ウェストミンスターの大時計

ウェストミンスターの大時計

ウェストミンスターの大時計#

ロンドンの英国議会議事堂、エリザベス・タワーにある大時計は、四つの巨大な文字盤を一つの振子時計で動かし、15分ごとの旋律と毎時の鐘を鳴らす時計作品である。「ビッグ・ベン」は本来、時を打つ大鐘の愛称であり、時計機構や塔そのものとは区別される。風を受ける大きな針と、重い鐘を扱いながら正確に時を刻むため、計時と打鐘を別々の輪列に分け、振子を外部の負荷変動から守る重力脱進機を採用した。1 2

ウェストミンスターの大時計の機構を上から見た写真

図:大時計の機構(2012年撮影)。写真:Paulobrad。出典:Wikimedia Commons。ライセンス:CC BY-SA 4.0。加工なし。

注文から稼働まで#

1834年の火災で旧議事堂が大きな被害を受けた後、新議事堂と時計塔が計画された。1846年には時計の製作者を選ぶ競争が行われ、王室天文官ジョージ・エアリーが審査に当たった。毎時の最初の一打を正しい時刻から1秒以内に収めるという要求は、外に大きな針を持つ塔時計には厳しいものだった。歴史研究者エドワード・ギリンは、この計画を天文学者の理論的知識と時計師の製作経験の協働と緊張を示す事例として分析している。3 4 10

1852年にエドマンド・ベケット・デニソンの設計を基に、時計師エドワード・ジョン・デントが製作を引き受けた。デントは1853年に亡くなり、義理の息子フレデリック・デントが事業と製作を引き継いだ。機構は1854年に完成したが、塔の完成を待って1859年4月に据え付けられ、5月31日に時を刻み始めた。グリニッジ王立天文台から電信で送る時刻を使って精度も確かめられた。4 5

製作中も設計は固定されていなかった。デニソン自身の後年の説明によると、塔の内部の状態に合わせて初期図面が変更され、当初のばね式ルモントワール(輪列の力を小さなばねに蓄えて供給する装置)も、重い針を30秒ごとに動かす試験の後に取り除かれた。代わりに重力脱進機が輪列の力や摩擦の変動を振子から隔てる役割を担った。これは1857年の設計者自身による説明であり、1852年の図面をそのまま現存機構の図面とみなすことはできない。6

一つの時計が四面と五つの鐘を動かす#

鋳鉄製の台枠は長さ約4.7メートル、幅約1.4メートルで、機構は約5トン。四つの文字盤はそれぞれ直径7メートルある。議会の仕様表では分針は銅板製で長さ4.2メートル、釣合重りを含め100キログラム、時針は長さ2.7メートル、釣合重りを含め300キログラムとされる。2

機構には、針を動かす計時輪列、15分ごとに四つの小鐘で旋律を奏でる四半打輪列、毎時に大鐘を打つ時打輪列がある。いずれも下がる重錘を動力とし、歯車と軸、鐘楼へ伸びるワイヤーを介して針やハンマーを動かす。計時輪列の中央軸から四方向に動きが伝わるので、四面は別々の時計ではない。1

四半鐘の旋律はケンブリッジのグレート・セント・メアリー教会で用いられた「ケンブリッジ・クォーターズ」をデニソンが選んだものだ。大鐘は1859年7月11日に初めて時を打ったが、その年にひびが見つかり、代わりに最大の四半鐘が毎時を告げた。1863年、エアリーの提案で大鐘を90度回し、より軽いハンマーを使うことで打鐘を再開した。3 5

振子と重力脱進機#

振子は長さ約4.4メートル、全体で約310キログラムあり、片道の振動に2秒を要する。議会の仕様表は振り錘を203キログラムとし、鋼と亜鉛の同心管を挙げている。温度で材料が伸びる量の違いを利用して、振子の有効な長さの変化を抑える補償である。同時代の技術誌は、鉄の部分が錘を下げる方向に伸びる一方、亜鉛の管が錘を押し上げる構造を図とともに説明している。2 7

振子は完全に摩擦のないまま振れ続けるわけではない。脱進機は歯車の回転を少しずつ進めるとともに、失われるエネルギーを補う。デニソンの二重三脚重力脱進機では、輪列が重力腕を持ち上げ、その腕が落ちる力で振子に力を与える。針に当たる風などで輪列側の負荷が変わっても、その変動が振子への直接の押しとして伝わりにくい。外乱の影響を小さくする仕組みであり、風や摩擦の影響が完全になくなるという意味ではない。2 7

歩度の微調整には旧ペニー硬貨を振子に載せる。議会によれば1枚を加えると時計は24時間に約0.4秒進む。錘の質量分布をわずかに変え、有効な振子長を調整する方法である。2

故障と保存#

時計は長い運用の中で修理や改修を受けてきた。1976年8月5日には四半打機構の故障で大きな損傷が生じた。翌日の議会答弁では時計自体は再び動いていたが、四半打機構の修理には時間が必要とされた。鐘は損傷を免れた。議会の年表によれば、機構の修理は1977年5月の行事までに完了した。3 8

2017年からの塔の大規模保存工事では機構を分解して塔から降ろし、歯車や軸受を調査・修理した。1912年に取り付けられた自動巻上げ機構も再構築された。大鐘は2022年に通常の運用へ戻り、保存工事も同年に完了した。3 9

年表#

年出来事
1834旧議事堂の大部分が火災で焼失。
1846大時計の製作者選定が始まり、エアリーが審査を担当。
1852デニソンの設計に基づきデントが製作を受注。
1853–1854エドワード・ジョン・デント死去後、フレデリックが引き継ぎ、機構完成。
1858–1859大鐘を再鋳造。時計は1859年5月31日に稼働し、7月11日に大鐘が初めて時を打つ。
1863ひびの入った大鐘を回転し、軽いハンマーで打鐘を再開。
1912自動巻上げ機構を設置。
1976–1977四半打機構の故障と修理。
2017–2022塔と大時計の大規模保存工事。

参考文献#

1. UK Parliament, Big Ben Virtual Tour: Mechanism Room(閲覧 2026年10月30日)。

2. UK Parliament, Great Clock facts(閲覧 2026年10月30日)。

3. UK Parliament, A brief history of Big Ben and Elizabeth Tower(閲覧 2026年10月30日)。

4. UK Parliament, Big Ben’s Great Clock celebrates its 160th Birthday, 2019年(閲覧 2026年10月30日)。

5. UK Parliament, Constructing the most accurate clock in the world(閲覧 2026年10月30日)。

6. Edmund Beckett Denison, Clocks and Locks: With a Full Account of the Great Clock at Westminster, 第2版、1857年、p. 108(PDF p. 126、閲覧 2026年10月30日)。

7. The Engineer, The Westminster Clock, 1856年10月31日、pp. 587–588(閲覧 2026年10月30日)。

8. UK Parliament, Hansard, Big Ben, 1976年8月6日(閲覧 2026年10月30日)。

9. UK Parliament, Conserving a clocktower in the middle of a working Parliament(閲覧 2026年10月30日)。

10. Edward J. Gillin, Mechanics and Mathematicians: George Biddell Airy and the social tensions in constructing time at Parliament, 1845–1860, pp. 1–2, 6–9(閲覧 2026年10月30日)。