トーマス・マッジ No.260は、1755年にロンドンで製作された、中心秒針、ルモントワール、二本のヒゲゼンマイを備える時計のムーブメントである。現在はクロックメーカーズ・カンパニーの所蔵品としてロンドンの科学博物館に貸与されている。マッジの名からレバー脱進機を連想しやすいが、この個体はヴァージ脱進機を使う。注目すべきなのは、動力の変動、温度による歩度変化、秒針の停止と再始動という異なる課題を、小さな機械の中で扱おうとしたことである。1
作品番号と現存する姿#
機械には「Thos Mudge London 260」と署名されている。260は製作番号であり、現在の所蔵品番号L2015-3217、クロックメーカーズ博物館の目録番号189とは別の番号である。収蔵記録は作品を完成したケース付き時計ではなく、時計ムーブメントとして分類する。そのため、現存機械の寸法や材料を、1755年に販売された時計の外装全体の仕様へ広げることはできない。1
白いエナメル文字盤には大きな分の数字があり、鋼製の甲虫形の針と中心秒針を備える。中心秒針は時針と分針の間に配置されるという。細い針を同じ中心軸上に重ねながら、分と秒に異なる動きを与える構成である。裏側の銘と表側の表示を併せて確認することが、単なる「マッジの時計」から個体を識別する手掛かりになる。1
| 項目 | 現行の所蔵記録で確認できる内容 |
|---|---|
| 製作者・製作地・年代 | トーマス・マッジ、ロンドン、1755年 |
| 個体識別 | 署名中のNo.260/L2015-3217/博物館番号189 |
| 脱進機 | ヴァージ式 |
| 動力に関する装置 | フュジー、ルモントワール、巻上げ時の逆転防止用デテント |
| 調速装置 | 一つのテンプと二本のヒゲゼンマイ。片方に温度補償、他方に緩急調整 |
| 表示・操作 | 中心秒針、毎分跳躍する分針、秒針の停止・再始動 |
| 材料欄 | 銀合金、エナメル、真鍮、鋼、ダイヤモンド |
| 全体寸法 | 41 × 49 × 25 mm。所蔵記録の並び順であり、直径ではない |
材料欄だけでは、銀合金やダイヤモンドがどの部品に使われているかを確定できない。文字盤の下地についても、後述する旧目録の記載と現行記録を分けて扱う必要がある。1 2
王室向け時計から博物館資料へ#
マッジはジョージ・グラハムの下で修業した時計師である。1875年のカンパニー目録は、1730年5月4日の徒弟入りと1738年1月15日の自由職人としての加入を記録する。科学博物館の人物記録も1730年の徒弟入りを挙げており、No.260は、すでに独立した製作者として活動していた時期の仕事に当たる。2 4
現行の個体記録によれば、No.260は1755年8月22日にスペイン王フェルディナンドへ販売された。1875年目録の項目153にも同じ販売日とスペイン王のために作られたという記述があり、その後ラングドンという人物が所有したとされる。ただし、ここで確認できるのは博物館記録と後世の目録であり、1755年の注文書や会計原簿によって、価格、注文の細部、製作期間まで連続的に追えるわけではない。1 2
1850年にはジョン・グラント・ジュニアからクロックメーカーズ・カンパニーへ寄贈されたと、現行記録は伝える。旧目録では寄贈者をJ. Grantと記す。王室から寄贈までの移動経路や、原来のケースの有無や機械との分離経緯、修復・交換部品の一覧は、本稿で確認した資料では明らかでない。現在の所蔵・貸与関係が分かることと、約三世紀の来歴をすべて復元できることは別である。1 2
動力の変動に対する二段構え#
フュジーとルモントワール#
フュジーは円錐状の部品を用いる動力調整装置であり、ルモントワールは主動力からいったん小さな蓄力装置を介して、脱進機側へ動力を渡す考え方である。No.260の現行記録は、その両方が同じ機械に含まれることを明示する。主ゼンマイ側の動力を整えることと、脱進機に近い位置で動力を小分けにすることは、役割が重なりながらも同一ではない。1
マッジ自身の考えは、1799年に息子が刊行した書物に再録された『時計を改良する方法についての考察』で読むことができる。印刷頁13と15では、手が一日に一度主ゼンマイを巻くのと同様に、主ゼンマイが短い間隔で弱いゼンマイを巻く構想を説明する。狙いは、主ゼンマイから小さなゼンマイまでの輪列で生じる変動と、テンプに近い側の変動を切り分けることであった。3
ただし、この論考はNo.260の分解図や作動説明書ではない。そこに出てくる一振動ごとに小ばねへ蓄力する案を、そのまま1755年の個体が実装していたと読むことはできない。また、小さなばねにも力の変化はあり、「定力」という呼び名だけで完全に一定の駆動力や特定の精度を保証するものでもない。論考は設計思想を理解する資料、所蔵記録は個体の装備を確認する資料として使い分ける必要がある。1 3
巻上げ中の逆転防止#
現行記録は、このフュジーに巻上げ中の動力を補うメインテイニング・パワーがない一方、旋回式のデテントがルモントワール車の逆転を防ぐと説明する。ここでのデテントは歯車を止める留め具であり、「デテント脱進機を備える」という意味ではない。逆転を防ぐ装置が存在することと、巻上げ中も時計全体が必ず同じ条件で運転を続けることも、同じではない。1
マッジの論考は印刷頁16で、時計は巻上げ中も動くべきだという目標を述べる。しかし、後年の目標を根拠にNo.260へメインテイニング・パワーを補って説明してしまうと、現物記録の重要な特徴を消してしまう。巻上げ時の作動をさらに詳しく確定するには、この個体の輪列と蓄力・解放の順序を示した実測報告が必要になる。1 3
二本のヒゲゼンマイで分ける調整#
ヒゲゼンマイは、テンプが回転して戻るための復元力を与える細いばねである。No.260の現行記録は、一方のヒゲゼンマイに緩急針側の温度補償を、他方に緩急調整を備えると説明する。二本の主ゼンマイで長時間動かす機構でも、二つのテンプを同調させる機構でもない。1
1875年目録の項目154は、同じNo.260を、一方が他方の内側にある二本の平らな渦巻ばねでテンプを制御するものと記す。一方だけが緩急針の作用を受け、他方は渦巻状の補償コイルにつながるという説明である。この記述は、時間の進み遅れを通常の調整で合わせる働きと、温度変化に応じて補正する働きを分けようとした構成を理解する手掛かりになる。ただし旧目録番号と現個体の対応には、後述する留保がある。2
温度補償が必要なのは、動力を整えても調速ばねの性質まで一定にはならないためである。マッジは論考の印刷頁13–14で、暑さと寒さによるばねの弾性の変化を取り上げ、異なる金属の膨張差による動きを、それを打ち消す方向へ利用する考えを説明する。さらに頁15では、ヒゲゼンマイと接触する部分の摩擦を避けることも求める。単に補償部品が動けばよいのではなく、その接触が新たな誤差を持ち込むことにも注意していた。3
No.260については補償の存在は確認できるが、合金組成、補償コイルの寸法、温度ごとの調整値や試験結果は確認できない。論考中の一般的な温度誤差の数値を、この時計の実測日差として転用することはできない。1 2 3
分針の跳躍と秒針の停止#
No.260の分針は、毎分一度進むと所蔵記録に記される。中心秒針については、それを担う車に停止装置が作用し、停止を解除すると小さな鉤が歯に掛かって、秒針がすぐに進み始めるという。表示を止めるだけでなく、解除直後に確実に動き出すことまで考慮されている。1
この説明からは、毎分跳ぶ分針と、止めて再始動できる秒表示という二つの機能が読み取れる。一方、秒針が一秒ごとに跳ぶことや、停止時にテンプ自体も止まること、秒針がゼロへ戻ることまでは記されていない。現代のクロノグラフのような経過時間計測機能を備えると解釈する根拠もない。旧目録の項目154が秒表示の機構を脱進機から切り離せるとする点も、表示系と調速系を区別して読む必要性を示す。1 2
旧目録の二つのNo.260#
1875年目録の印刷頁89には、項目153と154の両方に「No.260」が印刷されている。153はルモントワール、緩急針への補償、王向けの販売日とラングドンの名を記す。154はフルプレートの機械、金の下地にエナメルを施した文字盤、ヴァージ脱進機、中心秒、二本のヒゲゼンマイを詳しく述べる。どちらも1850年のJ. Grantによる寄贈とされる。2
現行の所蔵記録には、これら双方と重なる特徴がある。しかし、それだけで旧目録が同じ物を二度載せたと断定したり、No.260が二点現存すると数えたりすることはできない。番号の重複は紙面上で確認できる事実であり、重複が生じた理由は別の問題である。旧154の金製文字盤下地も、現個体の現行材料欄に金がないことを踏まえ、旧目録の記述として扱うのが妥当である。1 2
同じ頁の項目155には、四つの摩擦ローラー、ダイヤモンドの受石、マイクロメータねじを備えるマッジの部品が載るが、これは1875年にチャールズ・フロッドシャム商会が寄贈した別項目である。No.260の説明へ一続きに取り込んではならない。古い目録を使う際は、製作者名が共通していても、項目番号、寄贈者、寄贈年を保って照合する必要がある。2
年表と技術史上の位置#
| 年月日 | 確認できる出来事と資料の性格 |
|---|---|
| 1730年5月4日 | 1875年目録によれば、マッジがグラハムへ徒弟入り |
| 1738年1月15日 | 同目録に自由職人としての加入を記録 |
| 1755年 | 現行所蔵記録がNo.260のロンドンでの製作年とする |
| 1755年8月22日 | 現行記録と旧153がスペイン王向け販売を記録 |
| 1755年以後、1850年以前 | 旧153がラングドンの所有を伝える。移動年月は不明 |
| 1799年刊本 | マッジの論考を息子が再録。No.260の個体記録とは区別される設計思想の資料 |
| 1850年 | グラントによるカンパニーへの寄贈 |
| 1875年 | 目録の153と154にNo.260を記載 |
| 2026年11月確認 | 現行記録はカンパニー所蔵・科学博物館貸与として公開し、展示先を案内 |
No.260の価値は、後世の標準となった脱進機を使うことではなく、従来のヴァージ式を残しながら、動力、温度、表示操作へ複数の工夫を加えた点にある。ルモントワールの有無、二重ヒゲの役割、秒針の停止方法を分けて見ると、精度の改善が一つの発明だけで達成されるわけではないことが分かる。1 2
ただし、No.260固有の特許、製作図、歩度試験、詳細な修復報告、後続の個体へ直接継承されたことを示す記録は、本稿で実読した範囲では確認できていない。したがって「最初の二重ヒゲ時計」「実用精度が実証された定力時計」といった優先権や性能の断定は避ける。確実なのは、現在の所蔵記録と19世紀の目録が、1755年のNo.260に関わる複雑な試みを伝えていることである。1 2
参考文献#
- Science Museum Group, “Watch movement with remontoir and two balance springs by Thomas Mudge”, L2015-3217、所蔵・機構・材料・寸法・来歴・画像権利の各欄。2026年11月7日閲覧。
2. William Henry Overall編、Worshipful Company of Clockmakers, A Catalogue of Books, Manuscripts, Specimens of Clocks, Watches, Watchwork, Paintings, Prints, &c., London: E. J. Francis, 1875, p.89, nos.153–155。Internet Archive公開原頁と本文を確認。2026年11月7日閲覧。
3. Thomas Mudge, “Thoughts on the Means of Improving Watches,” Thomas Mudge Jr.編、A Description, with Plates, of the Time-Keeper Invented by the Late Mr. Thomas Mudge, London, 1799, 第二部印刷頁13–16(e-rara PDFの186–189頁)。原論考は1765年刊、本文末尾の執筆日付は1763年6月25日。ETH-Bibliothek / e-rara公開原本。2026年11月7日閲覧。
4. Science Museum Group, “Thomas Mudge 1715–1794”, 人物記録、特に1730年の徒弟入りと経歴。2026年11月7日閲覧。