ユニヴェルセル(懐中時計6142)

ユニヴェルセル(懐中時計6142)

ユニヴェルセル(L’Universelle)は、1899年にオーデマ ピゲからドイツのデュルシュタイン/ウニオンへ供給された機構をもとに製作された、複雑な機能を備える懐中時計である。現在のオーデマ ピゲの所蔵番号はInv.1713。ルイ=エリゼ・ピゲの工房でのエボーシュ番号6074、オーデマ ピゲの機構番号6142という二つの番号が、その製作経路を示す。音で時刻を伝え、暦を送り、複数の針で経過時間を測る時計を、スイスとドイツの工房が受け渡しながら形にした作品として理解できる。1 2

作品の名前と二つの時計産地#

エボーシュは、完成品へ調整・組立する前段階の機構を指す。本作の出発点は、スイスのジュウ渓谷で複雑機構を製作したルイ=エリゼ・ピゲの工房であった。オーデマ ピゲの公開史料解説は、同工房から1899年4月17日〜7月8日に三つの複雑機構が納められ、6074が同社の6142となったと説明する。本作は22リーニュ、機構径49.5 mmで、同時に供給された23・24リーニュの二機構より小さい。この三つを、同じ大きさ・同じ完成日の量産品とみなすことはできない。1

AP Chroniclesは、オーデマ ピゲでの調整作業を経て、ドイツ側のUnion Dürrsteinが仕上げと販売を担ったとする。現在のウニオンの公式年史は、1900年のUniversaluhrをユリウス・ベルクターの指導下の事業として位置づけている。機構の供給元、調整工房、完成・販売を行う会社は、作品の銘一つにまとめられない。2 3

ドイツでの名称は「Universal-Uhr」。1903年のDürrstein & Comp.のカタログには、Union Glashütteの名とともに掲載される。一方、「ユニヴェルセル」は現在のフランス語の呼び方である。1899年という機構製作の年代と、1900年8月12日のライプツィヒ時計展での初公開というAPの説明は、異なる工程の日付である。1 4

文字盤を分けて情報を読む#

1903年カタログの図と説明では、大きな文字盤の内側に七つの小文字盤を置き、13本の針を用いる。左のアラビア数字の盤が通常の時・分、右のローマ数字の盤が目覚ましの設定時刻を示す。月の盤、曜日の盤、日付の盤を独立させ、下部に月相を置く。月相の上にある小盤には通常の秒針と、高速で回る計時用の針が重なる。4

中央の長い三本の針は、通常の時分針ではなくクロノグラフのためのものだ。時刻の読み取りを左の小盤へ移し、中央と外周の広い目盛を経過時間の表示へ割り当てる設計である。月の小盤にも経過分を数える針を重ねるため、一つの盤が暦と計時の二役を担う。小盤の数と機能の数が一致しない理由も、ここにある。4

表示の場所1903年カタログが説明する役割
左のアラビア数字の小盤通常の時・分
右のローマ数字の小盤目覚ましの設定時刻
上の月の小盤月と、クロノグラフの経過分
下寄りの小盤通常の秒と、一秒で一回転する計時針
左下・右下の小盤曜日・日付
最下部月相
中央と外周二本の計時針と、一秒ごとに跳ぶ針

この配置はカタログに示されるUniversal-Uhrの説明であり、後年の改造文字盤を含むすべての外観へそのまま当てはめるものではない。本作には2001年の文字盤変更と、その後の修復という履歴がある。1

音・暦・計時を重ねる仕組み#

自動打ち、リピーター、目覚まし#

1903年の説明では、時計は三本の音を出すばね、すなわちゴングを打って、時と四半時を自動で知らせる。別のスライダーを軽く操作すると、時・四半時・分を繰り返し鳴らす。自動で打つソヌリと、求めに応じて時刻を読むミニッツリピーターが共存している。4

さらにガラスの縁に突き出たレバーで、自動打ちを止めるか、正時だけを自動で打つ状態へ切り替えられるという。常にすべての打刻を鳴らし続ける時計ではなく、使用場面に合わせて鳴らし方を選べる。音の数だけを挙げるより、作動の機会と選択操作を分けると機能が分かりやすい。4

目覚ましは時刻読み上げとは別の働きをする。カタログは、分単位で設定でき、設定時刻になると大きな音のばねを約一分間鳴らすと説明する。右側の専用小盤は、その設定時刻を読むためのものだ。これは資料に記載された持続時間であり、現存品の現時点での実測値ではない。4

永久暦と月相#

曜日・日付・月・月相を一つの時計へ集め、日付は自動で送られ、閏年にも日付合わせを必要としない、とカタログはうたう。永久暦は、月末に毎回手で日付を送る作業を減らすための装置である。4

ただし、同資料は暦車の歯数、閏年カムの形、世紀年の扱いまで示さない。「閏年にも調整不要」という説明だけから、グレゴリオ暦の例外年を永久に処理すると広げることはできない。2023年の同名腕時計が持つ半グレゴリオ暦の仕様も、この懐中時計へ遡って適用されない。4 7

五本の針を使うクロノグラフ#

クロノグラフは、時計が示す現在時刻と別に、ある出来事の始まりからの時間を測る機構である。カタログによると、中央の三本のうち二本は外周目盛上で五分の一秒を示す計時針、残る一本は一秒ごとに跳ぶ針である。三本が外周の60の位置にそろった状態から、ケース縁のボタンを押して一緒に動かす。4

二つ目のボタンは、二本の計時針のうち一本を止め、もう一方が進み続ける間に途中の時間を読めるようにする。止めた針を追いつかせることもできる。これがラトラパンテ、すなわち追針の働きである。単に二本の針を別々に動かすのではなく、途中の計測と継続中の計測を同じ起点から比べる仕組みとなっている。4

月の小盤に重なる経過分の針は、中央の針と連動して動き、止まり、ゼロへ戻る。月相の上の小盤には、さらに一秒で一回転し、五分の一秒ごとに跳ぶ針がある。フドロワイヤントと呼ばれる高速表示に当たる。中央三本・経過分一本・高速針一本を合わせた五本が、計時表示のまとまりを作る。4

五分の一秒の目盛は、表示の細かさを意味する。時計の歩度が五分の一秒以内に保証されるという精度証明ではない。また、基本操作を共通のボタンへまとめることと、途中計測のための別ボタンが存在することは両立する。「一つのボタンで五本を制御する」という現代の紹介文だけから、操作子が一個しかない時計と読むのは適切でない。1 4

密集した機構の連携#

カタログは、内部を八つの機構から成り、一部は横に、一部は上下に重なると説明する。それらは時刻を刻む機構と連携する。暦を送る時点、時を打つ時点、計時針の進む速さを、同じ時計の運転と整合させる必要があるからだ。4

同資料は、複雑機構によって通常の運針が妨げられないとも宣伝する。しかし、打刻と暦送りを同時に動かした際の振幅変化や、クロノグラフの駆動トルクを示す測定表はない。連携の巧みさという評価と、負荷が計測上まったく存在しないという主張は分ける必要がある。部品配置の説明から動力配分や脱進機の詳細を復元することもできない。4

数字で見る作品と、数字の限界#

オーデマ ピゲの2023年解説は、機構を1,168部品、そのうちねじ316本、機構径49.5 mm、ケース込みの時計重量605 gと記す。これに対し、1903年カタログの内訳はねじ308本で、78の歯車、25のかな、205の鋼製レバー・ばね、60石などを列挙する。どちらの内訳を採っても、もう一方の計数へ無条件に足し合わせることはできない。1 4

項目資料ごとの記載読むときの注意
機構の大きさAP:22リーニュ、49.5 mmケース外径ではない
部品とねじAP:1,168部品・ねじ316本/1903年:ねじ308本計数範囲・対象状態の差は未確定
重さAP:ケース込み605 g/1903年:18金のケース460 g時計総重量とケース重量を混同しない
機能の数APの2023年解説:26機能・19複雑機構/博物館の別ページ:21機能共通の全項目対照表がなく、単一の数へ統合できない
価格1903年カタログ:9,000マルク/現行Union年史の1900年欄:12,000マルク異なる年・資料の提示価格。落札額ではない

カタログが挙げる「八つの機構」、現代の「19複雑機構」「26機能」は数える単位が違う。同じ暦装置でも日付・曜日・月・月相を別の機能と数えることがあり、一つの機構が複数の表示を担う。数の多さだけで歴史上の順位を決めるには、まず比較対象と分類をそろえる必要がある。「世界で最も複雑な時計」という1903年の見出しも、販売者の当時の宣伝表現として読むのが妥当である。3 4 5

改造を経た時計を修復する#

公開される来歴には空白がある。APの解説では、1993年のサザビーズ競売で英国の収集家が購入し、2001年には機構をプラチナのケースへ移し、文字盤も所有者の好みに変更した。その後2012〜2016年にフランシスコ・パサンディンとアンジェロ・マンゾーニが修復を担当し、元のローズゴールドのケースへ戻された。1

2016年のAPによる取得と、現在のル・ブラッシュのMusée Atelier Audemars Piguetでの展示は、同社の所蔵解説で確認できる。古い機構が残っていることだけでなく、外装変更と修復という二十世紀末以降の履歴を含めて、現在の作品が成立している。2

博物館は創業期の建物と現代のガラスの螺旋状建築をつなぎ、ジュウ渓谷の二百年以上にわたる時計作りを約300点で紹介する。ユニヴェルセルは、その中で複雑時計の歴史を伝える中心的な展示品と案内されている。1 6

APが現在公開する修復原則は、可能な限り原部品を保存し、必要な複製は元の形状・仕上げに沿って作り、主要な外装複製部品にはRの標識を付すというものだ。ただし、これは工房の一般方針であり、6142の個別修復報告の代わりではない。どの針や文字盤が当初の部品か、何点を新製したか、全作業を公開資料だけで確定できるわけではない。9

年表#

年月日出来事と資料上の位置づけ
1899年4〜7月LEPからAPへ三つの複雑機構を供給。6074がAP6142となるというAPの台帳解説。1
1899年APからUnion Dürrsteinへ本作の機構を供給。1
1900年8月12日APの解説によれば、ほぼ完成した時計をライプツィヒ時計展で初公開。1
1903年Dürrstein & Comp.カタログpp.15–16にUniversal-Uhrの図と詳細説明、9,000マルクの価格。4
1993年APの来歴解説にあるサザビーズ競売と英国収集家による取得。1
2001年プラチナケースへの移植と文字盤の変更。1
2012〜2016年AP工房で修復、元のローズゴールドケースへ戻す。1
2016年APのヘリテージ部門が取得。2
2023年懐中時計を名称と着想の源とする、別設計の自動巻腕時計Universelle RD#4が登場。7
2023年11月9日RD#4がGPHGの金の針賞を受賞。1899年の懐中時計自体への授賞ではない。8
2026年11月確認本作はAPの所蔵番号Inv.1713として、博物館の中心展示と案内されている。2

後世への継承と史料の範囲#

2023年のCode 11.59 by Audemars Piguet Ultra-Complication Universelle RD#4は、自動巻Calibre 1000に40機能・23複雑機構を収める。懐中時計への敬意を名称に示すが、機構6142を腕時計へそのまま縮小したものではない。トゥールビヨンや現代の打刻技術といったRD#4の特徴を、1899年作品の機構説明へ持ち込むことはできない。7

ユニヴェルセルの歴史的な意義は、多数の表示を載せたことに加え、複数の工房の仕事を、操作できる一つの時計へ結びつけた点にある。1903年の説明は、針をどこで読み、何を押して止め、どの音を選ぶのかまで伝える。現代の所蔵解説と合わせることで、製造・販売・収集・修復をまたぐ個別作品の姿が見えてくる。2 4

一方、最初の個人発注者、戦前から1993年までの連続した所有歴、競売時の完全な個体記録、個別の修復部品一覧、歩度・持続時間の測定、専用特許との対応は、ここで用いた資料では確定していない。1903年カタログは製品説明であり、現在の6142を分解調査した報告ではない。原台帳の解釈についてもAPによる公開説明に依存する部分を残し、販売資料と実物の技術調査を区別する必要がある。

参考文献#

閲覧日はすべて2026年11月7日。

  1. Audemars Piguet, 「L’Universelle, simplement compliqué」、2023年2月3日。6074/6142、供給日程、寸法・部品、初公開、改造・修復の製造者による解説。

2. Audemars Piguet Heritage, 「The epic AP saga」、150周年記念記事、§5「Ever more complicated!」とInv.1713の図版説明。スイス側の調整とドイツ側の完成・販売、2016年取得、現所蔵。

3. Union Glashütte, 「Union Glashütte – Time in Motion」、現行公式年史、1893年・1900年欄。ベルクターの役割と1900年欄の12,000マルク。英語版中の1900年本文は閲覧時スペイン語表記。

4. Dürrstein & Comp., 『Uhrenfabrik „Union“ Glashütte i. S.』販売カタログ、1903年、pp.15–16「Beschreibung der Universal-Uhr」。Glashütteuhren.deの同時代資料公開欄の「Beschreibung von 1903 der Universaluhr Union Glashütte.pdf」。本文・図・部品内訳・操作・価格を原頁画像で確認。抜粋の刊年は配布元の1903年という同定に依拠し、掲載サイトの後世の解説と区別する。

5. Musée Atelier Audemars Piguet, 「Beating to the tune of complications」、刊年表示なし、「1899. The Universelle」。1,168部品・21機能・四年間の修復という別集計。

6. Musée Atelier Audemars Piguet, 「Tradition & Forward Thinking」、刊年表示なし。創業期の建物と螺旋状建築を結ぶ博物館、約300点・二百年以上の時計史という展示全体の説明。

7. GPHG, 「Code 11.59 by Audemars Piguet Ultra-Complication Universelle RD#4」、2023年出品記録。Calibre 1000、40機能・23複雑機構。製品説明部分は出品者に由来する。

8. GPHG, 「The “Aiguille d’Or” goes to Audemars Piguet…」、2023年11月9日。賞の主催者による受賞結果。

9. Audemars Piguet, 「L’Atelier de restauration」、現行の修復方針。原部品保存・主要外装複製部品の標識等。6142の個別作業報告ではない。