の合格後に量産契約を得たと説明している。2 3 7
同館の集計では、戦中に海軍向け約8,900台、商船向け約1,500台、陸軍向け約500台が製造された。1942年から1944年にかけて1台の価格は625ドルから390ドルに下がったという。これらは同館の戦時集計であり、後年まで含む累計生産台数と同一ではない。2
箱の中で水平を保つ#
海軍の整備資料は、モデル21の機械を85サイズ、14石、メーカー部品番号42000と特定している。文字盤と針を備えた機械は真鍮のケースに納まり、木箱の中でジンバルに支えられる。ジンバルは互いに直角の2軸でケースと枠を支持する仕組みで、船の動きで箱が傾いても、重心の作用により機械は水平を保とうとする。船体の動きが時計に全く伝わらないという意味ではない。1
整備資料に示された箱には上下の蓋と留め具があり、巻上げ鍵を収める場所もある。別の箱型番には施錠できるものもあった。文字盤の12時側には巻上げ状態を示す小目盛、6時側には秒表示がある。時計を持ち運ぶときは、ジンバルを固定しなければケースが動き、ガラスを損なうおそれがある。1
動力と調速#
香箱のゼンマイがほどけると、細い鎖を介して円錐形のフュジーを回す。ゼンマイが強く巻かれている間は小さい半径に鎖が作用し、ほどけるにつれて大きい半径へ移る。半径を変えることで、ゼンマイの力の低下に伴う輪列へのトルク変化を緩和する。これは駆動力があらゆる状態で完全に一定になることを意味しない。4
脱進機はばね式デテントを使う。輪列に押される脱進車を止め爪が一時的に保持し、往復するテンプがこれを解放する。脱進車からテンプに力を与える局面と自由に振動する局面を分ける、舶用クロノメーターで発展した方式である。10 個体番号2E12225について、競売会社はフュジー、ばね式デテント、14石、エリンバー製のらせん状ヒゲゼンマイと緩急針を使わないテンプを記録している。この個体の仕様と状態を系列の全個体に無条件で一般化することはできない。5 6
温度変化はテンプとヒゲゼンマイの振動に影響する。ハミルトンの部品展示には、切れ目のない特殊な補償テンプ、エリンバー製ヒゲゼンマイ、デテントと香箱・フュジーが示される。専門技師マービン・ホイットニーは、インバーの腕と切れ目のないステンレス製の輪を組み合わせ、ねじの位置で温度補正を調整すると説明する。同社は展示銘板でそれらの特色を説明した。これはメーカーの説明であり、あらゆる温度で誤差がなくなるという実測結果ではない。4 9
量産と現存資料#
当時の海軍整備資料は、モデル21の特徴として部品の互換性を挙げ、各機械の組立調整に要する熟練作業を減らす設計と説明する。従来の舶用クロノメーターの基本構成を保ちながら、戦時の大量需要と保守に対応した点が重要である。量産は個別の検査や調整を不要にすることと同義ではない。時計史家デニス・チャップマンは、1942年9月から1944年5月までに432件の設計変更があり、海軍天文台とメーカーが脱進機などを改良したと記す。量産の開始後も設計と製造を改善し続けたのである。1 3 8
スミソニアンには製造番号1の箱入りクロノメーターが収蔵されている。同館はこれを多数製造された同型時計の1台として扱い、現在は常設展示中ではないと案内する。2 マリナーズ・ミュージアムには、ハミルトンが寄贈したモデル21に関連する部品展示板がある。1946年の書簡と収蔵記録によれば、この板は時計本体より先に同館に届いた。展示板の鎖は現状では逆向きに取り付けられていると同館は指摘しており、展示物の現在の状態と稼働する機械の組立を区別して読む必要がある。4
年表#
- 1939年:米海軍天文台が国内メーカーにクロノメーター量産への協力を求める。2
- 1942年2月:ハミルトンが試作2台を海軍に納入し、試験に合格する。2
- 1943年6月:ハミルトンの戦時生産に対する陸海軍のE賞授与式がランカスターで行われる。3
- 1946年:マリナーズ・ミュージアムが関連する部品展示板を受け入れる。4
- 1948年:米海軍艦船局が船舶用クロノメーターの分解・修理・取扱い資料を刊行する。1
- 2023年:個体2E12225が状態とともに競売カタログに記録される。5
参考文献#
1. U.S. Navy Department, Bureau of Ships, Manual for Overhaul, Repair and Handling of Hamilton Ship Chronometer with Parts Catalog, 1948、説明部分のpp. 2–3の抜粋1ページ。https://www.horlogeforum.nl/uploads/db9961/original/4X/5/1/0/5104cbb0940f3fa01e63c67b963a9a7253de78e8.pdf (2026年11月4日閲覧)。
2. National Museum of American History, “Hamilton No. 1 Box Chronometer”, NMAH 855355。https://americanhistory.si.edu/collections/object/nmah_855355 (2026年11月4日閲覧)。
3. Rhett Lucke, “The Hamilton Watch Co.: Mass-Producing Excellence”, Watch & Clock Bulletin, vol. 68, no. 479, 2026, pp. 12–17。https://www.nawcc.org/wp-content/uploads/2025/12/Lucke_Bulletin-JanFeb-2026-web-opt.pdf (2026年11月4日閲覧)。
4. The Mariners’ Museum, “Panel of Marine Chronometer Parts”, CL3290、収蔵番号1946.0039.000001。https://catalogs.marinersmuseum.org/object/CL3290 (2026年11月4日閲覧)。
5. Jones & Horan, 2023年5月7日競売、Lot 202、Model 21番号2E12225。https://www.auctions.jones-horan.com/230507/html/items/63662.htm (2026年11月4日閲覧)。
6. American Watchmakers-Clockmakers Institute, Horological Times, 1989年11月号、Henry B. Friedによる海軍整備資料の書評。https://www.awci.com/wp-content/uploads/ht/1989/1989-11-web.pdf (2026年11月4日閲覧)。
7. JCK, “How Hamilton Watch Co. Won World War II”, 2001年。https://www.jckonline.com/magazine-article/how-hamilton-watch-co-won-world-war-ii/ (2026年11月4日閲覧)。
8. Dennis Chapman, “Military Timepieces: Precision Time for World War Two”, Horological Journal, 1995–1996、転載。https://www.knirim.de/chapman.htm (2026年11月4日閲覧)。
9. Marvin E. Whitney, “The Ship’s Chronometer”, Horological Times, 1978年8月、p. 7。https://www.awci.com/wp-content/uploads/ht/1978/1978-08-web.pdf (2026年11月4日閲覧)。
10. THE SEIKO MUSEUM GINZA, “Escapement for the Marine Chronometer”。https://museum.seiko.co.jp/en/knowledge/MechanicalTimepieces05/ (2026年11月4日閲覧)。