ルイーズ・フィリップの時計 No.46139

ルイーズ・フィリップの時計 No.46139

家族の贈り物から腕時計へ#

No.46139は、パテック・フィリップ共同創業者アドリアン・フィリップから娘ルイーズへ贈られたと伝わる時計である。2023年3月20日のSotheby’s「Fine Watches」、Lot 602に子孫の所有品として出品された。ムーブメントとケースの両方に46'139の番号がある。名称のLouise Philippeは娘の名であり、フランス王ルイ=フィリップの時計ではない。1

個体の特徴は、19世紀のペンダントウォッチを20世紀に腕時計へ改装して使い続けたことにある。現存状態は、最初の製作時の外観をすべて保持した姿ではない。古いムーブメント、金のケース、家族のモノグラムに、腕装着のための外装変更が重なっている。1

個体の同定と仕様#

項目カタログで確認できる内容
製作者表示Patek Philippe。ケースと文字盤に署名
ムーブメント番号46'139
ケース番号46'139
製作年代1875年頃という競売会社の推定
ムーブメント手巻き、15石、鍵なし巻上げ、moustache escapementとの記載
ケース18金イエローゴールド、蝶番式裏蓋と内蓋、裏蓋のモノグラム
直径31.5 mm
文字盤銀色仕上げ、夜光アラビア数字
2023年出品時の付属品箱、書類、付属品なし。後付け革ストラップと金メッキ尾錠

これらは2023年の出品状態を記述した仕様である。重量39.80 gもカタログにあるが、これは総重量であり、純金の量ではない。寸法、石数、付属品を、1875年の工房出荷記録の記載として扱うことはできない。1

番号は個体を追跡するための識別子で、一般にモデル番号とは異なる。ムーブメント番号とケース番号が一致することは重要な観察事項だが、それだけで改装がなかったことや、すべての部品が当初から一組だったことを証明するものではない。

製作と贈呈の背景#

アドリアン・フィリップは鍵なしの巻上げ・針合わせ機構を改良し、1845年にジュネーブのパテック社へ加わった。博物館のカタログは、独立した技術者の機構開発と、会社による製造・販売の歴史を説明している。1851年にはPatek, Philippe & Cieという社名になった。2

1875年は、ルイーズがJoseph Antoine Bénassyと結婚した年とSotheby’sが記す。このため同社はNo.46139を婚礼の贈り物だった可能性が高いと解釈する。家族による贈呈の伝承と、婚礼のためという目的の推定は、確度を分けて読む必要がある。公開カタログには、贈呈日の書簡や注文書は提示されていない。1

ベナシーは、1877年にアントワーヌ・ノルベール・ド・パテックが亡くなった後、商務責任者を継ぎ、ベナシー=フィリップの姓を用いたとされる。時計は、創業者の娘と会社の後継経営に関わる人物を結ぶ家族史を持つ。しかし、そのことからアドリアンがこの時計の歯車、脱進機、文字盤、ケースをすべて単独で製作したと結論付けることはできない。1

機構と製造技術#

鍵なし巻上げと小型時計#

元の時計はペンダントウォッチとして作られ、鍵なし巻上げを備えたとSotheby’sは説明する。巻上げ用の鍵を別に携帯する必要がないことは、装飾品として身に着ける小型時計にも意味があった。1

フィリップの初期の巻上げ機構は、竜頭の運動を巻上げと針合わせへ切り替えることを目指した。博物館資料は1845年以降の複数の改良特許を紹介しており、開発が一回で終わったものではないことが分かる。No.46139の鍵なし機構を、そのまま1845年の最初の図面の実装と断定することはできない。2

手巻き時計では、主ぜんまいに蓄えたエネルギーが輪列を通り、脱進機によってテンプの往復運動へ少しずつ補われる。15石という記載は軸受などの宝石数であり、すべての石の配置、摩擦量、歩度を表す数値ではない。現代のメーカー用語集は宝石軸受の役割を説明するが、そこにある人工ルビーの記述を、1875年頃のこの個体の材質証明へ置き換えてはいけない。3

保存されたムーブメントと確認できない性能#

カタログは巻上げ輪のwolf teethとmoustache escapementを特徴として挙げる。前者は歯の形状を、後者は脱進機のアンクルに関係する形態を表す記述であり、時計が自動巻きであることや、特定の現代キャリバーを備えることを意味しない。1

ただし公開記録には、脱進機各部の寸法、振動数、主ぜんまいの材質、温度補償試験、姿勢差、持続時間の測定結果がない。製作時の歩度と2023年の実測歩度も提示されない。このため、機構名だけからクロノメーター級の精度を数値で保証することはできない。31.5 mmのケース直径を、ムーブメント直径として使うこともできない。

1920年頃とされる改装#

外装が示す使い方の変化#

Sotheby’sは、1920年頃に腕時計へ改装され、直線的な四本のラグと腕時計用竜頭が加わったと説明する。ラグはストラップをケースへ保持する部位で、吊り下げる時計を手首に固定する時計へ変えるために必要になる。モノグラムのある裏蓋と署名入り内蓋は残されたとされる。1 3

文字盤には大きな夜光アラビア数字と、骨格状の針が組み合わされる。「Victory」または「V」配置という呼称は、ブランド名の行配置をV字に見立てたカタログ上の説明である。腕時計への転換は、装着方法だけでなく、視認性と意匠を当時の使い方へ合わせる改変でもあった。1

この現存状態を「1875年の夜光腕時計」と紹介すると、機械の製作年代、外装変更の年代、現在の姿を混同する。夜光材についても化学分析の記録がなく、材質を現代の非放射性材料と同一視することはできない。

改装者と記録の限界#

同カタログは、1919–1921年に会社で時計師として働いた子孫Léonが改装に関与した可能性に言及する。しかし、その関与は推測である。改装作業が台帳に記録されておらず、時計に対するExtract from the Archivesを発行できなかったとも説明している。1

改装者、正確な改装日、文字盤の製作工房、夜光塗料、交換された部品の一覧は、公表資料から確定できない。家族の来歴が伝わることと、各部品の年代が確定することは別問題である。

技術史上の位置と現在#

ペンダントウォッチから腕時計への転用は、既存の小型機械を新しい装着様式へ移す一つの方法だった。パテック・フィリップのNo.97975も、Sotheby’sは1898年にペンダントウォッチ用として作られたムーブメントを1925年に腕時計へ収めた別例として挙げる。博物館は1925年の永久カレンダー腕時計を収蔵作品として紹介するが、No.46139と同じ機構や同じ改装者を持つという意味ではない。1 4

No.46139の意義は、新発明の初採用や王室向け最高級品という序列より、家族の伝承、識別番号、金の外装、古いムーブメントと後年の変更が同じ個体に残る点にある。時計の寿命は製造期間より長く、その使い手が変われば形も変わる。個体史を読むには、製作、所有、改装、出品をそれぞれ別の出来事として追う必要がある。

2026年10月時点で参照できる具体的な公開記録は、2023年の競売カタログである。落札結果はログインを要し、売却先や現所有者は公開記録から確認できない。特定の博物館で収蔵・常設展示されているとする根拠もない。1

年表#

年月この個体または理解に必要な背景
1845年アドリアン・フィリップがパテック社へ加わり、鍵なし巻上げ機構の特許を取得。No.46139より前の技術的背景。2
1851年社名がPatek, Philippe & Cieとなる。2
1875年頃No.46139をペンダントウォッチとして製作したという競売会社の推定。1
1875年ルイーズとJoseph Antoine Bénassyの婚姻。婚礼贈呈という解釈の背景。1
1877年パテックの死後、ベナシーが商務責任者を継ぐとされる。1
1920年頃腕時計への改装と文字盤変更の推定年代。記録された施工日はない。1
2023年3月20日Sotheby’s、Fine Watches、Lot 602に子孫の所有品として出品。1
2026年10月同カタログを公開記録として参照できる。以後の所在は確認できない。

参考文献#

すべて2026年10月13日閲覧。競売会社の実物記述、家族の証言、競売会社の推論を区別した。

  1. Sotheby’s, 「Montre bracelet en or jaune / Yellow gold wristwatch, Circa 1875」, Fine Watches, 2023年3月20日、Lot 602。DescriptionとCatalogue note。No.46139の仕様、家族伝来、改装、年代・贈呈目的・改装者の推定。

2. Patek Philippe Museum, Patek Philippe Watches, Volume I 公開プレビュー, 公開年表示なし、印刷pp.11–17、41–42。会社の成立、Jean Adrien Philippeの略伝と巻上げ機構。No.46139自体の収蔵記録ではない。

3. Patek Philippe, Glossary, 公開日表示なし。「Mainspring」「Manually wound」「Jewel」「Lugs」。一般的な機械と外装の説明。歴史的個体の材料・仕様証明とは区別。

4. Patek Philippe, 「The Patek Philippe Museum」, 公開日表示なし。「The Patek Philippe Collection」。1925年の永久カレンダー腕時計の収蔵紹介。