不完全な操作による誤報を防ぐ#
リピーターは、操作されたときに時計の示す時刻を音で知らせる機構である。ミニッツリピーターでは一般に時、15分、残りの分を順に打つ。スライドを動かすと報時用のばねに力を蓄え、段付きのカム(スネイル)を読み取って打数を決める。操作を途中でやめたときに不完全な打数が鳴れば、聞き手は誤った時刻と受け取る。1 2
「全か無か」(all-or-nothing)とは、所定の操作が完了するまでは報時を許さない安全機構の呼称である。十分に操作されれば報時を解放し、途中なら鳴らさない。これは音量調節や報時の常時消音とは異なる。また正常な組立と調整を前提とする仕組みで、どのような故障でも正しい打数を保証するものではない。1 2

図:1905年製とされる Gallet のミニッツリピーター。ゴングとハンマーが見えるが、全か無かの部材を特定する図ではない。作者:Time Maven。出典:Wikimedia Commons。Public Domain(作者による権利放棄)。変更なし。
動作と構造の例#
操作部の移動は、報時用ばねの巻上げと時刻の読み取りに関係する。スネイルの段に触れるラックの位置が打数を定め、巻き上げたばねが報時輪列を駆動する。全か無かの阻止部材は、この読み取りや巻上げが不十分な段階で打音が始まることを防ぐ。実際の連結や解除の条件は設計ごとに異なる。1 2
William P. Balistreri が解説した19世紀末の E. Mathey Tissot の懐中時計では、ムーブメントの外周に沿う長い阻止部材がクォーターラックの鉤を保持する。その鉤は時打ちパレットも退避させ、スライドを途中まで動かして時ラックが回っても時を打たない。時ラックの嘴が時スネイルに達するとスイッチが阻止部材を横へ動かし、クォーター・分ラックと時打ちパレットを解放する。これは個別の実機の構成であり、すべてのリピーターが同じ形の部品を使うわけではない。2
同じ修理報告では、クォーターラックと駆動カナの噛み合わせが誤っていたため、ラックの移動や解放が妨げられていた。正しい噛み合わせに組み直して改善した事例は、安全機構自体があっても周辺部品の組立と調整が重要であることを示す。専門的な点検なしに操作を繰り返したり、部品を調整したりすることは避けたい。2
別の安全機構との違い#
時刻の境界付近でスネイルを正しく読み取るためのサプライズピースは、途中操作を阻止する全か無かの部材とは別の問題を扱う。また、報時中に再び操作されることを防ぐロックも目的が異なる。複雑な時計では複数の安全策が連携するため、一つの部品の名称だけで全体の保護範囲を判断できない。2 3
歴史と現代の設計#
初期の分打ち時計の研究で、著者は Fürstenfelder の時計に全か無かの部材を認め、別の Marqüch の時計にはその部材がないと説明している。1741年の Antoine Thiout の時計学書にある図にも同種の部材が描かれたと論じる。ただし現存機には欠損もあり、この比較だけで発明者や最初の採用を確定することはできない。4
現代の別の設計例として、2019年公開の米国出願 US20190196409A1 は鎖で報時機構を連結する構造を扱う。時刻に関係なく押しボタンを全ストローク操作する場合、読み取り位置に早く達した後の鎖の緩みが問題になり得るとして、ばねを介したプーリーで張力を維持する構造を提案した。疲労軽減は出願人の説明であり、特許公報だけでは実製品への採用や耐久性の実測を証明しない。5
年表#
| 時期 | 確認できる事柄 |
|---|---|
| 1741年 | Thiout の時計学書の図に全か無かの部材が描かれたと後年の研究が説明。4 |
| 19世紀末 | 修理解説で取り上げられた E. Mathey Tissot の時計の製作時期。2 |
| 2010年 | 初期分打ち時計の研究が Fürstenfelder と Marqüch の構造を比較。4 |
| 2012年 | Balistreri が実機の阻止・解除と修理を解説。2 |
| 2019年 | 鎖の張力を保つリピーター機構の米国出願が公開。5 |
参考文献#
[1] Horopedia, “Minute repeater,” 解説(閲覧2026年11月6日)。
[2] William P. Balistreri, “19th Century E. Mathey Tissot Minute Repeater Pocket Watch,” Horological Times, 2012年4月、pp. 30–32。本文PDF(閲覧2026年11月6日)。
[3] Montres Breguet SA, “Safety mechanism protecting against inadvertent actuations of the minute repeater,” US8588035B2, 2013年。特許(閲覧2026年11月6日)。
[4] Sebastian Whitestone, “Minute Repeating in Tompion’s Lifetime,” Antiquarian Horology, 2010年12月、pp. 525–531。本文PDF(閲覧2026年11月6日)。
[5] Christophe Bifrare and Daniel Matteazzi, “Repeater mechanism with tensioned chain,” US20190196409A1, 2019年6月27日公開。公報(閲覧2026年11月6日)。