ピエール=ルイ・ベルトゥーの十進レギュレーターは、フランス革命期の十進時間と、それまで使われていた時刻を併せて示す振子時計である。1900年パリ万国博覧会の時計部門を報告したマチュー・プランションは、この時計を1793年の製作とし、パリ時計業組合の所蔵品として紹介している。十進時間とは一日を10時間、一時間を100分、一分を100秒に分ける仕組みである。文字盤の数字を変えるだけでなく、振子の刻みそのものを十進秒に合わせた点が、この時計の特徴だった。1 2
どの時計を指すのか#
ここで扱うのは、プランションの報告の図版LXXIIIとLXXIII bisに記録された一個体である。製作者名はP.-L. Berthoudと記される。ピエール=ルイは通常ルイ・ベルトゥーとも呼ばれ、フェルディナン・ベルトゥーの甥に当たる。叔父の海洋時計や、ルイが製作した懐中型の十進航海時計と同じ作品ではない。1 3
報告によれば、子孫のA.-L. Berthoudがこのレギュレーターをパリ時計業組合へ寄贈した。製作者の仕事台と重要な道具類も一緒に贈られており、1900年の展示では時計だけでなく、時計師の製作環境も歴史資料として扱われた。製作年の1793年は、この後世の展示報告による年代である。製作時の契約書や製造台帳によって月日まで確定されたものではない。1
同名の時計を区別することも大切である。ブザンソンの時の博物館は、2015年に経度局からルイ・ベルトゥーの十進レギュレーターを受け入れたと説明している。その資料は経度局からの寄託という来歴を示すが、1900年にパリ時計業組合から出品された時計との同一性までは示していない。本稿の機構の説明は、プランションが記録した個体を対象とする。1 4
十進時間が時計に求めたもの#
革命期フランスでは、時間も十進法で数える試みが制度化された。1793年に国民印刷局が刊行した『フランス共和国暦』は、従来の一時間60分、一分60秒という数え方が計算に不便であり、天文学・航海・地理で用いる器械の十進分割と揃わないと説明する。一日の十進分割は、計算を共通の数体系で進めようとする考え方に結び付いていた。2
同書は、時計の変更は一度にはできないことも認め、公的行為での義務化を共和暦第III年第1月1日まで待つと説明している。新しい時刻の読み方を決めても、それまでの時計が自動的に新しい単位を刻むわけではない。既存の機械を使って文字盤だけを工夫する方法と、振動数や輪列から十進表示に合わせる方法は別の解決策だった。2
一日を24通常時間とする長さは変わらない。そのため、単位の関係は次のようになる。
| 十進時間の単位 | 通常の時間単位への換算 |
|---|---|
| 1十進時間 | 2時間24分=8,640秒 |
| 1十進分 | 1分26.4秒=86.4秒 |
| 1十進秒 | 0.864秒 |
| 正午 | 十進の5時 |
これは単位の定義から求めた換算であり、時計の精度試験の結果ではない。実際にどこまで細かく正確に測れるかと、どの数で区切って表示するかは区別する必要がある。2
振子と脱進機#
十進秒を刻む長さ#
プランションは、この時計の振子が十進秒を刻み、十進一時間に10,000回振動すると記す。十進秒は通常の秒より短いため、通常の一秒ごとに片道を振れる秒振子より速く振れる必要がある。同報告が挙げる「仮想長」は0.742mである。1
この数字は振子の周期との関係から理解できる。小さな振幅で、摩擦や脱進機からの力の影響を無視できる理想的な単振子では、往復の周期Tは長さLと重力加速度gによって決まり、T=2π√(L/g)となる。片道を0.864秒とすると往復は1.728秒であり、gを9.80665m/s²と置いた説明用の計算ではLは約0.742mになる。5
実物は複数の棒と重い振子体を持つため、一本の糸と質点でできた単振子ではない。「仮想長」は、周期が等しくなる単振子の長さとして理解すべきで、吊り点から重りの下端までの実測寸法と同一ではない。この計算は報告の数値が十進秒と整合することを示すもので、実機の振幅、空気抵抗、設置場所の重力や歩度を測定した結果ではない。1 5
温度で長さが変わることへの対策#
同報告は、振子を9本の棒からなる補償枠とし、ハリソンのグリッドアイアン型と同様に働くと説明する。温度が変わると部材は膨張・収縮し、振子の有効な長さも変わる。長さが増すと周期が長くなるため、精密時計ではこの影響を抑える仕組みが必要になる。1 5
この時計では銅棒を含む枠が使われ、上部には銅棒の伸びが互いに不揃いでも枠全体がねじれないようにする装置があったとされる。報告の着眼点は、膨張を打ち消すことに加え、補償枠の変形を避けることにある。ただし、この記述から各棒の合金組成や接続寸法、温度ごとの残留誤差まで決めることはできない。1
ナイフエッジ支持と金のピン#
振子の支持はナイフエッジ式と記録される。刃状の稜線を支点とする支持方式であり、振子の運動を支える部分である。脱進機のアンクルはグラハム型とされ、ガンギ車には金のピンが植えられていたと説明される。ここで金と記されているのはピンであり、ガンギ車全体が金製だったという意味ではない。1
振子は周期を決める調速部、脱進機は輪列の進行を区切りながら振動へエネルギーを補う部分である。振子の十進秒、温度補償、支持部、脱進機はそれぞれ役割が異なる。これらの仕様は精密な刻時のための構成を示すが、報告には日差や温度試験の測定表がなく、特定の精度値を保証する根拠にはならない。1
青い文字盤と二つの指示先#
文字盤は青いエナメル製で、プランションはその製作者をデュビュイソンとする。針は金鍍金した銅製と記録される。短針には二つの指示先があり、外側で十進時刻、内側で従来の時刻を指すという。新旧の時間の関係を、同じ時計の表示として読めるようにした構成だった。1
二つの時刻表示があることを、二台の独立した時計を同じケースに収めたことと混同してはならない。ここで記録されるのは、十進秒を刻む振子と、新旧の時刻を対応させる文字盤・針の組合せである。一方、輪列の歯数、針の取り付け位置や各目盛の詳細な配置は、この文章の記述だけから復元できない。二重表示が実現したことと、その製作図を完全に再構成できることは別である。1
年表#
| 年 | 作品と背景 |
|---|---|
| 1793年 | プランションの展示報告が、このレギュレーターの製作年として挙げる。国民印刷局刊の共和国暦は、時刻の十進分割と時計変更を段階的に進める必要を説明する。 |
| 1900年以前 | A.-L. Berthoudが時計、仕事台、道具をパリ時計業組合へ寄贈。寄贈の正確な年は同報告に記されない。 |
| 1900年 | パリ万国博覧会の時計部門で、組合の所蔵品として展示される。 |
| 1902年 | BnF書誌がこの刊年で記録するプランションの報告に、図版と機構の説明が収められる。 |
年表はこの個体を確認できる範囲に絞っている。2015年のブザンソンへの寄託を、この個体の後の来歴として接続する根拠は確認できない。1 2 4 6
時計史での意味と資料の範囲#
このレギュレーターは、新しい制度を数字の表示だけでなく機械の刻みへ取り込んだ例として理解できる。同時に、新旧の時刻を併記することで、従来の時間との対応を同じ文字盤で読み取れる。精密な振子時計の技術と、社会が時間をどの単位で数えるかという問題が、一つの時計に現れている。1 2
主要な仕様と寄贈の説明は、製作から約一世紀後の展示報告に基づく。現在の所在、製作当初からの部品の連続性、修復や改造の履歴は、この報告だけでは確定できない。技術特許の一次情報も探索した範囲では発見できていない。これは特許が存在しなかったことの証明ではない。確認できる展示記録の範囲で、十進秒の振子、補償枠、脱進機、二重表示を備えた具体的作品として位置付けることができる。
参考文献#
- Mathieu Planchon, Musée rétrospectif de la classe 96. Horlogerie. Rapport, 1900年パリ万国博覧会報告、pp.82–84、図版LXXIII・LXXIII bis・LXXIV。CNAM公開本文。本文OCRを確認。閲覧日:2026年10月26日。
2. Convention nationale, Calendrier de la République française, Imprimerie nationale, 1793, pp.5, 20。第XI条の校訂転写、制度説明の校訂転写。閲覧日:2026年10月26日。
3. Chronométrie Ferdinand Berthoud, History。人物の区別と十進航海時計の紹介。ブランド側の歴史説明であり、本個体の製造台帳ではない。閲覧日:2026年10月26日。
4. Musée du Temps de Besançon, Le Bureau des Longitudes, 2015年7月24日。経度局からの寄託品の説明。本個体との同定根拠とは区別。閲覧日:2026年10月26日。
5. OpenStax, University Physics Volume 1, 15.4 Pendulums。単振子・剛体振子の小振幅近似。歴史的実機の性能資料ではない。閲覧日:2026年10月26日。
6. Bibliothèque nationale de France, プランション報告の書誌 FRBNF31120322。Saint-Cloud、Belin frères、1902年、150頁。閲覧日:2026年10月26日。