星図とクロノメーターを組み合わせた作品#
No.342は、ジョージ・マーゲッツが天文表示を設計し、トーマス・アーンショウが製作した天文クロノメーターである。Royal Museums Greenwichの所蔵番号はZBA1219、登録製作年は1783年。No.342は時計の番号で、ZBA1219とは別である。複雑な文字盤にはロンドンの緯度に対応する平面星図があり、中央の小文字盤で時刻を表示する。1
マーゲッツの銘を持つことと、すべての機構を彼が製作したことは同義ではない。所蔵館は天文文字盤の設計をマーゲッツに、時計の製作とスプリング・デテント脱進機をアーンショウに帰している。本作は一人の発明家の作品というだけでなく、表示の計算、時計の製作、特許資金の支援が結び付いた作品である。1
個体の同定と年代#
1998年のChristie’sのNo.342のカタログは、製作年代を「1790年頃」としている。番号、文字盤、三脚台を伴う大型個体の記述は本作と対応するが、現在の所蔵館の1783年とは一致しない。ケースの検定印や日付のある製作台帳による説明は公開記録にないため、1783年を現行の登録年代として示しつつ、旧カタログの年代を消さずに区別する。1 2
本作はマーゲッツの天文時計群の一つだが、他の懐中時計や、後に箱へ収められた大型個体と混同してはならない。1998年カタログ自体が、同程度の大きさを持ち、三脚を失って航海時計の箱に入った別個体に言及する。Gouldが1923年に調査したDannreuther所有の大型天文時計も、本文にNo.342の番号がない。その観察を本作の修復履歴として直接つなぐことはできない。2 3
天文文字盤の構成#
文字盤は単純な時刻の読み取りと、空の状態を読むための複数の表示を重ねている。1998年の現物カタログでは、白色エナメル文字盤が130mm、円形ケースが160mmとされる。中央の平均時の文字盤、その周囲の24時間円盤、月齢の小窓、太陽と月の針、黄道上の交点を指す鷲頭の指標が記述されている。地平線と薄明の領域、八つの英国の港の潮汐表示も組み込まれる。2
| 表示の層 | 読み取る情報 | 解釈上の注意 |
|---|---|---|
| 中央の時刻表示 | 平均時の時・分 | 天体位置とは別の目盛を持つ |
| 回転する星図 | 時刻に対応する星空 | ロンドンの緯度を前提とする |
| 太陽・月の表示 | 天球上の位置や赤緯、月齢など | 実際の天体の複雑な運動を機械的に近似する |
| 地平線・薄明の枠 | 観測地点で見える空の範囲 | 他の緯度へ移動しても同じ空を示すわけではない |
| 港名と24時間円盤 | 港ごとの潮汐状態の表示 | 局地的な気象や潮汐の全変動を観測する装置ではない |
表示の名称と構成はカタログおよび所蔵館による。ここから導かれる実用上の注意として、星図の位置が合っていても、その場所の雲、気象による視界、水平線の見え方まで表現するものではない。地平線の図形は観測地点と天球を結び付ける幾何学的な基準である。1 2
日周運動を時計へ載せる意味#
星の見かけの一周は平均太陽の一日より少し短い。したがって、時刻の輪列をそのまま星図へ伝えるだけでは、日を追うごとに空との関係がずれる。天文表示には、平均時とは異なる回転速度や、太陽・月の長周期運動を作る輪列が必要になる。
Gouldはマーゲッツの他の時計に、平均時の固定目盛と逆向きにゆっくり回る恒星時の目盛を組み合わせたものがあると記す。しかし、その三文字盤の機構を本作の輪列と同一視してはならない。No.342について公開される記述は表示の内容を説明するが、全歯数や歯車比の表を示してはいない。3
時計側の機構#
輪列・フュジー・調速機#
Christie’sの記述は、四本柱のムーブメント、鎖フュジー、三腕の金色金属製テンプ、平ひげ、バイメタルの温度補償緩急針を挙げる。フュジーはぜんまいの巻きほどけに伴うトルク変化を、鎖が掛かる半径の変化で緩和する。天文表示の追加輪列を駆動するには通常の時刻表示以上の仕事が必要であり、駆動力の変動と表示側の摩擦を抑えることが重要になる。2 3
補償テンプそのものを持つ時計と、バイメタルでひげぜんまいの有効長を変える時計は区別する。本作のカタログは後者の温度補償緩急針を記載する。温度上昇によるひげの弾性変化は振動周期を変えるため、有効長を変えることで歩度を補う設計である。公開資料に本作の温度試験曲線はなく、補償装置の存在だけから残留誤差の小ささは決められない。2
スプリング・デテント脱進機#
アーンショウのスプリング・デテント方式では、薄いばね状のデテントがガンギ車を止め、テンプ側の解放部材が適切な時点でそれを外す。ガンギ車からの衝撃をテンプへ直接与え、振動の大部分では輪列から切り離す。レバー脱進機のように両方向でレバーを介して衝撃を与える方式とは異なり、航海クロノメーターの発展で重要になった構成である。3
所蔵館は、この初期のアーンショウ時計群に押される刻印と番号を、特許費用を支援したThomas Wrightへの手数料支払いと関連付ける。これは発明者、時計に署名する者、費用を負担する者が別だったことを示す。No.342の番号のみから製造順全体や総製作数を推定すべきではない。1
美術と支持構造#
円形ケースはY字形の支持部に載り、折り畳める脚を持つ三脚台で支えられる。ムーブメントを囲う防塵帯と裏板には、中国風の人物、塔、川と橋、象などの彫刻が記載されている。複雑な表示を一枚のエナメル盤へまとめるだけでなく、機械の側面にも観賞の対象となる装飾がある。2
RMGの登録寸法410×330×310mmは、文字盤径130mmやケース径160mmとは対象範囲が違う。支持台を含む作品全体の寸法として扱う。1998年のオンラインカタログには全高のインチとミリメートルに不整合があるため、そこから新しいミリメートル値を採らない。1 2
航海計算機としての価値と限界#
Gouldはマーゲッツの大型天文時計を「機械的な航海暦」の試みとして論じ、表示が時計の歩度誤差に依存することと、付加機構の駆動負荷を批判した。これは彼が調べた別個体に対する評価であり、No.342の測定結果ではない。ただし、その論点は本作の用途を考える際にも有効である。時計が遅れれば、時刻表示だけでなく、その時刻を基に動く空の表示も遅れる。表示を増やしたことは精度の証明にはならない。3
一方で、文字盤に天球、地平線、太陽と月の運動を一緒に置くことは、計算と観測の関係を視覚化する。天文学が航海と結び付き、精密時計が知的関心の高い収集家にも求められた18世紀末の文化を、機構と意匠の両面で示す。本作の魅力と歴史的意味を、実船での経度測定に合格した証拠へ置き換えてはならない。
来歴・保存・未確認事項#
RMGは1998年、Art FundおよびFriends of the National Maritime Museumの支援を受けて取得したと記録している。2026年10月の公開記録はTraders Galleryの展示品として本作を掲載する。ただし展示配置は変わりうるため、訪問時には館の案内を確認する必要がある。1
AHSの刊行一覧には、2025年12月のPatrick Woodwardによる「Restoration of George Margetts No.1219」がある。番号が所蔵番号の数字と対応することだけで、未読の修復論文にある部品や工程を本作へ帰してはいけない。本記事では修復内容の根拠に用いない。製作時の発注者、取得前の全所有者、全輪列の歯数、海上試験の日差、個別の部品交換時期は、確認できる資料の範囲では確定しない。4
年表#
| 年代 | 出来事・資料の位置付け |
|---|---|
| 1783年 | 現行RMG記録の製作年。マーゲッツの表示設計とアーンショウの時計製作。1 |
| 1790年頃 | 1998年競売カタログの推定年代。現行登録と相違。2 |
| 1923年 | Gouldが大型天文時計の機構と用途を批判的に分析。番号不記載のため本作の所有履歴とは区別。3 |
| 1998年11月 | Christie’sでNo.342がカタログ化。2 |
| 1998年 | National Maritime Museumが支援団体とともに取得。1 |
| 2025年12月 | AHS刊行一覧にNo.1219の修復論文が掲載。4 |
| 2026年10月 | ZBA1219として所蔵館が公開登録。1 |
参考文献#
閲覧日:2026年10月13日。
- Royal Museums Greenwich, 342, ZBA1219。所蔵記録本文、画像の説明、作者分担、1783年、1998年取得。
- Christie’s, A George III gilt-metal highly complicated astronomical chronometer timepiece, George Margetts, London No.342; circa 1790, Sale 6070, lot 381, 1998年11月25日。現物仕様のカタログ。年代と寸法表記に現行所蔵記録との相違がある。
- Rupert T. Gould, The Marine Chronometer: Its History and Development, 1923, pp.119–125、225–227および脱進機の章。原本実読。大型天文時計の観察対象には本作番号の明記がない。
- Antiquarian Horological Society, List of articles, Patrick Woodward, “Restoration of George Margetts No.1219”, 46/4, 2025年12月、p.523以降。書誌のみ確認。修復論文の本文は未読。