ポケット時計の脱進機を変えた一個体#
シャーロット王妃のレバー時計は、トーマス・マッジ(Thomas Mudge)が製作し、英国王室コレクションにRCIN 63759として保存される金製時計である。所蔵館の年代は1770年で、ケースのロンドン検定印は1769–70年を示す。レバー脱進機という発想の成立年代と、この現存個体の完成・取得年代は区別しなければならない。1
この時計の価値は、宝飾品としての豪華さだけにはない。ガンギ車とテンプの間にレバーを置き、必要な短い区間だけ両者を結び付け、それ以外の振り角ではテンプを自由に振らせるという設計を、携帯時計へ具体化したことにある。現在の機械式腕時計の多くで用いられるレバー脱進機の系譜を考える際の重要な実物資料だが、現代のスイスレバーと同一の構造ではない。2
製作と王室への来歴#
発明から個体の完成へ#
マッジはジョージ・グラハムの工房で学び、1751年のグラハムの死後、その事業をウィリアム・ダットンとともに継いだ。グラハムの時計用直進脱進機では、振り子に結び付くアンクルの停止面を歯が押す。マッジの新方式は停止と衝撃の機能をレバーに担わせつつ、テンプからそのレバーを一時的に切り離すものだった。2
Antiquarian Horological Societyの年表は1754年の実験的タイムキーパーを初期のレバー脱進機の例に挙げ、王妃の時計の完成を1769年とする。Royal Collection Trustは1770年の作品として登録している。ケースの検定と完成・納入が年をまたぐと考えれば両者は整合するが、検定年だけでムーブメントの全工程を日付まで決めることはできない。1 3
シャーロット王妃とブリュール伯爵#
時計はジョージ3世がシャーロット王妃のために取得したものと考えられている。所蔵館が取得経緯に「おそらく」と付すため、確定した注文書に基づく発注としては扱わない。1770年代初め、時計が調整・変更のためマッジのプリマス工房へ戻った際の、マッジと後援者ブリュール伯爵の往復書簡には「王妃の時計」として登場する。1
ブリュールは時計の購入者であると同時に、精密時計の試験と技術の伝播を支えた人物だった。Gouldによれば、マッジが彼のために作った大型模型は、本人の了解のもとでロンドンの他の時計師にも示された。ジョサイア・エメリーやジョージ・マーゲッツがレバー時計へ進む背景には、このような模型、後援者、専門職人のネットワークがあった。王妃の一個体を直接コピーしたという説明とは異なる。2
機構を読む#
停止・解放・衝撃・自由振動#
Gouldの原型の図と説明では、レバーのフォークをテンプ側の部材が押して停止を解く。解放されたガンギ車の歯はパレットの衝撃面を滑り、レバーを動かす。フォークの別の側がテンプ側の部材へ力を返し、テンプに次の振動のためのエネルギーを与える。反対側のパレットに次の歯が止まると、テンプはフォークから離れて振り続ける。戻りの振動では左右の役割が交代する。2
| 段階 | レバーとガンギ車 | テンプの役割 |
|---|---|---|
| 停止 | 歯がパレットの停止面に載る | ほぼ自由に振動する |
| 解放 | レバーが小角度動き、歯が停止面から外れる | フォークを動かす |
| 衝撃 | 歯が衝撃面を押し、レバーへ仕事をする | フォークを介してエネルギーを受ける |
| 再停止 | 反対側のパレットが次の歯を止める | 再びレバーから離れる |
「自由」とは時計のすべての抵抗がなくなることではない。テンプ軸の摩擦、ひげぜんまいの復元力、空気抵抗は残り、解放時には輪列側へ仕事もする。脱進機との接触が振動全体を通じて続かない、という意味である。往復それぞれで衝撃を得ることは携帯時の作動の確実性につながるが、接触のタイミングや摩擦が変われば歩度は影響を受ける。2
安全装置と停止面の形#
レバーの動きはバンキングで制限される。自由振動中の衝撃でレバーが誤って反転すると、次にフォークとテンプ側の部材が正しく噛み合わない。マッジの原型には、テンプ軸のローラーの切欠きとレバー側の突起を組み合わせ、正しい時点以外の移動を防ぐ安全装置がある。2
ここには後世の研究の差がある。Gouldは、Pearsonが王妃の時計の停止面に小さな反動があると説明したことを紹介したうえで、現物を調べたH. Ottoから、停止面はドローも反動もない同心的な面だとの報告を受けたと記す。したがって、王妃の時計に現代と同じドローが備わると断言すべきではない。2
エメリーによる重要な改良は、停止面にわずかな傾斜を与え、歯の圧力でレバーがバンキング側へ引かれるようにするドローだった。安全ローラーとの不要な接触を減らし、停止の安定性を高める。この改良や衝撃ピンの構成の変化まで含めて、現代のレバー脱進機への発展を理解する必要がある。王妃の時計は完成済みの量産設計ではなく、その出発点の一つなのである。2
自動温度補償#
本作はレバー脱進機だけでなく、自動温度補償を備える。Royal Collection Trustの解説は、温度変化を自動的に補う装置を持つ最初の懐中時計として評価している。これは所蔵館の優先権の評価として読む必要があり、確認したすべての先行時計を比較した一覧ではない。1
Gouldは、マッジの温度補償を、ひげぜんまいに関わる緩急ピンの位置を温度に応じて変える補償緩急針として説明し、王妃のレバー時計にもこの補償を用いたと注記する。テンプの質量配置を変える後のアーノルド式補償テンプと、調整する部位が異なる。温度がひげの弾性と時計の周期に及ぼす変化を、ひげの働く長さの変化で補う考え方である。ただしGouldの図は航海タイムキーパーの説明に置かれているため、そこに描かれた二本のひげや部品数を、そのまま王妃の時計の現存仕様へ移してはならない。公開資料には本作の温度試験曲線は示されず、全温度範囲での残留誤差は確定しない。2
航海時計との区別#
マッジは後に航海用タイムキーパーへ取り組み、定力機構を備えた複雑な設計を製作した。しかし、王妃の時計をその海上試験機の一台と同一視することはできない。携帯レバー時計である本作と、経度委員会の試験に提出された航海機は目的も機構も異なる。マッジの航海時計の精度値を、この個体の性能値として引用してはならない。2
材料・意匠・台座#
現存する作品は金ケースとエナメル文字盤の時計、それを支える鼈甲と金銅の台座からなる。裏板には製作者の署名があり、ケースのPM印はおそらくPhilip Mounierを指す。所蔵館の登録寸法は幅86、高さ100、奥行86mmで、これは台座を含む登録作品の寸法であり、時計本体のケース径と混同しない。1
台座には改変の痕跡があり、最初からこの時計に合わせて作られたとは限らない。最初の確実な記録は1825年、B. L. Vulliamyがジョージ4世のために時計を修理し、台座にも手を入れたときのものだ。現在の展示形態は、1770年当初の納品形態をそのまま保存しているとはいえない。1
この組合せは、精密な携帯時計を室内の鑑賞物としても見せる。時計の機械的な重要性と台座の装飾史は別々に追う必要があり、後代の台座や修理から脱進機の発明年代を決めることはできない。
年代と「最初」をめぐる注意#
Gouldの1923年の著書はこの時計を1757年の作品と呼ぶ一方、現在の王室コレクションとAHSは1769–70年を採る。Gouldの脱進機図と技術説明は有用だが、その個体年代は現行の収蔵記録と区別して引用する。また所蔵館は1770年の時計を、この重要な発明を取り入れた最初の時計とみられる、と限定している。実験機の最初、現存する携帯時計の最初、量産実用化の最初は同じ主張ではない。1 2 3
本作の調整記録を伴う定量的な歩度試験、部品交換を網羅する修復台帳、発注時点の全仕様は、ここで挙げる公開資料には示されていない。歴史的重要性は、確認できる機構と来歴から評価できるが、現代の耐衝撃性や日差を遡って保証するものではない。
年表#
| 年代 | 出来事 |
|---|---|
| 1751年 | マッジがグラハムの事業を継承。2 |
| 1754年頃 | レバー脱進機の初期実験。現存個体の完成年代とは別。2 3 |
| 1769–70年 | ケースのロンドン検定年。AHSは1769年完成、RCTは1770年作品と登録。1 3 |
| 1770年頃 | ジョージ3世が王妃のために取得したと考えられる。1 |
| 1770年代初め | プリマス工房へ返され、変更・調整。書簡に王妃の時計として登場。1 |
| 1780年代 | エメリーらが改良を伴うレバー時計を製作。2 |
| 1825年 | Vulliamyが時計を修理し台座を整備。1 |
| 1923年 | Gouldが技術史を刊行。個体を1757年とする年代は現行登録と相違。2 |
| 2026年10月 | Royal Collection TrustのRCIN 63759として公開登録。1 |
参考文献#
閲覧日:2026年10月13日。
- Royal Collection Trust, Queen Charlotte’s lever watch and pedestal, RCIN 63759。同館提供のGoogle Arts & Culture掲載本文も確認。作品年代、検定印、来歴、台座、寸法。両掲載を独立した二資料には数えない。
- Rupert T. Gould, The Marine Chronometer: Its History and Development, J. D. Potter, 1923, pp.74–75、78および脚注、149–152、Plate XXII。公開原本を実読。年代と現物調査に関する異説を区別した。
- Antiquarian Horological Society, Historical timeline of clocks。1754年・1769年の項目。