ロンドンの旧グリニッジ王立天文台の門の脇には、24時間を一周に配した大きな時計がある。シェパード・ゲート時計(Shepherd Gate Clock)は、天文台の基準時計から電気信号を受ける子時計として1852年に設置され、グリニッジ平均時を通行人に連続して示した。現在も門の外で時刻を示すが、文字盤や制御装置には後年の交換・変更がある。王立博物館の資料番号は ZAA0533 である。1 2 3
この時計の意義は、単体で高精度に振動する公共時計というより、天文観測で確かめた時刻を、電線を通じて複数の場所に配る仕組みの、誰でも見られる端末だったことにある。門の時計は時報球や鉄道への信号とともに、観測、補正、配信、表示を結ぶネットワークの一部をなした。2 4

門時計と長さの公共標準器。写真:© Y.ssk / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。加工なし(作者によるトリミング済み画像)。
公共の文字盤が生まれるまで#
19世紀の鉄道網では、土地ごとに異なる時刻を使うことが時刻表の調整を難しくした。グリニッジ平均時を共通の基準とする動きが進む一方、離れた場所へ正確な時刻を伝えるには、人が時計を運ぶ方法だけでなく電信が使えるようになった。3
時計師チャールズ・シェパードは1851年のロンドン万国博覧会に、親時計から電気的な信号を送り、複数の子時計を動かす装置を出展した。王室天文官ジョージ・エアリーはこれを見て同年12月に発注した。1852年の年次報告でエアリーは、観測で分かる誤差を調整できる基準時計と、天文台の各所や門の外へ時刻を示す子時計の構想を説明している。門の文字盤は公衆のための表示として計画された。1 5
天文官の日誌に基づくグラハム・ドランの調査によれば、枠は1852年5月20日に壁へ設置され、時計は8月13日に使用を開始した。費用は75ポンドだった。1853年の報告でエアリーは、同じ基準時計が門、天文台内の時計、ロンドン・ブリッジ駅の時計を動かし、鉄道への信号や時報球の落下にも用いられていると述べた。門の時計そのものが遠隔地に信号を送ったのではなく、共通の基準時計につながる複数の用途の一つである。1 5
時刻を合わせ、電気で伝える#
観測から門まで#
親時計は振子を備え、天文台の観測に基づいて誤差を確認・調整された。1853年のエアリーの報告では、別の時計との比較で誤差を調べ、補助振子を使って親時計の指示を進めたり遅らせたりしたと説明している。後年の装置では、恒星の通過観測から恒星時計の誤差を求め、平均太陽時の親時計と比較して補正する作業が行われた。4 5
親時計が作る電気パルスは導線を通り、門の子時計の電磁機構を動かす。子時計は独立した振子で時を決めるのではなく、受け取る信号に従って表示を進める。複数の表示器が同じ基準を共有できる一方、表示の正しさは親時計の調整、配線、受信側の作動に依存する。電気で結んだだけで観測や保守が不要になるわけではない。2 4
1853年にはクロノメーター室の子時計も親時計に従って動き、船舶用時計との比較に使われた。時報球は決まった瞬間を離れた利用者に知らせ、門の文字盤は通行人に時刻を継続表示する。両者は同じ時刻供給網の異なる出口だった。1853年の報告には、ストランドの時報球の作動を信号針で天文台へ知らせて確かめる仕組みも記されている。5
門時計の電磁機構も改修されている。記録によれば1922年にコイルを巻き直し、電機子を再磁化した。電磁石の数は20世紀初頭から1930年代初頭までの間に8個から4個に減らされたが、正確な変更年は分かっていない。1
24時間の読み方と時刻の変更#
文字盤は24時間で一周するため、時針は12時間文字盤の半分の速さで回る。現在の表示では午前0時が上、正午12時が下にある。設置当初は天文学で使う正午起点の時刻を示していたが、1885年1月1日から日常生活の午前0時起点に変更された。したがって昔の写真を現在の時計と同じ読み方で解釈すると、半日ずれる。時計は夏時間に切り替えず、グリニッジ平均時を示す。1
時計の変遷と現存する姿#
設置中の1852年、電気時計の特許をめぐりアレクサンダー・ベインがシェパードの名前を文字盤に記すことへ異議を唱えた。名前はいったん外され、1853年に戻された。エアリー自身も自伝でこの経緯に触れている。1 6
1852年の設置後、文字盤は1881年に修理されたが、日誌から修理の具体的な内容までは分かっていない。親時計は1893年にシェパードのものから Dent No. 2012 に交代した。文字盤も約1910年に塗り直され、数字や目盛の書体が変わった。1
1940年10月15日の空襲で門は破壊され、文字盤は損傷したが、機構は大きな損傷を免れた。バーミンガムの James Cooke and Son が代替文字盤を製作し、二枚目が1947年に取り付けられた。後の壁の改築に伴い、時計は元の位置から右へ移された。1981〜82年には文字盤や針、機構を取り外して文字盤を再塗装し、初期の姿に近づけた。秒針は1982年に新たに作られた。1
制御も変わっている。ドランの整理では、1960〜1991年にはシンクロノームの振子時計、1991年以降には英国の標準時電波 MSF に基づく制御装置が用いられた。現在見える時計を、1852年以来すべての部品と親時計が同じまま動き続けている作品と考えることはできない。時刻を示す役割が、交換と保守を重ねて受け継がれてきたのである。1
年表#
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1851 | シェパードが万国博覧会で電気時計網を展示。エアリーが装置を発注。 |
| 1852 | 門の時計を設置し、8月13日に使用開始。 |
| 1853 | エアリーが門、天文台内、鉄道の時計と時報球を含む運用を報告。 |
| 1885 | 文字盤の表示を正午起点の天文時から午前0時起点の時刻へ変更。 |
| 1893 | 親時計を Dent No. 2012 に交代。 |
| 1940–1947 | 空襲で文字盤が損傷し、代替文字盤を取り付けるまで運転を停止。 |
| 1960年頃 | 門の改築に伴って現在の位置へ移設。 |
| 1981–1982 | 文字盤を再塗装し、秒針を新製。 |
| 1991年以降 | MSF信号に基づく制御装置を使用。 |
年表は、個々の出来事を日誌や修復記録と照合したドランの調査、およびエアリーの年次報告による。1 5
参考文献#
1. Graham Dolan, “The Shepherd Gate Clock,” The Royal Observatory Greenwich, 制作年記載なし。設置日、表示、損傷と修復、制御の変遷。 https://www.royalobservatorygreenwich.org/articles.php?article=1085 (2026年11月4日閲覧)
2. Royal Museums Greenwich, “Our collections: A unique history of timekeeping,” 制作年記載なし。門の子時計と親時計の関係。 https://www.rmg.co.uk/collections/our-collections-unique-history-timekeeping (2026年11月4日閲覧)
3. Royal Museums Greenwich, “History of Royal Observatory Greenwich,” 制作年記載なし。鉄道時刻と1852年の電気時計網。 https://www.rmg.co.uk/stories/space-astronomy/history-royal-observatory (2026年11月4日閲覧)
4. Dániel Belteki, “Revealing observatory networks through object stories: Instrumental networks,” Science Museum Group Journal, 2023。Greenwich Time System、観測と補正、装置図。 https://journal.sciencemuseum.ac.uk/article/revealing-observatory-networks-through-object-stories-instrumental-networks/ (2026年11月4日閲覧)
5. George Biddell Airy, Reports of the Astronomer Royal, 1852年6月5日・1853年6月4日、抜粋転記。設置構想と運用報告。 https://www.royalobservatorygreenwich.org/articles.php?article=1357 (2026年11月4日閲覧)
6. George Biddell Airy, Autobiography of Sir George Biddell Airy, Wilfrid Airy 編、1896年、1852年の節。ベインの異議と銘記の経緯。 https://www.gutenberg.org/cache/epub/10655/pg10655-images.html (2026年11月4日閲覧)