トーマス・ライト No.2228は、1784年のロンドン検定印を持つ金の二重ケース入り懐中クロノメーターである。文字盤はトーマス・ライト、ムーブメントはジョン・ライトの名を記し、脱進機はトーマス・アーンショーに結び付けられる。製作に関わった人々を一人の名前にまとめられない、個別の時計である。1
この時計の特徴は、ばね式デテント脱進機の初期形を、後世の標準形と比べられる点にある。デテントはガンギ車を止め、振動するテンプが適切な時に解放する部品だ。1783年にはライト名義でこの方式に関する特許が成立している。ただし、発明の優先権をめぐってはアーンショーとジョン・アーノルドの間に論争があり、一つの時計だけでその争いを決着することはできない。1 2 3
外観と署名#
サザビーズの2016年の競売目録によれば、直径は約63 mm。白いエナメル文字盤にはローマ数字、外周の分目盛と大きな独立秒針があり、金の針の先は菱形になっている。金の内外ケースは簡素な外観で、外ケースには隠し蝶番と留め具がある。ケースのロンドン検定印は1784年、製作者印はジョン・ライトを示す「IW」と記される。1
文字盤には「Thomas Wright in the Poultry」、ムーブメントには「John Wright in the Poultry」とあり、番号2228はムーブメントにある。ポールトリーはロンドンの通りの名である。テンプ受けには国王の時計師を意味する文言と王冠が彫られ、透かし彫りと大きなダイヤモンドの受石が仕上げを飾る。署名は販売や工房の関係を示す重要な手掛かりだが、それだけで各部品を誰が手で作ったかまでは決められない。1
目録は、文字盤の下の地板に「P x P Sept. 18th 1784」という引っかき署名をアンドリュー・クリスフォードが見つけたと紹介する。別のライト時計にある仕上げ職人P. Pineの署名と同一人物の可能性を挙げるが、これは目録の推定であり、刻みの日付を時計全体の完成日や販売日と同一視することはできない。1
駆動と調速#
金めっきのフルプレート式ムーブメントにはフュゼがある。フュゼはぜんまいの力を受ける円錐形の部品で、ぜんまいの力が巻き上げ状態によって変わることを、作用する半径の変化でならす。目録は輪列のフュゼに至るまで石軸受が使われていると記す。これは軸の接触部を支える仕上げの特徴であり、石の数だけで実際の精度を推定することはできない。1
テンプの輪は切り開いた二金属製で、それぞれに半円形の鋼製おもりを持つ。温度変化は金属の寸法だけでなく、振動の復元力を担うヒゲゼンマイにも影響する。二金属の異なる膨張を利用してテンプの有効な慣性を変える補償は、この温度による歩度変化を抑えるための工夫である。No.2228に見える構成と、個体の温度試験で得られる性能とは別の事柄である。1 4
ケースの3時と4時の間、ベゼルの下には停止・始動用レバーがあり、テンプに作用する。持ち運べる精密時計でも、時刻合わせには時計の運動を制御する操作が必要だった。目録は停止装置を記述するが、この個体の当初の使用者や、実際の運用記録を示してはいない。1
一本ばねの脱進機#
機械式時計のテンプはヒゲゼンマイとともに往復振動する。デテント脱進機では、ガンギ車をデテントが止めておき、テンプ側の部品がこれを解放すると、ガンギ車がテンプへ直接力を与える。一般的なクロノメーター式では、力を与えるのは往復の一方向だけである。戻り側では解放部品が停止部を通過し、ガンギ車を再び放さないことが必要になる。4
No.2228について競売目録は、停止と通過のために一本のばねを用い、特許図に示される初期の構成に沿っていると説明する。後に広く使われた形式には、デテントを支えるばねと、戻りの通過を許す細いばねを分けたものがある。したがって「ばね式」という名前が同じでも、部品の構成まで一様ではない。1 4
目録は、小さな給力ローラーを元の部品と評価する。また解放用ローラーには、固定された円筒形の石をねじで進める蟻溝形のスライドがあり、全体は約3.3 mmと記す。これらは現物を調べた販売側の記述である。2016年の状態報告は機械が動くとしながら、個々の部品がすべて製作当初のままであることは保証していない。1
特許と発明をめぐる背景#
時計師協会の年表は、アーノルドによるばね式デテントの特許を1782年、ライトの特許を1783年に置く。特許の索引には、1783年2月1日、トーマス・ライト、番号1354、名称「Watch or timekeeper」とある。特許原明細そのものはここで確認できていないため、請求範囲の詳細を目録や索引から推定することはできない。2 5
アーンショーは自分が1781年に考案したと主張した。サザビーズの説明では、ライトが費用を負担して自分の名で特許を取得し、アーンショーが他の時計師向けに製作する際に一個につき1ギニーをライトへ払う取り決めだった。これは後世の目録が伝える当事者側の経緯であり、アーノルドとの優先権争いを独立に解決する証拠ではない。1
1804年、経度委員会は両方式の働きを調べるため、アーンショーとジョン・ロジャー・アーノルドにそれぞれ模型を依頼した。グリニッジ王立博物館にはアーンショーの模型が残り、博物館は発明者をめぐる議論が続いていると説明する。この後年の模型はNo.2228そのものではないが、初期の精密時計で脱進機の働きと帰属がどれほど重視されたかを示す。3
来歴と評価#
競売目録の来歴欄は、ロンドンのBobinet、Asprey、ボストンのデイヴィッド・ランデス・コレクションを挙げる。各移転の日付や最初の購入者は示されない。2016年の競売後の所在も、この目録だけでは確定できない。クリスフォードは1976年にこの個体を論じていることが専門誌の索引で確認できる。1 6
目録は、本時計をライト署名の特許に沿うばね式デテントを持つ記録上唯一の例と評価する。これは競売時点の記録に関する評価であり、他の個体の不存在を証明するものではない。No.2228の意義は、時計師の署名、検定印、部品の構造、特許をめぐる複数人の関係を、一つの現存個体に即して考えられるところにある。1
年表#
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1781年 | アーンショーがばね式デテントを考案したと主張。1 |
| 1782年 | アーノルドのばね式デテント特許。2 |
| 1783年 | ライト名義の特許No.1354。2 5 |
| 1784年 | No.2228のケース検定印。文字盤下に9月18日の日付を伴う刻み。1 |
| 1804年 | 経度委員会が両陣営に脱進機模型を依頼。3 |
| 1976年 | クリスフォードによるNo.2228の論考刊行。6 |
| 2016年 | サザビーズの競売目録に掲載。1 |
参考文献#
1. Sotheby’s, “Thomas Wright and Thomas Earnshaw, London”, lot 39, 2016。Description、Provenance、Condition、Catalogue Note。閲覧2026-11-03。
2. Antiquarian Horological Society, “Clock Timeline”, 1780–1808年の項。閲覧2026-11-03。
3. Royal Museums Greenwich, “Model of Earnshaw’s escapement”, 所蔵品解説。閲覧2026-11-03。
4. Rupert T. Gould, The Marine Chronometer: Its History and Development, 1923、pp.117–119。閲覧2026-11-03。
5. Mario Biagioli, 科学器械の特許目録, p.5、Wright, Thomasの項。閲覧2026-11-03。
6. Antiquarian Horological Society, Antiquarian Horology 累積索引、第1〜9巻, Crisfordの項。閲覧2026-11-03。